第三章
戦闘の事後報告をすぐに上に伝えるため、普段の彼なら携帯の電源を入れて待機しているはずだった。松浦は胸騒ぎがし、ワールドオーバーに海人の死体の事後処理を頼むとタクシーに他の三人を急いで乗り込ませ、住居に戻った。怪我人の瀬川と二宮のサポートを今田に任せ、自分は自室に帰るより先に景山の部屋へ向かう。
「景山さん、松浦です。海人との交戦の報告をしたいんですが…。もしもし、景山さん?」
二度、三度インターホンを鳴らすが、返事はない。埒が明かないので、アパートの管理人に連絡し合鍵を渡してもらった。ようやく届けられた合鍵を使い、松浦はその一室に足を踏み入れた。
そして、唖然とした。
部屋には、景山の私物といえる物は全く残されていない。景山は、文字通り失踪していた。
壁にもたれかかりながら路地をよろよろと歩き、レアモデルシーラカンスベースは逃走していた。きょろきょろと辺りを見回すと、誰もいないことを確認し、地面にしゃがみ込んでそこを浅く掘り返す。隠しておいた衣服と人間態に戻るための錠剤のビンを掘り出し、安堵のため息をついた。ビンの蓋を開け、その中から一錠を取り出して口に含もうとする。
無防備なその一瞬を狙い、路地右手のビルの屋上から、テリジェシオンはレアモデルに飛びかかった。海人は目を剝き、驚いてビンを取り落とす。
「『スマッシュ』」
無機質なその声が、冷酷に告げる。逃げようとするレアモデルの、松浦、今田の連携攻撃で傷ついた体を、青紫のオーラを纏った跳び蹴りが一思いに粉砕した。胸部を貫かれ、海人が破砕音を上げ崩れ落ちる。音もなく着地したテリジェシオンは辺りに飛び散った海人の血液を気にする様子もなく、アイマスクの下でにやりと笑った。
「いいデータが採取できた…プログシオン、そしてレアモデル。どちらも、ユーダ・レーボに協力し続けていれば手に入らないものだ」
男はくっくっと小さく笑い声を上げ、「ダウン」を唱えた。紺の、道化師や悪魔を彷彿とさせるデザインのパワードスーツの装着が解除される。
「…これはもう必要なくなった」
吐き捨てるように言い、血の海に小型ボイスチェンジャーを放り捨てる。
その血だまりの中に、景山智英は狂気じみた笑みを浮かべて立っていた。
景山が謎の失踪を遂げてから、一週間が経過した。ワールドオーバー社では大変な騒ぎになっているようで、職員が何度も瀬川らに事情聴収に来るほどだった。理由は瀬川らには知らされていないが、警察には届けていないらしい。
(景山さん、大丈夫かな……)
ここ最近、瀬川はトレーニングにも執筆活動にもいまひとつ身が入らず、怪我はほぼ治ったもののもやもやとして日々を過ごしていた。それは皆も同じようで、どことなく元気がない。また、このところ海人が現れたという情報もなかった。ユーダ・レーボも、テリジェシオンの離反に動揺しているのかもしれない。
そんな曇り空のような雰囲気を吹き飛ばすかのように、新たに選出された瀬川らの監督係がその日、嵐の如くやって来たのだった。
「えー、今日から皆さんの新しい監督役になりました、鈴村朱音です。よろしく!」
派遣され、瀬川らと同じアパートの上層階にやってきたその女性職員はさらっと自己紹介を終えた。三十代前半くらいと思われ、髪はセミロングの茶髪、顔立ちや喋り方から姉御肌っぽい雰囲気が漂っている。服装はグレーのパンツスーツだ。肌は健康的に日焼けし、スポーツマンであるのだろうと見てわかる。スタイルにもメリハリがあった。
自室に全員を召集し、鈴村は自己紹介の後こう切り出した。
「…さて、行方が分からなくなっている私の前任者、景山のことなのですが」
皆の注目が彼女に集まった。だが、誰も真実を受け入れる準備ができていなかった。
「―景山智英は、ワールドオーバー社の社員であると同時に、ユーダ・レーボのスパイ…さらに、テリジェシオンの装着者として暗躍していたのです。…そしておそらく、ユーダ・レーボをも裏切りました」
瀬川には、到底信じられなかった。鈴村は細々とした証拠を上げ連ねていくが、あまりの衝撃にそれに意識が向かない。
「根拠の一つとしては、テリジェシオンとの戦闘データを細かく分析したところ、身長や体格が彼のものと一致したという結果が出ました」
(あの景山さんが…?嘘だ。いつも笑顔で俺たちを支えてくれていたあの人が……!)
「そんなはずないだろ!」
思わず、瀬川は声を荒げていた。
「大体、景山さんはあんな声じゃないし…」
「…声、ですか。今の時代、イヤホンマイクのような形状の小型ボイスチェンジャーが出回っていますし、それは判断の決め手にはなりませんね…」
鈴村は残念そうに言った。
「…ならば、これはどう説明するつもりですか」
松浦も質問する。
「バスで移動中に、ウニ型の海人の襲撃を受けたことがありました。あの時、景山さんも確かに海人の攻撃を受けていたはずです」
「…あの時彼が受けた傷は、彼と同様に海人に殴られた運転手の男性よりも、かなり軽いものでした。あの海人が一芝居打ち、手加減していた可能性は高いです。景山が、疑念を抱かれずテリジェシオンとして作戦に参加できるように」
鈴村は動じた様子もなく、淀みなく答えた。あらかじめこの質問を予期していたのだろう。
「…戦闘後は『スモーク』で発生させた煙幕に紛れ、自分が倒れていたはずの場所に横になっていればいい。実にシンプルなトリックね」
森下が腹立たし気に呟き、今田と二宮も神妙な顔つきで頷いた。しかし、瀬川にはどうしても景山が敵だったとは思えなかった。
「…仮に景山さんが裏切ったんだとして、あの人の目的は何なんだ?プログシオンを奇襲した理由も、俺にはよく分からない」
鈴村は深く息をつき、悲しげに瀬川らを見回した。
「―長い話になるかもしれません」
景山智英がパワードスーツ被験者の監督役に指名されたとき、彼は既にユーダ・レーボに通じておりスパイ活動を行っていた。ユーダ・レーボがワールドオーバーから奪ったテリジェシオンのバイザーは秘密裏に彼の部屋に届けられており、瀬川らがスーツ開発に励んでいる中、密かに自身も開発を進めていたのだった。おそらく、「お前もパワードスーツの装着者にしてやる」などと持ち掛けられ、ワールドオーバーを裏切ったに違いない。
景山は監督者として被験者たちの現在位置を常に把握しており、襲撃に適したタイミングを見計らってユーダ・レーボ側に指示を出していたのだ。だからこそユーダ・レーボは、被験者がバスでの移動中だろうがどこにいようが、襲撃を実行できた。今いる№七二コロニーでは、向かいのアパートから被験者らがいつ外出するかを監視し、作戦実行の時期を決定していた。そういうこともあり、瀬川らに会うことも少なくなっていたのだ。
だが、ユーダ・レーボはパワードスーツの開発にあまり熱心ではなかった。彼らは主戦力としては海人を使う方針で、パワードスーツはあくまで補助的な戦力だった。つまり、そこまでスーツを強化して利用する気はなかった。
しかしそれが、景山としては面白くなかったのかもしれない。彼はおそらくある時、自分はそこそこの強さのパワードスーツ装着者という役目を与えられたに過ぎないのだと自覚したのだろう。彼は、その程度では満足できなかったのだ。
だから裏切った。瀬川らとの戦闘時、見逃したり、故意に全力を出さなかったりしたのは、わざとそうすることでより多くの戦闘データを得てテリジェシオンを強化し、またユーダ・レーボに襲撃作戦を続行するように仕向け、ユーダ・レーボ側のスーツ開発計画を可能な限り引き延ばすためだったと考えれば説明がつく。プログシオンを攻撃したのは、ユーダ・レーボの戦略兵器を奪うためもあるが、まだプログシオンとの戦闘データを得ておらず彼がそれを強く欲していたのも理由の一つかもしれない。
おそらく彼は、ワールドオーバーにもユーダ・レーボにも属さず、自分一人で最強の存在として世界に君臨しようとしているのだろう。
以上が、ワールドオーバーが諸々の根拠から捻り出した推測だった。どこからそう判断する材料が出てきたかは不明だった。多分、鈴村も知らされていないのだろうと瀬川は思った。
ともかくとして、その仮説に矛盾点や疑問点が見いだせないのは確かだった。
「景山が裏切り、その上プログシオンも奪われるとはな」
「誠に申し訳ございません。奴の企みに気づけなかった私にも責任が…」
「お前に非はない。全責任は奴にある」
「はっ…」
「奴を潰さねばならない。そのためには…」
「…ハイパーモデルでございますね?まだ開発中ですが」
「ああ。計画の進行に問題はほぼないがな。さて、ワールドオーバー社の方はどうする。景山が去った今、奴らの動きを探るのは困難だ」
「…『ケルビム』のデータを閲覧できれば、どうでしょう?」
「何?…そんなことが、本当に可能だというのか」
男は興味を引かれた様子で、少し前に身を乗り出した。彼のデスクの脇に立つ補佐官が、微笑みを浮かべ首肯する。
「技術部門に逸材がいたと分かったんですよ。村井という若手で、天才的なプログラミング技術を有しています」
景山の裏切りに関してはもやもやとした気持ちが多く残ったが、いつまでも思い悩んでいるわけにもいかない。間もなく鈴村の主導で新体制が組まれた。
ひとまず、居場所を既に知られている可能性が非常に高い状態なのはまずいと、引っ越しをすることとなった。行き先は№〇五九コロニー。生活形態は、今と同じような感じになるとのことだ。
「私たちの動向をかなり正確に把握していた景山が失踪した今、ユーダ・レーボが私たちを狙うのは難しいでしょうね」
鈴村は皆を励ますように言った。もっとも、その楽観も、万一景山の他に離反者がいれば成立しない類のものだったが。
鈴村の運転する大型ワゴン車に荷物を積み込み、瀬川らは新天地を目指していた。これまで住居があった№一七二コロニーを後にするのは少し寂しかったが、敵の襲撃を避けるためならやむを得ない。車はコロニーの北のゲートを抜け、コロニー外の道路を№〇五九コロニーへとひた走っている。
ゲートを出てから二十分ほどしたころだろうか。うとうとしていた瀬川は、鈴村のかけた急ブレーキのせいで否応なしに覚醒した。目をこすりながら前方を見やる。
「びっくりした…何かあったんですか?」
「…人が飛び出してきたの」
鈴村の声は強張っていた。体を少し前に乗り出して見ると、なるほど、確かに車の三メートルほど前に若い男が立っている。だが奇妙なのは、男がその場所を動こうとせず、瀬川らの行く手を阻んでいることだった。
それに、青の半袖シャツに黒の短パンという出で立ちも違和感を与えてきた。紫外線が強く、またマラリア等の伝染病に感染する恐れのあるコロニー外では、基本的に車の外に出ないのが常識だし、露出の多い服装は危険でしかない。瀬川も今着ているのは白の長袖シャツに灰色の長ズボンだし、他の面々も露出を抑えたスタイルだ。
(なぜ、この男はこんな無謀な真似を…?)
鈴村がクラクションを鳴らしたが、男はどこ吹く風とばかり定位置をキープしている。鈴村はため息をつき、少し窓を開けると男に呼びかけた。
「通行の邪魔です。そこをどいて下さい」
「…悪いけど、そのつもりはない」
男は笑い、ズボンのポケットから一粒の錠剤を取り出した。
(いや、無謀なんかじゃない…奴は多分、ここまで移動してくるときには別の姿になっていたんだ。紫外線など問題にしない、強靭な肉体を持つ姿に…!)
瀬川が悟ったときには、男はレアモデルチョウチンアンコウベースへと変貌していた。
レアモデルの頭部の発光強度が輝きを帯び、一発の光弾が撃ち出された。光弾はフロントガラスを粉々に砕き、その破片を車内に飛び散らせる。
「…っ」
顔をかばった手を下ろし、鈴村は痛みに顔を歪めた。手の甲に深くガラス片が突き刺さっている。しかし彼女は歯を食いしばり、毅然として言った。
「私のことはいい。…戦いなさい!」
「…ああ」
瀬川が小さく頷き、
「言われなくても分かってるって」
今田がいつもの調子で言い、
「今田君は喋らなきゃかっこいいのになー」
二宮が少し頬を膨らませ―なお今田はややショックを受けていた模様―、
「いいから行くぞ」
仕切り直すように松浦も加わった。
四人が車の外に飛び出し、左腕にバイザーを押し当てて装着する。そしてそれぞれのコードを唱え、クレアシオン、アンビシオン、アフェクシオン、エグザシオンが並び立った。
「『ワープ』の使える二宮は、車の中の三人を守ってくれ。流れ弾なんかが当たったりしたら大変だ」
「…了解、瀬川君!」
瀬川の指示を受けた二宮が少し後方に下がり、自身の役割を果たすべくワゴン車の近くに待機した。
そして瀬川、今田、松浦は各々の武器を召喚し、レアモデルに向かって行った。
茂みががさがさと音を立て、密林の中から三体のアブノーマルモデルヒトデベースが姿を現した。三体ともショットガンを携行している。やがて海人たちは、ワゴン車へと接近し始めた。
「…鈴村さん、葉月ちゃん、これ使って」
二宮は腰のホルスターから二丁の拳銃を引き抜き、大穴の空いたフロントガラスから中に放り投げた。意外な行動に驚いた二人だったが、なんとかキャッチに成功する。
「ちょ…じゃあ千咲はどうやって戦うつもりなのよ⁉」
確かに、こうすれば二宮が三人を庇いながら戦うデメリットは軽減されるかもしれない。三人も戦力になるのだから。だが、銃なしではアフェクシオンは非力だ。そう考えた森下は二宮に大声で言ったが、二宮はアイレンズの下でてへっと笑い、
「大丈夫、私にはこれがありますから!…『パラライズ』!」
二宮の全身を電撃が包み、攻撃に麻痺の効果と雷撃による追加ダメージが付与される。アフェクシオンは両手を体の前で構え、三体の敵を見据えた。
「…援護、頼むね!」
「―了解!」
「…分かったわ!」
標的に突進するアフェクシオンに、鈴村と森下が答え、拳銃を構える。プラズマに包まれたアフェクシオンのボディーは、ショットガンの掃射を受けたが傷ひとつつかない。一体が舌打ちし銃を放り捨てると、殴りかかっていった。二宮と格闘戦を繰り広げているその個体に照準を合わせ、二人は同時にトリガーを引いた。
放たれた二発の光弾が海人の右肩と左足にそれぞれ命中し、ヒトデベースはバランスを崩した。好機を逃さず、二宮が一気に畳み掛ける。
「『フィスト』!」
雷を纏った両の拳が、右、左とリズムよく海人の胸部に叩き込まれる。アブノーマルモデルは衝撃で後方の草むらへ吹き飛ばされ、さらに麻痺効果により体が硬直した。
「―とどめよ!」
弱った海人に再度鈴村、森下が銃撃を浴びせ、海人は断末魔の叫びを上げて崩れ落ちた。
(やった…)
森下は束の間勝利の喜びを噛みしめたが、直後、手が尋常ではないほど痺れていることに気づく。元々この武器は、パワードスーツにより筋力を強化された人間用に設計されたものだ。生身の人間が扱うのには、負担が大きいのかもしれない。いずれにせよ、これ以上この銃を撃つのは肉体的に不可能であるように思われた。それは鈴村も同じらしい。
援護射撃が止まり、勢いづいた残る二体がアフェクシオンに銃口を向けた。二宮は銃弾を身軽な動きで躱しカウンターで蹴りを入れていくが、二対一でしかも銃が使えないとなるとやや不利なように見える。「パラライズ」の効果持続時間も、もう終了している。
(『バック』で拳銃を回収してくれれば、あるいは…)
そう思ったが、今や二宮は遥か離れた地点で格闘戦を展開していた。ここから叫んでも声は届かないだろう。
一体どうすれば…と悩んでいた森下だったが、その横を、それまで後部座席に身を隠していた藤田が通り抜けた。藤田はフロントガラスの穴から外に出ると、先程倒された海人が地面に放った、ショットガンをひょいと拾い上げた。
「あんた、何を…」
するつもりなの、と森下は呆気に取られ言いかけた。
「―通常武器なら、反動を気にしないで済みそうだからね」
にこりと微笑み、その銃口を二体のアブノーマルモデルに向けた。
(さっき、私たちが反動で手が痺れてうまく動かせなくなっていたのも…全部察していたのね…)
この眼鏡を掛けた痩せた男は、優れた観察眼を持っているようだった。藤田の放った数発の銃弾がアブノーマルモデルの背に命中し、二体が僅かによろめく。だがヒーリング・ハンドガンに比べるとやはり威力で劣るらしく、決定打にはならない。藤田が悔しそうな表情を見せたその時だった。
「―藤田も男見せてるみたいだし、ここは俺が助太刀しますか!」
それまで瀬川、松浦とともにレアモデルと交戦していた今田が、突然体の向きを変えこちらの戦いに参戦してきた。アンビシャス・ライフルが火を噴き、連続で放たれた真紅の光弾がヒトデベースの体を吹き飛ばす。
「じゃ、ちゃっちゃと終わらせるぜ」
小さく「エンドブラスト」と唱え、通常のものより巨大な紅蓮の破壊光弾を生成、二体に向け射出する。その直撃を喰らった二体は爆発に包まれ、破砕音とともに倒れた。
「…ありがと、今田君」
「困ったときは助け合いだろ」
アンビシオンはアフェクシオンの肩を軽く叩いた。森下は扱いづらい武器を渡されたことに文句をつけるのも忘れ、ただ無事に敵を撃破できた安堵だけを感じていた。藤田も体から力が抜けたようで、
「…ショットガンも思ったよりは反動きついね、はは」
と、苦笑する。思わず、森下、鈴村もくすっと笑った。
今田が向こうに加勢しに行ったため遠距離から相手を攻撃する手段がなくなったが、それならば接近戦に持ち込めばいいだけのことだ。
エグザシオンは「ガード」で正面にバリアを展開して光弾を防ぎ、クレアシオンはランスを左右に切り払って触手による攻撃を受け流して、レアモデルへとダッシュで距離を詰めていった。
瀬川がランスの突きで怯ませたところに、松浦が重厚な一太刀を浴びせる。流れるように繰り出される連携攻撃の前に、チョウチンアンコウベースは防戦一方だった。隙を突き、二人は海人の正面から同時攻撃を仕掛けた。松浦が草薙之剣を上段から斬り下ろし、瀬川がクリエイティヴ・ランスをまっすぐに突き出す。レアモデルは胸部の皮膚から火花を散らし、後退した。
「『神殺』!」
「…『神威魔刀・斬』!」
ランスが燃えるように赤い輝きに包まれ、刀は眩しく光るエメラルドグリーンに彩られる。クレアシオン、エグザシオンは地面を蹴り飛ばし一瞬で相手の間合いに入ると、灼熱を帯びた神をも貫く十字槍の一撃、真空空間を刀身の周囲に発生させて繰り出される横薙ぎの一閃を立て続けに放った。立て続けに応用コードによる技を喰らってもなお、レアモデルは皮膚から激しいスパークを上げ血を流しつつも倒れなかった。また、傷の再生速度が、以前戦ったものより速い。
(防御力や修復能力を向上させた、強化体の可能性もあるな)
瀬川がそう思い、松浦がとどめを刺そうと刀を振り上げた瞬間だった。耳に、何かが空を切る鋭い音が聞こえる。
「くっ…」
背中にダガーナイフの投擲を受け、エグザシオンがよろめく。これ幸いとばかり、レアモデルは高速移動を発動し逃げおおせてしまった。
「―『バック』」
基本コードにより、二本のナイフは持ち主の手元へと戻って行く。もちろんそれは、木々の中から現れたテリジェシオンのものだった。
「その声…やっぱり景山さんなのか⁉」
ボイスチェンジャーを使っていないその声に、もう無機質な響きはなかった。代わりに、どこか聞き覚えのある声。ただし、かつて見せた優しさはそこには一切感じられない。
「『クイック』」
テリジェシオンは質問を無視し、全身を青紫の輝きで包んだ。続いて繰り出された超高速移動攻撃が、瀬川と松浦を襲う。二人も「クイック」を発動し対抗しようとするが、全く相手のスピードについていけない。一方的に斬撃を受ける結果になってしまう。
「…『神殺・槍投』!」
ならばと、照準補助機能を使い、蒼炎を纏ったランスを渾身の力を込め投げつけた。しかし、テリジェシオンは体を捻って紙一重で回避し、ナイフの投擲で反撃してきた。その一撃を受け、クレアシオンの胸部装甲から火花が散る。
(前よりも、さらに速くなってる……!)
