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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第18章

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998話 仕舞いの時間

「本気……なのだな……?」


 張り詰めた空気の中、ユカリは掠れた声でシズクへと言葉を返す。

 しかし、シズクを見据える睨み付けるような鋭い眼差しとは裏腹に、その掌は固く握り締められ、膝は微かに震えていた。

 それでも。


「はい。今、紫姉様が……猫宮が選び、進む道は間違っています」

「故に、家を出たと? 自らが正しいと宣うのならば、正々堂々と言問うべきでは無いのか?」

「……その結果、聞くに堪えんと切り捨てたばかりか、異を唱える私を文字通り叩き出したのは貴女方ではないですか」

「っ……!!」


 シズクはユカリを真っ直ぐに見つめ、淡々と言葉を紡いでいく。

 理解している。このような問答など無意味であると。

 いくら言葉を重ねたところで、紫姉様たちが止まる事はもう無い。それ程までに彼等の恨みや……妬み嫉みは根深いのだ。


「…………ならば、好きにしろ」

「えっ……?」


 長い沈黙の後。

 ユカリは辛うじて絞り出したかのような小さな声でそう告げると、クルリと身を翻してシズクに背を向ける。

 それは明らかな不戦の意志で。

 最悪の場合、このまま切った張ったの戦いにもつれ込む事を想定していたシズクにとっては意外過ぎるものだった。


「父様たちへの報告は幾ばくか遅らせるとしよう。それに、ここに何をしに来たのかも問うまい」

「紫……姉様……」

「こうして顔を合わせ、壮健であると知れただけでも僥倖だ。だが……忘れるな。お前は猫宮に牙を剥いたのだ。兄様や父様……特に爺様は決してお前を許さぬだろう」

「覚悟の上です」

「……ならば……逃げろ。この地を離れ、何処か遠くへ」

「いいえ。たとえ家を出た身であろうと、私は猫宮です。迫る暴虐を見て見ぬ振りなどできません」

「――っ!! 次に顔を合わせれば、私たちは殺し合わねばならんのだぞッ!!」


 突如。まるで、爆発したかのように発せられたユカリの怒声が、ビリビリと建物を揺らした。

 叫びを上げたユカリの背はいつの間にか丸まり、固く握り締められた拳には血がにじんでいる。

 そんな姉の姿を目の当たりにしながらも、シズクの心は何故か凪いでいた。

 何故なら、理解できたから。

 私が決して譲れないように、紫姉様の心の中にもきっと、絶対に譲れない何かがあるんだろう。

 それでも尚、紫姉様は私達と刀を交えたくないから、こうしてその狭間で苦しんでいる。

 故に。シズクは口元にクスリと小さな笑みを浮かべると、静かに様子を見守る店主の脇をすり抜けて姉の背後に立った。

 そして、スラリと音も無く腰の刀を抜き放って、その切先をピタリと姉の首筋へと向けた。


「……紫姉様? 私とて武人の端くれです。武人に情けは無用。姉様の教えですよ?」

「…………。そう……だったな……」

「はい。たとえこの先、戦場で相まみえるのが紫姉様であっても、私はただ全霊を以て挑むのみ」

「ならばそれに応えぬは武人の恥……か……」


 しかし、紫は自らの首筋に刃を向けられたにもかかわらず、その背をジスクへと向けたまま平然と会話を交わしていた。

 そして、それが恐らく慢心でも油断でもない事はシズクも理解していた。

 得意の長刀が無くとも、それ程にまで実力の差は隔たっている。

 けれど、あの素晴らしい町で出会った人々と、彼女たちから学んだこの心意気があれば、きっとその差を埋めて余りある。シズクは心の底からそう信じていた。


「……シズク。一つだけ……頼みがある」

「何でしょう?」

「ひと時だけで構わない。私がこれからする事を忘れてくれ」

「は……? はぁ……わかりまし――!?」


 だからこそシズクはこの時、何も考える事無く姉の言葉に頷いたのだろう。

 その瞬間。

 刀の切っ先を突き付けていたはずのユカリの姿は消え失せ、気が付いた時には、シズクは既にその豊満な胸に強く抱かれていた。

 その抱擁はともすれば息苦しくなる程に力強いもので。

 しかし、シズクは姉の意外な行動に驚きながらも、固く寄せられた姉の身体から伝わる想いを黙って受け止めていた。


「っ……!!」

「姉……」

「何も言うな」

「……はい」


 けれど耐え切れず、零れた想いが言葉となってシズクの口をついて出た時。

 ユカリは柔らかにそれを制すると同時に、抱き寄せたシズクの身体に己が額を静かに預けた。

 そして暫くの間、シズクはユカリに為されるがままに抱き締められていたのだが……。


「……。さらばだ。願わくば二度と、相見えん事を」

「ぁ……」


 ユカリは静かに立ち上がってシズクの身体を離すと、それだけを言い残して店の外へと去っていった。

 そのピンと伸びた背中は酷く寂し気で。

 けれど、シズクはかける言葉すら思い付かぬままにその背を見送ることしかできなかった。


「……滴お嬢。もう行った方が良い。頼まれた物はキチッとお届けします。お嬢宛てで、融和派のお屋敷でいいですね?」

「はい……お願いします」

「どうか……ご無事で……」

「ありがとうございます」


 ユカリが店を去ってから、僅かに時間が経った頃。

 呆然と立ち竦んでいたシズクは、店主に声をかけられて我を取り戻すと、促されるまま黙りこくったカガリと共に店を後にしたのだった。

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