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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第18章

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995話 馴染みの店と魂の銭

「ごめんください」


 そう口にして暖簾をくぐった店は、シズクとカガリにとって馴染みの深い店の一つだった。

 この店の名は万事屋。本来は万屋と称される類の店で、日用雑貨や食料品などを雑多に扱う店舗の総称だ。

 しかし、この店はただの万屋ではない。

 暖簾に掲げたその名の通り、子供のお菓子から刀、果ては建材、魔法道具に至るまで、ありとあらゆるものを取り扱っているのだ。

 店主の言葉に曰く。(よろず)では足りないからこそ、ウチの名は(よろず)(ことがら)を取り扱っているのだという。


「おや。いらっしゃ……滴嬢……」

「お久しぶりです」

「っ……!!」


 訪問したシズクの声に応えながら出迎えた店主は、二人の顔を見るとその表情を驚きに染めて言葉を詰まらせた。

 それもその筈。元は根無し草であった彼はその優秀さが故にこの街区で店を構える事を許され、この街区に居を構える猫宮の家も懇意にしている。

 だからこそ、シズクもカガリも幼い頃からこの店主とは見知った仲で。二人とも家を出てから寄り付く事が無かったからこそ、後ろめたさや気まずさといった思いが過っていた。

 だが……。


「……心配していたんですよ。ですが、元気そうで良かった。篝嬢も」

「ごぶさた……しております……」

「ですが今は時勢が悪くていけねぇ……。知らないんですかい? 家元さんたちがお二人を探し回ってると」

「えっ……?」


 店主はドスの利いた低い声で優し気に告げるも、その顔に浮かべられていた優し気な笑みはすぐに消え、難しい表情へと変わってしまう。

 しかし、シズク達は久方振りに再開した店主の見せた珍しい表情よりも、その口から語られた情報に衝撃を受けていた。


「アタシは良くお二人をお預かりしておりました故。時折紫の姐さんや刀夜の兄サンなんかが覗きに来るんでさ」

「うそっ……!!」

「っ……!!」


 店主の口から聞かされたその名に、シズクとカガリは互いに身を寄せて息を呑む。

 ユカリとトウヤ。両名とも猫宮の家に名を連ねる者で、既に猫宮一族が誇る優秀な剣客として、ギルファーにその名を馳せている人物だ。

 シズクもカガリも年の離れた兄妹であるが故に、家にいる頃はいたく可愛がって貰ったが、だからこそ稽古などを通じて垣間見た厳しさも身に染みている。


「悪い事は言いません。アタシの店を訪ねて来る程の用なのです、お二人がどれほど勇気を振り絞られたかは察するに余りある。ですが、すぐにこのエモンを離れるべきです」

「そんな……!!」

「今ならまだ、お二人の事がお家の方に露見してはいないでしょう。アタシもお二人が訊ねて来られたことは黙っておきますから――」

「――いえ」


 コツリ。と。

 シズクは優し気な眼差しで二人を諭す店主に向けて一歩進み出ると、静かな声で店主の言葉を遮った。

 そして、揺るがぬ決意の籠った瞳で店主を見上げて口を開く。


「注文をお願いしたいのです。ここに書かれた物を一式」

「っ……!!」

「姉――」

「――代金はここに用意してあります。足りなければ、引き渡しの時に」

「姉さんッ!? それ……!!」


 同時にじゃらり。と。

 シズクは自らの懐から大きく膨らんだ巾着を取り出して、店主の掌へと押し付けた。

 それを見たカガリは驚愕に目を見開きながら鋭く息を呑み、巾着を押し付けられた店主も目を見開いて凍り付いている。

 その巾着は、シズクと親しい者ならば誰でも知っている物だった。

 幼い頃からのシズクの夢を叶える為の命銭。最高の素材ブラックアダマンタイトを用いた自分だけの刀を作るため、ずっと蓄えてきた魂の籠った金なのだ。


「良いんです。今の私にはこれがありますから。それに、今の私ではたとえ最高の刀を手にしたとしても、満足に扱う事は叶わないでしょう」


 絶句する二人の前でそう言葉を続けると、シズクは自らが携えている刀を示して笑みを浮かべた。

 この刀とて、猫宮の家が誇る刀自身が主を選ぶと伝えられる名刀だ。何を不満に思う事があるだろうか。

 最強の刀を以て皆の為に戦う……そんな子供じみた夢は今が覚め時。私はあんな風になる事はできない。なら、この()は体現している人を助ける為に使うべきだろう。


「……注文は承りました。ですが、この金は受け取れねぇ」

「っ……!? なんで……!!」

「アタシくらいの商人となれば、注文の内容を見るだけで何をしたいかが見えて来るんです」

「っ……!!」

「心配せずとも、代金は然るべき所へ請求しますよ。少なくとも、滴お嬢の夢を投げ打つようなモンじゃあないです」


 にっこりと優し気な笑みを浮かべた店主は、掌に押し付けられた巾着をシズクへと差し出して柔らかな口調でそう告げた。

 その瞳はとても暖かく、まるで親に優しく諭されているかのようで。

 シズクは目尻に涙を浮かべながら、震える手で差し出された巾着袋を受け取った。

 その時。


「御免。店主殿は居られるか?」


 そんな穏やかな空気を切り裂くように、凛とした声が店の外から響いたのだった。

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