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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第18章

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1015話 前進の対価

「……テミスよ。そこに居るか?」


 シズク達がテミスの部屋を去ってから十数分後。

 テミスは未だ、胸を焦がす慟哭を堪えて机に突っ伏したまま動けずにいた。

 だがそこに、控えめに戸を叩く音と共に、扉の向こう側から静やかなオヴィムの声が響いてくる。


「先程、彼女たちとすれ違った」

「…………」

「全く……お前という奴は……」

「…………」


 しかし、その優し気な声にすらテミスは言葉を返す事ができず、じわじわと胸の内側を広がっていく喪失感に、その身を震わせて堪えていた。

 あんなに必死なシズクの姿を見たのは、ファントで初めて相対した時以来だろう。

 もしも、私が全てを話せば、シズクをああまで追い詰める事は無かったのだろうか?

 もしも、こんな突き放すような方法ではなければ、シズクの信頼を裏切らずに済んだのだろうか?

 さまざまな『もしも』が頭の中を狂ったように駆け巡り、テミスの心を孤独と後悔が塗り潰していく。


「入っても……構わぬか?」

「…………好きにしろ」


 スン……。と

 少し大きめな声で問われたオヴィムの声に、テミスは微かに鼻を鳴らしながら辛うじて答えを返す。

 シズク達の反応は予測し、十分に覚悟していた筈だった。それでも尚、実際にああまで取り乱されては、良心が痛まぬはずが無いし、今も尚この胸を掻き毟りたいほどに苦しくもある。

 だが、この程度の苦痛で涙を流す程、軟な心は持ち合わせてはいない。


「……。その様子では、随分と堪えているようだな?」

「あぁ……いっその事、口汚く罵ってくれた方が楽だったよ」


 微かな音と共に扉が開かれ、オヴィムが部屋の中へと入ってくるが、テミスは鉛のように重たい体を起こす気にはなれず、机の上へと突っ伏した姿勢のまま、弱々しい声で言葉を返す。


「そうまで苦しむのならば、何故この道を選んだ?」

「……こうするしか、無かったからだ」

「フゥム……。お主がそう言うのであれば、そうなのであろうな」

「…………」


 ドスリと重い音を立ててオヴィムが腰を下ろす音を聴きながら、テミスは机の上へと身を投げ出したまま静かにその目を閉じた。

 そうだ。こうする他に方法は無かった。

 シズクの事だ……自らの家が絡んでいるとなれば、いくら言葉を紡ごうと我々の側を離れる事は無いだろう。

 それはこの拠点に留め置いても同じ話。たとえ一室を割いてシズクの身柄を捕らえたとしても、決して諦める事無く食らい付いてくるはずだ。

 彼女の思いは、期待は、信頼は、それ程にまで大きい。

 そんな事は、とうの昔に理解している。


「そう案ずるな。お主の側にはまだ、こうして儂も居るであろう? それに、彼女もいつの日かきっと、そうして心を砕くお主の思いを理解してくれるとも」

「フン……。無用な慰めだ。私がいつ、寂しいなどと口にした?」

「フフ……そうか。儂の杞憂ならば良いのだ」


 優しく包み込むようなオヴィムの言葉に、テミスは棘のある口調で応ずる。

 しかし、オヴィムのまるで親がその傍らで子を見守るような暖かい態度が変わる事は無かった。

 そんな多くを語らぬオヴィムが傍らに居たからこそなのだろうか。つい先ほどまでは、胸が圧し潰されてしまいそうな程に感じていた苦しみも和らぎ、千々に乱れていた思考も平静を取り戻しつつある。

 だからこそ。

 テミスは息を吹き返した意志の力で自らの感情を捩じ伏せると、頭の中で一つの結論を導き出した。

 猫宮家を相手取るにあたってシズクを側に置く事はできない。だが、当のシズクが理論すら通じぬ程の感情を有しているというのなら、その思いを、期待を、信頼をへし折ってしまう他に手は無い。


「……すまないオヴィム。心配をかけた」

「気にするな。たとえ必要であると理解しておっても、信を置く仲間へ辛く当たるのは身を斬るよりも辛かろう」

「あぁ。だが、もう問題無い」

「っ……!! テミス……お主……」


 静かな言葉と共に突然、テミスは机の上へと投げ出していた身体をムクリと起こした。

 その動きは、つい先ほどまで嘆き苦しんでいた者だとは思えぬほどに機敏で。深く頷きながらテミスへと視線を向けたオヴィムは、自らの言葉に応えるテミスを視界に収めると思わず息を呑んだ。


「シズクの思いを踏みにじった分は動かなくてはな。まずは現状を確認した後、即座に作戦行動へ移る。おそらくだが、オヴィムはアルスリードと共に拠点の維持と防衛を任せる事になるだろう」

「……承知した」


 素早く立ち上がりながら、凛とした声で言葉を続けるテミスの眼光は氷のように冷たくて。

 その身を翻して自らの部屋を後にするテミスの背に続くと同時に、オヴィムは胸の内に込み上げるやり切れない思いを飲み下しながら、静かに頷いたのだった。

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