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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第18章

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977話 歪んだ薬師

「……僕は薬師だ。戦いなんてモノ、ヒトとヒトが傷付け合うこの世で最も忌むべき愚かしいものだと考えている」


 ボソリ。と。

 僅かな沈黙の後。ミチヒトはその目に確かな光を宿して、揺れる事の無いしっかりとした声で言葉を紡いだ。

 その首には、彼自身の命を脅かす刃が付きつけられているにも関わらず、ただ静かにムネヨシを見据えて。


「だからこそ、ムネヨシ。君の語る融和の策にも反対だった。『外』と関われば必ず争いが起こる。傷付く人が出てしまう。ならばいっその事、この町で慎ましく暮らしていればいい。恨みも怒りも復讐も忘れて。それが例え……緩やかな滅びへと繋がるのだとしても」

「っ……!!」

「なっ……」

「…………」


 穏やかに、しかし厳かに語られたミチヒトの言葉に、彼に問いかけたムネヨシはもとより、シズクとカガリもまた驚愕に息を呑んでいた。

 だが、それも無理の無い事だろう。

 より良い未来を目指して人々を導く役目である頭目という地位にありながら、彼は破滅へ向かう事さえも是としたのだから。

 しかし、ただ一人。

 オヴィムだけは驚く素振りすら見せず、まるで石像にでもなってしまったかの如く静かに、その太刀を構え続けている。


「だってそうだろう? 僕たち薬師は傷を治す事が……命を救う事が仕事だ。だというのに君達は嬉々として傷付け合い、僕達が必死の思いで救った命で、また戦いへと赴いていく」

「それ……は……」

「あぁ、咎めるつもりは無いさ。僕個人としては嫌で嫌で仕方が無いけれど、それを理由に患者の人生を縛る権利は僕には無い」


 傷付きながら戦いに赴く。そんな事は茶飯事であるシズクが言葉を漏らすと、ミチヒトは静かに微笑みを漏らして柔らかに言葉を続けた。

 だがその笑顔はとても悲し気で、色濃い疲労のようなものが滲んでいる。


「永い永い間、迷っていた。私たち薬師が存在する意味はあるのだろうか……と。でもこの間の戦い……あの地獄の中で気付いたんだ」

「それは……何に……?」

「希望さ。例え、命を懸けても成し遂げたい事の為ならば。命を棄ててでも護りたいものの為ならば。ヒトは何度だってその手を伸ばし、傷付く事を厭わないのだと」

「……然り。だが――」

「――ならばッ!!」


 そんなくたびれた顔で零された独白に、ムネヨシは掠れた声で問いを重ねた。

 しかし意外にも、返って来たのは力強い答えで。

 それでも尚、厳しい表情を浮かべたムネヨシが、何かを案ずるように口を開きかけるも、機先を制したミチヒトが言葉を重ねる。


「ならば。僕たち薬師はそれを支えよう。どんなに傷付こうとも、誰であろうとも治してみせる。痛みを堪え、前へと進むというのならそれを癒し、その身を楯に大切なものを護り抜くというのなら何度でも治す。それがあの地獄で……僕の得た答えだ」

「ミチヒト……お前……」


 毅然と胸を張り、言い切ったミチヒトを見上げ、ムネヨシは驚きの表情を浮かべて言葉を漏らしていた。

 一族の破滅すらも厭わないほどに戦いを嫌い、人を救う薬師であるが故に傷付け合う争いを避けてきた彼が、一体どんな体験を経たらこのような信念とも呼べる考えに辿り着けるのだろうか。

 否。辿り着いてしまったと言うべきだろう。

 一見すれば彼の考えは薬師として素晴らしいものにも見える。

 だがその実、彼の想いは破綻している。

 傷や怪我を厭い、避けるのが生物の常だ。だが、傷付き、傷付き、傷付いた先。満身創痍の果てに手にするモノは、果たして幸福と呼べるのだろうか。

 そんな、畏れにも似た疑問が、ムネヨシ達の脳裏を過る中。


「……正直。そこの彼女を恨んだ時もあった。何故、もっと早く救援に来てくれなかったのか……とね。でも同時に気付いたんだよ。僕達もまた、戦っていたのだと。何故ならかつて僕達も、幾度となく同じ言葉を浴びせられたから」

「……。フゥ……」


 悲し気に、そして皮肉気にミチヒトが言葉を付け加えた時。

 微かに漏らされた溜息と共に、ミチヒトの首元から太刀が退けられる。


「……信じて貰えたようで何よりだよ」

「信じた訳では無い。危険は無いと判断しただけだ」

「それで十分さ。彼女を治させて貰えるのなら。これは、彼女に救われた僕からの恩返しでもあるのだから」

「フッ……」


 短い言葉を交わす傍らで、太刀を収めたオヴィムとミチヒトの視線が交叉した。

 皮肉気に浮かべた微笑みの影で、オヴィムは密かに胸の中で呟きを漏らす。

 この時、互いに浮かべた微笑の意味を知る事は無いのだろう。

 因果なものだ……と。あの長い銀髪の揺蕩う背中に信念を揺り動かされ、歪められた者同士、こうして彼女の元へと集っているのだから。


「さて……では始めても良いかな? 悪いけれど僕一人では手が足りない。全員、手伝って貰うよ」


 オヴィムがそんな想いを抱く傍らで、ミチヒトはコツコツと足音を響かせてテミスの横たわる布団の隣へ歩み寄ると、部屋の中に居る全員を見渡してそう告げたのだった。

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