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魔王見習い  作者: 一葉
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朝食も野菜スープとパンのみだった。味はいいんだけどやはりもの足りない。居候みたいなものだから文句なんてないけれど。昨日は任せてしまった片付けを手伝おうとしたら逆に怒られてしまった。

「家事妖精の領分に踏み込まないでください。城内の家事は全部私の仕事です」

気持ちは何となく分かる。家事を他人がやるとやり方が違ったりして嫌なものだ。

「片付け終わりましたら魔法の訓練をしましょう。お茶を用意しましたのでおくつろぎ下さい」

至れり尽くせりである。


「魔法の理論につきましては長くなりますので後にしましょう。ご主人様にはまず収納魔法を覚えていただきます」

食堂から中庭に場所をうつしてシルヴィアの講義が始まった。椅子に二人並んで座り、シルヴィアは僕の腕に自分の腕を絡めてきたので微妙に落ち着かない。シルヴィアは大きな方ではないけれどはっきりと柔らかい感触がある。

「名前の通り物を収納する魔法です。収納する物の体積によって消費する魔力量が増えていきます」

収納魔法を使っている限り魔力は消費されていく。魔力がつきた場合、入っていた物は周囲にばらまかれることになる。そうならないように収納量が魔力の自然回復量を越えないように調整するのだ。

誰でも使える簡単な魔法でありながらとても便利な収納魔法であるが、もう一つ別の利点がある。

魔力は使えば使うほど総量が増えるのだ。つまり常に収納魔法を使っていれば勝手に魔力総量が増えていくのである。基本的に魔力総量の限界値はない。ただ、魔力総量の増加量には差があるのであまり増えない場合もある。

「それではまず昨日と同じように手を握って魔力を循環させて下さい」

シルヴィアの小さな手を握って魔力を流す、一度出来てしまえば簡単だ。魔力がシルヴィアに流れこむ瞬間、シルヴィアが身を震わせたけどやっぱりちょっと苦しいのだろうか。

「収納魔法の魔力の流れはこんな感じです」

流れ込んでくる魔力の性質が変化した。これは文字だろうか。というか明らかに知らない文字なのに何故か読める。

「会話の指輪の効果で文字も読めるはずです」

なるほど。便利な指輪だ。魔力で紡がれた文字は大まかに言えば『空間に穴を開けて扉をつける』というものだ。

「ではやってみましょう。今の感覚で自分の魔力を文字にして循環させてください。一度循環させれば意識していなくても常時収納魔法が発動し続けます」

この文字は日本語でもいいのだろうか。まあ、ものはためしだ。意識して魔力を日本語に変化させる。魔力は水みたいだから型にながすような要領で簡単に文字にかえられた。後は文字を循環させる。

「これは故郷の文字ですか?」

「うん、日本語っていうんだ。駄目かな」

「いえ、むしろ魔法と相性がいいようです」

シルヴィアは少し迷うように手を離す。

「もう魔法が発動しているはずです。試しにこれを入れてみて下さい。考えるだけでつくりだした空間に入れられます」

シルヴィアは何もない空間から簡素な指輪をとりだした。収納魔法なのだろうが目の前でみせられると実に不思議な光景だ。

受け取った指輪を念じながら何もない空間に押し込む、すると手首から先が消えた。特にこれといった感触はない。指輪から手を離して引き抜くと空間には穴もなく、指輪が落ちてくることもなかった。

「取り出す時も同じ要領でできます。念じれば中に何が入っているかもわかりますし、魔眼の力も有効ですから試しに鑑定してみてください」

言われた通り中身が見たいと念じてみる。すると目の前にゲームのようなウインドウがあらわれて指輪と表示されていた。

「これって他人にも見えるの」

「いいえ、見せることも出来ますけど基本は見えません」

良かった。見られて困る物も入れられる。変な意味じゃなくて。鑑定の魔眼である左目を意識して指輪の表記を見てみる。


《婚約の指輪》

・一対の指輪。愛を誓う儀式に用いられる。成功すればお互いが何処にいても思いが伝わる。居場所の特定も可能。

※この効果はお互いに指輪をつけあわなければ発動しない。


何時のまにかシルヴィアがじっとりと僕を見つめている。なにかしら意図があって渡したのだろうがよく分からない。

「ありがとう。問題ないみたいだ。指輪返すね」

「持っていて下さい。私はもう一対のほうを持っていますので」

それって返さない理由になるのだろうか。

「じゃあもらっておくよ。ところでなんか鑑定したら説明文みたいのが出るようになったんだけど」

シルヴィアは軽くくびをかしげた。

「魔眼は使えば使うほど力をまします。最終的には未来さえ鑑定すると言われていますが数億年はかかるでしょうね」

シルヴィアによれば説明文が出るようになるまで通常なら五十年はかかるらしい。さすがは効果が微妙な魔眼と言われるだけはある。説明文がでる鑑定魔法は三年ほど勉強すれば使えるそうなので鑑定魔法を覚えるほうがはるかに早い。

