幕間 残された意味
幕間では、物語の都合上やむなくカットしたシーンや、筆者が書いてみたかった場面などを徒然なるままに書いていきます。なので、凄く短かったりします。
主に本編の裏側で起っていた事や、テミスの居ない所でのお話が中心になるかと思います。
「総員! 聞けェッ!!」
青空の広がるラズールに、マグヌスの声が響き渡った。遠くからは今も爆発音と共に白煙が立ち上り、激しい戦闘が続いている事を物語っていた。
「テミス様の代理指揮官、マグヌスだ。テミス様の負傷により、指揮権を継承した」
マグヌスが静かに宣言すると、部隊の面々からざわざわと動揺した声があがった。その表情はどれも不安そうに眉根を寄せている。
正直、マグヌスも彼等と同じ気持ちだった。ファントでみたあの鬼神の如き強さを持つテミス様が斃れるなんて……。意識の無い彼女を運び、魔王城まで届けたマグヌスだからこそ、その胸中は一番揺らいでいた。……しかし。
「狼狽えるなッ! お前達は今まで何のためにあの地獄を潜り抜けたのだッ!?」
本心を押し殺して、マグヌスは一喝する。テミスは何故か、一貫して全体主義的な訓練を彼等に課していた。その際には必ず、口癖のように自らの不在を仄めかしていたが、まさかこうなる事すら予見していたのだろうか……?
「っ……」
テミスから預かった部下たちを前に、マグヌスは背筋にうすら寒い物を感じた。自らの戦闘不能すら予見し、誰の元であっても一定の強さを発揮する軍団は、確かに合理的であると言える。しかし、個人を深く理解し、その能力を十二分に引き出す少数精鋭の方針を取る魔王軍では、そのやり方は異端だ。そして何よりも、自らの死すらも計算に加えられるその胆力は、あの可愛らしい見た目からは想像もつかない。
「我々の任務は支援戦闘だ。当面は、第三軍団の到着まで持ち堪える事……それまでの間、指揮権を第五軍団長ルギウス様に移譲する」
「なっ――!?」
言葉と共に天幕の陰から歩み出てきたルギウスの姿を見て、再び部隊に動揺が走った。当り前だ。軍団長を絶対の主と置く魔王軍では、軍団長の死亡を除いて、相互に援護し合う事はあっても別の軍団の傘下に入る事は無い。それは、自らの主を裏切る行為に等しいのだ。
「第五軍団長。ルギウス・アドル・シグフェルだ。まず最初に断っておく。僕は指揮は取るけれど君達に指図はしない。意味はわかるね?」
進み出たルギウスが言葉を発するとざわめきはピタリと止まり、その代わりに凄まじい圧の視線がルギウスに突き刺さた。
「部隊の編成や現場での判断はマグヌス、サキュドの両名に一任。この後2人を隊長として部隊を二つに別けて欲しい」
「ハッ!」
「……承知いたしましたわ」
マグヌスが敬礼した後、それまでずっと黙って立っていたサキュドが口を開くと、ルギウスに突き刺さっていた視線が少しだけ和らいだ。
「アンタ等……解っていないみたいだから一応言っといてあげるけどサ……」
サキュドは、ルギウスが少し驚いた顔を見せた隙に前に進み出ると、不機嫌を凝縮したような口調で部隊に語り掛けた。
「テミス様が居なくて全然戦えませんってなったら、恥をかくのはアタシ等だけじゃない……むしろ、一番恥をかくのはテミス様さ。それをわかってその態度なんだね?」
いつもの愉し気なサキュドとは異なり、まるでテミスの様な威圧感を以て語り掛けるサキュドに、マグヌスを含めた十三軍団の全員が息を呑んだ。彼女は今、本気で怒っている。それはその様子を傍らで眺めるルギウスにもひしひしと伝わってきた。
「アタシ等はテミス様直々にそう訓練されたはずだ。ならばテミス様の不在にこそ、どんな指揮官の元でも、命を賭して十全万全の力を発揮するのがアタシ達の役目じゃないのかッ!? テミス様がお戻りになられた時、胸を張って戦果をご報告できるように!」
怒声と共に、サキュドの周りに紅い魔力が静電気のようにバチバチと音を立てた。同時に、マグヌスは理解する。サキュドはこの場に居る誰よりも、テミスの帰還を信じているのだ。
「っ…………」
同時に、マグヌスは自分の未熟さを恥じた。自分は正直、またこのまま主を喪うのではないかと恐れていた。テミス様の元を離れ、他の部隊の元で働く事で、しまいには十三軍団の色など忘れ去ってしまうのではないか……と。
「応とも!! 是非も無い! 我等が強さ……テミス様の正しさを、今ここに示そうぞッ!」
「応ッッッッ!!!」
小さくため息を吐いた後、サキュドの横に進み出たマグヌスの咆哮に呼応して、天幕の片隅から気合の入った雄叫びが響き渡ったのだった。
10/25 誤字修正しました