1033話 完全なる老兵
――月光斬。
この技の極意は、高めた力を剣へと注ぎ込み、収束させる事。
猫宮では闘気を扱う技は少ないし、魔力をそのまま剣へと纏わせるなんて考えもしたことが無かった。
けれど、この技を教わって以来、幾度となく繰り返し練習してきた技だ。
「ッ……!! 神様ッ……!!」
薄れゆく意識を必死で繋ぎ止めながら、シズクは祈りを込めて言葉を紡ぐ。
私はこの技以外に、猫宮に類しないものを知らない。故に、センリお爺様に通ずるのは恐らくこのテミスさんから伝えられた月光斬しか無い。
一世一代の大勝負。もしもこの技でお爺様を越える事ができたのなら、きっとまたテミスさんは私を見てくれるはずッ!!
「何ッ……!?」
「あれ……は……?」
そんなシズクの思いに呼応するように、シズクの構えた刀は輝きを強めていった。
煌々と輝くその光は、傍らで激しい剣戟を繰り広げるトウヤとユカリの目をも惹くほどで。
二人はけたたましい音を奏でながら打ち合わせた刀を払うと、距離を取ってその視線をシズクへと向けた。
「ッ……!!!」
「シズク……」
二人が視線を向けた先では、満身創痍のシズクが光り輝く刀を構え、悠然と構えを取るセンリと相対している。
だが、その姿にまるで戦慄を覚えたかのように身体を硬直させたトウヤに対し、ユカリの表情は厳しかった。
「シズクッ!! 駄目ッ……!!!」
「……。ッ……!!?」
叫びと共に、その顔に焦燥を張り付かせて飛び出したユカリに、トウヤが一瞬遅れて反応する。
しかし、トウヤが我に返った頃には、ユカリは駆け出した勢いをそのままに、大きく跳び上がり、トウヤの頭上を越えてセンリの背へ向けてその刃を構えていた。
このままでは追い付けない。
即座にそう判断したトウヤは、二刀を大きく振りかぶり、己の防御を棄ててユカリの背へと追い縋った。
「邪魔を……するなァッッ!!!」
刹那。
トウヤの追撃に気付いたユカリと、ユカリを止めるべく捨て身の攻撃へと打って出たトウヤの咆哮が重なって響き渡る。
閃いたのは剛然と放たれた二刀。
緩やかな曲線を描いて放たれた八つの剣閃は弾き飛ばされ、振り抜かれた二刀がユカリの両肩へと深々と喰らい込む。
「フン……」
華のように空中に舞ったユカリの血飛沫を受けながら、勝利を確信したトウヤが笑みを零した。
だが。その身に斬撃を受け、血を流しながらも不敵に微笑むユカリを見た途端、トウヤの笑みが戦慄へと変わる。
何故なら。
己が刀で切り裂いたユカリの手に彼女の長刀は既に無く、その手を離れた長刀の切先は、今まさにトウヤの胸へと突き立とうとしていた。
「貴――」
「――決着だ」
「がッ……」
目を見開くトウヤを前に、ユカリは静かな言葉でそう宣言すると、つま先で自らの長刀の柄を蹴り抜いた。
それは最早、躱す事も守ることもできない必殺の一撃で。
トウヤは言葉を発する事さえできず、ユカリの長刀によってその胸を貫かれた。
空中で組み合う形となった結果。
ユカリとトウヤは互いに切り結ぶ形で地面へと落ち、ドサリと派手な音を立てる。
しかし、そんな死闘が己のすぐ背後で繰り広げられたというのに、センリはユカリ達に一瞥もくれる事は無く、ただ一言静かに呟きを漏らす。
「相打ち……下らん結末だ。余計な情など挟みよって。所詮は真の戦を知らぬ青二才か」
「ゥッ……」
「クッ……」
その言葉通り、地面へと落ちた二人は重症ながらも、辛うじて意識を保っていた。
だが、両の肩口から深々と斬られたユカリも、胸を刺し貫かれたトウヤもギリギリで命を繋ぎ止めているというだけで、ただ痛みを堪えながら座している事しかできなかった。
「ならば、そのまま見ているが良い。猫宮へ逆らった愚か者の末路を」
センリは振り返る事すら無く二人へそう告げると、刀を構えたまま一歩、また一歩とシズクへと歩み寄っていく。
けれど、浅い呼吸を繰り返すシズクは、光り輝く刀身を持つ刀を構えたまま、静かにセンリを見据え続けていた。
「ッ……!!! 終わり……ですッ!!!」
「……そうじゃな」
そして、二人の距離が数歩程度まで近付いた瞬間。
ギラリと瞳を光らせたシズクが掠れた声で叫びを上げ、センリが溜息まじりに応ずる。
同時に、高々と構えられたシズクの刀がセンリへと一直線に振り下ろされた。
だが……。
「出来損ないに欠陥品の下らぬ技。このワシに通ずる訳があるまい」
その剣閃が放たれる事は無く、酷く退屈そうな呟きと共に、新たな鮮血が宙を舞い踊ったのだった。