アンビシオン、アフェクシオンも加勢するが、やはりテリジェシオンの方が速さが上だ。放たれる光弾の軌道をも加速された感覚の中で見切り、完璧に回避して無慈悲に攻撃を叩き込んでいく。五秒間の効果持続時間が終了したとき、無傷で立っているのはテリジェシオンのみだった。
「…野郎!『ブレード』!」
今田は立ち上がると武装を銃剣形態にし、猛然と斬りかかっていった。松浦もそれに続く。だが、テリジェシオンが強化されたのは俊敏性だけではなかった。上昇した筋力を発揮し、両手のダガーナイフで二人の放った攻撃を受け止めると、華麗な回し蹴りを続けざまに繰り出し、二人を蹴り飛ばした。さらに、応用コードを唱える。
「『サベージアサルト』」
青紫の毒々しい光を纏ったタクティック・ダガーが素早く振るわれ、アンビシオン、エグザシオンは腐食作用付きの斬撃をまともに喰らった。アーマーから白煙が上がり、二人が地に倒れ込む。
「バイザーを渡せ…プログシオンだけでなく、お前たちの戦闘データも参考にしたいところだ」
テリジェシオンは踵を返し、じりじりと、しかし確かな足取りで残る瀬川、二宮へと接近する。二宮は森下から既に二丁拳銃を受け取っている。三体のパワードスーツは武器を構え、一触即発の空気が流れた。
無数の光弾が辺り一面に着弾し、テリジェシオンが横に飛ばされた。さっき仕留め損ねた、レアモデルチョウチンアンコウベースによる攻撃だった。既に傷はほぼ回復している。
「自分からわざわざ姿を見せてくれるとはな…上層部の命令により、景山、お前を処分する」
しわがれた声で語る男が嘘をついているのでない限り、やはりテリジェシオンの正体は景山であるようだった。景山は地面に手をつき立ち上がると、不敵に笑った。
「笑わせるな。お前ごときに私を倒すことなど…不可能だ!」
すかさず「クイック」を再発動し、レアモデルに掌打を次々に浴びせる。怯んだところにナイフで連続で斬りつけ、さらに「スマッシュ」を発動。青紫のオーラを纏った回し蹴りを腹部に受け、男は密林の中に吹き飛ばされた。
「…あの海人を倒すのが先決か。まだ奴との戦闘データは取れていなかったし、ちょうどいい」
景山は呟き、森の中に足を踏み入れた。振り返らずに、右手を挙げ軽く振る。今日のところは、これ以上瀬川らと争う気はないようだった。
あとに残された瀬川は、急に脱力感に襲われた。
(本当に、景山さんは裏切ったんだな…ワールドオーバーも、ユーダ・レーボも)
人が変わったかのような彼の言動には、少なからぬ衝撃を受けた。それは、他の皆も同じだった。
結局、なぜユーダ・レーボが自分たちの現在地を突き止められたのかは謎のままだった。景山以外にもまさか内通者がいるのか…とも一瞬考えたが、鈴村を疑う気にはどうしてもなれなかった。事実、彼女が負ったガラス片による怪我はやや重く、応急処置をした現在も手の甲を痛そうにさすっている。とても、海人が手加減などをしたとは思えない。
破壊されたワゴン車の代わりにワールドオーバー社の手配した二台の普通車に、一同は分かれて乗り込んだ。一台目には、運転手の男性に、助手席に鈴村、後部座席に藤田、瀬川、今田が座った。
「…つーか、テリジェシオン強すぎだろ」
車が発進し、外の景色を眺めながら今田がぼやいた。
「ああ、前よりもさらに強くなってた。スピードも、パワーも」
瀬川も同調する。実際、あの速さに追随できる手段が瀬川らにはない。唯一対抗できるとすれば、アフェクシオンの「ワープ」による奇襲くらいか。こちらもさらなる強化を施さなければ、今度こそバイザーを奪われてしまうだろう。
「できれば、あの人とは敵対したくなかったぜ…」
「僕もだよ…」
藤田も首肯し、車内には陰鬱なムードが漂った。
二台目には、運転手の女性、助手席に松浦、後部座席に森下と二宮が座っていた。松浦は男一人の気まずさからか、終始携帯端末をいじっている。後ろの二人は、次のコロニーにはどんな有名店があるかなど、明るい話題について話していた。景山のことには極力触れていない。しかしそれは、暗い雰囲気を払拭するための懸命な努力のようでもあった。
到着した新居は、前よりもさらに田舎っぽいところだった。コロニー中心部にはそこそこ近いものの、農地面積が大きい。万一海人やテリジェシオンに襲撃されたとき、被害を最小限に抑えるためだろうか。
今回もアパートに住むことになっているが、違うのは一人一部屋であること。前のように、ペアで一つの部屋を使うのではない。その分部屋はワンルームだが、プライベートはしっかりと確保されている。なお、鈴村も同じアパートの最上階に住むこととなっている。
各自は引っ越しをてきぱきと進めた。もう慣れたものだった。
こうして以前と同じような生活が始まったわけだが、スーパーがやや遠く、レジャー施設が少ないのは難点だった。ただ良い面もあり、近くの山奥にある土地を借り、久々に戦闘演習が再開できるようになった。
引っ越してきた初日、鈴村は皆を自室に集めて言った。ここで話をしているのが景山であればこれまでと変わりのない光景なのだが、時計の針を元に戻すことは叶わない。
「…しばらく、ユーダ・レーボの狙いは景山と私たちとに分散するはずだ。そして奴らによってより脅威になりうるのは、前回の戦闘結果を踏まえるとテリジェシオンの方だ。奴は異常なほどの速度でパワーアップを遂げているからな…。この状況を利用し、奴らが狙いを完全にこちらに移し替えてくる前に、パワードスーツをできる限り強化して欲しい」
要するに全力でやれとの激励なのだろう。それでも、瀬川はこう言わずにはいられなかった。感情の奔流を抑えられない。
「…景山さんはどうなってもいいって言うんですか。あの人は、ユーダ・レーボに命を狙われてるんですよ!」
「…私は、上の決定した方針を伝えているだけだよ」
鈴村は苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「それに、景山を助けようとするとして、私たちに何ができる?彼の居場所も分からないのに。…第一、彼はおそらく助けなど必要としていない」
「それはそうですけど…でもあの人は…っ、仲間だったじゃないですか!」
「―かつては、な。だが今は…もう仲間じゃない」
声を絞り出すようにして訴えたが、鈴村は目を伏せ、辛そうに言うばかりだった。
レアモデルを手早く始末した景山は、用意していた自動車に乗り込み、遠く離れた№〇九一コロニーに逃走した。ビジネスホテルに偽名を使ってチェックインし、部屋でテリジェシオンのさらなる強化に励む。
深夜、寝る間も惜しんでパソコンのキーボードに指を走らせていたその時、南側に面した窓ガラスがけたたましい音を立てて破られた。中に飛び込んで来たのは、見たことのない海人―ハイパーモデルホオジロザメベース。深い青色の、ざらざらとした硬い皮膚。手首から長く伸びた鋭いヒレ。頭部にも、背びれを思わせる突起が付いている。
(ここが分かったということは、あのバスの襲撃のときもやはりそうか…『ケルビム』へのハッキングに成功したか!)
「…もうハイパーモデルが完成していたとはな」
作業を中止してバイザーを左腕に装着し、景山は毒づいた。攻撃力・守備力・攻撃速度ともにレアモデルを上回る、トップクラスの性能を誇るモデル。ユーダ・レーボの開発ペースを少々甘く見ていたかもしれない、と景山は思った。
「おとなしくテリジェシオンを渡せ」
侵入者の女は、そう言い、威嚇するように右手首のヒレを軽く振った。刹那、そこから生み出された真空の刃が、机に置かれていたスタンドライトを音もなく切断する。エグザシオンの「神魔威刀」に似た能力を発揮できるらしい。厄介な相手になりそうだった。
「私が承諾するとでも?―『テリジェシオン』!」
だが景山は撥ねつけるように言い放ち、コードを唱えた。紺色の光に全身が包まれ、一瞬ののちにテリジェシオンの装着が完了する。「サモン」でタクティック・ダガーを召喚し、敵に突進した。
ハイパーモデルは両手首のヒレでその斬撃を受け止め、両者は刃とヒレをぶつけて組み合った。着地するやいなや、ハイパーモデルの全身が淡い水色のオーラに包まれる。高速移動能力使用のサインだ。景山も「クイック」を唱えて迎え撃つ。
だが、パワーで勝るハイパーモデルが徐々に優勢となった。力で押し勝ち、テリジェシオンに斬撃を浴びせて後退させる。勝負を決めるべく、両手首のヒレに淡い光を集め、同時に両手を振るった。生成された二つの真空波が、ブーメランのようにテリジェシオン目がけて飛んで行く。
対して、このままでは不利と見た景山は、とっさの判断で「スモーク」を発動した。ダガーの先端から放たれた黒煙が自身と周囲の空間を包み込む。その闇の中に、真空の刃二つが叩き込まれた。ハイパーモデルは駄目押しとばかり、さらに数度真空刃をその中に放った。
しかし、窓から吹き込んだ風で煙幕が晴れたとき、そこにテリジェシオンの姿はなかった。女の攻撃でズタズタに引き裂かれた、種々の家具があるだけだった。景山の私物も持ち去られている。ホオジロザメベースは苛立ちを露わにし、壁に拳を叩きつけた。そこに小さな亀裂が走る。
「…運が良かったじゃない。でも、次も逃げられるとは思わないことね」
新生活が始まって間もなく、瀬川らは戦闘演習を再開した。要領は、コロニー外のあの住居で生活していたときと同じだ。今日の瀬川の相手は松浦。久々の対戦に、ここのところ景山絡みの問題で沈んでいた心が、前のように奮い立つのを感じる。
両者は向かい合い、それぞれコードを唱えクレアシオン、エグザシオンを装着した。「サモン」で武装を召喚、離れた地点に立つ鈴村の「始め」の合図とともに、二人は相手に向かい疾駆した。
「…うおおおっ!」
狙いを定め、瀬川は連続でランスの突きを繰り出した。しかし、その連撃も松浦が「ガード」で展開したバリアに阻まれる。松浦が反撃に転じ、横薙ぎの斬撃を繰り出す。単純な力比べでは分の悪いクレアシオンは、エグザシオンの攻撃を十字槍で受け流しつつ機会を窺った。後方に大きくバックジャンプしてその回し蹴りを回避したとき、隙を逃さずに松浦が応用コードを唱えた。
「―『神魔威刀』!」
エグザシオンがエメラルドグリーンの光を帯びた草薙之剣を横一文字に振るい、同時に真空波を撃ち出す。
「…『神殺・槍投』!」
瀬川も応用コードを唱え、蒼炎のオーラに包まれたクリエイティヴ・ランスを右手で投擲姿勢で構える。
『無茶だ、瀬川!「神魔威刀」が君に到達する方が早い!』
耳元で藤田が警告している。
「―んなことは分かってる…対策済みだ!」
瀬川はなるべくそのままの姿勢を保ったまま、さらに「スマッシュ」を発動した。両足が純白の輝きに包まれ、キック力が強化される。
クレアシオンは十字槍を構えたまま上体を沈ませ、「スマッシュ」により脚部に集められたエネルギーを推進力にスライディングのような姿勢を取った。頭部を覆うアーマーのすぐ上を真空の刃が掠めていく。
「何⁉」
松浦は動揺し、もう一度斬撃を飛ばそうと刀を構える。今度は上段の構えだ。だがそれよりもコンマ数秒ほど、瀬川の方が早かった。
「…『神殺・槍投』!」
地面を滑り一気にエグザシオンに接近すると、瀬川はスライディング姿勢のまま、至近距離から下から上へとランスを投げつけた。青く輝く十字架が胸部を直撃し、エグザシオンは背後の樹木の幹に縫い止められた。「スマッシュ」の効果が切れ、瀬川が動きを止めゆっくりと立ち上がる。「バック」で槍を回収したのとほぼ同時に、エグザシオンの装着が解除された。
初めて松浦を相手に一勝を上げた喜びは大きかったが、瀬川はそれをむやみに表に出そうとはしない。装着を解き、代わりに倒れた松浦に笑顔で手を差し出した。
「…瀬川、強くなったな。いつの間にか追い抜かれてしまったようだ」
その手を取って立ち上がり、シャツに付いた土を払いながら松浦が言う。
「―俺が強くなれたのは、自分一人の努力によるものだけじゃない。仲間に支えられてきたからだ。…だから、松浦とも友達になりたいな。もっと、強くなるためにも」
その言葉を聞き、松浦は何か考えているようだった。話すかどうか逡巡する素振りを見せたが、やがて松浦は瀬川の目を見て吐露した。
「…俺は今まで、誰よりも強いパワードスーツを完成させて得られる追加報酬に目が眩み…ただ強くなることばかり考えていた。だが、今お前と話していて分かった―強さとは、一人では手に入れられないものなのだと」
松浦は打ち解けた微笑を浮かべ、もう一度瀬川の手を強く握った。
「…改めてよろしく頼む、瀬川。今度戦う時は、絶対に負けない」
「…望むところだ!」
瀬川も、松浦の手を握り返した。鈴村も、二人を遠くから笑顔で見つめていた。
「…よし、順調なようだな。各パワードスーツのスペックは向上しつつある。来たるべき戦いの日に備えておくように」
「…手加減なしで行くぞ?」
翌日、アフェクシオンとの初対決を前に、瀬川は怖怖と尋ねた。いくら訓練とはいえ、仲間の、それもそこそこ親しい女性相手に戦うのは本意ではない。
「構いません!遠慮なく突いてください!」
(……ちょっ⁉あの二人何言って…!)
同時刻、自室のパソコンで観戦していた森下は何かを想像し一人赤くなっていたが、二人がそれを知るよしはない。それはともかくとして、二人の戦闘が開始された。鈴村の合図が耳に届くやいなや、瀬川は召喚した十字槍を両手で構え二宮に猛突進する。
「…『ワープ』!」
しかし二宮は瀬川の背後に瞬間移動し、ハンドガンを連射した。背中に光弾を受けた瀬川は横に転がり回避動作を取ったが、今度は真横にアフェクシオンが出現した。反射的に振るったランスが到達するより早く、二宮は新たな応用コードを唱え終えていた。
「『フリーズシュート』!」
両手に構えた二丁拳銃の銃口が水色に発光し、そこから絶対零度の冷気が放たれる。触れるもの全てを例外なく凍てつかせるその白煙は、クレアシオンの全身の装甲とその武器に纏わりついた。瞬時にアーマーが氷結し、クレアシオンは氷の彫像と化した。
「―『バレルシュート』!」
すぐに他のコードを発動し、ハンドガンが橙色に輝いたかと思うと無数の光弾が氷漬けのクレアシオンへ向けて放たれる。
「…こ…のっ!」
だが瀬川も一方的にやられたわけではない。全身の力を振り絞って氷を砕き、間一髪で凍結状態から脱出。すぐに「クイック」を唱え、可能な限り光弾を回避する。それでも何発かの光弾を喰らい、後方に吹き飛ばされた。
(…だが、大技を放った後はエネルギー出力が抑えられるはず!)
パワードスーツの特性を利用し、瀬川は反撃に転じた。これ以上高威力の技を続けて放てないアフェクシオンに猛然と接近し、勢いよくランスを繰り出す。光弾をランスで防ぎ、弾き飛ばし、一気に距離を詰めた。何度か「ワープ」で死角に回り込まれたが、元々リーチの長いクリエイティヴ・ランスなら、移動に一早く気づき後方に石突を叩きつければ大体の場合奇襲を未然に防げる。徐々にリードを築いた瀬川は、機を逃さずにこちらも応用コードを発動した。
「『神殺』!」
十字槍が炎の如きオーラを纏い、一際輝くその先端の刃がアフェクシオンの胸部に突き込まれた。装甲から激しくスパークが上がり、アフェクシオンが大きく後方に吹き飛ばされる。
地面に倒れ装着の解けた二宮に、瀬川は笑って手を差し出した。二宮はにっこりと笑い、手を取って上体を起こした。演習を終えた後だからだろう、頬が上気している。
この戦闘演習は、クレアシオンの勝利で幕を閉じた―その頃森下は二人のやり取りを画面で見て、「なんかいい雰囲気…」と人知れず悶絶していた。
アパートへ戻った二人を、それまで演習を観戦していた今田がエントランスで出迎えた。次は今田と松浦の対戦だったはずなので、入れ替わりに出かけるついでに健闘を称えておこうということか。
「なかなかいい勝負だったじゃん…でも瀬川、一つ言っておくと、千咲ちゃんの相方は俺だぜ」
要は、あまり馴れ馴れしくするなと言いたいのだろう。瀬川としては「そんなことない」と反論したかったのだが、今田の言葉にかえって二宮のことを意識し、精神がフリーズ状態になってしまった。
ふと隣に立つ二宮に視線を向ければ、演習用に用意しているらしい橙色の上下のジャージからちょこんと覗く小さな手は、袖を軽く握っていて。やや体に密着気味のそれは―上にパワードスーツを装着することを想定しているのだからこれはある意味当然だが―彼女の体のラインを否応なしにくっきりと見せている。小柄で可憐な曲線美、そして控えめに膨らんだ胸…女性経験のほぼない瀬川には、結構な破壊力が発揮された。
そして、顔に少し汗をかき、頬はうっすらと朱に染まっている。二つに纏めた髪は演習の直後ゆえ僅かに乱れ、全体的に色っぽさが普段よりかなり増していた。
どぎまぎしている瀬川の様子には気づかず、二宮は頬を膨らませて言い返した。
「…今田君は、ちょっと頼りないかもだし…」
森下とは全く別の意味でショックを受け悶絶する今田をよそに、二人は自室へ向かうべくアパートの階段を上った。
景山はほんの少しの所持品を抱え、裏通りを走ってひたすらに逃げていた。奇襲を受け十分な量の私物を持ち出せなかったため、所持金はほんの僅かしかない。時刻は深夜で、夜道を月明かりが照らしている。
(…やはり、あのレアモデルが被験者どもを襲撃していた時点でその可能性を疑っておくべきだった…まさかと思い可能性を排除していたが…)
ユーダ・レーボが、どういう方法を使ったかは分からないが「ケルビム」へのハッキングに成功していたこと。景山の計画の中で、それだけが唯一の誤算だった。
(逃走劇の幕開けと言うわけか…苛立たしい。本来、私は追う側に立つのこそふさわしいというのに…)
不意に殺気を感じ、景山は本能的に体を屈めた。次の瞬間、さっきまで頭があった位置を風の刃が吹き抜けていく。
「…あーあ、また仕留め損なったじゃない」
興覚めしたように言い近づいてくるのは、先日交戦したハイパーモデルホオジロザメベース。景山は素早くバイザーを装着しテリジェシオンへ変身すると、ダガーナイフを構えた。
「…フン、返り討ちにしてやる」
「…舐めるな!」
ハイパーモデルが全力で振るった右手首のヒレと、景山が放ったナイフの斬撃が激突した。今回はテリジェシオンが力負けすることなく、互角の戦いが続く。前回のように攻撃が通らずに、女は刃をぶつけ合ったまま喚いた。
「なぜだ…なぜハイパーモデルの力をもってしても圧倒できない!」
「―私がテリジェシオンを強化していないとでも思ったか?お前との戦闘データはいい資料になったよ」
力の均衡が崩れ、ついにテリジェシオンがハイパーモデルでナイフで一撃を浴びせた。さらに左足でニーキック、右足で回し蹴りを繰り出して相手を怯ませ、景山は新たに開発した、テリジェシオン最強の応用コードを唱えた。
「―『オートバイオレンス』」
二本のタクティック・ダガーが景山の両手を離れ、青紫の光を纏って数十センチ上の空中に浮遊する。刹那、二本のナイフが弾丸のように撃ち出され、海人の胸部の皮膚を深く抉った。
「ぐあ……っ!」
女は痛みに呻くが、さすがにパワードモデルは再生能力が高い。傷口が淡く発光し、塞がるかに見えた。が、テリジェシオンの攻撃はまだ終わらない。
「オートバイオレンス」は、ダガーナイフに自動的に目標を追尾させ、何度も刺して攻撃する凶悪な応用コード。その攻撃は一度では終わらず、宙を舞うダガーナイフの二撃目は腹部、三撃目は再び胸部と、何度も何度もパワードモデルの体を貫いた。大量の血が海人から飛び散る。数度目の刺突でついにパワードモデルの胸から破砕音が聞こえたかと思うと、女は力なく崩れ落ちた。
ダガーナイフがテリジェシオンの手の中へと自動的に戻って来たのを確認し、景山は「ダウン」で素早く装着を解いた。そして、夜の闇の中にまた姿を消した。
「ハイパーモデルは倒されたか」
「はっ。ですが、あのテリジェシオンと渡り合えただけでも評価できます」
「うむ。量産化計画は遂行完了間近。数で押せば、さすがの景山でも太刀打ちできまい…これも村井のおかげだな。何か褒美をやらねば」
「…昇格、ですか?」
「ああ。彼には、技術系以外の仕事もやってもらおうじゃないか」
景山は荒い呼吸をしながら、やってきたバスに乗り込んだ。周りの乗客から訝しげな視線が投げかけられるのも構わず、座席にどかりと座り込んで大きく息をつく。
ハイパーモデルホオジロザメベースを撃破することには成功したものの、いつ敵の襲撃を受けるか分からないという不安が、景山の精神を疲弊させていた。彼の推測が正しければ―そしてそれは概ね合っていると思われた―、彼の現在地はユーダ・レーボに把握されている。とにかく、このコロニー内にいては危険だ。他の場所に移らなければならない。
(このバスに乗ったのも知られている可能性が充分ある…遠くまで移動すればいいというものでもないか。かえって、他の乗客を巻き込んでバスごと攻撃されるかもしれない)
景山は背もたれに体を預け、疲労に耐えかねて少し仮眠をとった。十数分後に目を覚ましたとき、次に止まった停留所で降りた。まだ来たことのないコロニーのようだったが、この際どこでもいい。運賃を払いバスを降り、携帯端末で地図を表示し確認する。
行くあてはないが、人を隠すには人の中の格言に従い、彼は市街地を目指して歩いた。といっても、このコロニーはどちらかと言えば田舎の部類に入るようだ。あまり期待はできないかもしれない。
そして偶然にも彼が降車したのは、瀬川らの住居のあるコロニーだった。
鈴村から瀬川に緊急連絡が入ったのは、アフェクシオンとの演習の日の午後だった。
『瀬川君、市街地で海人が暴れているわ。すぐに向かうわよ、下に降りてきて!』
「…了解です!」
バイザーを手に取り藤田にバックアップを頼むと、瀬川はエントランスへ向かった。今田、松浦、二宮もすぐ後に集合する。
(下に降りて来てって言ってたけど…何か伝達事項でもあるのか?)
