1017話 理由を求めて
一方その頃。
テミスの側を離れたシズクは、ムネヨシと共に融和派に舞い込む業務をこなしていた。
何故。どうして。焼け焦げるような思いが頭の片隅から離れる事は無いけれど、先日の戦いの後処理を主とする激務のお陰で深く考える暇も無く、すでに数日が経過している。
「…………」
シズクはカリカリと素早く紙の上にペンを走らせると、傍らにうず高く積まれた書類の山へと視線を移す。
この中に、先日捕らえた過激派の者達から聞き取りを行った際の調書があるはずなのだけれど、目当ての書類は膨大に運ばれてくる書類や資料の中に埋もれているらしい。
だが、山脈の如く積み上げられた紙の束は、シズクの心を萎えさせるには十分過ぎた。
「ハァ……」
しかし、これはムネヨシ様から与えられた仕事だ。ならば、決して投げ出すわけにはいかない。
胸の中でそう呟くと、シズクは折れそうな心を辛うじて忠誠心で繋ぎ止め、うず高く積まれた書類の群れへと手を伸ばした。
本来ならば今頃は、拠点の改修を取り仕切っていたはずだった。皆の頑張りのお陰で、ボロボロだった拠点もかなり形になってきてはいたし、完成するのは間近だった。
もしも無事に改修を終える事ができたのなら、皆であの一階の大きな作戦卓を囲んで、完工式でもしようか……なんて考えていたのに。
「なんで……」
ボソリ。と。
胸から溢れた思いが口をついて零れ、書類を探していた手もピタリと止まる。
私としては、最近テミスさんとは良好な関係を築く事ができていたと思っていた。はじめは声をかけるのは私の方からばかりだったけれど、近頃はテミスさんの方からも何かと声をかけて貰う事が増えていた。
それに何より……月光斬だ。私はあの拠点の中で唯一、テミスさんから彼女が持つ技の中でも恐らく奥義に相当する技の手ほどきを受けていた。
だから、あの人の中で少しでも特別な存在になれた……と。喜んでいたのに。
「まさか……とは思いますが……」
剣の腕を見限られた……?
そんな思いが心の片隅を過ると、シズクは自らの背筋を悪寒が駆け巡っていくゾクゾクとした悪寒に身を震わせた。
まさか、そんな筈は無い。
まだ、闘気の収束と魔力の放出に時間はかかるし、威力もテミスさんには遠く及ばないけれど、一応形ばかりの斬撃を繰り出す事はできるようになった。
初めて成功させたときは、ちょうど修練に付き合っていてくれたテミスさんも驚いていたし、あのテミスさんにしては珍しく真っ直ぐな言葉で褒めてくれた。
「…………」
だからこそ、猶更わからない。
どうして急に切り捨てられてしまったのかも、私自身の何が至らなくて、あんなにテミスさんを怒らせてしまったのかも。
一度考えだした思考は止まることがなく、シズクは最早書類の山を探る手すら机の上へと放り出し、深々と考え込んでしまっていた。
「シズク」
「っ……!! も、申し訳……ありませんッ!!」
柔らかな声と共に、ムネヨシにその様子を見咎められたシズクはビクリと肩を跳ねさせると、悶々とした思いを振り切って再び書類へと手を伸ばす。
そうだ。今の私の仕事はムネヨシ様の補佐。あんな形でテミスさんの元から送り返されてきた私が、与えられた仕事すら満足にこなす事ができないと思われてしまえば、弁明の機会すら無くなってしまう。
そんな思いに背を押されるようにして、シズクは再び書類の山との格闘を始めた。
だが、その傍らでシズクを見つめるムネヨシの視線は酷く悲し気で、まるで酷く痛ましいものでも見るかのような目でシズクを見つめていた。
「ムゥ……」
しばらくの間、ムネヨシは必死で働くシズクの姿を眺めた後、密かにため息を吐いた。
今回の一件に関して、ムネヨシはテミスの寄越した書簡を読み、その意味と意義を理解している。
だが同時に、書簡に綴られた文字はテミスの迷いや苦悩を現すかのように震えており、眼前で心ここにあらずといったシズクの様子も含めて心を痛めていた。
働く事で気が紛れるならば……と、雑務を与えてはみたものの、カガリの方は兎も角シズクは日に日に憔悴していっている。
「……一刻も早く、片が付くと良いのだが」
こんな状態では、自分が休めと告げたところで逆効果だろう。あまりにも酷いようならば暇を出すしか無いが、今は口を出すべきではない。
そう考えたムネヨシは静かにシズクから視線を外すと、深いため息と共に自らの仕事を再開したのだった。




