1030話 相対する絶刀
「ゼアアアアアッッ!!!」
烈迫の気迫と共に残光が揺らめき、打ち合わされた剣戟の音が鳴り響く。
ユカリとトウヤ。ギルファーきっての実力者である二人の戦いは、最早余人がその目で追う事すら叶わぬ領域のものだった。
ひとたびユカリが気合を発せば、彼女の身の丈をも超える長さの長刀は朧へと消え、無数の斬撃となって相対するトウヤへと降り注ぐ。
一方で、両の手に刀を携えているはずのトウヤの腕は、その振るわれるあまりの迅さが故に、打ち合った際に僅かに止まる動きが残した、無数の微かな残像だけが人々の目に捉えられていた。
「なぁ……なんだよ……アレ……」
「わ……わからねぇ……わからねぇ……けど……」
「凄い……」
その結果。
人々は不可視の刀の奏でる轟音を聴きながら、自らの理解の及ばぬ領域の戦いを、ただ茫然と眺めている事しかできなかった。
「っ……!!!」
「グッ……!!」
そんな凄まじい打ち合いが数分もの間続けられた後、ユカリとトウヤは互いに眉を顰めて苦悶の声を漏らしながら、同時に飛び退いて動きを止める。
無論。僅かばかりの距離が開いたとはいえ二人が構えを崩す事は無く、荒い息を吐きながら刀を構えて睨み合っていた。
「ハ……ハッ……!! 思えば、お前とこうして死合うのは初めてだな」
「ッ……!! 当り……前だッ!! 我等が本気で刀を交えればどちらかが命を落とす事になるッ!!」
「あぁ……故に、お前との手合わせ……互いに加減をしての戦いは酷く退屈だった」
「何故ッ……!! 何故お前は笑っているッ!! お前は何のために……何を求めて戦っているんだッ!?」
二人はどちらも一騎当千の実力を持つ猛者だ。しかし、その顔に浮かんだ感情はまるで真逆で。
眉間に深く皺を寄せ、何かを堪えるように唇を噛み締めて戦うユカリに対し、トウヤはまるで堪えかねたかのような薄い笑みを浮かべ、とても愉しそうに戦っている。
「何の為……? 決まっているではないか。俺は猫宮が刀。我等獣人族の未来を切り開くために戦っている」
「偽りをほざくなッ!! 血を分けた妹の命を易々と奪おうとした鬼畜めッ!! ヒトをヒトとして見ぬお前が、今更その血塗られた刀で未来を切り開くと宣った所で、誰が信じられるものかッ!!」
「…………嗤わせるなよ? 紫。仮にもお前は未だ猫宮に名を連ねる者。あまり醜態を晒すな」
「っ――!?」
クスリと口角を歪めて答えたトウヤにユカリが吠えた途端。トウヤの纏っていた雰囲気が一変した。
否。彼がその身に纏う冷徹な殺気は、欠片ほども変わってはいない。
ただその瞳……鋭くユカリへと向けられていた視線が、酷く見下げ果てたかのような侮蔑の光を帯びていた。
「思い違うな。俺のこの二振りの刀も、お前の持つその長刀も……猫宮の刀が血に濡れていないなどあり得ない」
「馬鹿なッ!! 私はッ――」
「――家族だろうと、人間だろうと、魔族であろうと。俺の前に……猫宮の前に立ち塞がる者はすべからく敵だ。それが長年鎬を削ってきたお前であろうと、俺の為す事に変わりは無い」
カチャリ。と。
トウヤは確りと構えていた両の刀を下すと、静かな声でユカリへと告げる。
その言葉には、冷たいながらも覚悟と呼ぶべき一本の芯が通っていて。そんなトウヤの言葉を受けたユカリもまた、両手で構えていた長刀を下すと、静かに顔を上げてトウヤと視線を合わせた。
「……それがお前の覚悟だというのなら、私が思う猫宮家が長姉としての役とは異なるな」
「…………」
「兄や姉の力は弱き弟や妹たちを助け、導くためのもの。猫宮が同胞を護るように、我等が刃は決して己が背に続く者達に向けられて良いものでは無い」
「戯れ言だ。現にお前の刀は、助け、導くべき者を護れていない」
ユカリが己が決意を口にすると、トウヤはゆっくりと首を横に振ってそれを否定する。
事実。トウヤの背後では、今も尚センリがシズクをゆるやかに嬲りながら一方的に追い込んでいた。
だが、眼前に立ちはだかるトウヤを斬らねば、ユカリがシズクを護る事はできないだろう。
元よりジズクにとって、センリはその実力に隔絶たる差のある過ぎた相手なのだ。
――残された時間は少ない。
そう直感したユカリはぎしりと歯を食いしばると、自らの心の底に残っていた迷いを振り払った。
「良く解った。刀夜……ならば私も、全霊を懸けてお前を殺そう」
「フッ……漸く本気になったか。それでこそ俺の片割れ。喰らうに値する敵だ」
大きく息を吐いたユカリはそう告げると、再びその両手で長刀を構える。
しかし、同じ構えながらもその身に、刀に纏った気迫は凄まじく、氷のような殺気が周囲を貫いた。
同時に、トウヤもゆらりと一対の刀を構えると、獰猛な笑みを浮かべて真っ向からユカリと相対したのだった。




