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幕間特別編 ハロウィン・フェスティバル

幕間では、物語の都合上やむなくカットしたシーンや、筆者が書いてみたかった場面などを徒然なるままに書いていきます。なので、凄く短かったりします。


ハロウィン当日までまだ少し早いですが、イベント期間と言う事でご容赦ください。


 夏が過ぎ、秋も深まって肌寒さが増してきた頃。ファントの町には異様な雰囲気が漂っていた。

 カボチャを顔の形にくりぬいた明かりが立ち並び、店の軒先や壁など至る所に蝙蝠や魔女、妖精など様々な装飾が施されていた。


「トリック・オア・トリートッ!?」

「フッ……私のおすすめだ。美味いぞ?」


 そんな通りの中心でテミスは、元気良くお決まりのセリフと共に籠を差し出した子供に一口大のチョコレートを渡していた。普段であれば恐らく、この子の親なり町の人間は青い顔をして子供を叱るのだろう。だがしかし、今日だけは事情が違う。


「わぁいっ! ありがとうっ!」

「まさかこんな大事になるとはな……」


 満面の笑みを浮かべた子供が立ち去ると、テミスはその背を眺めて柔らかな笑みを浮かべた。その背には、申し訳程度に張り付けられた天使の羽が、子供の歩みに合わせてぴょこぴょこと揺れていた。


 コトの始まりは一月ほど前。アリーシャ達に宿を盛り上げるイベントについて相談された事だ。その時偶然思い付いたハロウィンの話をしたら、あれよあれよという間に町中に広まり、いつの間にか私が主催する町を挙げての一大行事へと進化を遂げていた。


「ま……これはこれでアリではあるか……」


 ある程度こちらの様式も取り込んではいるが、基本的な要素はあちらの世界のハロウィンと変わらない。子供たちは仮装してお菓子をねだり、大人たちは酒を飲み宴を開く。経済効果は抜群だ。


「トリック・オア・トリーット!!」

「ああ。チョコレートをくれてや……んんっ!?」


 後ろから元気よくかけられた声に応えながら振り向くと、テミスの声が裏返った。

 何故ならそこには、自分と同じ格好をした長い銀髪の女が、悪戯っぽい笑みを浮かべてバスケットを差し出していたのだ。


「はっ? いやっ……確かに仮装だが……って、その声。アリーシャかっ!?」

「にひひっ! あったり~! さてさて? お菓子をくれないって事は、イタズラしちゃっても良いのかな?」

「いや君はあげる側では……ってわかった! 判ったからくっつくなっ!」


 アリーシャは一瞬呆れたテミスの手を素早く取ると、一瞬で回り込んでテミスの体をホールドする。その右手はしっかりと腰骨を捉え、左手は胸元へと回されていた。


「ダメでーす。時間切れっ!」

「制限時間なんて無いだろうっ! やめっ――くふふっ! くすぐった……アハハハッ……」


 慌てて躱そうとするテミスを捕らえたまま、笑みを浮かべたアリーシャの手が悪戯っぽくテミスの体をまさぐった。力ずくで脱出できない事も無いのだが、人間を遥かに超える力を振るえば、アリーシャは容易く怪我をしてしまうだろう。


「ちょっ……アリーシャッ……アハハハッ……待てっ……何処を触って――」


 故にテミスは彼女に身を任せていたのだが、ここは天下の往来、人の目が無いはずも無く、揉み合う二人の銀髪少女を、ファントの人々の生暖かい目が見つめていた。


「ぜぇ……はぁ……ま、満足したか?」

「うんっ! テミスおすすめのチョコもこんなに貰っちゃったしねっ!」


 肩で息をするテミスに、満面の笑みを浮かべたアリーシャ大きく頷く。結局、テミスがアリーシャの魔手から解放されたのは十分ほど経ってからの事だった。それも、用意していたチョコレートの多数を引き換えにした、命乞いにも等しい取引によって……。


「やれやれ……そういう祭りでは無いのだがな……」


 テミスは目の前でキラキラと笑う屈託のない強盗に苦笑いを浮かべて、ふと気が付いた。私の制服は詰め所と自室にしか置いて居ないはずだが……。


「って待て待て。その服は何処で手に入れたんだ?」

「んっ? 普通にあの時の仕立て屋さんにお願いしたんだよ? テミスのとおんなじ服作ってくださいって。お小遣いけっこう使っちゃったけどね……えへへ」

「っ~~~……なるほど、あの仕立て屋には後で言っておかねばな……」


 そう言ってはにかむアリーシャを見て、テミスは頭を抱える。相手がアリーシャだったから良かったものの、今後怪しい連中の変装に使われたら堪ったものでは無い。


「っていうかテミスは仮装しないの?」

「ああ。私は良いよ。そんなガラでもないしな」

「ダメだよっ! テミスは主催者さんなんだから……ちょっと来てっ!」

「お……おい? アリーシャ?」


 目の前で首を傾げたアリーシャにそう答えると、半ば強引に手を取られてそのまま宿屋へと連行される。客でにぎわう一階を通り抜け、連れていかれた先はアリーシャの部屋だった。


「ホラッ! これ私がテミスの服を思い付く前に着ようと思ってたやつ。貸してあげるから付けてみてっ!」

「むぅ……って、わかった! 自分でやるからっ!」


 アリーシャは渋るテミスの帽子を剥ぎ取ると、鈴のついた首輪と可愛らしい耳のカチューシャを手際よく装着していく。この程度のアクセサリならば問題は無いが、自分と同じ格好の人間を目の前にしていると、自分が偽物のように思えてくるから不思議だ。