鈴村が来るのを待っていると、不意に外からクラクションと彼女の声が聞こえた。
「…お待たせ!乗って!」
外に出ると、鈴村の運転する車が目の前に停車していた。濃い赤色の車体が、日の光を反射し眩しく輝く。
「…これ、自家用車なんすか?」
今田がぽかんとして言い、助手席に乗り込んだ。
「ええ、そうよ。いつまでもタクシーで現場に向かうわけにもいかないでしょ?」
そう言って笑みを浮かべる鈴村は、まさに頼れるチーフという感じで、様になっている。瀬川ら三人も後部座席に乗り込み、鈴村の運転する車は制限速度をやや上回るスピードで現場へ急行した。
ハイパーモデルシュモクザメベース。
ホオジロザメベースと同等の身体能力を持ち、体色はそれより少し濃い青。頭部の両側からは短い突起が伸びている。
その突起を白く発光させ、体の周囲を取り囲むように大量の光弾を出現させる。それは一瞬空中を浮遊したかと思うと、一斉に全方位に向け発射された。
市街地中心部に突如として現れた海人。その攻撃は、彼の周りのビル群を徹底的に破壊した。窓ガラスを粉々に砕き、コンクリートの壁に穴を穿つ。たちまち、あちこちで悲鳴が断続的に上がった。ハイパーモデルはその光景を楽しげに眺め、嬉しそうな笑い声を上げた。
(あいつは……!)
ちょうど市街地に向かっていた景山は騒ぎを聞き駆け付けたところだったが、その海人の正体に多少心当たりがあった。
「…ははははは!どうだ、見えるか?景山。さっさと出て来て戦えよ…お前にまだ、人情ってのが残ってるなら!」
(村井め…私の後釜に座り、幹部になったというわけか…?)
景山は物陰から様子を窺い、息を潜めていた。彼には、自分から姿を現して海人と交戦するメリットはないに等しい。しかし相手次第では、そうするに値するかもしれなかった。
「やれやれ、さすがに完全にデータを閲覧するのは難しいか。こういう市街地だと鮮明には見えないなあ…」
(―もしやあいつが、「ケルビム」のハッキングを成功させたのか…?技術職のトップで出世欲の強かったあいつなら、分からなくもないが…)
村井は、景山の元同僚だった男だ。ワールドオーバーから奪った、プログシオンとアフェクシオンの使用コードをプログラムしたのも彼だと聞いている。だが自ら装着者に立候補するような人物ではなかった。陰のある男で裏方に徹している印象が強かったため、これほどの才能を隠していたとは信じがたかった。もっとも、ワールドオーバーの社員時代に要職に就いていた彼なら、「ケルビム」に関する機密情報を握っていた可能性は高い。彼も景山と同じく、ワールドオーバー社を裏切ったのだ。村井のプログラミング技術だけが彼の出世に貢献したわけではないだろうが、景山は嫉妬のような感情を覚えた。
村井は辺りを睥睨し、言葉を続けた。
「…出てこないなら、もうちょっと暴れようかな?死者が出るかもしれないけど」
面白がるように言い、ハイパーモデルは怯えて凍り付いている親子へゆっくりと歩み寄った。その行為が、景山の燃え残りのような正義感に火をつけた。
「…あいつを倒せば、ハッキングに支障をきたさせることもあるいは可能かもしれない。―『テリジェシオン』!」
そこには多少の打算も含まれてはいたが、景山は村井の前に躍り出るとパワードスーツを装着し、ナイフを構え猛突進した。
瀬川らが現場のビルが立ち並ぶ一画に着くと、遠くでテリジェシオンと海人が交戦しているのが目に入った。海人は今までに見たものとは少し見た目が異なり、魚類よりむしろ鮫に似た外見的特徴を有している。
その海人が、なんとあのテリジェシオンを相手に優位に立っていた。頭部の両側から生えた突起を発光させ、体の周りに無数の光弾を浮かび上がらせ、一斉に射出。景山は「クイック」で高速移動し回避を試みるが、光弾の数があまりにも多くまたその軌道が読みづらいため、躱しきれずにダメージを受けている。海人はアスファルトを蹴り飛ばしてテリジェシオンに接近すると、両腕のヒレを続けざまに振るった。紺の装甲から火花が上がり、テリジェシオンが体勢を崩す。さらにそこに跳び蹴りを喰らい、景山は無様に歩道を転がった。
「…景山、お前の価値なんて『スパイであること』以外にないんだよ。スパイを辞めたお前など、無価値な存在にすぎない。その上我々のリーダーに逆らうとは、いい度胸をしてるじゃないか?」
海人がじりじりと距離を詰めていく。景山は上体を起こし、吐き捨てるように言った。
「黙れ…力を求めて何が悪い!リーダーも誰もかも、私のことをパワードスーツの装着者としてしか見てくれなかった…ただの使い捨ての駒のようにしか。お前たちのシナリオの中では、パワードスーツはあくまでも補助的な戦力だからな。だが私は、その程度では満足できない!そんな負け犬のような生き方など願い下げだ。私は…」
景山はゆらりと立ち上がったが、足元が少しふらついていた。
「―最強の存在となるのだ!」
パワードモデルがテリジェシオンに追撃を加えるその前に、パワードスーツの装着を完了した瀬川ら四人が両者の間に入った。景山を庇うように陣形を組む。
「お前たち…」
「話は後だ、行くぞ!」
景山は驚きを露わに言い、松浦が振り返らずに答えた。四人が武器を抜き放つと、シュモクザメベースは再び突起を発光させ始めた。
「―二宮、相殺できるか⁉」
「やってみる!」
瀬川の問いに二宮は元気よく答え、「バレルシュート」を唱えた。海人が繰り出した大量の白の光弾を、アフェクシオンが拳銃から放った多量の黄の光弾が迎え撃つ。今田も「クイック」を使ってアンビシャス・ライフルを高速で連射しフォローするが、あまりの数と威力に相殺し切れない。何発かはこちらに飛んで来たが、瀬川は横に跳んで間一髪で躱した。
二宮と今田に光弾に対処してもらった隙に、瀬川と松浦は全力疾走で海人に接近した。同時にそれぞれの武器で攻撃を繰り出すが、両手首のヒレで斬撃をがっちりと受け止められてしまう。パワーもスピードも、これまで戦った個体とは次元が違った。刃を払われて逆にカウンターで斬りつけられ、瀬川、松浦は後退を余儀なくされた。
「…『パラライズ』!」
その時、「ワープ」で海人の死角に移動した二宮が雷撃を帯びた光弾を放ち、ハイパーモデルの背に命中させた。麻痺効果を受け硬直する海人に、「エンドブラスト」を発動した今田が紅蓮の破壊光弾を叩き込む。だが海人はさっきと同様に光弾で弾幕を張り、それを相殺した。
「―『神殺・槍投』!」
瀬川も応用コードを発動し、青き炎を帯びた十字槍を敵目がけて力いっぱい投げつける。弾幕の合間を縫うようにして放たれた一撃を海人は防げず、その腹部に深々とランスが突き刺さった。自動でランスが瀬川の手へ戻り、槍が引き抜かれた傷口から血が噴き出る。しかしハイパーモデルは動じない。淡い光に包まれ、みるみるうちに傷が塞がっていく。
「ならば…『神魔威刀』!」
エグザシオンも応用コードを唱え、エメラルドグリーンに光る刀身を勢いよく振り下ろした。瞬時にその刃に蓄えられたエネルギーが真空波に変換され、一直線に目標へと突き進む。海人はまたしても何発かの光弾を生成すると、それらを真空の刃へぶつけた。威力を殺すのではなく攻撃の軌道を変えるのが狙いだったらしく、真空波は横のビルの外壁を掠めただけに終わった。海人は挑発するように笑い、悠々と傷を癒している。
(俺たちの使う応用コードを…全て凌いだだと⁉)
あり得ないほどの強さの敵を前に、瀬川は戦慄すら感じた。それでも、何としてでも倒さなければならない。何か手はないのか―とランスを構えたまま考慮していると、
「―『オートバイオレンス』!」
後方で、テリジェシオンが瀬川のまだ知らない応用コードを高らかに唱えた。直後、一組のダガーナイフが超高速で宙を舞い、一瞬のうちに海人の皮膚に数か所穴を穿った。ナイフを手元に戻し、かつての瀬川らの監督役は言う。
「…半端な威力の攻撃では奴は―ハイパーモデルは倒せない。一気に畳み掛けるぞ!」
「…了解!」
瀬川はそれに答え、景山と同時に「スマッシュ」を唱えた。クレアシオンの両足が純白の光に、テリジェシオンの両足が青紫の光にそれぞれ包まれる。二人に続き、今田、松浦、二宮も同様にコードを唱えた。アンビシオンは赤紫、エグザシオンは碧青、アフェクシオンは橙…五人が脚部に鮮やかなオーラを纏わせた。
ダメージから立ち直れていないハイパーモデルは、傷の修復と並行してさらに光弾を生成、発射した。それを五人は高くジャンプして躱すと、連続でエネルギーを帯びた跳び蹴りを繰り出した。
「…はあっ!」
最初に二宮が右斜め上から海人の胸部に蹴りを叩き込み、
「―おらよ!」
今田が左斜め上からキックを喰らわせる。続いて松浦も、胸部に重量級の一撃を与えた。連続攻撃を受けて数メートル後方に吹き飛ばされた村井目がけ、
「喰らえ!」
「―私の力を思い知れ!」
クレアシオン、テリジェシオンが同時に放ったダブルキックが、クリーンヒットする。海人は断末魔の叫びを上げてさらに後方に吹き飛ばされると、破砕音を響かせて動かなくなった。
車から降りた鈴村がワールドオーバー社の職員に連絡を入れたが、海人の遺体処理の担当班が来るまでに少し時間があった。五人が装着を解除し、気まずい沈黙が流れた。無論、今では敵となった景山が傍にいるからだ。
「…助けてくれて、ありがとうございます」
瀬川がおもむろに口火を切った。景山は、俯き気味だった視線を少し上げて答えた。
「礼などいらない。元々は、私が蒔いた災厄の種だったんだ」
撥ねつけるようにそう言いその場を去ろうとする景山の背に、瀬川はなおも言葉を投げかけた。
「…あなたは今まで、俺たちを倒そうと思えば倒せた時もあった。人質を使ったりして、俺たちをおびき寄せることだってできたはずだ。なぜあんなことをしたんです?」
景山は歩みを止め、振り返った。
「―あれは、上質な戦闘データが欲しかっただけだ。一方的な戦闘はあまり参考にならないからな」
「それはそうかもしれないけど、それだけじゃないだろ。…景山さんの心の中には、優しさが残ってるんだ。だからそうした…さっきだって助けてくれた。実際あなたは、海人以外誰も殺してない。それは単なる損得勘定の問題じゃない…景山さんのもつ優しさなんだと、俺は思います」
景山は疲れたような笑みを浮かべた。瀬川の台詞がどこまで彼の心に届いたのかは、見ただけでは推し量れない。
「馬鹿馬鹿しい…」
「景山」
鈴村も彼の方へ一歩踏み出し、懸命に言葉を紡ぐ。それは景山に与えられた、実質的に最後の運命の分岐点だった。
「…もう一度、ワールドオーバー社に戻って来ないか。馬鹿なことはやめて、お前の力を正義のために使ってくれ。お前のしたことは許す…今ならまだ間に合う」
「―私が今更そんな誘いに乗るとでも思ったか?私はもう、上の計画を実行するだけの駒に成り下がるつもりはない。テリジェシオンをさらに強化し、絶対的な力を手に入れる…」
「おい…」
鈴村の最後通告にも応じない景山を、瀬川が慌てて引き止めようとした。景山はそれを手で制止し、手に提げていた鞄から黒い五角形の石板のような物体を取り出した。
「だが、これは返しておこう」
そう言い、その一台のバイザーを二宮の方へ放る。二宮は一瞬驚いた様子だったが、無事にそれをキャッチし、大事そうに両腕で抱えた。ついに、プログシオンが本来の装着者の元へ返還されたのだ。
「よかったね、葉月ちゃん…」
二宮が嬉しそうに言い、ぎゅっとバイザーを抱き締める。景山は微かに微笑んでそれを見ると、話を続けた。
「そいつに記録された戦闘データは既に収集済みだ。もう用はないからくれてやる」
「…いいのか?敵に塩を送るような真似をして」
鈴村がやや不審そうに尋ねる。景山にしてみれば、敵の戦力を増強することになる行為のはずなのだ。
「無条件で渡すわけではない。代わりに、今後私のすることには一切干渉しないでもらいたい」
「…あんたは、一体何をするつもりなんだ?」
瀬川の問いに、景山は間を空けずに答えた。
「今、最も厄介な敵を潰しに行く…お前たちと戦うのはその後だ。五人まとめて叩きのめしてやる」
「…こっちだって強くなってんだ。あんまり馬鹿にしてると痛い目見るぞ」
「―どうかな。さっき戦ったハイパーモデルは海人の一つの完成形。これから量産されるかもしれない。むしろお前たちの方が用心しろ」
むっとして言い返した瀬川をさらりと受け流し、景山は皆に背を向けて夕闇の中へと歩き始めた。暗がりに姿が消え、やがて見えなくなる。
「…絶対に死なないで下さい!」
瀬川は思わず、背中越しに叫んだ。それは、確かに景山の耳にも届いたことだろう。少し間が空き、近づいて来た今田が瀬川の肩を軽く叩いた。
「なあ、何であんな奴の心配なんかするんだ」
「…景山さんが、完全な悪人じゃないからだ」
確かに、景山がこれまでしてきたことを全て許せるかと言われるとそれは怪しい。海人に自分たちを襲わせたのも彼の指示による部分が大きいし、テリジェシオン装着者として何度も自分たちの前に立ちはだかってきた。それでも、瀬川は景山を信じたかった。
「…お前だって、本当は分かってるんだろ」
呟くように言い足した瀬川に、今田も、そして他の誰も返す言葉がなかった。
「村井は倒されました」
「そうか、まあいいだろう。奴の利用価値は『ケルビム』へのハッキングを可能にする技術を有していたことくらいだ。その技術は既に他のメンバーにも利用可能となっている。正直なところもう奴に用はなかった…組織外に秘密を洩らさないよう口封じにもなった」
「……」
自らの才能を過信するきらいのある村井が聞けば気を失うであろう台詞に、補佐官の男は苦笑した。が、非常事態を知らせるサイレンが施設内に響き渡るのを聞き、すぐに表情を硬くする。続いて、部下からの報告を無線機で受けつつリーダーに状況を報告した。
「―大変です、何者かが我々の本拠地へ迫っている模様。見張りの者からは応答ありません…こちらに向かってきています!」
「そうか…」
しかし、この切迫した状況下においても男の余裕は崩れなかった。
「我々の本拠地の場所を知っていて、我々に反旗を翻す人物といえばおそらくは一人しかいまい…ついにお前と戦える時がきたか、景山」
そして、デスクの端に置かれたビンを手に取った。その中には、錠剤が詰まっている。
家へと鈴村の運転で帰る途中、当然ながら景山を案じる声が相次いだ。
十中八九、彼はユーダ・レーボの本拠地へ乗り込むつもりなのだろう。それも単独で。
「私は、彼を止められなかった…」
鈴村が後悔するように呟き、車内は暗い雰囲気に包まれた。アパートに到着すると、鈴村は皆を自室に集め、待機していた藤田と森下が来ると早速ミーティングが開始された。
「……というわけだ」
鈴村は二人に事件の全容を語り終えると、ため息をついた。
「ひとまず、プログシオンのバイザーが我々の元に戻ってきただけでも良しとしよう。さっき確認したが、データの改変は行われていない。スーツのサイズ調整さえしてやれば、使える状態だ」
森下は目を輝かせて、それを受け取った。ようやく自分も皆と戦えるという喜びに震えているのが分かる。一方の藤田はどんよりした表情で、
「はあ……いつになったら僕は装着者になれるんだろう…。景山さん、早くテリジェシオン返してくれないかな…」
と、落ち込むばかりだった。それよりまず景山の生還を願うべきだろうとも瀬川は思ったが、口には出さない。相棒の気持ちはよく分かったからだ。自分だけが戦力になっていないという感覚は、嫌なものだろう。
ミーティングは、なんとか景山の手助けができないかという方向に話が進められた。しかし、景山はユーダ・レーボの本拠地を知っているがこちらは知らない。現実問題として、彼の行方を探ることは不可能だった。それに、プログシオンを受け取る代わりに景山のやることには干渉しない取り決めとなっている。結局、自分たちにできることは祈ることくらいだった。瀬川は、何もできない自分が歯痒かった。
(無事だといいんだが……)
「―邪魔だ。消えろ」
ユーダ・レーボが基地として利用している廃工場。その出入り口を守る二人の見張りは、自らの身に何が起きたのかさえ把握できなかった。気づいた時には、物陰から音もなく現れたテリジェシオンの一閃を受けて倒れていた。携えたショットガンを発砲する暇も、錠剤を取り出し口に含む暇もなかった。景山は黒の戦闘服に身を包んだ二人を一瞥し、悠々とユーダ・レーボ本拠地へ乗り込んだ。紺のアーマーが少し紅に染まっていた。
基地内部の構造はほぼ完璧に理解している。迷うことなく、施設中心部へと延びる狭く薄暗い通路を足音を立てずに進む。隠密行動に適したテリジェシオンにとって、これくらいは造作もないことだった。
十字路となっている箇所を早足で通り過ぎようとしたとき、短い叫び声が聞こえた。反射的に右側の通路に視線を向けると、驚愕に目を見開いた男がこちらを凝視している。だが男はすぐ落ち着きを取り戻し、取り出した錠剤を口の中で噛み砕いた。上半身に纏っていた戦闘服を脱ぎ捨て、全身が淡い光に包まれる。筋肉が隆起し、肌が硬化し深い青色へ変化する。各部から鋭いナイフのようなヒレが伸びる。
(ハイパーモデル…こんな小物までもが使っているということは、量産化計画が軌道に乗ったか)
見たところ、相手はさほどの戦闘訓練を受けていないように見える。おそらくは基地の警備を担う下っ端だろう。そんな末端の構成員が強力なモデルを使えるなど、景山がユーダ・レーボの下で働いていたころにはまだ考え難かった。景山はナイフを構え、敵にじりじりと接近した。
男が変身を遂げたのは、景山のまだ見ぬハイパーモデルだった。今までに戦った個体と比較すると、より筋肉質な肉体を持っている。特に両腕の筋肉が発達しているようだった。皮膚の硬度も高そうに思える。
ハイパーモデルジンベイザメベースは両腕を前に突き出すと、手のひらを広げた。
「…裏切り者に死を」
男は低い声で言い、両の手のひらで生成した群青色の破壊光弾を景山へ向け射出した。同時に放たれた二発の破壊光弾。通路の細さゆえに景山は避け切れず、直撃を喰らい後方の通路へ吹き飛ばされた。
景山はすぐに起き上がり、目標へ猛突進した。さらに放たれた光弾を、走りながら身を屈めて躱す。相手の繰り出す強烈なパンチも巧みに避け、ダガーナイフで連続で斬りつける。ジンベエザメベースの皮膚からスパークが上がる。しかし防御力重視型のこのハイパーモデルは、さほどのダメージを受けていないようだった。少しよろめきはしたが怯んだ様子はない。
「―侵入者発見、直ちに排除します」
さらにもう一人が横の通路から現れ、ハイパーモデルホオジロザメベースへと変貌した。両手首を振るい、真空の刃を放ってくる。それをナイフで受け流し、景山は後方に跳んで一旦二体の海人から距離を取った。
(二対一では少々分が悪い…適当にあしらっておくのが最善だな)
「『デモンズスパーク』!」
テリジェシオンの突き出した二本のダガーナイフの先端から眩い閃光が放射される。二体の海人は視界を奪われてもたついているが、楽観はできない。以前レアモデルを巻き込んでこの応用コードを使ったとき、レアモデルが立ち直るのは想定より早かった。ハイパーモデルならなおさらだ。これだけで振り切れるとは、無論景山も考えていない。
「…『サベージアサルト』」
ナイフの刃を青紫の輝きが覆う。抵抗できない二体に、腐食作用を付与され切断力が倍増したナイフの斬撃が襲い掛かった。傷口から鮮血が迸り、ハイパーモデルは後退した。
視力を一時的にせよ封じ、さらに腐食効果により傷の再生に時間がかかるようにしてやればしばらくは時間が稼げるだろう。
景山は踵を返し、先を急いだ。この海人らを倒すのが彼の目的ではない。ここでの戦闘中に増援が来れば不利になるのは必至だし、ここでコードを使い過ぎれば本来の目的を果たせなくなる。帰りにでもとどめを刺せばいい。
重要なのは、ユーダ・レーボの指導者を―門屋慎一をこの手で倒すことなのだ。
ミーティングも終わりに近づいたが、瀬川にはいまだ解けない疑問が残っていた。
「…鈴村さん、俺たちが駆け付けたとき、あの海人―ハイパーモデルは、景山さんを追っているように見えた。以前レアモデルが俺たちの乗った車を襲ってきたこともあったし…やっぱり、ユーダ・レーボは何らかの方法で俺たちや景山さんの行動を監視しているんじゃないかと思うんだ」
「それについては私もさっき上に問い合わせて、粘りに粘って聞き出したわ。本当は君たちに話しちゃいけないことになってるんだけど……」
まあいいよね、仕事仲間だし、と鈴村は不敵に笑った。それだけ自分たちを信頼してくれているということだろう。それに彼女自身、上層部の秘密主義を快く思っていない節があるようだった。
「えーと、まずどこから話そうか…ワールドオーバー社は、『ケルビム』という名称の十三機の人工衛星を保有しているってところからかな」
ケルビム。キリスト教、ユダヤ教の教えに登場する、知識を司るとされる天使。小説のネタにとオカルトっぽい知識を豊富に持っている瀬川は、人工衛星の名の由来を推測できた。
「…『ケルビム』には、地上のごく小さな物体を鮮明に捉えられるほどのかなりの精度・高解像度の、最新技術を搭載したカメラが取り付けられている。分かりやすく言うと、個人の生活を細部まで盗み見れるレベルらしいわ」
「やだ、なんか気持ち悪い…。それで、その人工衛星がどうしたんですか?」
森下が素直な感想を漏らした。
「そのケルビムに、ユーダ・レーボがハッキングを仕掛けて成功したらしいのよ。さらに悪いことに、奴らが仕込んだ妨害プログラムのせいで、ワールドオーバー社側はケルビムのデータを閲覧できなくなってる。…だから連中は、私たちや景山の位置情報を常に把握しているわ。準備さえ整えば、いつでも襲撃できる状態ね」
ちなみにハッキングに成功したのは景山がユーダ・レーボを裏切った直後らしい、と付け足し、鈴村はこめかみを押さえた。事態の深刻さに頭が痛いのだろう。瀬川らは皆驚いたが、確かに今の話なら敵の行動にも説明がつく。
「…だが、なぜそんな大掛かりなものをワールドオーバー社は作ったんだ?」
松浦が首を傾げ、呟いた。
「そこまでは教えてもらえなかったな…マーケティングか何かに使うつもりかしら」
「…それ、プライバシーとか色々問題があるような…」
二宮が突っ込みを入れたが、誰も納得のいく答えが浮かばない。結局「他の会社あるいは政府の技術開発に協力しているのでは」という仮説を鈴村が立て、それが最も妥当であるように思われた。けれども、皆の心には何かもやもやしたものが残った。
十数メートルも進まないうちに、左側から伸びる通路から足音が近づいてくるのが聞こえた。こちらへ歩んでくるのは、片手に錠剤の入ったビンを持ち、高級そうなスーツに身を包んだ男だった。長身で筋肉質な体型。年齢は四十代前半と聞いていたが、若々しい外見からはとてもそうは思えない。白髪は一本もなく、見事なまでの黒髪だった。
ユーダ・レーボ最高指導者、門屋慎一。
門屋はやがて景山と向かい合うようにして立ち止まり、ビンから素早く錠剤を取り出すと口に放り込んだ。
(―ハイパーモデルだろうが何だろうが、変身する前に倒せば問題ない!)
