表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/2269

91話 英雄の憂鬱

 ルギウス達がラズールに戻ってから数日後。テミスは新たな問題に直面していた。


「っ……流石に参るな……」


 執務机にへばりつくように身を投げ出したテミスは、覇気のない声で呟いた。


「テミス様、まだ赦して貰えていないんです?」

「ああ……今日でもう十二日めだ……毎日顔を突き合わせるだけあって気まずくて仕方ないよ」


 緩やかな笑みを浮かべたサキュドが通りしなに声をかけると、テミスは相も変わらず弱り切った声で答えを返す。これではまるで、家に居場所が無くて職場に逃げ込んでいるダメオヤジではないか……。居候の私の場合、肩身が狭いのは事実なのだが。


「マーサさんは気にしなさんな……なんて笑ながら言ってくれるが、辛いことに変わりは無いぞ……今日は詰め所(こっち)に泊まろうか……」

「テミス様。お気持ちはお察しいたしますが、それは徒に傷口を広げるだけかと」

「だよなぁ……」


 書類を手に近付いてきたマグヌスが会話に加わると、ゆっくりと身を起こしたテミスががっくりと肩を落とした。


 テミスはファントに戻って来てからというもの、アリーシャと一度も口をきいていなかった。いや、正確には帰ってきた直後に一度、泣きながら思いっ切り怒鳴られたのだが……それ以降は向こうから話しかけては来ないし、私が話しかけても配膳に必要な最低限の事務的なやり取り以外は、一切答えてはくれないのだ。


「失礼いたします! って……どうかされたのですか?」

「ん……? ああ、ハルリトか。傷の調子はどうだ?」


 ノックと共に扉が開かれ、テミスは弱気の虫を引っ込める。しかし、それも一瞬遅れたのか、違和感に感付いたハルリトが首をかしげている。


「ええ。お陰様で壮健です。明日から復隊いたしますので、そのご挨拶をと思いまして」

「その為にわざわざ……律儀な奴め。明日で良いだろうに。ご苦労」


 テミスはそう言って微笑むと、それを見たハルリトの顔が雷に打たれたかのように凍り付く。


「テミス様は……テミス様は本当にお加減はよろしいのですか? 私などより、はるかにお怪我を負われていたと聞きますが……」

「くふっ……」


 数秒の逡巡の後、心底痛ましそうな表情でハルリトが尋ねると、真横でそのやり取りを聞いていたサキュドが笑い声を漏らす。


「テミス様のコレは恋煩いよ。愛しのアリーシャに口を利いて貰えなくて寂しいのよ」

「サキュド?」

「そんなにしょぼくれてるんだから仕方ないわよ。変に取り繕うと、部隊に妙な噂が流れるだけだと思うケド?」


 テミスがため息と共に窘めると、片目を瞑ったサキュドはそれを受け流すかのようにクルクルとその場で回って悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ああ、その事でしたか……我々としては、羨ましいものですけれどね」

「勘弁してくれ……羨ましいと言うのならば、代わってくれても構わんのだぞ?」


 事情を察したハルリトが苦笑いを浮かべると、弱気の虫を隠す必要の無くなったテミスは、再び机へと身体を預けた。


「代わりたくて代われるものではありませんよ。大怪我をして怒ってくれる人が居ると言うのは心底羨ましく思います」

「他人事だからそう言えるんだ……全く、気楽な奴め。なぁ、マグヌス?」

「いえ。申し訳ありませんが、こればかりはハルリトに同意いたします」

「なんだマグヌス……お前もか……」


 テミスは援護を求めたマグヌスに裏切られると、もぞもぞと身体を動かして部下たちに背を向け、窓の外へと視線を投げた。宴の夜以降、部隊の連中がなんだか妙な所で強引になった気がする。


「そう言った感情は、我等には縁遠いものですから。傍から見ていて羨ましくもありますし、嬉しくもあるのです」

「っ! ……そうか。そうだったな……ん? 嬉しい?」


 丸めた背に投げかけられたハルリトの言葉にテミスは頷くと、その語尾に付け加えられた台詞に疑問を投げかける。


「ええ。我等が軍団長様は、本当に大切にされているのだ……と。テミス様をお守りする我等も一層の気合が入ります」

「っ……馬鹿な事を言っていないでさっさと戻れ。休暇の最終日なのだろう? 私なんかに気を遣う暇があるのなら、美味い飯の一つでも食ってこい」

「ハッ! それでは、マーサさんの食事を戴きに参ろうと思います」

「………………そんな事いちいち私に報告するな」


 ハルリトの言葉に再び顔を背けたテミスは、戸の閉まる音がしてから暫くして、窓の外に目を向けたまま呟いた。一番重症だったハルリトの復帰を以て、部隊の損壊は完全に回復する。あとは、アリーシャさえ元に戻ってくれれば全て元通りの平和な日常なのだが……。


「どうすればいいんだ……?」


 弱音を吐き続けるテミスの背を、部下たちの生暖かい視線が見守っていたのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