1025話 継がれる灯
――いったい、私の何が悪かったのだろう。何をするべきだったのだろう。
あの日からもう数日が経ったというのに、溢れ続ける後悔が止まる事は無かった。
いつまでも、なんどでも、無限に湧き出てくる後悔と疑問はぐるぐると渦巻くばかりで。
今の私には、この気持ちを晴らす事も、自らの問いに答える術も無い。
テミスさんに見限られた私なんかにできる事など、何も無いのだから。
「こっちっ!!」
「う……うん……」
そんな何処か空虚な心持ちを抱えたまま、シズクはカガリに手を引かれ、人気のない廊下を駆けていた。
外に出る。カガリは気分転換だと言うけれど、ムネヨシ様に禁じられている以上、それはきっといけない事なのだろう。
けれど、カガリはカガリなりの考えがあるはずで。私が口を挟むべきではないのだ。
「…………」
外に出た事がムネヨシ様に知られればきっと、こっぴどく怒られるに違いない。ならその時はせめて、私がカガリに頼んだ事にしよう。
シズクは密かに息を吐きながら胸の内でそう決めると、ぼんやりと彷徨わせていた意識を現実へと向ける。
途端に広がったのは、人気のない廊下。けれど、廊下とはいえ室内だというのにまるで外かのように酷く寒かった。
それもその筈。ここは確か、先日テミスさんがあの騒動を起こした場所で。結局この騒動の中では修復の手が足りず、応急処置しか施されていなかったはずだ。
「……予想通りッ!! やっぱり今なら、養生の隙間から抜け出せば、正面玄関を通らずに出入りができるわ!」
シズクがぼんやりとそんな事を思い浮かべている間に、生き生きとした笑みを浮かべたカガリは歓声を上げると、手をつないだまま部屋の中へと身体を滑り込ませていく。
その後ろを為されるがままに、シズクはただカガリの背を眺めながら着いていった。
……のだが。
「ハァ……。シズク姉。いい加減しっかりしてッ!!」
「っ……!!!」
すきま風の酷い荒れた部屋の中に入るや否や、クルリと身を翻したカガリは腰に手を当ててシズクを一喝した。
強い言葉と共に、深い皺が刻まれるほどに寄せられた眉が一瞬だけシズクに恐怖を与えたが、呆気に取られてカガリを見ているうちに、不思議とその感情は霧散していく。
「いい? あんな事言われて落ち込む気持ちはわかる。けど、いつまでもずっとウジウジ悩んでるなんてシズク姉らしくないッ!!」
「ウジウジ悩んでるなんて……そんな事は――」
「――あるッ!! シズク姉があの人に何を見て、何を期待しているのかなんて私には分からない。けれど……違うでしょッ!!」
カガリはそのまま自分の側へと引き寄せるようにしてシズクの両肩を掴むと、まるで自らの苦しみを吐き出すかのように言葉を叩きつけた。
その言葉はどれも、どうしようもない程に確信を突いていて。シズクは思わず逃げ出そうと薄い笑みを浮かべながら視線を外そうとするが、肩を捕らえたカガリの手がそれを許さなかった。
「私はシズク姉が大好きだッ!! 他の姉様たちや兄様たちと違ってずっと一緒に居てくれたし、私に優しくしてくれる。私はそんな姉様とずっとずっと一緒に居たい!」
「っ……!! 当り前じゃないですか。たった一人の妹なんです。私だって、カガリとずっと一緒に居たいです」
「……姉様の笑顔が好きです。姉様の頑張っている姿が好きです。しっかりしているけれど朝だけはどうしても弱い所とか、ちょっとだけ融通が利かない所とか。全部全部大好きです!!」
「えっ……と……」
突如。熱っぽい口調で一気にまくしたて始めたカガリに、シズクは戸惑いながらも自らの肩を強く掴む手に掌を合わせて柔らかく包み込んだ。
何が言いたいのかは分からない。けれど、この子がこういう事を言う時は決まって、素直な気持ちで、すごく大切な事を言いたい時だから。
そう直感したシズクは、密かに大きく息を吸い込んで空虚な気持ちを心の隅へと追いやると、柔らかな笑みを浮かべてカガリの言葉を待った。
すると。感情がむき出しになった荒い口調のまま、カガリはシズクに向かって口を開いた。
「でも!! 私が憧れたシズク姉は今の姉様じゃない!! 私にとってシズク姉様は英雄なんです!! 家を出たあの日もそうだった!! 間違った事は絶対に見逃さない! 違うッッ!?」
「……!! 待って、カガリ。確かに私は猫宮家の考えが間違ってると思います。けれど、それと今回の事は話しが別です」
「別じゃない!! ずっとずっと考えてもわからないんでしょう!? だったら姉様は間違っていない!! 悪くないッ!!」
「カガリ……」
「ならッ!! アイツが泣いて謝ってしまうような手柄を立てて度肝を抜いてやろうよ!! 私がシズク姉を助けるから!! 手伝うからッ!!」
言葉を重ねていく内に、荒ぶる感情を抑える事ができなくなったのだろう。
カガリは途中からボロボロと涙を零しながら、必死の形相でシズクにそう訴えると、そのまま嗚咽をあげて掴んだ肩へと目頭を押し付ける。
その熱量は、シズクが自らの心の隅へと押し込んだ虚無感や絶望を、軽々と吹き飛ばしてしまう程に強烈で。
シズクは自らの心臓がドクドクと高鳴るのを感じながら、自らの肩に顔を押し付けて泣きじゃくる妹の頭を優しく撫でた。
「……ありがとう、カガリ」
静かに呟いて、シズクはカガリの身体を抱き寄せる。
カガリが思い出させてくれた。遠すぎる背中に、まるで置いて行かれた子供みたいに絶望して忘れていた事を。
わからないのならば、聞けばいい。
自分の何が悪かったのかを。自分の何が至らなかったのかを。
今はただ、その為に全力を尽くすべきなのだ。
「行きましょう。カガリ、遠慮なく手を借りますよ?」
「っ……!!! はいッ!!」
笑顔を取り戻し、顔を上げたシズクが腕の中のカガリの背を優しく叩きながらそう告げると、カガリはくぐもった声で言葉を返した後、すぐに身体を離して涙を拭う。
そして、姉妹は目を合わせて笑顔で小さく頷き合った後、破壊された部屋の窓に張られた養生の隙間から、外へと飛び出していったのだった。




