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いつのまにか白い空間に浮かんでいた。何もない。それこそ匂いや音すらも。ここは何処だ、さっきまで教室で居眠りをしていた筈だ。
死んだか。ここは死後の世界か。だとしたら最悪である。死んだことではなく、こんな何もない空間に放り出されたことが。死んでいるとすればこの状態が永遠に続くのかもしれない。それはとてつもなく恐ろしいことだ。
「安心しろ、死んではいない」
言葉がふってきた。上を見上げると男が浮かんでいる。赤いウインドブレーカーのフードを目深にかぶっているために顔は見えないのだが、声からして男だろう。若いのか年寄りなのかもわからない。
「天野真羅だな。悪いがお前の頭の中身を見せてもらったぞ。ああ、そう怒るな。おかげでこうやって日本語で話せるんだからな」
実に偉そうな言い方だった。どうも人を見下す態度が癖になっているようだ。悪気はなさそうなのに人を馬鹿にしている雰囲気がある。
「死んでいないなら夢ですか」
「違う。お前は俺が呼んだ」
聞けば答えてはくれるらしい。
「はあ、どういったご用件で」
とりあえず下手に出ておこう。従順な態度がこうをそうしたか、男は丁寧に説明してくれる。
今の世界に飽きたのでどこかで別の世界に行きたい。しかし、第六位魔王であり、強大な力の塊である自分がいきなり世界からいなくなってしまうとどんな影響が出るかわからない。例えば密閉されたビンの中からいきなり空気が消えればビンが砕けてしまうだろう。それと同じ現象が起こるかもしれないのだ。ゆえにお前には俺の世界で俺の身代わりをやってほしい。
「ちょっと待って下さい、僕は普通の人間ですよ。あなたのかわりにはなれません」
流石は魔王を名乗るだけはある。あまりにも理不尽な要求だ。さらっと言っているが、つまり二度ともとの世界に帰すつもりがないということではないか。別に元の世界に未練なんてないが、何しろ魔王などという存在がいる世界だ。ろくな世界であるはずがない。
「大丈夫だ。俺の力の欠片をくれてやる。これだけあれば世界に影響はないだろう、多分」
男は僕の額に手のひらを当てる。
衝撃が、身体を突き抜けた。 何だこれは、痺れて身体が動かせない、それはつまり喋れないということだ。
「一年以内に使いこなせよ。さもないと力にのまれて意識が消えるからな」
そら恐ろしいことを言いながら、男は遠ざかっていく。待ってくれ、叫びたくても声はでない。頭がぼおっとしてきた。一年どころかいますぐ此処で死ぬんじゃないか?
「ああ、そうだ。お前面白い眼をもってるな、これはサービスだ受けとれ」
左目に燃えるような痛みが走ったかと思うと、僕はあっさりと意識を失った。