景山は勢いよく床を蹴り飛ばした。同時に「クイック」を発動して高速移動し、一気に彼我の間の距離をゼロにする。
「…死ね!」
だが、ナイフを振り下ろす一瞬前に門屋の肉体は変身を終えていた。ダガーナイフの渾身の一撃が、右手首のヒレで楽々と受け止められる。
黒を基調とした体色で、腹部とその周りは白。頭部からは背びれのような長い突起が伸びる。各部から伸びるヒレはどのハイパーモデルよりも大きく、太く、強固で、鋭い。まさに王の貫録を備えたその海人は、ハイパーモデルの上位形態―パーフェクトモデルシャチベースだった。
「―奇襲をかける前に、テリジェシオンをより強化しておきたかったのだろう?だが、少しそれに時間を費やし過ぎたようだな。こちらもパーフェクトモデルが完成した。…ま、要求されるエナジーコアのサイズが巨大だから、おそらく私以外の者には扱えないがね」
パーフェクトモデルはナイフを払いのけるようにして攻撃をいなし、空いた左手から群青色の光弾を放った。先程戦ったジンベエザメベースと同じ能力だが、こちらの方が威力が強化されている。その証拠にテリジェシオンは壁に叩きつけられ、あまりの衝撃に壁がへこむほどだった。反撃の隙を与えず、門屋は自身の周囲に無数の光弾を浮かび上がらせ、それを一斉に射出した。ふらついている景山はろくに回避できず、大ダメージを受けて通路を転がった。肺の空気が強制的に外に押し出されるような感覚があった。
(ハイパーモデルの上位形態と言っていたが…三種のパワードモデルの能力を全て使えるのか……?)
パーフェクトモデルは余裕を見せた足取りで、倒れたテリジェシオンへ近づいた。床に落ちた錠剤入りのビンに「Leviathan」と書かれてあるのが、景山の視界の隅に入った。確か聖書に登場する巨大な怪物の名だったか、と朦朧とし始めた意識の中で思う。
「景山、君の戦い方は正々堂々としていない。あまり好きではないな。…真正面から叩き潰して、本当の戦い方を教えてやろう」
「瀬川、いるかい?」
ミーティングが終わり自室に戻った瀬川を、藤田が訪ねてきた。
「ああ、いるぞ」
ドアのロックを解除し、藤田を玄関に迎え入れる。彼はいつになく真剣な表情をしていた。
「…僕は大学時代にプログラミングを専攻していたから、ケルビムの妨害プログラム解除やハッキングの阻止を目標に動いてみようと思うんだ。他の皆はパワードスーツがあるし、自分にできることをやってみたいと思う」
ここからが本題なんだけど…と、藤田は少し間をあけて話を続けた。
「という訳だから、これからは僕がスーツの強化に携われる時間も短くなるかもしれない。瀬川にもパワードスーツ用のプログラミングの仕方を教えるから、瀬川に開発の続きをお願いしたいんだ」
「そうか…分かった、よろしく頼むよ。俺も、藤田のこと応援してるからな」
瀬川はにっと笑って言った。藤田も微笑を浮かべる。やがて話題は、先刻知らされた事実に及んだ。
「…それにしてもワールドオーバー社には不審な点が多過ぎるよ」
藤田がぽつりと漏らし、不信感を露呈させる。瀬川も苦笑して返した。
「…それは俺も前々から感じてたな。具体的にはどの辺りがだ?」
「まず、パワードスーツやケルビムの開発をしてること自体かな。ワールドオーバーが様々な分野で事業を行う多国籍企業なのは分かるけど、それにしても『普通の企業』が手を出すレベルを超えている。開発した理由や、パワードスーツの場合動力源も不明だ」
「肝心な情報を俺たちには流してくれないんだよな、ワールドオーバーは…。企業秘密だの一点張りで」
瀬川がため息をついた。
「慈善事業的に僕たちを被験者にしたのも、一大プロジェクトに素人を採用する辺りがなんとなく怪しいしね…。あ、そうそう、これは数学的見地からの見解なんだけど」
「…何だよ?」
もったいぶらずに早く言えとばかりに、続きを促す。
「瀬川、地球ってほぼ完全な球体だよね」
「お、おう」
唐突な問いかけに瀬川は少し戸惑ったが、構わずに藤田は続けた。
「…それを念頭に置くと、地球を監視する人工衛星は奇数の十三個でなく、偶数の十二の方が適しているように思えてならないんだ。十二なら多くの約数があるのに対し、十三は素数。十三個って数がどうも引っかかるような気がする」
「あ……」
確かに言われてみればそんな気がしてきた。高校時代数学で日常的に赤点を叩き出していた瀬川には専門的なことは何一つ分からないが、それくらいなら分かる。漠然とした違和感が、確かにそこにあった。
「―まあ、考えすぎかもしれないぞ?例えば取り扱うデータ量が膨大過ぎて、残る一機の衛星はその処理の補助をしてるとか」
だが瀬川は興味は引かれたものの、深く追求することをしなかった。憶測だけで考えてはまずいと思ったからだ。その話題はそれきりとなり、少し雑談をしてから瀬川へのプログラミングレクチャーが早速始まった。
その選択は致し方無いものだが、最善だったかは疑わしい。
「―うおおおおおっ!」
雄叫びを上げ気力を振り絞り、景山は再び立ち上がった。
(こんなところで終わるわけにはいかない。門屋を倒し、ユーダ・レーボを壊滅させ…私一人が絶対者として君臨するのだ!)
スペック値の限界を超えたかと思わせるほどの速度で連続攻撃を繰り出す。神速のそのナイフの突きを、パーフェクトモデルはしかし、完璧に防御してみせた。
「無駄な抵抗はやめることだ」
右腕のヒレでダガーナイフをガードし、左手首のヒレを大きく振るって真空の刃を繰り出す。ハイパーモデルを凌駕する切断力を誇る一閃は、テリジェシオンの胸部装甲にヒットし十メートル以上も後ろに吹き飛ばした。アーマーから多量のスパークが上がり、所々から白煙も立ち昇っている。
「舐、めるな……!」
テリジェシオンはそれでもなお床に手を突き、痛みに震えている体を無理矢理に起こした。
「貴様を倒すために開発した、この技を受けてみろ…『オートバイオレンス』!」
刹那、二本のダガーナイフが青紫の光を帯び、テリジェシオンの手から離れて浮遊する。目標を一瞬のうちにロックオンするとそれらは一直線に撃ち出され、敵を串刺しにすべく音速で迫る。門屋は再度体の周囲に多数の光弾を生成し浮かび上がらせ、テリジェシオン最強の応用コードによる攻撃を迎え撃とうと構えた。
「―リーダーに手出しはさせない!」
その時、先程「デモンズスパーク」と「サベージアサルト」のコンボで行動不能に追い込んだ二体のハイパーモデルが門屋を庇うように前に立った。もう傷はほとんど癒え、視力も回復しているようだ。気づかぬうちに近くまで援護に来ていたらしい。二本のナイフがそれぞれに二人をめった刺しにするが、威力が分散したせいか致命傷は与えられていない。
「非常にいいタイミングだ。相殺できなくはなかったが、その隙に逃げられていたかもしれないしな」
血を流しうずくまる二体に軽く労いの言葉を掛け、門屋は満を持して光弾を一斉に発射した。嵐のように叩きつける無慈悲な衝撃を喰らい、景山が崩れ落ちる。応用コード使用直後のため、コードを唱え反撃するのもままならなかった。
(やむを得ない…撤退するしかないのか)
パーフェクトモデルは海人の完成形。これ以上強化されることはないはずだ。ならば一旦引き、今回得た奴との戦闘データを元にテリジェシオンを強化して再戦に臨めば、勝機はある。
瞬時にそう判断した景山は、小さく「スモーク」と唱えた。ナイフの先端から黒煙が放たれる。奥歯を噛みしめ、その中に姿を消し逃走すべくさらに「クイック」を唱えた。全身が青紫の光に包まれ、五秒間の高速移動が可能となる。
「…同じことを二度も言わせるな。無駄だ」
よく通る声で言い放ち、パーフェクトモデルが軽く右手を振った。そこから生み出された衝撃波が煙幕を吹き飛ばし、よろめきながらも逃走を図っていた景山を転倒させる。
距離を詰めたパーフェクトモデルは、上体をなんとか起こした景山に飛びかかり殴りつけた。呻き倒れ込んだテリジェシオンを蹴りつけて転がし、何度も何度も胸部装甲を踏みつける。門屋の攻撃に一切の容赦はなかった。
「…が、あ……」
景山にはもう抵抗することも難しく、無様に冷たい床を転がるのみだった。全身が痛み、まともに動かせる箇所がほとんどない。
(こんな、はずでは…っ)
蹴りを喰らってまた吹き飛ばされ、仰向けに力なく横たわる。パーフェクトモデルが不気味なほどゆっくりとこちらへ歩いてくるのが、視界に入った。
「消え失せろ」
門屋は嘲笑うように言い捨て、高く跳躍した。そしてジャンプした後、回し蹴りをするように右足を横薙ぎに振るう。同時に、右足首のヒレが淡く輝いて大きな真空波が撃ち出される。直撃を受けて装甲を大きく切り裂かれたテリジェシオンは、破損部から内部機構が見え隠れしていた。あちこちから火花を散らしており、損傷が激しい。とどめに放たれたパーフェクトモデルの跳び蹴りがテリジェシオンの腹部の装甲にヒットし、パワードスーツのボディーが床にめり込むほどの衝撃が走った。二体のハイパーモデルはやや離れたところから傷を癒しつつ戦闘の様子を窺っていたが、もはや助太刀は不要と見たかそっと立ち去った。
ついにテリジェシオンのアーマーの破損度が耐久値を超え、パワードスーツの装着が解除された。アーマーが光へ還元されて消失し、パーフェクトモデルシャチベースの体重がもろに景山にのしかかる。
「バイザーが……」
真空波を喰らったときに左腕から弾き飛ばされたテリジェシオンのバイザーは、景山の右手の数十センチ先に落ちていた。視線をそちらに向け、震える手を懸命に伸ばす。
「…させるか」
門屋は景山の腹部を圧迫していた右足を離すと、その手を万力の如き力で踏みつけた。骨の砕ける嫌な音がし、景山が激痛に絶叫する。門屋は痛みに歪んだその表情を満足そうに眺めると足を離し、バイザーを拾い上げた。
「返せ…それは私のものだ。私が、他の全てを犠牲にしてまでして手に入れた力だ!」
景山は痛みに気絶しそうになりながらも、門屋の左足に縋りつくようにして懇願した。だが、彼がそれに応じるはずもない。
「悪いが、これは俺が預かっておく」
そう言って景山の体を軽く蹴飛ばしておとなしくさせると、その背中に馬乗りになった。右手首の鋭いヒレの先端を、背中にそっと当てる。
「―安心しろ、じわじわといたぶったりはしない」
景山はその瞬間、何かを言おうと口を開きかけていた。しかしその前に門屋がヒレを振り下ろし、根元まで突き刺していた。そこに迷いはなかった。
破砕音が虚しく響く。
門屋が一思いにヒレを引き抜くと、鮮血が噴き出した。
景山は、驚愕の表情を浮かべたまま静かに死んでいた。門屋は別のビンに入っていた錠剤を飲み人間の姿へ戻ると、スーツの内ポケットから無線機を取り出した。
「―侵入者の始末は完了した。死体の始末を頼みたい。上手く隠蔽してくれよ」
一方の瀬川らは、戦闘演習を続行していた。
けれども問題が一つあった―唯一強化アーマーを装着できるプログシオンが、圧倒的な戦績を上げていたのだ。
「何だよこれ、勝てるわけねえだろ…」
と弱音を吐き演習から戻ってきたのは今田だ。先程アンビシオンとプログシオンの戦闘演習が行われたのだったが、強化アーマーで防御力の向上したプログシオンは光弾を多少浴びたくらいでは全くダメージを受けず、力押しでアンビシオンにストレート勝ちしたのだ。
こうなると森下も気まずくならないわけがない。密かに思いを寄せる今田に不平を言われたのはちょっぴりショックだったし、やっぱり鈴村さんに相談しよう、と心に決め森下は彼女の部屋を訪れた。チャイムを鳴らし、中に入れてもらう。
「あの、鈴村さん。…私、『エヴォリュート』のデータを他の五人にも開示したいんです」
「そうか…確かに、最近君は勝ちまくっているものな。思うところはあるだろう」
鈴村は苦笑し、少し考え込む素振りを見せた。
「そうすればすなわち君の勝率は下がり追加報酬を得られる可能性も下がるが…今は非常事態だ。戦力増強になるなら構わないだろうし、パワードスーツ全般のヴァージョンアップにもつながるだろう。一応、上に話をつけてみるよ」
翌日。上層部は申し出を快諾し、他の五人にも応用コード「エヴォリュート」のデータの入ったマイクロチップが配布された。
「…ただし、これはプログシオン専用にカスタマイズされたものだ。したがって、各々のパワードスーツに合わせてアレンジする必要がある。…分かりやすく言えば、このコードはバランスの取れた能力を持ち剣を武器とする、近接戦闘向けパワードスーツ用だということだ。あまりにもプログシオンと特性の違うパワードスーツだと、パワーアップは難しいかもしれないが…」
鈴村の説明を聞き、松浦が口を開いた。
「エグザシオンなら、プログシオンと似た点も多い。あまりアレンジを加えずとも、使えるかもしれないな」
「俺は無理そうだぜ…」
「私もー」
対照的に、今田と二宮はがっくりと肩を落とした。遠距離戦闘に適し、銃火器を使用するアンビシオン、アフェクシオンでは確かに難しいかもしれない。
「同じバランス型なら、なんとかなるか…?」
瀬川の反応も微妙だ。開発に成功するかは分からない。使用武器も槍と剣では随分異なる。要は努力次第だ。
藤田もデータは受け取ったが、保存するだけ保存しておき妨害プログラム解除とハッキング阻止に引き続き取り組むことにした。鈴村にもその意向を伝え、本格的に作業に打ち込んでいるようだった。ワールドオーバー社の技術者と連絡を取り協力している姿も、最近ではちらほら見かける。
皆がデータを受け取り今後の展望を描いていたその時、不意に鈴村の携帯端末が振動した。鈴村は緊張した面持ちで通話を受け、やがて顔を上げて言った。
「近くの農村部を青いパワードスーツが襲っているとの情報が入ったわ。すぐ向かいましょう」
「青い、パワードスーツ…?」
瀬川は思わず息を飲んだ。テリジェシオン以外に考えられない。景山はユーダ・レーボの本拠地へ向かったのではなかったのか。まさかユーダ・レーボを潰すのに成功し、早速力を誇示しようとしているのか。
様々な推測が頭をよぎる中、藤田を除く五人は鈴村の車に乗り込み現場へ向かった。
近くにいる者に斬りつけ、遠くにいる者には投擲する。テリジェシオンはダガーナイフを巧みに操り、逃げ惑う人々へ襲い掛かった。中には刃物を手にし抵抗しようとする無謀な輩もいたが、その程度の攻撃ではアーマーに傷一つつかない。猟銃を持ち出されたときはさすがに驚いたが、投げつけたナイフが男の手から銃を弾き飛ばし川に落とした。もっとも、通常の銃弾を受けてもダメージはゼロだったとは思うが。
特徴である俊敏性を最大限に発揮し、無慈悲に斬り捨て、刺殺し蹴り飛ばす。圧倒的な力で村人を蹂躙していたところに、一台の乗用車が駆け付け停車した。
車から降りた瀬川は、そこで繰り広げられている凄惨な光景を目にし愕然とした。多数の人々が地に倒れ、苦痛に顔を歪めている。多くは致命傷を受けているらしく、傷口からの出血が激しい。辺りには血が飛び散り、赤く染まった地面を夕日が禍々しく照らす。まさに世界の終りのような眺めだった。
「景山さん…なのか?」
瀬川は辛うじて声を絞り出したが、震えが止まらなかった。
「何でこんなことするんだ…これがあんたが言う、絶対者になるってことなのかよ⁉」
テリジェシオンは殺戮の手を止めて瀬川らの方を向き、クックッと笑い声を漏らした。
「…この辺りで適当に遊んでいればあぶりだせると踏んでいたが、本当に来たな」
(景山さんじゃ…ない?じゃあいったい誰がテリジェシオンを…)
それは全く聞きなれない声だった。そして、その言葉には本物の悪意が込められていた。テリジェシオンはナイフの切っ先を瀬川に向け、かかってこいと言いたげに油断なく構えた。
(装着者が誰だかは知らないが…絶対に許せない!)
