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1日目(前)

 あの日、僕は広島にいた。


 修学旅行のついでに平和学習をしようと言うことらしい。正直言って僕は平和学習が嫌いだ。確かに平和は大切だと思う。


 しかし、学校の教え方は怖いものを見せ、こうなりたくなかったら平和が一番だと言う。これではまるでトラウマを植え付けている様なものだ。一種の洗脳と言ってもいい。本当に平和の大切さを伝えたいなら、もう二度と戦争を起こさない様にするには、悲惨な事実を何度も見せるより、何故こんなことになったのかその道筋をしっかり伝えるべきだと思う。


 だから僕は、ただ話を聞くだけの平和学習は嫌いだ。そう思っていた。


「そこの俯いてるメガネをかけた髪の長い子、全く話を聞いとらんね」


 ああ、面倒臭い。被曝体験を話していた中年の女性が僕を指差した。


「体験してないことを話されても正直、心に響きません。動画サイトなどで被爆者の方が話してくださってる映像を見た方がよっぽど心に響くと思いますが」


「おい、失礼だぞ! 話してくださってる人に対する態度か!」


 引率の教師がものすごい剣幕で僕を睨む。


「確かに、君の言っとることは正しいんじゃろうね。じゃけど、生の人間が直接伝えるからからこそ伝えられることもあると思うけどね」


 女性はとても悲しげな目で僕にそう言った。その後、僕が教師にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。教師の説教から解放された僕は平和学習に戻ることになった。


「ここは現在原爆ドームと呼ばれていますが、当時は産業奨励館と呼ばれ…」


  ガイドの方の話を聞いていた僕の視界の端にその場には不釣り合いな真っ白なドレスを着た高校生ぐらいの女性が映った。


 僕はその奇妙だか美しい姿に目を奪われた。

  女性は目の前の川に降りて行き姿が僕の視界から外れた。僕は衝動的に跡を追い、靴が汚れるのも構わず、干上がった川に降りた。


 しかし、そこあるはずの女性の姿はなかった。代わりに金色に光るものを泥の中に見つける。


 拾い上げてみるとそれは学生のボタンだった。体の芯が凍る様な冷たい感覚に襲われた僕は階段を駆け上がり、岸に戻ろうとした。


 だか、忘れていた。階段が付着物に覆われ滑りやすくなっていたことを。頭に鈍い衝撃が走ったと思うと僕は気を失った。


 気がつくと僕は道端に倒れていた。真夏の暑い日差しが目に差し込み、思わず目を細める。


「ねぇ、君。大丈夫?」


 柔らかな女性の声を聞き、僕は起き上がった。すると、目の前にセーラー服を着て、頭にハチマキを巻いた女子高生の顔が目の前にあった。


 辺りを見回すと荘厳な建物が壁の様に建っていた。その建物はどこかで見覚えがあった。


「何、じっと建物を見とるの?」


 彼女は僕を見て首を傾げる。


「いや、どこかで見たことがあるなって思って……」


「だって産業奨励館は有名じゃけえね〜」


  聞き覚えのある建物の名前を聞いた僕の胸の中で何かが暴れ出した。ある事実を明らかにすべく次の質問をした。


「原爆ドームって知ってる?」

「げんばくどおむ? 何それ?」

「何ってほら、世界で初めて原爆が投下された……」


 僕は苦笑いしながら言葉を続けた。


「何寝ぼけた事言っとるの?」


 彼女は不思議なものでもみる様な目で僕を見た。

「最後に1つだけ……今何時?」

「たぶん8時くらいだと思うけど……」


 その言葉が終わらないうちに僕は駆け出した。恐ろしいものから逃げるために。


 だが、あまりにも焦りすぎていたために足がもつれ盛大にこける。制服のズボンに穴が空き、地に滲んだ膝が顔を出す。痛いと感じ、これは夢ではないのだとふと思った。


「大丈夫? 怪我してるじゃん!」


 先ほどの女子高生が追いついてきた。ハンカチを取り出し、なんの迷いもなく僕の膝に当てる。


「ありがとう……今日は何年の何日?」


 僕は漫画やドラマのタイムスリップもので必ずあるテンプレにテンプレを重ねた様な質問を投げかける。


「ん? 昭和20年8月1日水曜日だよ」


 僕はその言葉を聞いて不思議とホッとしてしまった。だが、僕は確実に壊滅する街に来たのだ。

 原爆投下まであと6日。


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