「魔王様の力の影響かもしれません。使えるのなら便利ですからどんどん使って下さい。説明文が出るなら人間のステータスも見られますよ。ただ、他人の鑑定はあまり誉められた行為ではないので注意してくださいね」

ステータスなんて物があるのか。なら後で自分の鑑定をしてみよう。

「詰め込めるだけ詰め込みますから倉庫に行きましょう。いらない物が沢山ありますので」

シルヴィアに連れられて城の奥に向かう。場所は地下だろうか、何度か階段をのぼりおりしたので感覚がよく分からない。

そこは倉庫と言ったが宝物庫と言ったらほうが実状に近い。壁には何枚も高そうな絵画が並んでいたし、宝石や装飾品の類いが棚に溢れんばかりに並んでいた。中央には金属らしきインゴットが山のように積んである。

「これを入れていってください」

積まれたインゴットの一つを渡された。吸い付くような手触りでひやりとしている。

「これって金属?」

「ヒヒイロカネです。伝説上の金属なのですが加工技術を失伝しておりますので鉄屑です」

加工出来ない金属なんて確かにごみとかわりない。でもしかるべき所に持ち込めば高く売れるのではないだろうか。シルヴィアは現金収入が限られると言っていたしそうそう簡単には売れないのだろうが。

バケツリレーみたいに渡されるヒヒイロカネを黙々と収納魔法でしまっていく。

「まだ魔力が減る感じはしませんか」

「うん、まだ入りそう」

もうかなりの量を入れたのにまだ魔力の自然回復量のほうが上回っているようだ。

「あり得ない回復量ですよ」

「そうなの?」

初めての収納魔法なら普通は十個位が限界らしい。

「魔王様の力の影響でしょうか、これは一年もたないかもしれませんね」

少し心配そうにシルヴィアは言うが、魔王の力なら左目に集中していて動かない。今のところ侵食されている感覚はまったくなかった。

「急いだほうがいいかもね」

それでも、感じられないだけで悪化している可能性もある。気がついたら手遅れだったなんて洒落にならない。

中庭に戻って魔法の特訓をしようと倉庫から出ようとしたらそれが目に入った。

入り口近くに無造作にたてかけられた一本の刀。飾りっけはなく、鞘は埃をかぶり薄汚れている。

「ご興味がおありですか? これは刀と呼ばれる武器です。扱いにくいのであまり使われないですね」

「僕の故郷だと昔はよく使われてたよ」

誰かがこっちにきて技術を広めたのだろうか。

「いわゆる漂流物、異世界から流れ着いた物を参考に作られたといわれています。残念ながら帰る手段のヒントにはならないかと」

別にそういうつもりで聞いたわけでもない。不思議なくらい、帰りたいという気持ちは薄かった。どうしても逢いたい人がいるわけでもなし、むしろシルヴィアと一緒の時間は楽しくて帰りたくないぐらいだ。自分では分からなかったが離れてみて考えてみるとあまり他人と深く関わる人生ではなかったかもしれない。

「抜いてみてもいいですよ」

しばし物思いにふけってしまったのをシルヴィアは刀にたいする興味と受け取ったようだ。せっかくだし抜いてみよう。

柄をしっかりと掴んで引き抜く。錆ているんじゃないかと思ったが刀身は綺麗だった。若干青みを帯びていて非常に美しい。

「お気に召したのなら差し上げます」

「いいの?」

「はい、城内の物はお好きになさって構いません」

そう言われてもただで貰うのは気が引けた。かといってお金なんてもっていないし。

「じゃあかわりに僕が出来る事ってない? 貰うだけじゃ悪いし」

「何でもいいんですか?」

シルヴィアはぐいっと顔を近づけてきた。美少女の顔というのは結構迫力があって思わず一歩後ずさる。

「出来る範囲ないでお願いします」

シルヴィアは何故か背中を向けた。ふるふると身体を震わせている。

「では毎日添い寝させて下さい。魔力循環の訓練もしましょう」

振り向いたシルヴィアは若干頬をひきつらせていた。

信頼を得る為の提案だろうから本当は添い寝とか嫌なんだろうな。

「それじゃあ刀のお礼にならないよ」

「なります、添い寝させてください」

少しだけシルヴィアの頬が赤い。これ以上拒否するのはかわいそうだ。

「わかった。一緒に寝よう」

こんな可愛い子が隣にいてちゃんと眠れるだろうか。わりと女性には免疫がないほうだ。

そうだ、疲れていれば眠れるだろう。

「シルヴィアは刀も使える?」

「剣なら少々心得があります」

刀と剣では扱いは異なるのだろうが教わらないよりはましだ。シルヴィアに剣の扱いを習って夜はさっさと眠ってしまおう。

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