「鈴村さんは怪我人の救護をお願いします……『クレアシオン』!」
バイザーを左腕に押し当てて装着、純白のアーマーを纏ってすぐに十字槍を召喚する。瀬川は感情を爆発させ、ランスを構えテリジェシオンに突進した。他の四人も一拍遅れてそれに続く。
「何人で束になってかかってこようが無意味だ。なぜなら…」
テリジェシオンは、瀬川の繰り出した突きを軽く躱しつつ言った。
「誰も俺のスピードにはついてこれないからだ。『クイック』」
全身を青紫の光で覆ったテリジェシオンが超高速移動を開始すると、クレアシオンにはなす術がなかった。テリジェシオンが五人に高速の斬撃を叩き込み、着実にリードを広げる。効果持続時間が終了し、テリジェシオンは少し離れた位置で停止した。
「…なるほど、これだけ速いと肉体にも多少負担が掛かるようだ」
独り言を言い自身の体を見下ろす。やはりパワードスーツとは不便なものだ、とぼやき、テリジェシオンは再度戦闘姿勢を取った。
「―森下、『エヴォリュート』で強化アーマーを装着した状態なら奴に対抗できるかもしれない。行くぞ」
松浦が一歩前に出て言うと、プログシオンを装着した森下はこくりと頷いた。
「ええ、分かったわ…って松浦君⁉いつの間に『エヴォリュート』を読み込ませたわけ⁉」
「行きの車の中で手早くやった。アレンジはほとんど加えていないが、使えるはずだ…『エヴォリュート』!」
「そ、そう言えばパソコンいじってたわね…って唱えるの早い!―『エヴォリュート』!」
エグザシオン、プログシオンの全身が眩い銀の光に包まれ、強化アーマーが装着された。
エグザシオンは、和服をイメージした元々のアーマーの上に、陣羽織のような銀色の強化パーツが装着された。腕と足の各部からエフォート・カッターと呼ばれる刃が伸びる。プログシオンのデータをほぼそのまま使っている影響か、その形状はプログシオンのプルーブ・カッターと同一だ。さらに頭部の角は二本から四本へと増え、アーマーに銀のラインが刻まれる。
プログシオンも五角形を基本パターンとした銀の強化アーマーが装着され、基本能力値が大きく上昇した。二人は同時に「クイック」を唱え、テリジェシオンへ向かってゆく。テリジェシオンも対抗して再び「クイック」を発動。瀬川、今田、二宮は一旦後方へ下がり、援護に努めることにした。
松浦と森下が同時に繰り出した斬撃を、テリジェシオンは両手に持ったダガーナイフで受け止めた。だが、強化アーマーを纏った二人の方が力で上回った。松浦が相手の防御を崩し、刀を横薙ぎに切り払う。森下もサーベルで突きを喰らわせて追撃する。テリジェシオンの装甲から火花が散り、男はやや後退した。三人の発動していた「クイック」の効果が切れる。
「―『デモンズスパーク』!」
その時、さらに一太刀を浴びせようとした二人にテリジェシオンはナイフの先端を突き出し、閃光を放射した。
「…やべえぞ!」
と言い今田が舌打ちしたのを合図にしたように、後方の三人は咄嗟に目を閉じ、腕で顔を覆った。しかし松浦、森下は間に合わず、まともに光を見てしまったらしい。得物を持たない方の手で目を押さえており、足取りはおぼつかない。
「パワーだけでは勝敗は決まらんよ」
男は余裕を見せつけるようにして言うと、視力の一時的に低下した二人に一方的な攻撃を仕掛けた。素早い身のこなしで華麗に斬りつけ、フィニッシュに応用コードを唱える。
「『サベージアサルト』」
腐食作用を持つ、青紫に輝く刃が二体のアーマーを激しく切り裂いた。衝撃を受け、強化アーマーの装着が解除される。
テリジェシオンはさらに攻撃を加えようとしたが、背中に二発の光弾を受けて少しよろめき、振り返った。アンビシオンとアフェクシオンの放った銃撃がヒットしたのだった。クレアシオンも彼らとともに、敵の元へ疾駆している。
「…『チェンジ』!」
「『ブレード』!」
「『パラライズ』!」
瀬川が十字槍を短槍へ変形させ、今田が武装を銃剣形態にし、二宮がその全身に雷を纏う。懐に潜り込んだ瀬川がランスを操り猛ラッシュをかけ、今田がそれに加勢する。防御に追われテリジェシオンに隙ができたところに、二宮が「ワープ」を使い背後から雷撃を帯びたパンチを喰らわせた。麻痺効果を受け動きがぎこちなくなったテリジェシオンを横目に、二宮が二人の方へ顔を向けて叫ぶ。
「今です!」
「ああ!…『エンドカッティング』!」
「―『神殺』!」
アンビシオンの銃剣の刃が赤紫に輝き、クレアシオンの十字槍が赤く燃える炎に包まれる。今田が身動きのとれないテリジェシオンに連続で斬撃を見舞い、直後に瀬川が鮮やかに輝く槍の先端を胸部装甲へ叩き込む。二体のパワードスーツの同時攻撃を受けたテリジェシオンは装甲から激しくスパークを飛ばし、数メートル後方へ吹き飛ばされた。
「…思ったよりやるじゃないか」
テリジェシオンはややふらついた様子を見せたが、装着解除に至るほどのダメージは受けていないようだった。にもかかわらず、「ダウン」を唱え自ら装着を解く。体勢を立て直し攻撃を再開しようとしていた松浦、森下はあっけにとられた。
パワードスーツが光に還元され、見知らぬ男の姿が現れる。
景山では、なかった。
「誰だ貴様は…景山はどうした」
松浦の問いに、男は堂々と答えた。自分に自信のある人物にしかできないような話し方だった。
「―俺の名は門屋慎一、ユーダ・レーボのリーダーだ。…景山?お互いにとっての裏切り者のことか。奴は俺が直々に処刑した。当然だろう」
「殺した、のか…あんたが、景山さんを…!」
「…てめえ、よくもぬけぬけと!」
憤る瀬川と今田を見て、しかし門屋は本心から戸惑っているような素振りを見せた。
「おいおい、何でお前らが怒るんだよ?あいつはお前らにとっても敵だったはずだ。むしろ喜んでくれると思ったんだがな。我々としても、テリジェシオンが手元に戻ってよかったしね」
「景山さんはな…」
瀬川は怒りを露わにし、吠えるように言った。
「少なくともお前のように、平気で人殺しをする奴なんかじゃなかった!俺は今でも、あの人とはうまくいけば分かり合えたかもしれないと思ってる!あの人は…俺たちの仲間だったんだ」
「綺麗ごとをほざくのはよせ。奴は力を求め自らの身を滅ぼした、愚か者に過ぎない。…さて、そっちが本気で来るようならこちらもそれに応えなくては」
門屋は撥ねつけるように言い、いつの間にか手に握っていた錠剤を口に含み咀嚼した。邪魔な上着を脱ぎ捨てバイザーを地面に置き、その直後門屋の肉体が光に包まれてパーフェクトモデルシャチベースへ変貌する。
「結局実力行使か…行くぜ、千咲ちゃん!」
「了解です!」
すかさず、アンビシオン、アフェクシオンがパーフェクトモデルへ銃を連射した。だが門屋は全身に淡い光を纏わせて高速移動能力を発動、光弾の嵐を難なくくぐり抜けて一気に距離を詰める。
「―何だ、その程度か」
パーフェクトモデルが至近距離で両手首の巨大なヒレを思い切り振るい、二本の真空波を飛ばす。その直撃を受けた二人は大きく吹き飛ばされ、木造の家屋に叩きつけられた。
「野郎…!」
瀬川も猛然と挑みかかったが、パワー、スピード、その全ての能力で上回る相手に防戦一方となった。ランスの柄を掴まれて攻撃を止められると同時に強烈なニーキックをカウンターで喰らわされ、装甲から火花を散らし後退する。
「まとめて片を付けてやる…」
門屋は呟き、周囲を取り囲むようにして無数の光弾を瞬時に生成、浮遊させた。それを全方位に向け、音速で一斉に射出。
「が……っ!」
回避する間もなく、瀬川らは圧倒的火力の攻撃にかなりのダメージを受け地面を転がった。パーフェクトモデルは悠々とした足取りでこちらへ近づいてくる。
瀬川は力を振り絞って立ち上がりランスを構えたが、敵う相手でないのは百も承知だ。さっきの攻撃はパターンこそハイパーモデルと同一だが、威力は桁違いだった。今まで戦った相手の中で一番強い。
(でも、俺には仲間がいる。力を合わせればきっと…!)
果たして、クレアシオンの十字槍が敵の斬撃を辛うじて受け止めた瞬間、頼もしい加勢が入ったのだった。「クイック」、「サイレント」の併用で姿を消したまま相手に高速接近したプログシオンが、パーフェクトモデルの背後から「ワイルドラッシュ」を繰り出す。サーベルから紫色の光の刃が何本も放たれ、海人の皮膚に次々に穴を穿った。強化アーマーにより威力を増幅していない状態のため決定打にはならないが、門屋を怯ませる程度のことはできる。
「…今よ皆、畳み掛けて!」
ちらりと振り向いた森下が叫ぶ。
「おう!…『神殺・槍投』!」
「―『神魔威刀』!」
クレアシオンが蒼炎を帯びた十字槍を渾身の力で投擲し、エグザシオンが草薙之剣を斜めに斬り下ろし真空の刃を飛ばす。ランスの先端がパーフェクトモデルの脇腹に突き刺さり、飛来する斬撃が肩から腰を一直線に切り裂く。直後ランスが瀬川の手元へと再び戻っていき、槍の引き抜かれた傷口から鮮血が溢れた。
「なかなか…骨のある連中だ。一体一体は雑魚でも五体もいると面倒か。だが…」
門屋は僅かに息を荒くしたが、動じた様子はない。驚異的な回復速度で傷が再生していき、脇腹に穿たれた穴がみるみるうちに塞がる。
「このくらいで俺を倒せると思ってもらっちゃ困る。…なんせ、あの景山を倒した男なんだからな」
神経を逆撫でするような台詞を付け加え、門屋は遠方のアンビシオン、アフェクシオンに目を向けた。二人とも既に拳銃を構え直し、こちらに向かって来ている。
「…だがあいつらも立ち直って来てるようだし、泥仕合をするのはごめんだ。ここは一旦引くとしよう」
言うが早いか、パーフェクトモデルは両の手のひらから光弾を連続で放った。慌てて体を伏せそれを躱し顔を上げると、もう海人の姿はどこにもない。門屋の上着とバイザーも回収されていた。爆風が去ると、去来したのは人々を救えなかった無力感だった。
鈴村や救護班の努力も虚しく、多くの命が失われた。海人の襲撃により一般人の死者が出たのは、今回が初めてだった。世間からの「ワールドオーバー社の対策班が機能していない(もしくは力不足)ではないのか」という批判が高まり、社の上層部はマスコミの対応に追われることとなった。
アパートに帰り着いた瀬川は、しばらく自室で物思いに耽っていた。
(―俺たちはパーフェクトモデルに勝てなかった)
プログシオンが加わり強化アーマーも導入されたにもかかわらず、圧倒的な強さの前に苦戦を強いられた。
(そして、景山を殺したのはあの門屋という男だった)
彼は反逆者である景山を始末しただけでなく、罪のない人々を何十人も殺した。自分の部下を多数葬ってきた自分たちに何の怒りの感情も見せないところを見ると、仲間の命も軽く考えているのだろう。あらゆる命を弄び冒瀆する門屋を、瀬川は絶対に許せなかった。
(もっと強くならなくちゃな……景山さんや、殺された人たちの無念を晴らすためにも)
瀬川は決意を新たにし、強化アーマーを装着するための応用コードの開発に着手した。当分の間、執筆活動は休止だ。
(何としてでも、ユーダ・レーボのケルビムへのハッキングを止めてみせる…)
藤田はワールドオーバー社の技術者とのメールでの打ち合わせを終え、作業を再開した。滑らかなタイピングで、プログラム言語を手際よく打ち込んでいく。
今回ユーダ・レーボが自分たちの住居のおおよその位置を突き止め襲撃を実行できたのは、奴らがケルビムのデータを悪用しているからに違いなかった。
もっとも、なぜ一企業がこんな大規模な人工衛星を保有しているのか等、疑問は尽きない。しかしそんなことに拘っていられないのが現状だった。
(とにかく、状況を変えないと…)
懸命にキーを叩く。目指すは、ハッキングの速やかな阻止だ。
「つーか、アンビシオンに強化アーマーを使おうなんて無理な話だぜ…なあ千咲ちゃん」
「もー、勝手に部屋に上がりこまないで下さいよー」
ちょっぴり機嫌を悪くした二宮だったが、いきなり訪ねて来た今田を部屋に入れてやるだけの優しさは残っていた。今田は二宮と並んでベッドに腰掛け、自分たちの不幸(?)な境遇について嘆き始めた。
「スピード重視型だからってパワーアップの機会がほぼゼロになるとは思わなかったぜ…畜生」
「まあ、確かに難しいのは事実ですよねー…でもやりようはありますよ?景山さんの残した知恵を使えば」
「…へ?」
二宮は悪戯っぽく微笑み、種明かしを始めた。
「テリジェシオンは、私たちのよりもさらにスピードに特化したパワードスーツですよね。だから『エヴォリュート』の類は使えない。で、景山さんがどうしたかというと…?」
「…そうか、さらに上位の応用コード『オートバイオレンス』を開発することで攻撃力を高めた。その上スペックを底上げしたってか」
「大正解!」
そう言ってぱっと笑顔になった二宮を見て、今田は心が癒される思いだった。
(いやー、いい。ほんと千咲ちゃんは俺の癒しだぜ…って駄目だ、俺の本命は葉月ちゃんの方なんだから)
天然ほんわか系女子二宮もそれはそれで魅力的だが、大人っぽさと時折覗かせる可愛らしさを兼ね備えた森下の方が、今田のタイプだった。
「…そんじゃ、俺も新しいコード作りますか。アドバイスありがとな」
「うん、またねー」
軽く手を振って今田が帰っていくのを、二宮は手を振り返して見送った。
そうして数日が経過した。
その間ユーダ・レーボ側に特に動きはない。しかし一斉蜂起に向け力をためているのではないかとの危惧もあり、決して楽観はできなかった。
いつものように鈴村は全員を自室に召集し、報告を始めた。
「…藤田がうちの技術部門と連携して頑張ってた成果が、ようやく出たみたいね。ハッキングの阻止はまだ完了してないけど、とりあえず妨害プログラム解除には成功したわ。これで私たちもケルビムのデータを利用できる」
「すげえな藤田…って、待てよ、ということは…ユーダ・レーボの本拠地が特定できるかもしれないってことですか?」
瀬川の問いに、鈴村が嬉しそうに頷く。
「そうね。…おそらくユーダ・レーボが妨害プログラムを仕掛けたのも、本拠地を私たちに突き止められたくなかったのが理由なんでしょう。これで、少しはやりやすくなるわ」
本拠地特定の作業に進展があればまた連絡する、とのことでミーティングは終了となった。瀬川らは口々に藤田に労いの言葉をかけ、それぞれの部屋へ戻って行く。この後は各自、強化アーマーの開発やトレーニングに励むのだろう。近づきつつある、決戦に備えて。
それから五日後、鈴村が再び全員を召集した。だが今回はミーティングというよりもむしろ、作戦会議の様相を呈している。
「技術部がケルビムのデータを活用し、ユーダ・レーボの本拠地と思われる場所の特定に成功したわ。…向こうも妨害プログラムが破られたことには気づいていて、様子見しているようね」
そう言って鈴村は携帯端末を取り出して地図アプリを起動、根拠地と目されている地点を瀬川らに示した。そこは、ここからいくらか離れた№〇〇五コロニーの山間部の奥地だった。武装集団が立てこもるには格好の場所だろうと、瀬川は素直な感想を抱いた。
「そこまで調べがついてるなら、こっちから仕掛けられねえのか?」
今田がほのかに期待を滲ませて質問したが、鈴村は残念そうに首を振る。
「奴らの真の目的はおそらく、より強い海人を創り上げること。パワードスーツの回収は二の次。そのためには戦闘データが必要だったのだろうが、パワードスーツとの度重なる交戦により必要十分な量が集まった。もっとも、どうやって収集していたのかは不明。奴らの行動が徐々に大胆になっていったのは、データ収集を終えるのが目前になり隠密行動をとる必要がなくなったからだろう。…連中が海人の力で何をする気かは知らないが、ともかく奴らは目的を達成しハイパーモデルの量産段階に移行しているはず…以上が上層部の見解ね。あの鮫っぽい海人が大量発生するわけだし、そんな中に飛び込んでも勝算は低いわ」
上層部の推論は、あらゆる状況証拠と矛盾しなかった。景山が以前「ハイパーモデルは海人の一つの完成形」だと言っていたのを思い出すが、あれはこういう意味だったのか。
「…だからって、今の話だと放っておけばユーダ・レーボは量産を続けるわけだろ。そうなったら勝算なんかゼロだ。今のうちに叩いておくのも手なんじゃないか?」
瀬川も意見すると、鈴村は沈黙し熟考した。やや間が空き、彼女が顔を上げる。
「それも一理あるわね…よし、作戦変更にしましょう。ワールドオーバー社の派遣する特殊部隊の援護を受けつつ、攻撃を仕掛ける」
いよいよか、と表情を引き締める皆を見回し、鈴村は続けた。
「…ただし、正面から馬鹿正直に挑んでも今の状態では勝てない。今回の目的は、あくまで戦力の増強ね」
「…つまり、どういうことだ?」
訝しげに尋ねる松浦に軽く微笑み、鈴村は藤田にちらりと視線を向けた。
「テリジェシオンの奪還よ」
彼女が上に話を通すと言い作戦会議は終了したが、藤田は小躍りしたくなるのを抑えられなかった。
(ついに、ついに僕も装着者に……⁉)
「妨害プログラムが破られたか」
門屋は苛立ちを露わにし、壁に拳を打ち付けた。ワールドオーバーがケルビムを利用できるようになるのは、大きな痛手だ。補佐官の男が彼に恭しく一礼する。
「はっ…ハッキングにも多少の影響が出ています」
「そうか…奴らの現在位置が大体把握できるならいいが、これ以上精度を落とすな。そして重要なのは、奴らに『コードY』を使わせないこと…たとえハッキングができなくなったとしても、これだけは絶対に死守しろ」
