1021話 その店の名は
「出て行っておくれッ!!」
「二度と来るなッ!!」
「さっさと失せろッ!!!」
最初に除いた服屋らしき店を出た後、テミスはそこが何屋であるかなど見る事も無く、ひたすら目に付いた店を覗いていた。
しかし、どの店も店の中に足を踏み入れて十分と滞在する事は許されず、最後は決まって怒りに顔を歪めた店主の怒声を背に受けながら追い出され続けている。
「お前みたいな奴に売るモンは無ェッ!!」
「ッ……!! ハァ……やれやれ。まともな店は一軒も無いのか? どいつもこいつも勝手に人を品定めするようにまじまじと眺めたかと思えば、小馬鹿にしたように嘲笑いやがって……」
怒声と共に店を叩きだされた後、テミスは深いため息を吐いて空を仰ぐと、うんざりとした口調で呟きを漏らした。
服屋に始まり鍛冶屋や雑貨屋、果ては八百屋や肉屋に至るまで。どの店に顔を出しても二言目には『出て行け』だし、こうまで強烈に拒絶されると流石に気持ちも荒んでくる。
尤も、店主たちの反応を見る限りでは、既に私の事はこの辺り一帯に軒を連ねる店の間に伝わっているらしく、猫宮家への圧力という意味で捉えれば目標は達成していると言えるのかもしれない。
「定時連絡まであと一時間程か……だが……なぁ……」
自らの胸中を現したかのようにどんよりと曇った空を見上げながら、テミスは乾いた笑みを浮かべてひとりごちる。
たとえそうなると頭では理解していたとしても、現実に怒鳴られ、罵声を浴びせられながら店から叩き出されるというのは嫌なものだ。
元来、店から叩き出されるなんて事態には、余程道理から外れた言動をとるか、見下げ果てる程の横暴を働かねばなる筈がないという常識が、今も尚テミスの心を苛み、次の店へと向かう足を鉛のように重くしていた。
「ハァ……だが、これも仕事だ……」
萎えかけた気持ちを奮い起こしながら、テミスは最早店の先に掲げられた暖簾に一瞥もくれる事すら無く戸を開けると、気怠さを隠さずに店の中へと足を踏み入れる。
どうせ、数分もしないうちに叩き出されるのだ。買い物が出来ないのであれば何を取り扱っている店であるかなんて見る必要は無いし、店の名前など覚える価値も無い。
そんな、半ば投げやりな気持ちのまま、テミスは足を踏み入れた店の中へと視線を走らせた。
「フム……ン……?」
だが、テミスを出迎えたのはこれまで覗いてきた店とは様相が異なり、一目見ただけではここが何屋であるか理解する事はできなかった。
何故なら、この区画の店にしては珍しい客と店主のスペースを区切るように設えられたカウンターには、瓶やら草やらなめされた革やらと雑多な物が所狭しと並べられており、壁には刀や槍、弓矢といった武具が飾られている。
「いらっしゃい。おや……? 一見サンですかい?」
「あぁ。やはりここも会員制か何かを採用している店か? 特に誰の紹介という訳でも無いが」
「フッ……お客さん。その様子じゃぁ随分な目に遭われたようで」
「まぁな。出て行けだのなんだのと言う罵声は一生分は聞いたさ」
来店したテミスの気配を感じたのか、挨拶の言葉と共に店の奥から店主が姿を現す。
しかし、すぐにその表情を驚きに染めると、この区画で店を構える連中お気に入りのセリフを発した。
故に、テミスは胸の内を過った苛立ちに任せ、ありったけの皮肉を込めてその言葉に応えたのだが、店主はクスリと涼し気な笑みを浮かべただけで穏やかに言葉を返してくる。
「そいつぁ災難でしたね。って事は、お宅が噂の店荒らしって訳だ」
「……店荒らし?」
「つい先ほど、駆け回っていた丁稚小僧がウチにも来まして。お客さん随分な言われようでしたよ?」
「フン……店を構える者の風上にも置けん連中だ」
よく言えば一風変わった風体、悪く言えば怪し気な雰囲気を纏った店主は肩を竦めながらテミスの愚痴に応ずると、特に追い出す素振りも無く穏やかな笑みを浮かべたまま、カウンターの裏で佇んでいた。
それはここがファントであれば、ごくありふれた店主との世間話だった。だが、店から叩き出され続けていたテミスにとって、この町で受ける普通の接客は至極新鮮に感じられた。
「クス……確かに、特に外からいらっしゃったヒトでしたらそう感じるのも無理は無い。ですが、ご安心を。ウチは一見サンでも、どんな方でも大歓迎ですので」
「……そうか。それを聞いて安心した。所で……すまない、この店は何を扱っている店なんだ?」
だからこそ……なのだろう。
テミスはにっこりと満面の笑顔を浮かべて応じた店主の言葉を違和感なく受け入れ、先程から胸の内に抱いていた疑問を隠す事無く質問する。
「おや。暖簾……ご覧になりせんでした? では……コホン。ここは万事屋。万だけではなく、万の事を取り扱っているお店です」
すると、店主は不敵な笑みを浮かべた後、どこか嬉しそうに一息を吐いてから、大仰な身振り手振りを加えてテミスの問いに答えたのだった。




