1019話 縁の下の要
「方針を変える必要がある」
拠点へと戻ったテミスは、丁度そこに居合わせたオヴィムを呼び止めて宣言した。
一方で、唐突に呼び止められた形となったオヴィムはただ目を白黒とさせる事しかできず、妙に気まずい沈黙が二人の間を支配した。
「ウ……ウム……。そうか」
「あぁ」
「よもや……打って出るつもりか?」
「いや……」
続く言葉を待ったオヴィムだったが、終ぞ開かれる事の無いテミスの口に根負けして問いかけるが、その答えはただ短く返されるだけだった。
そして再び訪れる沈黙。
その様子はまるで、無理に動かそうとした錆び付いた歯車が軋んでいるかのようで。
テミスも違和感を感じ取っては居たのか、眉を顰めて首を傾げていた。
「横から失礼します。つまるところ、テミス殿の動き方が変わるだけで、我々はこれまで通りで構わない……と、いう事ですか?」
「っ……! あぁ、その通りだ」
「フム……」
そこへ、横から顔を出したアヤが口を挟むと、その言葉をテミスが肯定する形で頷いて初めて、オヴィムが理解したかのように小さく息を漏らす。
そうして漸く動き始めた場の空気を眺めながら、アヤは内心でため息を吐いた。
テミスと関わりの薄いアヤとしては推察する事しかできないが、恐らくこのテミスという少女は普段から指揮を執る立場に居るのだろう。
故に、彼女にとって情報は報告されるものであり、自らの得た情報、行動の方針やその計画内容などを、事細かに共有するという事に慣れていないのだ。
これまでは、彼女の傍らに居たシズクが会話の中で自然にそれを引き出し、共有していたのだ。しかし、シズクが抜けた今、拠点に残る者と前に出て動く者を繋ぐ役割を果たす者が居らず、その結果このような無残な状況に成り果てている。
「失礼を承知で申し上げます。独自に動かれるのは結構ですが、拠点に残る我々に逐次報告をいただかなければ、我々は如何ともできません」
「……そうだな。事実、儂は今お主が何をしてきたのかを知らぬ。猫宮家に相対する為の作戦の一環であることは理解しているがな」
「なに……? っ……!!! そう……か……」
一歩前に進み出たアヤが深々と頭を下げた後、厳しい口調でテミスへと苦言を告げる。
そしてそれを肯定するかのようにオヴィムも頷きながら、酷く言い辛そうに重たい口調で言葉を続けた。
そんな二人の言葉にテミスは、驚愕に目を見開いて身体を硬直させた後、何かを噛み締めるように口元へと己が手を当てて考え込み始める。
「……すまない。少し待ってくれ」
「はっ」
「うむ」
同時に、テミスは辛うじて言葉を返すと、小さく頷く二人を尻目に高速で思考へと没頭していった。
まるで、真っ向から頬を殴り飛ばされたかのような衝撃だった。
ここはギルファーの地で、彼女たちもオヴィムも私の部下ではない。
だからこそ目標を定めて共有し、必要に応じて協力を要請して役割を分担する。
それが、協力者であるオヴィムにとっても、ムネヨシから貸し出された戦力である隠密たちにも、最も抵抗なく動きやすいやり方であると思っていた。
しかしこうして言われてみれば、目的を共にしながらここに動いているだけの、烏合の衆に過ぎないではないか。
「っ…………」
その事実に気が付くと、テミスは無意識に唇を噛み締めていた。
事ここに至り、何故……などとは言わない。シズクとカガリをムネヨシの元へと戻して早々にこれなのだ。原因など火を見るよりも明らかだろう。
思い返してみれば、今この拠点に居る隠密たちはシズクの配下の者達だ。その指揮を執っていたのは当然シズクだし、翻って協力者であるオヴィムとの折衝を担っていたのもシズクなのだろう。
シズクはこれまで、私の傍らに居ながら、私の意図を汲み取って陰から全体の指揮を執っていた事になる。
「ふ……はは……何たる体たらくだ」
つまるところ、今の我々はシズクという要石を欠いた、ただの寄せ集めに過ぎない。
如何に個々の戦力が高かろうと、これでは宝の持ち腐れだ。
長い沈黙を経て平静を取り戻したテミスは、オヴィムとアヤへ向けて深々と頭を下げると謝罪を口にした。
「……現状は理解した。私の認識不足だ。申し訳ない」
「いえ」
「まぁ……仕方あるまい」
「だが、私はこの国では外様。厚顔無恥にもシズクの……ひいてはムネヨシの部下であるお前達の指揮を執る訳にはいかん」
そんなテミスに二人がそれぞれに答えを返すと、テミスはゆっくりと頭を上げて頑なな口調で宣言をする。
私もオヴィムも、各々に意図があるとはいえ、その根本は融和派への協力者なのだ。それを崩してしまっては元も子もないだろう。
「故に、私の次の目標も共有しよう。奴等をおびき出す為には町をぶらつく程度で足りないらしい。ならばもっと深くへ……奴等の喉元へまで迫ってやるッ!!」
一度言葉を切り、テミスはオヴィムとアヤへと順番に目を合わせた後、ギラリと獰猛に瞳を輝かせてそう続けたのだった。