絶対に死守しろ、とは二重表現だ。しかし補佐官は、リーダーがそこまで強調する理由をいやというほど理解している。ゆえに、それについては何も言わなかった。
「…了解しました」
また幾日かが経ち、瀬川らはワールドオーバー社の特殊部隊とともに専用の大型車でユーダ・レーボ本拠地へ向かっていた。車内には瀬川らの他に、大勢の屈強な男たちが乗り込んでいる。何台かに分かれて乗車しているが、総勢百名ほどいるという。なお、今回は藤田もついて来ている。直接戦力になるわけではないが、自分一人だけ安全地帯に残ることはしたくなかったらしい。
(さすがは大企業様、命の危険のある仕事にも普通に人集められるとは…)
瀬川はそんな彼らを心強く思う一方、戦いに巻き込んでしまわないかとか色々心配していた。スーツを纏った自分たちならば、海人の攻撃を受けてもよほどのことでない限り致命傷には至らないが、迷彩柄の戦闘服の上に防弾チョッキを着ただけの彼らでは不安が残る。
そうこうしているうちに車が停まった。戦闘員に続き瀬川も降車する。外に出ると道路はそこで途切れ、深い森が広がっていた。どうやら、本拠地はこの奥にあるということで間違いなさそうだ。ここから先は車が入れないため、歩いていくしかないのだろう。
と、特殊部隊の隊長らしき男が全体を見回して命令した。
「全員、武装を整えろ。パワードスーツの装着者は、アーマーを装着しておくように」
指示に従い、瀬川らは―と言っても藤田は留守番だが―バイザーを左腕に押し当てて装着した。
「―『クレアシオン』!」
瀬川の全身を白い光が包み、瞬時に純白の戦士へと変身する。横を見ると、皆もそれぞれに装着を終えていた。その様子を見ていた特殊部隊の男たちがおおーっと歓声を上げる。こいつはたまげた、などと言い合って笑っている彼らを見ていると、なんだか照れくさいような妙な気持ちになった。思わず笑みが零れるが、アイマスクの下の表情を彼らが窺い知ることはできない。
「…『インストール』」
その時、その集団の別の方でも同種の歓声が上がった。何があったのかと瀬川が反射的に視線を向けた先には―薄茶色の光に包まれた後に迷彩柄のアーマーを装着した、十人の男たちがいた。
「…パワードスーツ?」
「みたいですね…」
瀬川と二宮は、ぽかんとしてその光景をたた眺めていた。
全身を覆うのは、派手な装飾を排したシンプルな形状の、迷彩柄のアーマー。左腕には瀬川らのと同じ形の黒いバイザーが巻かれているが、その大きさはやや小型に見える。頭部には横長の台形のアイマスク。その色は橙色だ。ロビンフッドの帽子についているような、鳥の羽の形をした通信用アンテナが三本、顔の右側から伸びている。頭部のアーマーも迷彩柄だが、他と模様が若干異なるためバンダナを巻いているように見えなくもない。
膝には台形の黒いニーアーマー。各所に配されているはずの制御チップは見受けられないが、小型のものが内蔵されてでもいるのだろうか。腰にはナイフ型、拳銃型の武器をそれぞれ一つずつ下げている。
「紹介が遅れて申し訳ない、被験者の諸君。彼らは新規に開発された量産型パワードスーツ、『アーマーソルジャー』のテスト装着者だ」
隊長が慌てて説明を付け加えた。鈴村がそっと近寄って来て、小声で伝える。
「以前…私がこっちに異動になる前の話だが、海人に君たちの住居を襲撃されたことがあったろう。あの時、留守を守っていた社の職員ではまるで歯が立たなかった経験から、対海人用に量産化計画を進めていたらしい。私も最近知ったんだけどね…」
「なるほど…小旅行の帰りに襲撃されたときの、あれですか」
一応納得し隊長に会釈もしたものの、瀬川はワールドオーバー社の得体の知れなさを実感するばかりだった。
どれくらいの性能かは分からないが、こんなものが量産化されれば戦争でも引き起こせるくらいの戦力になるのではないだろうか。ユーダ・レーボ撲滅のためにそこまでやるのは、やり過ぎというものだ。一体ワールドオーバー社の目的は何なのか。
(海外輸出…の説はないな。これだけ技術漏洩を恐れてるんだ、パワードスーツ技術を安易に外国に持ち出すとは考えにくい。どっかの物好きが、バイザーを分解して構造を調べでもすればおしまいだからな)
被験者が情報を外に漏らさないよう色々な策を講じてきたワールドオーバーが、そうあっさりと世界に手の内を見せるとは思えなかった。
「…ま、戦いの前にあれこれ考えてもしょうがないか」
まずは目の前の課題をこなさなくてはならない。すなわち敵の牽制、およびテリジェシオンの―景山の形見の奪還だ。
山中に分け入り本拠地を目指す中、瀬川は不意に殺気を感じて身を屈めた。次の瞬間、すぐ脇の樹木に光弾が命中し、幹が粉々に砕け散る。部隊は一瞬ざわつき、辺りを見回して敵の姿を探した。
前方の茂みの中から姿を現したのは三体のハイパーモデル、それにテリジェシオン。この辺りを警備していたのだろう。ハイパーモデルはホオジロザメベース、シュモクザメベース、ジンベエザメベースの三種がそれぞれ一体ずつだ。
「…テリジェシオンは俺と千咲ちゃんで片付ける。お前らはハイパーモデルを頼んだぜ」
アンビシオンを装着した今田は、二宮を後に連れ紺のパワードスーツへ向かって行った。ワールドオーバー社の部隊は、掩護射撃を行うべく後方に下がった。アーマーソルジャーもそれにならう。瀬川もジンベエザメベースに向き直り、先日ようやく完成させた応用コードを唱える。
「―『クリムゾン』!」
クレアシオンの全身のアーマーが炎の如きオーラに包まれ、火の粉が四散するようにして強化アーマーを纏った姿が露わになる。
矢じり型のアイマスクの色は、緑から燃えるような赤に。その上部からは十字架型の角のようなパーツが伸びる。
肩にはより大きなショルダーアーマーが装着されている。赤を基調とし白のラインが斜めに入っており、形状はより鋭角的で鳥の翼を思わせる。
胸部には強大なパワーを制御するための大型制御チップが埋め込まれ、白一色だったボディーに赤のⅤ字ラインが入る。さらに、朱の稲妻模様も首から腰に掛けて刻まれる。
また、全身に紅蓮の太い斜線が入り白と赤の美しい対比が完成されている。クリエイティヴ・ランスも刃部分以外が赤く染まり、蛇が巻き付いているような紋章も刻まれた。なお、これはフラメルの十字架をモチーフに瀬川が趣味でつけたものである。
各部に紅色を帯びたアーマーは、返り血を浴びることも覚悟した戦いの決意の表れのようだった。瀬川は進化したクリエイティヴ・ランスを構え、ハイパーモデルに向かい勢いよく突進した。
「…新生クレアシオンの力、見せてやる!」
ジンベエザメベースの右腕のヒレが、クレアシオンの繰り出した槍の一撃を受け止めた。力と力が拮抗し、両者一歩も譲らない。一瞬力を緩めてヒレを払いのけると、瀬川は手の中で槍を回転させて石突で相手の腹部を一突きし、怯んだところに渾身の回し蹴りを叩き込んだ。海人がよろめいて後ずさり、畏怖するような表情を垣間見せる。瀬川は槍を構え直し、少しずつ相手に接近した。
「俺はもう絶対に負けられない…これ以上、一人の犠牲も出させはしない!」
ハイパーモデルと同等かそれ以上のパワーを発揮できるようになった今のクレアシオンは、スピードでも敵を上回っていた。巧みにランスを使いこなし、自在に変化する間合いから次々に攻撃を放つ。連続突きを喰らってジンベエザメベースが後退した隙に、瀬川は勝負を決めに行った。
「『クイック』…『神殺』!」
十字槍が燃え盛る炎に包まれ、全身を純白の輝きが覆う。強化アーマーによりコードの威力が高まっているのだろう、ランスが、アーマーが、それまでよりも一層眩しく鮮やかに輝く。
「――はあっ!」
十字槍を構えたクレアシオンが地面を蹴り飛ばし、一瞬で敵の懐に潜り込む。そして胸部に一際赤く輝く槍の先端を深々と突き刺し、破砕音が聞こえたのを確認して引き抜く。ハイパーモデルの体は弾丸のように貫かれ、静かに地面に崩れ落ちた。
「『エヴォリュート』!」
松浦もコードを唱え、陣羽織を模した形状の銀の強化アーマーを纏った。強化された草薙之剣を召喚して構え、シュモクザメベースに戦いを挑む。
接近戦ではやや不利と見たか、ハイパーモデルは唸り声を上げ、体の周囲に無数の光弾を浮かび上がらせた。
「…『ガード』」
だが、エグザシオンの発動した強化版基本コードにより、光弾のほとんどは展開されたバリアに弾かれた。さらに「クイック」を唱えて距離を詰め、高速で斬撃を繰り出す。そのスピードはハイパーモデルを凌駕しており、相手は躱すこともままならない。さらに後方の特殊部隊の掩護射撃を受け、シュモクザメベースは膝をついた。
「―『神魔威刀』!」
刀身をエメラルドグリーンの輝きが満たし、それが縦一直線に斬りはらわれる。生成された真空波はそれまでのものよりも大きく、射出速度も上昇している。回避する間もなく海人の肉体は真っ二つに切断され、制御チップの砕ける音とともに大量の血液が辺りに飛び散った。
一方の森下も、まだあまり戦闘経験がないとは思えないほどの華麗な動きで相手を追い詰めていた。ハイパーモデルホオジロザメベースが両手首のヒレを振るい真空の刃を飛ばしてくるが、それを「サイレント」で姿を消して躱す。光学迷彩の効果が切れ再び姿が現れたとき、既に相手はプログシオンの間合いに入っていた。サーベルで突いて怯ませたところですかさず「スマッシュ」を発動し、紫の光を纏った左足で敵の腹部を蹴りつける。海人は痛みに呻吟し、よろめいて後退した。
「…決めるわよ。『ワイルドダンス』!」
それは森下が苦心の末新たに開発した、より上位の応用コード。強化アーマーを装着しステータスが限界まで上昇している状態でしか発動できない、プログシオン最強の必殺技。「エヴォリュート」がなければ実現しえなかったであろうコードだ。
プルーブ・サーベルの刀身が紫に輝き、剣を構えたプログシオンが地を蹴る。まずは右斜め上からの袈裟斬り。返す刀で今度は左方向から水平斬りを浴びせる。さらに右下から斜めに斬り上げてフィニッシュ。
ほんの一瞬の間に繰り出された舞うような神速の斬撃は海人の皮膚を深々と抉り、刃を受け止めようと振り上げられたヒレのいくつかを切断していた。森下が攻撃を止めて踵を返したのと同時に傷口から鮮血が噴き出し、ハイパーモデルは地に倒れ伏した。耳に微かに破砕音が聞こえた。
「『クイック』」
テリジェシオンは両手にナイフを構え、有無を言わせぬ圧倒的なスピードで今田と二宮に襲い掛かった。
「…『クイック』!」
「『ワープ』!」
それを見たアンビシオンは同じく高速移動で、アフェクシオンは瞬間移動で対抗した。
確かにテリジェシオンの動きは速い。さすがはスピード特化型だけあって、今田も二宮もそのスピードには追随できないだろう。
だが、反面使用する武器であるタクティック・ダガーは短剣型で、リーチが短い。アンビシオン、アフェクシオンは速さでこそ劣るものの、射程範囲の広い拳銃を使える点では有利だ。
それに今回はワールドオーバー社の部隊が掩護射撃をしてくれているため、テリジェシオンの装着者も迂闊に動き回ることはできまい。銃撃を避けようとし、必然的に動きが制限されるはずだ。
今田は光弾を連射して相手を牽制した。命中―掠った程度のも含む―は半分を余裕で下回るが構わない。速度で負けている分射程で対抗しなければ勝機はない。アンビシオンの放った紅蓮の光弾を回避したテリジェシオンは接近戦に持ち込むべく突進してきたが、真横に瞬間移動で現れた二宮の「フリーズシュート」までは避け切れなかった。銃口から放たれた冷気が紺のアーマーを凍てつかせ、手足を氷が包む。
テリジェシオンは全身に力を込めて動かし、氷結の呪縛から解き放たれた。だが、そこにアーマーソルジャーら後方支援の者たちが一斉射撃を浴びせる。装甲からスパークを散らし、青のパワードスーツはやや後退した。
「チャンスだ、行くぜ…『エンドブラスト』!」
「私も!…『サンライズシュート』!」
アンビシオンは拳銃の銃口の先に赤く煌めく破壊光弾を射出し、アフェクシオンは二丁拳銃から物質を気化させるほどの超高熱の火炎を発射する。二人の同時攻撃を受けたテリジェシオンは数メートル以上吹き飛ばされ、その体は爆炎に包まれた。
装着解除してぐったりと横たわるテリジェシオンの装着者の男は、門屋ではなかった。あの男にしてみても、あれほど強大な力があればパワードスーツなど自分には不要なのだろう。
その近くに転がっているバイザーを今田は拾い上げ、部隊のさらに後ろで待機していた藤田へ放った。藤田は受け取るとたちまち破顔し、二人に手を振る。景山の残したパワードスーツが、ようやく正当な装着者のものとなった瞬間だった。
「…ってあれ、千咲ちゃん?さっき何か耳慣れない応用コードを唱えてたような?」
藤田に手を振り返し、今田が思い出したように言う。二宮はふふーんと笑い―といってもアイレンズの下の表情までは今田には読めなかったが―自慢げに言った。
「あれは、最近完成させた上位の応用コードだよ?テリジェシオンの『オートバイオレンス』に当たる技で…あ、前にしたよねこんな話」
「…ああ、あの時言ってたっけ。俺もスペックの向上はやってるけど、これ以上強力なやつはなかなか作れそうにねえな。やっぱり強化アーマーの補助がないと…」
残念そうにぶつぶつと呟いている今田を見て二宮はくすっと微笑み、何か言おうと口を開いた。
しかし、その会話は否応なく中断される。
突然辺り一帯に無数の光弾が撒き散らされ、全てを薙ぎ払ったからだ。
パワードスーツを着ている瀬川らは衝撃を受けても深刻なダメージにはならなかったが、ワールドオーバー社の部隊は壊滅状態だった。アーマーソルジャーを装着している幸運な隊員が、残りの者を急いで介抱している。
(藤田は大丈夫かな…)
不安を無理矢理振り払って強襲者の姿を探すと、同心円状に広がった爆発の中心に一体の海人が立っているのが見えた。
最強の海人、パーフェクトモデルシャチベース…人間としての名は門屋慎一。
「ケルビムのデータが使えなくなったのは我々にとって痛手だった。君らがどの方向から攻めてくるか分からず、仕方なく何か所かに戦力を分散させた結果がこれだ。全く嘆かわしい…」
パーフェクトモデルはやや誇張した身振りでため息をついた。瀬川は紅蓮に染まったランスの切っ先を門屋に向け、じりじりと距離を詰めた。松浦、森下も同様に徐々に距離を縮める。接近戦向きでない今田、二宮は不用意に接近することはせず、銃を構え援護に徹しようとしていた。
「――僕も戦う」
その時、爆風の中、遥か後方から近づいてくる人影があった。その声からは、固い決意が滲み出ていた。
「……景山さんの残した、この力で!『テリジェシオン』!」
藤田は左腕に素早くバイザーを装着すると、歩きながら青い光に包まれ紺のアーマーを身に纏った。風が吹いて煙が晴れ、戦士の姿が露わになる。悪魔とも道化師ともつかない、ミステリアスな外見のパワードスーツがそこに実体化していた。藤田は続いて「サモン」と短く唱え、二本のダガーナイフを召喚し両手に握った。
「…藤田、お前段取り良すぎだろ。かっこいいとこ持っていきやがって」
後ろを振り返り瀬川が苦笑混じりに言ったのに対し、藤田は微笑んで答えた。
「あらかじめ携帯端末に僕の体格のデータを入れておいたんだ。後はバイザーと接続して、急いで装着者データを書き換えるだけさ」
「…小賢しい真似を!」
包囲網の中心でパーフェクトモデルが咆哮したのを合図にしたかのように、瀬川、松浦、森下、そして藤田は敵に向かい疾駆した。
今田と二宮が後方から銃撃を浴びせる。何発かは命中したはずだが、パーフェクトモデルの黒々とした皮膚はすぐに再生しまるでダメージを与えられない。
門屋はプログシオンの繰り出した水平斬りを体を沈めて躱し、右手のひらから深い青色の破壊光弾を見舞った。近距離から放たれた攻撃を避け切れず、森下は大きく吹き飛ばされた。
「…貴様!」
松浦が森下のいた位置を埋めるようにして、門屋に斬りかかる。しかしパーフェクトモデルはその重厚な一撃を左腕から伸びた刃で受け止め、余裕の笑みさえ見せた。
「そんなものか?」
力任せに刀を払いのけ、右腕の刃で斬撃を浴びせる。回避は不可能と判断した松浦は、それを両腕をクロスさせて防御した。
「―『フィスト』!」
両腕にエメラルドグリーンの光を纏わせ、強烈な衝撃を相殺する。さらに、コードの効果が切れる前に腕に力を込め刃を振り払うと、左拳を相手の胸部に叩き込んだ。
「『オートバイオレンス』!」
数歩後退したパーフェクトモデルに、中距離で待機していた藤田がテリジェシオン最強の応用コードを発動する。空中を超高速で飛び回る二本のダガーナイフが、青い光の軌跡を描きながら海人の体に穴を穿っていく。
「今だ、瀬川!」
「ああ!…『神殺』!」
地獄の業火の如き紅蓮の炎を纏った十字槍の先端が、一層赤く輝く。海人はテリジェシオンの攻撃で受けた傷が塞がりきっておらず、まだ動きがややぎこちない。この機を逃さず、瀬川は至近距離まで接近すると槍の先端をその胸部に突き刺した。先端が触れた皮膚からおびただしい量のスパークが上がり、やがて刃先が数センチ肉体に埋まった。
「――小癪な」
門屋は苦痛に一瞬顔を歪めたがそれまでで、ランスの柄を掴んで引き抜き、それを持つクレアシオンごと投げ飛ばした。
(…物凄い力だ…!)
