幕間 口惜しさを噛みしめて
テミスの立ち去った宿からの帰り道。
シズクはゆっくりとした足取りで、トボトボと当てどなく町の中を歩いていた。
「お遊び……ですか……」
ポツリ。と。
か細い声で一つ零し、その言葉も意味を考え続ける。
テミスさんは私たちの融和派の行動をお遊びだと言った。それは、決して許す事のできない侮辱のはず。
けれど。
「何故……怒りが沸いてこないのでしょうかね……」
静かに雪を吐き出し続ける灰色の空を見上げて、シズクは悲し気にため息を零した。
あれ程までに詰られ、誇りを嘲笑われたというのに。残ったのは寂しさにも似た不安だけで。
その心情は、あの輝かしい町でテミスたちに出会う前のものと非常に酷似していた。
「……わかっています。きっと、私が間違っているのでしょう」
返ってこないと理解していながら、シズクは届かぬ言葉をテミスへと吐き出し続ける。
ファントという素晴らしい町を作ったテミスさんならばきっと、このギルファーも救ってくれる……私はそう信じていたのだ。
そして、私の傲慢な思い違いでなければきっと、テミスさんもその気だったのだろう。
出立する前、フリーディアさんも言っていた。口ではなんだかんだといいながらも、優しい人だから……。と。
でも、肝心のテミスさんは私達を見限って出て行った。
今はもう、その背を追う事すら叶わず、何処に居るのか……まだこの町に留まっているのかさえも分からない。
「っ……! 本気でしたよ。私達は……。でも……信じたくないじゃありませんか。共に同じ国に仕えた仲間が……そんな……」
湧き出た感情が涙となって溢れ、冷たい石畳の上にぽたりぽたりと落ちていく。
信じたくない。かつての仲間が、友が、家族が。護るべきものすらも投げ棄て、暴虐へ身を投じているなんて。
そんな感情が止めどなく押し寄せてくる一方で、彼等ならやりかねないと判ずる、酷く冷静な自分も居るのだ。
そしたらもう、何もかもわからなくなってしまって。
ただ道端にしゃがみ込んで、涙を流す事しかできなくなってしまう。
「ハァ……。っ……グスッ……」
そして、外套に包んだ身体が芯まですっかりと冷え切った頃。
シズクは鼻をすすりながら顔を上げ、真っ赤に泣き腫らした目で町を眺めた。
冷たい町だ。ファントならば、こうして泣いていればだれかが助けてくれる……。そう思うのは、私の羨望が為す幻想なのだろうか。
結局、こうして座り込んで考え続けたところで、わかる事など一つも無かった。
「……貴女ならきっと、抗うのでしょう」
だからこそ。
胸の中でそう言葉を付け足しながら、外套の上に薄っすらと降り積もった雪を払い落として、シズクは静かに立ち上がる。
わからないのならば、調べればいい。
テミスさんは、そういう人だ。
間違っているのならば、叩きのめしてでも正しい道へと引き摺り戻す。
テミスさんなら、きっとそうする。
……ならば私も、それに倣おう。
今はただ、真似をする事しかできないのだとしても。少しづつでいい……まずはできる事から、この声の届く人から。
「お遊びの本気できっと……もう一度貴女と共にッ!!」
固く拳を握り締め、自らを鼓舞するようにそう呟いた後。
シズクは背筋をピンと伸ばして、確かな足取りで人混みの中へと消えていったのだった。




