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妖精には決して名前をつけるな。
部屋に案内された真羅はアスガルドからきつく忠告された。
妖精は元々神様であり、魔王との闘いに敗れ名前を失った存在だ。名前をなくしたことで神は弱体化して現世の生命に手出しできない状態になっているのだ。もし名前をつけたら生命を殺せる存在に戻ってしまう。神々は歩くのに邪魔だからと国を滅ぼしたこともある危険な存在だ。気軽に名前をつけないでほしい。
「名付けには信頼関係が必要だから出来ないとは思うが」
万一のことがあってはいけないといことらしい。
「食事は部屋まで持ってきてやる。大人しくしていろ」
とりあえず、餓死はしなくてすみそうだ。
部屋はそれなりに広かった。雰囲気的には古風な西洋ホテルといったところか。しかれた絨毯に靴が深く沈みこむ。窓の外は一面の森。
どうしたものか。
ベッドにたおれこんで天井をあおいだ。
何だか疲れた少し眠ろう。
「アスガルド様、シンラ様をどうなさるのですか? 殺すのですか?」
家事妖精は確認のために聞いた。城内の家事は全て彼女が引き受けているので住人が増えるのなら備品や食料を買いたす必要がある。
「あれが魔王様が言っていた代わりの者だと思うか?」
魔王様は代わりよこすとは言っていたが彼がそうなのかはわからない。
「魔王様の気配がありますし、間違いないかと」
「では迎え入れるしかないだろう」
人間は好かないが魔王様の意向とあれば逆らうつもりはない。それに。
「どうせ一年後には力にのまれて意識をなくすだろ。その時どうするか考えておかねば」
ただの人間が魔王様の力を使いこなせる筈がない。
「そうでしょうか」
珍しく家事妖精は優雅に笑った。
「鍛えようによっては魔王様のかわりになるかもそれませんよ」
アスガルドは若干困惑した。この家事妖精は人間にたいして興味らしきものを見せたことがない。家事妖精は家につくものであって人につくものではないのだ。
「名前を得るためか?」
家事妖精は無表情でじっとアスガルドを見る。
「好きにすればいい。だがもし私と敵対するのであれば、わかっているな?」
「ええ、重々承知しております」
話しはしまいというように去っていくアスガルドの背中を、家事妖精はじっと見つめていた。