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意識を取り戻すのにどれくらいかかったのだろうか。目が覚めるとあの白い空間はすでに消えていて椅子に座っていた。どこかの部屋だろうか、いやこれはむしろ城か?
豪奢な扉から赤い絨毯が僕が座る椅子までのびている。途中二段程の階段があるので椅子は少し高い所にあるわけだ。さしずめこの椅子は玉座といったところか。
あの自称魔王、本当に魔王だったんだな。
体の痺れはもうとれていた。手を握ったり開いたりして具合を確かめていると、扉が開いて鎧をきた人があらわれた。いや多分人だと思う。身長が二メートル超えてそうだけど、こっちの人たちはこれが普通なのかも。頭部を完全に覆い隠す兜をつけているので、顔は見えなかった。
「こんにちは」
挨拶してみる。そういえば言葉通じるのか?
相手も何か喋った。何いってるのかわからない。何語だこれは。
腰の剣に手をそえて近づいてくる。かなり不穏な雰囲気である。男とも女ともつかない声でなおも話しているが、やはり何をいっているかわからない。
そうこうしているうちに剣の射程ないに入っている。あっ、これ殺されるんじゃないか。両手を上げてみても雰囲気は変わらない。きしりと、鎧が音をたてた。
死んだな。確信する。
「城内は血で汚さない約束ですよ、アスガルド様」
目前に華奢な背中が見えた。赤い髪をまとめてメイド服を着た小柄な少女は感情をまじえない声で抗議する。
「どちら様ですか、ああ、取り会えずこちらの指輪をおつけ下さい。これで異国の言葉も理解できます」
差し出された指輪を受けとりしげしげと眺める。銀色の飾りっけのないデザインだ。
ちくりと左目が痛んだ。
《会話の指輪》
「え?」
思わず声がもれる。左目の視界に文字が浮かんだのだ。おそらくはこの指輪の名前なのだろう。左目ということはあの魔王がやると言っていたのがこれか。ためしにメイド服の少女を見てみる。
《メイド服》《会話の指輪》
どうやら人の名前はわからないみたいだ。
「早くつけて下さい、殺されますよ」
あわてて指輪をつけた。
「貴様は誰だ」
鎧の人……アスガルドは今にも剣を抜き放ちそうだ。
「天野真羅です、魔王様の身代わりで呼ばれました」
早口で状況を説明していく。ついでに左目の事も話した。へたに隠し事をして疑われるのも馬鹿らしいからね。
「魔王様なら、あり得そうな話だ」
半分くらいは納得してくれたようだ。アスガルドは剣から手を離した。
「左目は鑑定眼ですね」
この世界には魔眼が存在している。魔眼は先天的にしか獲得できず、非常に珍しいものだ。ただし、鑑定眼は効果が微妙な魔眼である。鑑定なら魔法で出来るからだ。
「魔眼をわたすなんて聞いたこともないぞ」
「魔王様なら出来るのではないですか。まあ、どうでもいいではないですか。それよりも」
少女はじっと僕を見る。
「あなたは城に住むのですか」
「他にいくところもないのでお世話になりたいですね」
アスガルドから威圧感を感じる。が、気づかないふりをした。出ていくにしても少しでも情報が欲しい。
「どうしますかアスガルド様」
「どうするもなにも、魔王様の魔力を放つこの雑魚を外に出せないだろう。魔王様の不在を知られれば他の魔王が動く、私はこの城を守るのが仕事だ」
明らかに不服そうだが、そういう事なら僕にとってひじょうに都合がいい。しばらくは厄介になれそうだ。
「では自己紹介をしておきましょう、私は家事妖精です」
少女はアスガルドをちらりと見る。
「アスガルドだ。魔王様よりこの城の守護を頼まれている」
しぶしぶといった様子ながらも僕の滞在は許可された。
「家事妖精って名前なんですか」
「いいえ、種族名ですよ」
これは名前を聞いてはいけないパターンだろうか。でも、聞かないのも失礼っぽいんだよなあ、いいや、聞いてしまおう。
「あの名前を聞いても?」
家事妖精はきょとんと僕を見返した。やはり聞いてはいけないことだったか?
「家事妖精に名前はありません、あなたがつけてみますか?」
気のせいかもしれないが、今まで一切表情を動かさなかった家事妖精が皮肉げに笑ったきがした。意味がわからないが名前はあるにこしたことはない。
「じゃあ……」
「よせ、もういいだろ。部屋に案内する。ついてこい」
若干慌て気味のアスガルドにせかされて僕は部屋をでた。
一人になった家事妖精はぼそりと呟く。
「無粋なかたね、つまらないわ」