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「おはようございますご主人様」
シンラは寝起きがかなり悪い。目覚まし時計もない世界で朝にめを覚ます自信はなかったのにこれ以上ない程に目がさめた。
「ご主人様?」
部屋にはシルヴィアとシンラしかいないのだからご主人様というのはシンラのことだろう。絶世の美少女であるシルヴィアにご主人様と呼ばれるのはむず痒いものがあった。
「どうかされましたか? ご主人様」
「何でご主人様?」
「魔王様の代行であればご主人様とお呼びすべきですから」
シルヴィアは表情をあまり動かさないのでいまいち何を考えているのかわかりずらい。
「いや、名前で呼んでいいよ。様とかもいらないし」
「ご主人様、朝食をご用意しております」
「だから名前でいいって」
「ご主人様、こちらで食べられますか? それとも食堂の方で食べられますか?」
「……食堂にいくよ」
無言の圧力に負けたシンラはそうそうに諦めた。
「お着替えもご用意しましたので着替えましょう」
言いながらシルヴィアはシンラのシャツのボタンに手をかける。
「自分でやるから大丈夫」
慌てて後ずさるもシャツを掴んでいたシルヴィアがシンラに引っ張られるかたちになりバランスを崩して倒れこんだ。
「あ、ごめん」
シンラの胸元にぶつかったシルヴィアはきゅっとシャツを掴んで目をふせる。
「アスガルド様は狩りに出かけていますからしばらく帰ってきませんよ」
意味を読み取れないほどシンラは鈍感ではない。しかし、シルヴィアにこんなに慕われる覚えはなかった。額面どおりに行動したら大火傷しそうだ。シルヴィアは名前を得るために僕の信頼度をあげようとしているのではないだろうか。だとしたらあまり意味のない行動だと思う。僕はシルヴィアのことをわりと信頼している。シルヴィアがいなかったら問答無用でアスガルドに殺されていたかもしれないし魔王の力を制御するヒントをくれた。シルヴィアを名付けることが出来ないのはシルヴィアが僕を信頼していないからだと思う。だとしたらやるべきことは。
「着替えは一人で大丈夫だから少し外で待っていてくれる?」
シルヴィアは少しだけ不満そうな顔をした。
「かしこまりました。お待ちしています」
何だか態度が少し硬くなった気がするけど信頼されるためにはこの対応で間違いないはず。
シルヴィアが出ていくのを確認してさっそく着替える。
用意されていた服はシンプルなシャツとズボン、それと。
「マント?」
外側は暗い青で裏側はえんじ色、シルクのようになめらかで丈夫そうだ。一見して上等な代物だと分かる。
これを着るのか、コスプレみたいにならないか。
でもわざわざシルヴィアが用意してくれたものだ。着ないわけにもいかない。それにこちらの感覚にも少しずつ慣れていかねばならないのだから。
大人しく外套を羽織ったシンラであったが、ふと思った。
これってシルヴィアの趣味なだけだったりしないかと。