1002話 雪の中の団欒
アルスリードがテミス達の拠点へと居を移してから数日。
テミス達は嘘のように平穏な日々を過ごしていた。
先の戦いが過激派、融和派の双方に甚大な損害を出した所為で、両陣営とも派手な動きを見せる事は無く、現在は水面下での小競り合いに留まっているらしい。
それに伴い、漏れ出た緊張感がギルファーの町の治安を悪化させてはいるものの、目だった騒動は起こってはいない。
かくして、隠れ家に身を寄せるテミス達は、剣や魔法を以て戦う訳でも無く、かといって知略謀略を駆使して暗躍する訳でも無く、のんびりとした時間の中に身を置いている。
「くぁ……いい加減暇だな」
「で……あるな」
そんな日々の昼下がり。
テミスは布団の上で大きな欠伸と共に身体を伸ばしながら、傍らのオヴィムへと話しかける。
どうやらシズクの中では、先日の脱走は私がオヴィムを唆したという認識で固まっているらしく、業腹な事にオヴィムもアルスリードもお咎めは無し。故にこうして、堂々と私の監視の任に就いているのだ。
まぁ、融和派の一党である彼女たちの目を、オヴィムの急所であるアルスリードから引き剥がせたと考えれば安いものではあるが。
「騒動を願う訳では無いが……待つしか無いというのはどうにも性に合わん」
「ククッ……お主はいつだって自ら行動を起こし、時勢を動かしてきた。そんなお主からすれば確かに、こうして待つばかりの日々には飽くのかも知れぬな」
「ちょっと待て。その言い方ではまるで私の方から面倒事に首を突っ込んでいるようでは無いか。逆だ逆。私は何故か押し寄せてくる面倒事を、片っ端から片付けているに過ぎん」
「……そうか? 少なくとも、儂の時は異なるように思えるが」
「アレも元を正せば巻き込まれたに過ぎん。尤も、見てしまった以上見過ごせなかったのは否定せんがな」
互いに不敵な笑みを浮かべながら、テミスとオヴィムはゆったりと寛いで言葉を交わす。
考えてみれば、何のしがらみも無くオヴィムとこうしてゆっくりと語らうのは初めての事かもしれない。
「……そういえば、アルスリードの調子はどうなんだ? 手合わせをした身としては、体術の方は相当上達したように思うが」
「ウム。お主も見ればきっと驚くぞ? 特に剣技は目を見張るような上達ぶりだ」
「ほぅ……? それは面白い」
「かく言うお主も、相当に腕を上げたそうではないか。言伝、しかとシズクから聞いたぞ?」
「ン……あぁ……」
そう言うとオヴィムは、喉を鳴らしながら何処か好戦的な眼差しをテミスへと向けるが、テミスはそれに応ずる事は無く、視線をぼんやりと宙へ彷徨わせながら生返事を返す。
事実。様々な戦いを潜り抜けた私は、以前にオヴィムと手合わせをした時より強くなってはいるのだろう。
だが先の戦いでも、結局はこの身に宿る忌々しい能力を頼る羽目になった。
だからこそ。いくら修練を重ねて技を磨いても、自らが強くなったという実感は欠片も湧いてこない。
「……何だ歯切れの悪い。お主ならば手合わせの一つでもと乗ってくるかと思うたのだが」
「馬鹿を言うな。こちとら病み上がりの身だ。このなまり切った体でお前の相手が務まるなどと自惚れてなど居らんさ」
「いや……。フッ……今は、お主も成長したという事にしておこう」
「お前こそ何なんだ……その気色の悪い笑みは」
自らの内心を気取られぬよう、テミスは皮肉気な笑みを浮かべてオヴィムへと言葉を返した。
しかし、オヴィムは一瞬何かを口走りかけた後、まるで喉まで出かかった言葉を呑み込むかのように、クスリと小さな笑みを一つ浮かべて話を区切る。
そんなオヴィムを、テミスは呆れたように半眼で眺めると、突如起こしていた半身をドサリと布団へ大の字に投げ出した。
そして、投げ出した手をゆっくりと持ち上げて、酷く気怠そうな口調で口を開く。
「ハァ……シズクが手配した荷物が届くまであと数日。このままでは暇に殺されてしまう」
「やれやれ……そんなに暇だと嘆くならば、アルス様の修練にでも付き合うか? 手合わせは無理でも見ているだけで幾ばくかは退屈も紛れよう」
「おっ……? なるほど妙案じゃないか! うむうむ……少しばかり運動しなくては体に毒というものだ!」
「……言っておくが、無茶はさせぬぞ? アルス様の稽古でもあるのだ。横で倒れられては迷惑だ」
不貞腐れた様子で布団の上を転がるテミスを見かねたように、オヴィムは呆れた表情を浮かべて提案を口にする。
瞬間。テミスは目を輝かせて再びその身を跳ね起こすと、声を躍らせて何度も大きく頷いてみせた。
一転して浮かれ始めるテミスに、オヴィムは即座に厳しい声で釘を刺したのだが……。
「あぁ!! わかっているともッ!!」
テミスはただ、楽し気に満面の笑みを浮かべ、弾む声で言葉を返したのだった。




