1008話 寂寥の邂逅
「では、また来る」
「毎度どうもっ! また御贔屓に~」
昼下がり。
拠点を抜け出したテミスは一人、ギルファーの町の中をブラブラと当ても無く歩き回った後、いつぞやの約束通りジュンペイの店へと足を運んでいた。
以前。アルスリードを連れ出した後に立ち寄って以来、テミスは折を見てこの店を利用している。
その理由は二つ。
一つは、店に並ぶ品がどれも品質が良く、適性な値付けがされている事。もう一つはこの店がギルファーの外からも広く仕入れを行っており、この国の外の情報も買う事ができるからである。
無論。あの雪洞の一件の約束を果たすという側面も無くは無いが、結果的にアレはただの切っ掛けに過ぎなかったといえる。
「フッ……相も変わらず商売の上手い奴だ」
ジュンペイの賑やかな声に見送られて店を後にしたテミスは、小脇に大きく膨れた紙袋を抱えて呟きを漏らす。
その開いた入り口からは、酒瓶や干し肉など雑多な物が見え隠れしている。
だが、テミスがこの店を訪れる真の目的は、酒や肴を仕入れる為ではない。
むしろ、こうして酒や肴を買い込むのは真の目的を覆い隠す為のカモフラージュといっても良いだろう。
「だが……壮健そうで何よりだ」
荷物を小脇に抱えたまま、テミスはおもむろに歩む足を止めると、深く被った外套の陰からどんよりと曇った空を見上げて呟きを漏らした。
ジュンペイの店でテミスが購入したのは情報だった。
それも、テミスが求めるのはこのギルファーでは恐らく、この店でしか手に入らないであろうファントの情報で。
しかし、ジュンペイはテミスの期待に応えるように、ファントの町の様子や見回りの兵達の雰囲気といった当たり障りのないものから、最近マーサの店で出されるようになった話題の新料理の話といった話題まで、余すことなく仕入れて伝えてくれている。
「……得難い情報だ。家族が、友人たちが平穏に暮らしているというのは」
「…………」
「なぁ……? 聞こえているのだろう? 日がな半日そうも付け回しておいて、よもや私が気付いていないとでも思っているのか?」
往来の人混みの中。テミスは足を止めたままクスリと頬を歪めると、誰に告げるでもなく言葉を紡いだ。
そろそろ来る頃だろうとは思っていたが、まさか一日目でピタリと引き当てるとは……。
否。相手方も恐らくは待って居たのだろう。シズクでもカガリでもなく、他でもない私が、こうしてノコノコと外へと出てくるのを。
「どうした? 天下の往来では言葉を交わすのもままならんか? ククッ……まぁ、いいだろう」
ただ一人、往来に立ち止まって独り言を喋り続けるテミスに、道行く人々が奇異の目を向け始めた頃。
テミスはニンマリと頬を歪めてから、人通りの乏しい郊外へと向けて再び歩き始める。
ここは獣人の町で私は人間。大衆の中で斬りかかっても責められる事は無いというにも関わらず、すぐに襲い掛かって来ない所を見ると、相手が何者かは知らんがどうやら会話を交わす気はあるらしい。
最悪の場合、切った張ったの殺し合いになる可能性を考えて大剣も担いできているというのに、好ましい事ではあるが連中にしては穏やか過ぎるその態度は、ある意味で不気味でもある。
「……この辺りなら構わんだろう? これ以上だんまりを続けるのなら、こちらにも考えがあるぞ?」
「…………」
コツリ。と。
テミスは町の中心部からしばらく歩を進め、周囲の景色に廃墟が交じり始めると、ピタリとその足を止めて再び口を開いた。
無論。郊外に近い位置とはいえ、まばらながらに往来を行く人はいる。
だが、これ以上人通りが少なくなれば、着けている者が自らの姿を隠す事ができず、逃げられる可能性がある。
故に。往来を行く人が少なく、かといってゼロではない。荒廃とした廃墟の広がる郊外と都市部の境目であるこの場所こそ、双方にとって無難な位置なのだ。
尤も、この場所を選んだ私にとっては、拠点から程よく離れた位置であるこの場所は、最も邪魔が入ること無く、かつ逃げやすいという、暴れるにはこれ以上ない程に最適な環境でもあるのだが。
「……お初に、お目にかかる」
「ホゥ……?」
テミスが足を止めてから数十秒、寒風の吹き荒ぶ音が鳴り渡る中。
一人の小柄な男が、静かな声と共にテミスの前へと歩み出た。
外套に包まれているが故に正確に見積もる事はできないが、その体躯はテミスよりも僅かに一回り程大きい程度だった。
しかし、風にはためく外套の隙間から覗く腰には左右に一振りづつ、まるでそこに在るのが当然であるかのように、密やかに提げられていた。
「俺の名は刀夜。猫宮に名を連ねる者だ」
静かに、しかしはっきりと。
テミスの前に姿を現した男は、真っ直ぐにテミスを見据えて、堂々と名乗りを上げたのだった。