瀬川はどうにか着地姿勢を取るのに成功しすぐ戦闘に復帰したが、底知れないパーフェクトモデルの力に戦慄を感じてもいた。一方の門屋は左腕の刃を一振りして真空波を飛ばし、エグザシオンとテリジェシオンを牽制すると、傷を癒しながらおもむろに口を開いた。松浦、藤田は攻撃を避けるべく少し後ろに下がり、出方を窺っている。
「やれやれ、六対一とは卑怯じゃないか」
そして海人は右腕を高く掲げ、指を鳴らした。刹那、合図を待っていた何十体ものハイパーモデルが木々の陰から次々に姿を現す。彼らは門屋を守るようにその前に集結すると、各々の能力を駆使―つまり、真空の刃や光弾の発射―して敵を駆逐すべく一斉に攻撃を開始した。
「……うおおおっ⁉」
あまりのも無慈悲な数の暴力を前にし、瀬川らは撤退せざるを得なかった。こちらもコードを発動し対抗したいところだが、あれほどの数がいれば単純に威力で競り負けるのがオチだろう。悔しいところだが一旦退却するしかない、というのが六人の共通見解だった。「クイック」を唱え、負傷した隊員で逃げ遅れた者がいれば彼らを脇に抱え、ひたすらに走る。真空波と破壊光弾が嵐のように飛び交う戦場を辛くも後にし、行きと同じ大型車に乗り込んだ時には、疲労感やら安堵やらでいっぱいだった。
バスの座席にぐったりともたれ、瀬川は一斉攻撃の直前に門屋が発した台詞を反芻していた。
『貴様ら程度では我々を止めることはできない。…近いうちに我々は世界に試練を与え、人類をさらなる高みへと導くのだ!』
拠点へ戻ると、再び反省会を兼ねた作戦会議が鈴村の部屋で開かれた。
「…ひとまず、テリジェシオンの奪還に成功してよかった」
鈴村が微笑むと、藤田も嬉しそうな笑みを浮かべた。瀬川も彼の肩をぽんと叩き、にっと笑いかける。攻撃を仕掛けた地点の警備を偶然テリジェシオンの装着者が担っていたのは幸運だった。当初の目的を達成できたことを皆で祝いつつ、話題は別の方向へ向かう。
「―門屋が最後に言っていたことから推察するに、ユーダ・レーボは単なるテロ組織というよりも過激な宗教団体に近いように感じたわ。結局、彼らの目的は何なのかしら。そこのところがいまひとつ明らかでないわね」
それはともかく、と鈴村は次回の作戦を立てようと呼びかけた。
目下の課題は、あの多数のハイパーモデルをどう切り抜けるかだ。強化アーマーによってパワードスーツの能力が向上したおかげで、強化アーマーを装着した状態なら一対一の対決でハイパーモデルを圧倒できるレベルに達している。アンビシオン、アフェクシオンにしても、蓄積された戦闘データを反映し、二人がかりでテリジェシオンを攻略できるほどの戦闘力を誇る。藤田が念願叶って装着者となったテリジェシオンも、強化アーマーこそないものの強力なパワーを秘めている。
だが、あれほどの数の敵を相手にどう戦えというのか。
案が浮かばずに皆が黙り込み、沈黙が場を満たす。その時、鈴村の携帯に着信があった。「…もしもし」
『鈴村か。次回の攻撃作戦の方針が上の方で決定したので伝達しておく。我が社の軍需部門の部隊がハイパーモデルを足止めする。その間に被験者ら六名にパーフェクトモデルを撃破してほしい。先日の戦闘結果を聞くに、これがベストだと判断した』
感情のこもっていない声が、淡々と事実だけを告げる。低いがよく響く声で、瀬川らにも大体の内容は聞こえた。
「…社員を捨て駒にするおつもりですか⁉敵うわけがありません!」
『異論や反論は認めない。命令は絶対だ。…このままだとユーダ・レーボの手により世界中で大虐殺が強行される。それに比べれば小さすぎる犠牲だ』
一方的に通話が切れた。携帯を持つ鈴村の手は、怒りで震えていた。いや、自分には何の決定権もないことへの不甲斐なさや、理不尽な現実に打ちひしがれる感情もあっただろう。
沈黙を破ったのは、瀬川だった。
「…綺麗ごとかもしれないけど、俺は罪のない人たちを巻き込んで命を落とさせるなんてことは、それがたった一人だとしても嫌だ。ワールドオーバー社の部隊派遣は不可避だけど、その人たちのことは俺たちが全力で守ろう」
「…でも、どうやって?あれだけの数が相手じゃ、まともにやり合っても勝ち目ないわよ」
訝しげに森下が言う。確かに、と今田が頷いたのには多少の下心もあったろう。
「それを今から考えるんだっての。…俺たちが力を合わせれば、海人が何体いようが必ず勝てる」
「おいおい、どこから出てくるんだいその自信は…」
やや呆れ顔の藤田も、口調とは裏腹に闘志を再燃させているようだった。早速、話し合いが活発に行われた。
「『アーマーソルジャー』の生産ラインは順調かね?」
高峰頂一郎は側近の中本に尋ねた。
「ええ、社長。じきに目標の一億機に届きます」
「よろしい。今回のユーダ・レーボ掃討作戦については、前回投入した試作機十機の投入のみに抑えてくれ。来るべき日のため、これは温存しなければならないからね」
「かしこまりました。では、その分の戦力はどのように補いましょう?」
「歩兵隊を増員してもらおうかな。閃光弾とか煙幕弾とか、時間稼ぎに使えそうな装備を多めに持たせてやってくれ。あくまでも、彼らの仕事は陽動だからね」
中本は深く一礼した。
「そのように致します」
「ハイパーモデルは十分な数揃ったか?」
門屋は補佐官の男に尋ねた。
「はっ。現在は十万体揃っております。加えて、他のモデル用の錠剤も残っておりますことを考慮すれば十万五千体程度になるかと思われます」
「…それだけあれば、日本中のコロニーを制圧することなど容易い。そうだな?」
門屋は満足げに、同意を求めるように聞いた。
「はっ」
「その後は航空会社の支配を強め、世界各地にハイパーモデルを派遣。主要都市を潰して機能を奪う。さらに重要人物を拉致、制御チップを埋め込んで精神干渉し傀儡政権と化す。各国の武力を我々が思うがままに使用できるわけだ。…そうして一か月もすれば、弱き旧人類は滅び、エナジーコアを宿す我々新人類が世界を新しく創ることとなる。完璧な計画だ」
「…高い修復能力を有するハイパーモデルには、核攻撃さえも通用しません。最強の戦士として活躍するでしょう。唯一の障害は…」
「ああ、ワールドオーバーだけだ。…おっと、噂をすれば、か。無謀な奴らめ」
門屋は不敵な笑みを浮かべ、肩をすくめた。
前回のハイパーモデルとの戦闘データを元に、各自のパワードスーツは現時点で最大の性能を引き出せるよう改良された。
(やるべきことは全てやったはずだ……)
あれから二日後、瀬川らは再び大型車両に乗り込みユーダ・レーボの本拠地を目指していた。負傷者の出たワールドオーバー社特殊部隊の顔ぶれが若干変わり、多少の増員がなされてはいるものの、前回と大差ない戦力である。しかし、大きく違うのは今回がおそらく最終決戦になるだろうという確信があるところだ。
テリジェシオンがこちらの戦力になった今なら、勝機があるといえる。問題はハイパーモデルの大軍にどう対処するかだが、それについては前回の作戦会議で決定済みだ。
あと少しで敵の拠点に到着するというところで、バスが大きく揺れた。シートベルトのおかげで怪我を負うことはなかったが、何事かと瀬川は外へ素早く視線を向けた。
見れば、大量のハイパーモデル―千体は下らないだろう―が次々に現れ、四台の大型車を完全に包囲している。どうやら光弾がタイヤに命中してパンクしてしまい、車を停めざるを得なかったらしい。
(…何でこんなに反応が早いんだ……?」
バイザーを左腕に装着し即座に戦闘準備を整えつつも、瀬川は疑問を抑えられなかった。ケルビムのデータを奴らが利用することはもうできないはずだ。が、ふと目に留まった木の梢に小型監視カメラが仕掛けられているのに気づき、謎が解けた。おそらく、敷地付近に監視カメラを多数設置し一早く敵勢力の襲来を察知したのだろう。仕事が早い連中だ、と忌々しげにカメラを睨む。
瀬川も戦闘員らに続き、急いで車外に出た。ハイパーモデルの大軍は包囲網をじりじりと狭め、今にも襲い掛かろうとしている。ある戦闘員は銃火器を構え、またある者はバイザーを装着し、「インストール」と唱えアーマーソルジャーへと姿を変える。量産型のパワードスーツが全部で十名なのは相変わらずで、人数的にはやや心許ない。彼らも専用武器である銃を取り出し、海人に向けた。
瀬川は敵の脅威に臆することなく、傍に立つ仲間たちに声を掛けた。その声音は緊張こそしているが、基本的に明るい。
「…作戦じゃここまでの数が一度に襲ってくるのは想定外だが、できる限りのことをするしかないな。死傷者ゼロを目標で行くぞ」
今田は敵の圧倒的な数を前に一瞬嫌そうな顔をしたが、すぐ表情に真剣味が戻る。
「…ああ。お前らも絶対に死ぬんじゃねえぞ」
「―それはお互い様だ」
それに松浦が普段通り冷静に応じ、
「…何としてでも、あいつらを止めるわよ」
森下も気合十分に乗ってきた。
「…私も頑張りますっ」
「…このテリジェシオンを作った、景山さんの仇を討つためにも!」
二宮も表情を一層引き締めて答える。藤田は僅かに自身のバイザーに視線を落とし、やがて顔を上げた。皆は迫りくる敵の軍勢へ向かって立ち、一斉にコードを唱える。
瀬川が純白の装甲の上に紅蓮の強化アーマーを纏うのと同時、皆もアーマーの装着を完了した。赤紫のアーマーに身を包んだガンマン。エメラルドグリーンの鎧に銀の強化アーマーを羽織った侍。紫と銀の装甲の美しき剣士。イエローのアーマーにマーブリング模様が可愛らしい二丁拳銃使い。紺の装甲を纏い、二本の短剣を構えたアサシン。
「行くわよ…『クイック』!『ワイルドダンス』!」
いよいよ唸り声を上げ向かってくる海人たちに動じた様子も見せず、森下は電光石火で敵に接近した。紫の光を帯びたサーベルをすれ違いざまに振るい、次々に一閃を浴びせていく。不意を突かれたのに加え、スピードでプログシオンに劣るハイパーモデルには回避もままならない。斬撃を受けた海人らの傷口から多量の鮮血が噴き出し、ばたばたと地に倒れた。森下は舞うような華麗な動きで敵を撃破していき、高速移動の効果が切れるまでの五秒間で数十体ものハイパーモデルを斬り捨てた。
もちろん、彼女が戦果を上げるのをただ見ていたわけではない。
「『神殺』!…っと、後は頼んだぜ!」
「任せて!―『クイック』!」
炎のように揺らめく真紅のオーラを帯びたクリエイティヴ・ランスを、瀬川は藤田へ手渡した。受け取った藤田がそれを構え、自慢の超高速攻撃を開始する。音もなく忍び寄って神速の突きを放ち、流れるように海人の肉体を刺し貫いていく。たちまち、何十ものハイパーモデルが苦痛に呻き崩れ落ちた。同時に破砕音が断続的に響く。
「…『クイック』、『神魔威刀・斬』!」
松浦も高速移動と応用コードを併用し、緑光を放つ草薙之剣の刃を連続して振るう。胴を切断され、あるいは体を真っ二つに切り裂かれ、瞬きする間に多数の海人が戦闘不能の状態となった。辺りに返り血が派手に飛び散る。
作戦の骨子は、高威力の攻撃を連続で放って包囲網を突破することだ。俊敏性に最も優れたテリジェシオンに、一点に破壊力を集中させるため最も威力の高いと思われるクレアシオンの「神殺」を使わせたのも、それが理由だ。敵勢力の全滅とまではいかないが、短時間で多くの相手を倒し包囲網に穴をつくるのには成功したといえるだろう。
この作戦は、「敵側は密集している、したがって流れ弾を恐れ至近距離の戦闘では光弾を放ってこない。また、仲間に衝突する危険があるため高速移動も使いづらいはず」という想定を根拠としていた。その目論見は、どうやら概ね成功のようだった。
瀬川らは残りのハイパーモデルをワールドオーバー社の部隊に任せ、本拠地へ踏み込むべく先へ進んだ。何体かのハイパーモデルが後を追おうとしたが、テリジェシオンの放った「スモーク」や特殊部隊が発射した煙幕弾の妨害で追跡を断念させられる。
瀬川は内心、今必死で戦っているであろう特殊部隊の面々に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。自分たちにやれることは全てやった。これ以上コードを連続使用し、決戦時にバイザーが作動停止する危険は冒せない。けれども、後に残した彼らの安否が気がかりだった。アーマーソルジャー十体と武装兵だけで、果たして大勢の海人を倒せるものだろうか。
とは言え、こうして先を急ぐことに意味があるのもまた彼は承知していた。ワールドオーバーが極秘に行った調査の結果、ユーダ・レーボでも低階級の者は雇われ兵も多いと分かったらしい。兵力差を考慮すれば、まずユーダ・レーボ上層部に踏み込んで制圧し指揮系統を麻痺させ短期決戦にするのが最善だと上は結論付け、瀬川らの立てた作戦の実行を認めた。
以上は鈴村から昨日聞かされた話だが、どうやってその極秘の調査とやらをやったのか怪しいところだ。全ての戦いが終わったら、ワールドオーバーには色々と聞かねばならないことがある。
深い森の中を進むこと数分、本拠地らしき廃工場が見えてきた。見張りはいない。入り口のドアの前で武器を構え直し呼吸を整えると、さっと内側に開く。人影は見当たらず、瀬川が束の間安心して中に足を踏み入れた瞬間だった。
「……覚悟!」
鋭い気合とともに、天井に張り付き機を窺っていた二体のハイパーモデルが飛びかかってきた。どちらもホオジロザメベースだ。振り下ろされた腕の刃を十字槍の柄で受け止め払い除けたが、今度はもう一体が背後に回り込んでいる。
(高速移動で片付けるしかないか…)
先程応用コードを使ったばかりなのであまり不用意にコードを使用したくはなかったが、ここで足止めを喰らう方が大問題だ。一瞬のうちに瀬川はそう判断し、コードを発動しようと口を開きかけた―。
「『ワープ』!」
その時、瞬間移動でその海人の真横に現れたアフェクシオンが両手のハンドガンを連射した。何発もの橙色に発光する光弾を受け、ハイパーモデルがよろよろと後退する。
新たに銃声が聞こえ反射的に振り向くと、最初に斬りかかってきた海人にアンビシオンが紅の光弾を浴びせているところだった。体勢を崩したハイパーモデルの懐に潜り込み、無駄のない動きで蹴りをかまし、相手を怯ませる。
「瀬川!お前らはさっき大技使ったんだから無理すんな!ここは俺と千咲ちゃんに任せて先に行け!」
「もう、だから皆の前ではその呼び方やめてって何回言えば…」
威勢よく叫ぶ今田とちょっと恥ずかしそうな二宮の対比がなんだかおかしいが、それはこれ以上になく心強い言葉だった。
「…ありがとな!」
瀬川は手短かに礼を述べ、藤田、松浦、森下とともに通路を小走りに進んだ。その後ろ姿にちらりと目をやり、今田は銃口をハイパーモデルに向け直した。
「……さあ、手っ取り早く勝たせてくれよ?」
「『ワープ』!『サンライズシュート』!」
再度死角に移動した二宮が、間髪入れずにアフェクシオン最強の応用コードを唱える。ヒーリング・ハンドガンの銃口の先に超高熱の火球が生成され、射出された灼熱の魔弾が海人の胸部を直撃する。全身を真っ赤な炎に包まれたハイパーモデルは絶叫し、哀れな肉塊と化して動きを止めた。
一方の今田は、敵の放った真空の刃を避け切れず後方の通路に吹き飛ばされた。追撃すべく海人が飛びかかって来る。床に倒れ込んでいた今田は、その斬撃を転がって辛くも躱した。さらにそのままの姿勢で右手だけを上げ、海人の心臓部に照準を合わせる。
「―『クイック』、『エンドブラスト』!」
今田の狙いを悟ったハイパーモデルが凍りつくが、回避するだけの猶予は与えられなかった。ゼロ距離から紅蓮の破壊光弾の連射を喰らい、海人の肉体は爆発四散した。
戦力のほとんどを外の軍勢に投じたのか、瀬川らはほとんど見張りに出くわすことなく通路を進むことができた。
景山の残したバイザー内の戦闘データを詳しく分析した結果、彼はユーダ・レーボに挑んだ時この通路をしばらくまっすぐ進んで行ったようだった。スーツを着用している間のあらゆるアクションが一応記録に残るシステムであるため、データを活用し役立てることも可能になったのである。
「…データによれば、景山さんはここで戦闘になったみたいだ」
先頭を歩いていた藤田が足を止め、声を潜めて言う。
「本当はどこまで行こうとしていたんだろう?」
「……あれじゃないか?」
瀬川は通路の奥へ目を凝らし、突き当りの扉だけが他と異なりブラウンに塗られているのに気付いた。他のドアは殺風景なグレーなのに対し、妙に目立っている。
「…よし、ともかく行ってみるぞ」
松浦も小さく頷く。四人は足音をなるべく立てないようにして歩みを進め、やがてドアの正面に立った。呼吸を整え、覚悟を決める。
バン、とやや大きな音を立て瀬川が扉を開け放つ。彼に続き、藤田、松浦、森下も中に飛び込んだ。
部屋の中央には、高級そうなデスクと回転椅子が置かれている。壁一面は本棚になっており、学術的な書物がぎっしりと並んでいる。そして照明は、薄暗い通路と比べ格段に明るかった。
「…来たか」
高級そうなスーツに全身を包み、こちらに背を向けて椅子に腰かけているその人物こそ、ユーダ・レーボ指導者の門屋慎一に違いなかった。門屋は椅子を回して瀬川らに向き直ると、なだめるように片手を上げた。実年齢より若く見える顔には、穏やかな笑みさえ浮かんでいる。少々出鼻をくじかれた感はあったが、瀬川は槍の切っ先を少し下げた。もしかしたら、ハイパーモデル部隊の敗北を見て降伏すると言い出すのかもしれない。
だが、そんな期待はあっさりと打ち砕かれた。
「…君たちが我々の仲間に加わってくれるのであれば、悪いようにはしない。おとなしく我らの崇高な理念を理解し、我らの元へ来い。君たちは優秀な…そう、選ばれし民としての資格を有している」
逆に降伏するよう勧告され、瀬川はまた少し切っ先を上げた。
「あんたらみたいな過激派に加わる気はないね。理想とやらにも興味はない」
「…お前たちの言う理想とは何だ。何が目的だ」
同じく刀を構えた松浦が問う。門屋は腕を下ろし、ゆっくり椅子から立ち上がった。
「―我々は、新世界を創り出したいと思っているだけだ。エナジーコアを体内に埋め込んだ、我々進化した新人類が弱き旧人類を淘汰する。そうすれば世界はよりよい姿に生まれ変わる。…無から有を生み出すこの力があれば、飢えも貧困も全てが解消される。コアが破壊されない限りは不老不死。…まさに、ユートピアの完成に至れるわけだ」
「…何を言っているの?」
両手を広げ自信に満ちた口調で語る門屋に、森下は訝しげに尋ねた。
「あなたたちの体内に埋め込まれているのは、単なる制御チップのはずでしょう?そんな大それたものを持っているわけがないじゃない。…て言うか大体、何で弱い人々を淘汰しなくちゃなんないのよ」
門屋は会話に齟齬が生じているのに気づき一瞬戸惑った表情を浮かべたが、すぐに冷静を取り戻した。しかし笑みは消えている。景山の奴め、こういう細かい情報は俺に伝えていなかったのか…と悪態をつき、再び話し始めた。
「…どうやら君たちは、ワールドオーバーの都合の良いように動かされているらしい。話し合いの余地がなさそうなのは非常に残念だ。君らだって、我々と同じ動力源を使っているのにな。…で、何故淘汰するかだったな。エナジーコアの総量は有限。全人類に配布するだけの量は到底ない。そもそも半分以上をワールドオーバーが独占しているのだから無理に決まっている。だから、不平を言いそうな雑魚は叩き潰す。そいつらに配布するのは現実的に不可能だしな」
もっとも君らにこんな話をしてもどこまで理解してくれるかは疑問だ、と門屋は肩をすくめた。それを妄言だとばかりに、松浦が切り捨てる。
「―奴の言葉に耳を貸すな。俺たちを混乱させようとしているだけだ」
「……誤解されるのは心外だが、交渉決裂か。君たちを始末し、プランを実行させてもらおう。…まずは日本を掌握し、続けて海外にハイパーモデルを派遣しなければならない」
「…お前の言ってることの意味は全然分からないが、お前らのやろうとしてることが絶対間違ってることだけははっきり分かるぜ」
瀬川はアイマスク越しに相手を睨みつけ、ランスを構え直した。
「我々は必要悪。仮に我々を阻止できたとしても、結局はワールドオーバーによる、より大規模で無慈悲な殺戮が実行されるだけだ。こんな戦いをしても無意味なんだがな…ま、やると言うならしょうがない」
そう言うと門屋はどこからか取り出した錠剤を素早く口に含み、上半身に纏っていたスーツを脱ぎ捨てた。彼の体が白い光に包まれ、全身の筋肉が隆起し、幾つもの鋭い刃が伸びる。一瞬でパーフェクトモデルシャチベースへの変身を完了した門屋は咆哮し、周囲におびただしい数の光弾を浮遊させた。
クレアシオン、エグザシオン、プログシオンは接近し攻撃を仕掛けようとしていたが、光弾を避け切れずに後退した。そこでテリジェシオンが「クイック」を発動し、弾幕を搔い潜って懐に飛び込む。しかしパーフェクトモデルも高速移動能力を使用し、藤田のスピードに楽々と追随してきた。振り下ろされたタクティック・ダガーを左腕の刃でしっかりと受け止め、異形の生命体と化した門屋はにやりと笑った。
「…そんなものか。景山の時の方がもっと強かったぞ」
「お前……っ、何を…っ!」
さほど長くはない台詞だったが、藤田を激情させるには十分すぎるほどだった。自分の力を未熟だと一蹴され、さらに今は亡きかつての仲間を侮辱されたのだから。藤田は一旦後ろに跳んで距離を取ると二本のダガーナイフを空中に放り投げ、
「――『オートバイオレンス』!」
怒りを露わにし、応用コード名を叫んだ。二本の短剣が、青紫の光を放ちながら目標の海人へ一直線に飛来する。
門屋はそのナイフが当たる直前に、天井の高さが許す限り高く高く跳躍した。攻撃目標を見失ったナイフがふらふらと宙を彷徨う。嘲笑うようにそれを見下ろし、門屋は降下しつつ右足を横薙ぎに大きく振るった。同時に、右足首のヒレから強力な真空の刃が飛ばされる。それは、景山の装着したテリジェシオンを装着解除に追い込んだ時に見せたのと同じ技だった。
「…ぐ、あああああっ!」
高速移動の効果の切れた藤田には有効な回避手段が存在せず、その直撃を喰らうこととなった。衝撃のあまり壁を突き破り、隣接する部屋までテリジェシオンは吹き飛ばされた。
「てめえ…俺の相棒をよくも!」
瀬川は槍を片手に、猛然と門屋に反撃を開始した。だが、十字槍で繰り出す突きを軽くいなされて決定打が与えられない。松浦も加勢するが、二対一の状況でもパーフェクトモデルの優勢は揺るがなかった。
「…『サイレント』!」
その時森下が光学迷彩の効果を持つ基本コードを唱え、姿を消し相手の背後に回り込んだ。門屋が気づいて振り向くのより一瞬早く、森下はサーベルの渾身の突きを肩甲骨の辺りに見舞った。漆黒の強固な皮膚からスパークが上がり、海人が僅かによろめく。
「…こんなことになるんなら、奇襲用の基本コードなんざ読み込ませるんじゃなかったなぁ!」
それでも門屋は余裕を崩さない。忌々しげにそう吐き捨てたかと思うと、両腕の刃に白い光を纏わせた。刃を振り上げるようにしてその場で体を一回転させ、円を描くように飛ばされた真空波が三人を襲う。装甲から火花が散り、瀬川らは数メートル後ろに吹き飛ばされた。
「…まだまだ!」
松浦が怯まずに再び斬りかかっていくが、右手首のヒレが斬撃を完璧にブロックしていた。カウンターで放たれた膝蹴りを受け、エグザシオンのアーマーからスパークが飛ぶ。
瀬川もランスで連続攻撃を繰り出した。「チェンジ」でリーチを次々に変化させ、流れるように突き、払い、あるいは石突を叩きつける。瀬川の最も得意とする戦法だ。
「何度来ようと…無駄だ!」
けれども、門屋には既にその攻撃パターンを読まれていた。ほとんど無傷で瀬川の猛ラッシュをしのいだパーフェクトモデルは、左手首から伸びる刃を大きく振るい瀬川の手から十字槍を弾き飛ばした。
「―『バック』」
しかし、基本コードの効果によりクリエイティヴ・ランスは再度瀬川の手の中に舞い戻る。そして、左腕を振り上げがら空きとなった海人の胴体へと、瀬川は一撃を叩き込んだ。
「『神殺・槍投』!」
蒼炎を纏い、鮮やかに輝く十字槍が投擲され、パーフェクトモデルの腹部へ突き刺さる。自動的にランスはクレアシオンの元へ戻り、引き抜かれた傷から血液が流れる。咄嗟に投げつけたため照準はいまいちだ。急所を外しているし、強化アーマーにより威力が強化されているとはいえ少しすれば傷は完全に回復してしまうだろう。
「―『ワイルドラッシュ』!」
だが、隙をつくるのに成功したのは事実。森下は一気に門屋との距離を詰めると、気合とともにサーベルを数回突き出した。そのモーションと連動し、紫の光の刃が同数生成される。
「…ちいっ!」
門屋は舌打ちし、十数個の光弾を周囲にバリアのように展開した。光の刃と光弾が激突し、相殺される。
「…が、その程度では俺を倒すことはできない」
刹那、パーフェクトモデルはプログシオンの周りを取り囲むように、追加で多量の光弾を浮遊させた。全方位を囲まれた森下は、逃げ場を完全に失っている。
「―喰らえ!」
無慈悲な集中砲火を受け、プログシオンは強化アーマーの装着を解除されてぐったりと倒れ込んだ。怪我を半分以上癒し終えた門屋が、勝ち誇ったようにその手前に立っていた。
「貴様……っ!」
雄叫びを上げた松浦が、門屋に斬撃を浴びせる。門屋は腕の刃でそれを受け止めるが、少し意外そうな表情を見せた。
「ほう…スペックは変化していないはずなのに、攻撃力が上昇しているのを感じる。…お前たちがあまりに苦戦しすぎて、神も情けをかけてくれたか」
「―違うな。これは俺の感情の………大切な仲間を傷つけられた、怒りの迸りだ!」
松浦は荒い息をしながらそう言い捨て、刀を握る両腕にさらに力を込めた。スペック上の限界を超えた力が発揮され、僅かに押し負けた門屋がやや後ろに下がる。
「――そういうことだ!藤田の分も喰らいやがれ!」
瀬川も追撃すべく海人に飛びかかり、石突で顔面を強打した。苦痛に顔を歪め、門屋が唸り声を上げる。
朦朧とした意識の中で、森下はうつ伏せに倒れたままその戦闘を見ていた。
(…大切な、仲間……)
森下はこれまで、松浦は無感情な奴だと思っていた。
あまり笑顔を見せないし、冗談も言わない。いつも、黙々と鍛錬に励んでいた。
だから森下は、「堅苦しくて苦手なタイプ」だと思い敬遠していた。単なる仕事の同僚くらいに考えて、必要以上に距離を縮めたりはしなかった。今田の方がタイプかも、なんて思う時もしばしばあった。
でも、違った。
(私が倒れた時、私のことをこんなに気遣ってくれるなんて……馬鹿。ただの仕事の同僚のくせに…っ)
松浦は普段感情をあまり表に出さないだけで、心の底には誰にも負けないほど熱い思いを秘めていたのだと気づいたから。
(松浦……私、あなたのことちょっと誤解してたみたい。…優しいんだね、本当はすっごく)
だから、私も戦う――あなたの気持ちに、応えるために!