「うんっ! 可愛い! せっかくのお祭りなんだから、テミスも楽しまないと駄目だよっ!」

「あ……ああ……」


 そう言って明るい笑みを浮かべたアリーシャに頷くと、テミスは再び祭りの町へと繰り出すのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「トリック・オア・トリート……だったかな? なかなか楽しいね、これは」


 月明かりに照らされた詰め所の中庭で、吸血鬼の仮装をしたルギウスが微笑みながら口を開いた。


「楽しんでいただけているのならば何よりですよ。ルギウス軍団長殿?」

「フフッ……君のそんな可愛い恰好が見れるのならば、是非またお招きいただきたいね」

「はぁ……災難ですよ……まったくね」


 ルギウスの視線の先では、ネコミミと鈴首輪を装着したテミスが、大きなため息を吐きながら肩を落としていた。それでも仮装を辞めないあたり、なんだかんだと言いながら楽しんでいるんじゃないかとルギウスは心の中で笑みを浮かべる。


「テミス様ぁ~! トリック・オア・トリーットッ!」

「ご歓談中、失礼いたします」


 そこに姿を現したのは、過激なサキュバスの仮装をしたサキュドとタキシードに謎の毛皮を被ったマグヌスだった。


「む。どうした? 何か問題でも?」

「いえ。サキュドがせっかく仮装をしたのだから、お二方にも見ていただきたい……と言いまして」

「あ~っ! テミス様もやっぱ仮装してるじゃないですかっ! あれだけ私が言っても断ったのに~っ! いや可愛いから良いんですけどぉ~! でもでも、もうちょっとアタシみたいな服の方がいいと思いますよ?」


 テミスの問いにマグヌスが答えると、すかさずサキュドが声を上げる。流石に弁えているのか、アリーシャのように飛びついてこないのは非常に助かるが、自分のトンデモセンスな過激衣装を勧めてくるのは勘弁してほしい。


「まぁおいおいな……というかマグヌス、それは何の仮装なんだ?」

「いや、人狼族だろう? よくできていると思ううが……もしかして、テミスは人狼族を見たことが無いのかい?」


 苦し紛れに話の矛先をマグヌスへと向けると、横に居たルギウスから予想外の回答が返ってくる。しまった……藪蛇だったかッ!


「んん? いや、なるほど! 人狼族だったか! ウム! 良く似合っていると思うぞ!」

「ハッ……! ありがとうございます」


 テミスが即座に方向性を切り替えて同調すると、マグヌスが律儀に頭を下げる。


「あ~……と、サキュドは何と言うかイメージ通りだな……」

「なんかついで感が凄いんですケドッ!?」

「いや、まぁよく似合ってはいるんだが……」


 そう言葉尻を濁しながら、テミスは明後日の方向へと視線を逸らす。大人モードでその恰好をしていれば町の男共の視線は釘付けなのだろうが、今の姿では正直背伸びした子供の過激な仮装にしか見えず、一部の歪んだ連中のニーズにしか応えられそうにない。もっとも、そこがサキュドの地雷なのを理解しているテミスは、口が裂けてもそんな事は言わないのだが。


「うん。本当に可愛らしくて似合ってるよ。まさに伝説に名高い、幼き紅の真祖のようだ」

「……あ゛?」


 そんな事は知る由も無いルギウスが、華麗にそこを踏み抜いた。そもそも、その二つ名自体が魔王軍に入る前のサキュドを示す名なのだが……。

 凍り付くテミス達の前で、不穏な空気と共にサキュドの体に紅い魔力が迸りはじめ、その手にゆっくりと紅い槍が顕現し始める。


「待てサキュド! 相手はルギウスだぞ! 何を考えているっ!」

「いいえテミス様。仰いましたよね? 今日は無礼講だと……」

「えっ……? もしかして、何かまずい事言ったかい? 本心から褒めたつもりなのだけれど……」

「赦さんっ!」

「っ! 逃げろルギウスッ! 私は助けられんっ!」

「うわっと!」


 わなわなと震えるサキュドにルギウスが油を注ぐと、サキュドの手が閃いた。同時にテミスが叫んで槍の射線から逸れ、即応したルギウスのすぐ側をサキュドの槍が通り抜ける。


「おっとっと……テミス?」

「……ある程度は構わん。自業自得だ。だが……ある程度の情状酌量は求めたいがね」


 テミスはルギウスの問いに答えると、ニヤリと笑ってマグヌスの横に並ぶ。流石は軍団長と言った所だろうか、ルギウスはテミスと話しながらでも、サキュドの繰り出す攻撃を軽々と躱していた。サキュドが本気ならば全力で止めに入ったが、キレてはいるものの攻撃に殺意は感じないし、この調子ならじゃれ合い程度で済むだろう。


「わかった。では、腹ごなしの運動といこうかなっ!」

「待てっ!」


 バサリとマントを翻したルギウスが駆けだすと、即座にその後をサキュドが追いかけていく。あまり派手にやり込められて、サキュドが拗ねなければ良いのだが……。


「……良いのですか?」

「ルギウスも面白がってるようだし、良いんじゃないかね? ああいうのもたまの祭りには付き物だよ」


 いつの間にか観衆の見世物になっている二人を眺めながら、テミスは笑みを浮かべてマグヌスの問いに答えたのだった。

11/30 誤字修正しました

2020/11/23 誤字修正しました

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