1020話 声高な進撃
翌日。
朝日が昇りはじめ、通りにちらほらと人が行き交い始めた頃。
テミスは外套を目深に羽織った姿で、エモン通りを訪れていた。
「……なるほど? これ程の街並みならば、わざわざ大層な名を付けるのにも頷けるな」
道の真ん中に立ったテミスは、右から左へと通りを一望すると、クスリと笑みを浮かべて小さく呟きを漏らす。
通りに軒を並べた店々はどれも大きく、店先に掲げた見るからに高級そうな暖簾一つをとっても、多くの人で賑わう繁華街のそれとは比べ物にならない。
その光景はまさに、街並み自体が格の違いを示しているかのようで。
このエモン通りの辺り一帯に住む者達が、如何に大きな力を持っているのかが見て取れた。
「さて……と……」
通りの隅から隅までを見渡した後、テミスは小さく息を吐いてから、自らがどう動くべきかを模索した。
アヤの話によれば、エモン通り一帯には特に獣人至上的な考えを持つ者が多く住んでおり、彼等の身分が高い事も手伝って、ほとんどの店では獣人族以外の種族の者は元より、同じ獣人族であっても馴染みの客からの紹介が無い一見客は門前払いされるらしい。
見れば、道行く者達の身なりもしっかりと整っており、外套を被って身を隠している者などテミスくらいしか居なかった。
故に……だろうか。先程から通り掛かった者達は不安そうな視線をテミスへと向けながら、足早に過ぎ去っていく。
「クク……皮肉なものだ。身を隠すための外套が、逆に人目を惹く羽目になるとはな。だが、それも今回は好都合というもの」
今回の行動はいわば威力偵察のようなものだ。無論、こちらから積極的に刃を交える気は無いが、奴等に私がここに居る事を知ってもらわなければ意味が無い。
ならば、やるべき事は一つ。寝入り端に羽音高く襲い来る蚊のように、徹底的に連中を揶揄ってやるのだ。
「ま……ず……は……ウィンドウショッピングとでも洒落込むか」
テミスは一人、クスクスと不気味に肩を揺らして笑った後、通りに並ぶ店へむけてゆらりと足を向けた。
もしも、一見客だからと断らない殊勝な店があれば、拠点で待つオヴィムやアヤ達に土産の一つでも買って帰ってやるのも面白いかもしれない。
尤も、緊急事態が起こらなくとも、数時間おきに連絡要員が寄越される手はずになっているのだから、駆り出された者にとっては土産にはならないが。
「最初は……ほぉ……? 羽織りか」
「いらっしゃ……っ!!」
気の向くままに手近な店の暖簾をくぐり、テミスは素早く店内へと視線を走らせる。
中の造りは外見相応に変わった造りをしていて、横に大きく広がった土間から上がり込む形で広間のような部屋が広がっていた。
見たところここは、反物を取り扱う店のようで。店内にはまるで巻物のように並べられた反物の他に、幾つか羽織りや外套なども陳列されていた。
だが、客が来たというにも関わらず店主らしき男は出迎えの台詞を途中で止め、あからさまな不快感を露にして怪訝な表情でテミスを睨み付けている。
「フムン。なかなか良い柄だな……これ。手触りも良い。値段は……? ほぉ……? これはこれは、最高級品じゃないか」
「あっ……!! ぁ……」
しかし、テミスは店主の視線など意に介する事無く間口に軽く腰をかけると、店主が止めるそぶりを見せる間も無く、身を乗り出して並べられていた羽織をべたべたと触りながら白々しく感想を口にしていく。
「ん~……だがちと薄い……か? ならばこっちの物はどうだろうか……」
視界の隅で、呆然とした店主の顔色が怒りへと変わっていく様子に、テミスは密かにほくそ笑むと、追撃とばかりに隣の羽織へと手を伸ばす。
こちらは、最初に触った真っ白い羽織とは大きく異なるらしく、黒一色で彩られた表面は鱗がついている訳でも無いのにテカテカと輝きを放っていた。
そして、蛇の鎌首が如くもたげられたテミスの手が新たな外套に触れる直前。
「お客人ッ!!!」
「ン……?」
「あまりウチの品に触らんでください。ウチで取り扱っている物はそんじょそこいらで買えるような代物じゃあ無いんですよ」
叫び声と共に店主が憤怒の形相で駆け寄ってくると、テミスの魔手から庇うように商品を引き下げていく。
「ふゥん……? 不思議な事を言うな? この店は羽織や外套……つまり身につける物を売っているというのに、客に手触りすら確かめさせないのか?」
「あのデスねェ……。もう一度言いいますが、ウチの商品は高級品ばかりなんでさァ。お客人のようにぞんざいに触れられては品が痛んじまう」
「フッ……ハッ!! 面白い冗談だ。いくら高級な品であろうと服は服。美術品では無いのだぞ? 手に持った程度で気に病む程痛むようでは、到底着れたものではあるまい」
そんな店主に向かって、テミスは羽織の手触りを確かめるべく伸ばして手を引っ込めると、皮肉気に言葉を返した。
だが、お客人と呼びながらも店主は最初からテミスを客などとして見ていない訳で。
それを理解しているが故にテミスは、なるべく店主の癇に障るような言葉を選び、高級な服を扱う店の店主の逆鱗であろう所を、まるでその上でタップダンスを踊るが如く挑発をしているのだ。
「ッ~~~!!! 黙れェッ!! 貴様のような物の価値すら理解できん馬鹿が居るからこそ、ウチは一見はお断りなんだ!! さっさと出て行けェッ!!」
「ククッ……」
愉悦を湛えた顔で笑うテミスに、店主はとうとう堪えかねて罵声を浴びせると、間口に腰掛けたテミスの頭を叩くように手を横に大きく振り抜いた。
しかし、テミスは店主の手が届くよりも一瞬早く立ち上がると、視界の隅に映った品に目を止めて笑みを深める。
そこに陳列されていたのは、テミスが今この身に纏っている外套と同じ輝きを放つ生地の用いられた外套だった。
「一見はお断りか。それは残念。だが……良かったかもしれん。店主のお前の目がそうも節穴では、並べられた品もたかが知れているというものだ」
「な……にィ……ッ……?」
「せいぜいこれからは、客の身なりは風体に囚われずにしっかりと確かめるのだな」
「あァ……? 何をわけのわからん事をッ……!!! さっさと去ねェッ!!」
身軽に立ち上がったテミスは、クルリと身を翻しながらありったけの皮肉を込めた言葉を言い残すと、店主の罵声を背に受けながら店を出たのだった。