「う、おお……おおっ!」
森下は全身の力を振り絞って立ち上がり、プルーブ・サーベルを床から拾い上げた。
エグザシオン、クレアシオンにプログシオンも加わり、戦いの第二ラウンドが始まった。
一方ユーダ・レーボ本拠地の外では、ワールドオーバー社の特殊部隊が何とか大量のハイパーモデルを食い止めていた。煙幕弾で視界を封じたところをライフルによる一斉射撃で蜂の巣にするのが、基本的な攻撃方法だ。だが、前述のように敵としてはむやみに光弾を放つわけにもいかず、対処に手を焼いている様子だった。
また、部隊の者は最新型防護スーツを纏っており、光弾の直撃を受けても致命傷にはならないよう配慮がなされている。その中でも特に性能が高いのは、やはり量産型パワードスーツ―アーマーソルジャーだった。
現在、十体のアーマーソルジャーが一体のハイパーモデルを包囲していた。
単体では戦闘能力の低いアーマーソルジャーだが、巧みな連携攻撃と集団戦法で優位に立っている。腰から下がる二つの専用武器、パワードガンとパワードナイフ―それぞれ拳銃型、短剣型の武器だ―を使いこなしているのは、しっかりと戦闘訓練を受けた証だった。
数で押され苦戦しているハイパーモデルを包囲し、十人は一斉に「ショット」を唱えた。パワードガンから焦げ茶色の破壊光弾が生成、射出される。破壊光弾のサイズはアンビシオンの「エンドブラスト」に比較すれば半分以下だ。威力もその三分の一か四分の一でしかない。
しかし、これだけの数が揃えば十分な破壊力になる。
光弾が命中し全身に穴を穿たれたハイパーモデルは絶叫し、破砕音を上げて絶命した。アーマーソルジャー部隊はその死体を一瞥し、次のターゲットを探した。
パーフェクトモデルの攻撃を受けた藤田は、隣室に倒れていた。テリジェシオンの装甲の上には先程の攻撃による瓦礫が積み重なっていて、その厚さは数十センチはあるだろうと思われた。他のパワードスーツに比べやや薄いアーマーに、コンクリートの重量がずしりとのしかかる。
軽い脳震盪でも起こしたのか、彼の意識は曖昧模糊としていた。その脳裏に、先刻の門屋の台詞がゆっくりと反響する。
『…そんなものか。景山の方がもっと強かったぞ』
確かに、景山に比べて自分は非力かもしれない。パワードスーツ開発計画に参加してからというもの、クレアシオンの開発や「ケルビム」の妨害プログラム解除など技術系の作業ばかり引き受けてきた。相棒の瀬川ほどトレーニングに時間を割いていたわけではないし、そもそも彼自身インドア派寄りなのだ。テリジェシオンを装着するのもまだ二回目であるわけで、戦闘経験もそれに向けた鍛錬も不足しているのは自覚していた。
(…ああ、確かに僕には景山さんほど高い戦闘能力はないかもしれない)
無理矢理に意識を覚醒させると、両腕に力を込めて瓦礫を払い除ける。
(でも、それがどうした……だからって戦いから逃げる理由にはならない。僕は…僕として戦うだけだ!)
刹那、全身を覆う瓦礫を吹き飛ばし、テリジェシオンは再起した。そのアイマスクの奥の目は、闘志に燃えていた。
「…ここをどっちに曲がるんだ?」
「うーん、あっちから物音がするからこっちじゃないですか?」
「…よし、千咲ちゃんを信じるぜ」
「…わ、私に責任負わせないでっ!」
その頃、ハイパーモデル二体を無事撃破した今田と二宮は瀬川らと合流すべく先を急いでいた。遥か遠くから聞こえてくる戦闘音を頼りに、何度か迷いそうになりつつも通路を進む。
「へいへいっと…」
小声で応じ次の角を曲がった今田は、不意にぴたりと足を止めた。
「うわあ…すっごい数」
横に並んだ二宮が呆れたように言う。先の通路には多数の海人が待ち構えていたのだった。今田が素早く視線を走らせ、倒すべき敵を数える。
「ノーマルモデル三体…アブノーマルモデルヒトデベース一体…ヒトデベース強化体一体…くそっ、舌噛みそうだぜ」
「…アブノーマルモデルイソギンチャクベース、ウニベース各一体」
「千咲ちゃん、結構すらすら言えてるじゃねえか…」
軽口を叩き合いつつも、二人は油断なく拳銃を構えた。総勢十体の敵勢力を前にしているが、怯んだ様子はまるでない。
「…どうしても俺らを足止めしたいらしいな」
「みたいですねー…でも、やると言うなら仕方ありません!」
ヒレや触手を振りかざして向かってくる海人の群れへ、アンビシオン、アフェクシオンは臆することなく突っ込んでいった。
エグザシオン、プログシオンが左右から斬りかかり、クレアシオンが正面から十字槍で突く。闘志を再燃させた森下も加わって瀬川らの攻撃は勢いを増していた。門屋は腕の刃で三人の猛攻を巧みに防いではいるが、やや押され気味だ。彼の表情に、初めて焦りらしきものが見て取れた。
不意にパーフェクトモデルが高く跳躍した。テリジェシオンへ浴びせたのと同じ攻撃かと予測し、瀬川は防御すべく槍を体の前で構えた。
だが門屋の思惑はそうではなかったようだ。いや、瀬川の予想も半分くらいは当たっていたかもしれない。
彼はまず、大きな音を立て指を鳴らした。それに反応し、待機していた三体のレアモデル―左から順にピラニアベース、ブラックバスベース、チョウチンアンコウベースだ―が闇の中から出現した。この施設には隠されたスペースが多くあるのかもしれない、と瀬川は新たな敵に少々驚きつつ思った。ちょうどかつての自分たちの住居の一階がダミーで、地下に各自の部屋があったように。
「まだこんなに戦闘員が残ってたなんて…」
現れた海人らに一瞬意識が向いてしまい、森下は門屋の攻撃に気づくのが遅れた。同時にパーフェクトモデルが両腕のヒレを振るい放っていたのは、二本の真空の刃。その直撃を喰らったプログシオンは装甲から激しくスパークを上げ、廃工場の壁に強く叩きつけられた。衝撃に耐え切れずにスーツの装着が解除され、森下は力なく横たわった。紫色のスカートから覗く華奢な脚はぴくりとも動かず、どうやら意識を失っているようだった。
「くっ……瀬川、レアモデルは俺が対処する!お前は門屋を頼む!」
「…ああ、任せろ!」
倒れたままの森下に視線をやり、レアモデル三体へ向かっていく松浦。それを視界の端に捉えつつ、瀬川は静かに着地したパーフェクトモデルへとランスを掲げ突進した。
「…愚かな。お前ひとりで俺に勝てるとでも思ったか」
門屋は馬鹿にしたように笑い、両手首から長く伸びる黒々としたヒレを油断なく構えた。瀬川が槍先を横薙ぎに払って繰り出した一撃を、両のヒレでがっしりと受け止める。
「さすがは強化アーマーの力…と言いたいところだが、惜しい!」
左腕を上に振り上げて切っ先を逸らし、クレアシオンの胸部装甲に思い切り右拳を叩き込む。数歩後退した瀬川に、門屋はさらに左腕の刃を勝ち誇ったように振り下ろした。
「…やはり、パーフェクトモデルの性能の方が上だ!」
「――ごちゃごちゃとうるせえよ」
意外にも、瀬川は右腕をランスから離し体を庇った。門屋の繰り出した斬撃に腕のアーマーがかろうじて耐え切ったのと同時、左手に握った十字槍の切っ先を相手の腹部へ突き出す。双方の皮膚、アーマーから火花が散り、両者は数メートルの距離を取って再び対峙した。瀬川の鋭い眼光は、門屋を僅かにたじろがせていた。
「……力を悪のためにしか使えないような奴に、俺たちは絶対に負けない!」
(…今は一刻を争う。一気に片を付けるのが最善か)
三体のレアモデルに的確な攻撃を放っていた松浦だったが、瀬川一人に長時間門屋の相手を任せるのは気が進まない。多少バイザーが作動停止するリスクは高まるが、応用コードで敵勢力を一掃すべきだと判断した。
「―『神魔威刀』!」
右から飛びかかってきたピラニアベースに手刀を見舞い、左からパンチを浴びせようとしてくるブラックバスベースを躱し回し蹴りを喰らわせる。そしてチョウチンアンコウベースの放った光弾を横に跳んで回避すると、エグザシオンは応用コードを発動させた。草薙之剣の刀身をエメラルドグリーンの光が満たした次の瞬間、松浦はその場で体を一回転させつつ刀を横に斬り払った。
円を描くようにして放たれた真空波は三体の胴体を真っ二つに切り裂き、瞬く間にその生命を奪った。辺りに飛び散った大量の鮮血に目もくれず、松浦は瀬川に加勢しようとした。二人はある程度距離を置いて向かい合っていたが、「神殺・槍投」以外に遠距離攻撃の手段を持たないクレアシオンの方が分が悪いであろうことは想像に難くない。瞬時にそう判断し、松浦は地面を強く蹴った。
「…『スマッシュ』!」
応用コードを使用したばかりであるため、むやみに大技を使うのはためらわれる。よって選択した基本コードだったが、強化アーマーの効力によりコードの威力はより上昇している。エグザシオンの両脚を深緑の輝きが包み、オーラを纏った跳び蹴りが繰り出された。
「―本当に面倒な連中だよ」
門屋は大きく息を吐きだしてそう言うと、体の周囲に無数の光弾を浮かび上がらせた。
「まとめて地獄に送ってやる!」
光弾の壁が松浦のキックを相殺しようとする一方で、パーフェクトモデルはまだ光弾の生成を続けている。完全に攻撃を防ぎ切った後で、防御に使わなかった光弾を使い反撃に転じようというわけだ。
そして今現在、門屋の光弾の総攻撃力は松浦を遥かに上回っている。
「……っ、」
瀬川も攻撃に加わろうとしたが、先刻パンチを受けた胸部がずきりと痛んだ。表情が苦痛に歪んでいるのが分かる。アーマー越しでも、かなりの衝撃が肉体に伝わっていたらしい。彼は右手で胸を押さえ、左手に持ったランスを杖代わりにして体を支えるより他になかった。
その間にも門屋の光弾は光量を増しており、今にもエグザシオンを弾き飛ばし蜂の巣にしようとしていた。
「『クイック』!『エンドカッティング』!」
アンビシオンの銃剣の刃が赤紫の輝きを帯び、切断力が最大まで引き上げられる。持ち味の俊敏さを発揮し、今田はその斬撃を次々に海人たちに浴びせた。
しかし、今田と二宮を足止めしに来たのは単なる旧型モデルの在庫を使っている者たちではなかった。おそらくは全員強化型なのだろう、強烈な一撃に皮膚を抉られているものの致命傷には至っておらず、徐々に傷口が塞がっていく。
「修復能力を底上げしてやがるのか…こいつは厄介な相手だぜ」
「今田君、どいて!」
「え⁉あっ、はい」
何故か敬語で応答し、今田が慌てて脇へ飛び退く。やや後方に控えていた二宮はハンドガンの照準を合わせ、応用コードを唱えた。
「『バレルシュート』!」
銃口から橙色の光弾が無数に発射され、七体の海人に命中する。今田の攻撃で弱っていた海人らはダメージに耐え切れず、次々に破砕音と悲鳴をを上げ爆炎の中に消えた。
「…さんきゅー、千咲ちゃん。急ぐぞ」
「はい!」
ここまで来れば後の道順は易しい。一気に通路を駆け抜けて戦闘の行われている一室に入ると、まず目に入ったのはエグザシオンが「スマッシュ」を発動しパーフェクトモデルに跳び蹴りを放ったところだった。けれどもそれは多量の光弾に阻まれており、攻撃が届くには程遠い状況だった。
「俺たちも行くしかねえな、これは!」
二宮も小さく頷く。二人は全力疾走して門屋に接近すると、同時に「スマッシュ」を唱えた。
緑青の光を帯びたキックを光弾の障壁に叩き込んだ松浦。その右に今田が赤紫の、左に二宮がレモンイエローのオーラを纏ったキックを繰り出した。
「…よせ!単純な破壊力じゃそいつには勝てない!反撃を喰らうだけだ!」
まだダメージから回復し切っていない瀬川が叫んだが、時すでに遅しだった。
三人の合体攻撃を完璧に防いだ門屋は、鬱憤を晴らすかのように全方位に光弾を発射した。今までにないほど圧倒的な物量の攻撃に、誰もなす術がなかった。
「ぐ…はっ」
爆風が晴れて視界がようやく明瞭になり、瀬川はゆっくりと体を起こした。向こうでは、松浦、今田、二宮が倒れている。全員意識はあるようだが、エグザシオンは銀の強化アーマーが装着解除されてしまっている。アンビシオン、アフェクシオンも装甲の損傷がひどい。瀬川は咄嗟に森下を庇い柱の陰に転がり込んだため直撃は免れたが、損傷度は似たようなものだ。あれ以上ダメージが蓄積されなかったのが不幸中の幸いか。
「…思ったよりあっけないものだ」
破壊の中心に立つ門屋は面白くなさそうに吐き捨て、それから瀬川へと目を向けた。
「ま、これでじっくりと一対一のバトルができる。…まずは、俺に楯突いたお前からだ!」
両手首から伸びる鋭い刃を構え、ゆっくりとこちらに歩み寄って来る。
瀬川はまだ意識の戻らない森下をそっと横たえ、ランスを手に立ち上がった。無言で切っ先を相手に向ける。
「やめろ…死ぬ気か!」
絞り出すように松浦が叫ぶ。しかし、光弾の雨をまともに受けた彼にはもう立ち上がるだけの力は残っておらず、うつ伏せに倒れたまま懸命に手を伸ばすことしかできなかった。今田、二宮も口々に何か叫んでいるが、もう瀬川の耳には入らない。
「勝てるかどうかじゃねえんだよ……これが俺のやるべきことなんだとしたら…俺はそれをやり遂げる!それだけだ!」
瀬川にしてみても相当なダメージが蓄積されているはずだが、歯を食いしばって痛みに耐え、それでも戦う意志を明確にする。ランスを持つ両手は、小刻みに震えていた。
「本当に馬鹿な奴だ…ますます気に入らない」
パーフェクトモデルが苛立ったように言い、クレアシオンへ突進した。
「―――させて…たまるか!」
青紫の風が吹き抜ける。門屋は気配を察知して振り向き、手のひらから一帯に光弾を乱射した。何発かは命中したようだが、影に止まる気配は皆無だった。目にもとまらぬ速さで門屋の後ろに回り込むと、彼を羽交い締めにする。
「―『サベージアサルト』!」
門屋が抵抗するよりも先に、テリジェシオンを纏った藤田は応用コードを唱え終わっていた。両手に握られたタクティック・ダガーの刃が青紫の輝きを帯びる。超至近距離から放たれた二連続の斬撃を受け、パーフェクトモデルの漆黒の頑丈な皮膚からついに血が噴き出た。さらに、腐食作用が働き傷の回復が阻害されている。門屋が痛みに吠えた。
「瀬川!」
「…分かってる!『クイック』、『神殺』!」
十字槍を真っ赤に燃える炎の如きオーラが包み込み、切っ先が一際眩しく輝く。純白の光を纏ったクレアシオンは弾丸のように突進し、渾身の力を集め、パーフェクトモデルの胸部にランスの先端を深々と突き刺した。
「が……あああああああっ!」
紅蓮の十字架を叩き込まれ、門屋が絶叫する。微かに、何かに亀裂が入ったような音が聞こえた。制御チップに一定の損傷を与えるのに成功したのだろう。瀬川が槍を引き抜き、藤田が拘束を解いて一旦距離を取ると同時に、海人の胸から鮮血が迸った。門屋はよろよろと後退するが、肉体の再生が追い付いていない。
「……藤田、無事で何よりだ」
荒い息を整えながら、瀬川が言う。
「なんとかね。…さっき、瀬川が言ってた台詞がちょっと聞こえたよ」
アイマスクの下で笑みを浮かべて、藤田が答える。瀬川と同様疲労を隠しきれていないが、闘志を全身にみなぎらせている。
「…『勝てるかどうかじゃない』…みたいなあれか?咄嗟に出ただけなんだがな」
「うん。…僕も、さっき同じようなことを思ってた。気が合うな…やっぱり僕たち、最高の相棒だ」
「……確認するまでもねえよ」
二人は少しの間穏やかに笑顔を交わし、再び緊張した表情で門屋に向き直った。
「…おのれ…お前たち如きに、俺の計画を止められると思うな…!」
門屋はおびただしい量の血を流しつつも、まだしっかりと床を踏みしめていた。呼吸は乱れ、時折口から血の塊を吐き出している。さっきの攻撃がよほど応えたのだろう。
「止めてやるよ…俺たちの力で」
瀬川は満身創痍の門屋へ、まっすぐに視線を向けて言った。もう息はだいぶ落ち着いてきた。奴の回復が追いついていない今が、唯一の倒すチャンスだった。
「ああ…瀬川、行くよ!」
「――おう!」
瀬川が脇にランスを投げ捨てたのを合図にしたかのように、瀬川、藤田は強く床を蹴り天井近くまで跳び上がった。門屋が目を大きく見開き二人を見上げるが、もう光弾を放つ余力は残っていない。
「「『スマッシュ』‼」」
クレアシオンは紅蓮の、テリジェシオンは青紫の輝きを脚に纏わせる。そして急降下し、全身の力をかき集めた跳び蹴りを胸部に炸裂させる。瀬川と藤田が放ったダブルキックがパーフェクトモデルにクリーンヒットし、その肉体が爆発に包まれ、直後、着地した瀬川の耳に他の海人よりも一際大きな破砕音が聞こえた。
「ん……」
森下はゆっくりと目を開けた。そしてぱちぱちと瞬きする。体が軽く感じるのは、プログシオンの装着が解けたからか。しかし、それにしても軽い。
(…あれ?)
なんだか体に浮遊感がある。まるで、誰かに持ち上げられているかのような――
「―目が覚めたか?」
「……ふえっ⁉」
動揺のあまり、変な声が漏れてしまった。彼女は今、装着を解いた松浦に抱きかかえられている状態にあった―いわゆるお姫様抱っこというやつだ。恥ずかしさに頬が赤く染まるのを感じるが、自分ではどうにもできない。
むしろ、嬉しく感じている自分がいることに気づいた。
「松浦君…ありがとう。もう大丈夫みたい」
「…ん、そうか。大した怪我でなくてよかった」
松浦が、慎重に森下を床に下ろす。微笑み合った二人は、今までで一番幸せそうに見えた。
「そんなあ…てっきり葉月ちゃんは俺を選んでくれるもんだと…」
何やらがっかりした様子で立ち上がった今田をスルーし、同じく装着解除した瀬川は二宮を助け起こしに向かった。
「…ごめんね、瀬川君。…私、あんまり役に立てなくて」
「……そんなことねえよ。二宮たちが海人を足止めしてくれてなかったら、門屋を倒すことはできなかったかもしれないし」
「うん…!優しいね、瀬川君て」
「そう、かな……」
やはり天然なのか、ドキリとする台詞を全く緊張せずに言う二宮と、それに純朴に反応し赤面する瀬川。言葉に詰まった瀬川を不思議そうに見つめる二宮の表情が、瀬川にはこの世で一番美しく感じられた。何でもない、と照れつつ言い、肩を貸して立たせる。
「ありがと……それに、結構頼りになるかも」
はにかむように笑みを浮かべ立つ二宮の可愛らしさは、瀬川をさらにどぎまぎさせるのに十分すぎた。こんな状況でなければ、思わず愛の言葉の一つや二つが口から飛び出したかもしれない。
何だかいい雰囲気だな…と思う藤田だったが、まだ油断ならない局面であることを忘れてはいなかった。ハイパーモデルと交戦中の、ワールドオーバー社特殊部隊の救援に向かわなければならない。
「…皆、まだ戦えるかい?」
「当たり前だ!」
失恋(?)してやけになった今田が、我先にと威勢よく答える。他の面々も力強く頷いた。
部屋を出ると瀬川らは元来た通路を全速力で駆け戻り、仲間たちを助けに向かった。




