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5.優しい人

 


「魔法は……タダで使えるものじゃない。この力を使えばそれと引き換えに、それ相応の報いを受けることになるんだ」


「報い?」


「魔法を使った代償……みたいなものかな」


 そう言って、彼は苦笑した。

 傷が痛むのか、その表情はどこか引きつっている。


「魔法の、代償……? じゃあこの傷は、さっきの人形を直したから?」


 魔法の力で、人形を直した。

 その代償として、彼が怪我をしたという。


「そんな……。じゃあ、あなたは本当に……魔法が使えるんですか?」


 疑う余地はもうなかった。


 現に私は二度にわたって、彼の不思議な力を目にしているのだ。

 さっきのことも、そして、昨日の虹のことも。


 でも。


「魔法を使ったらこうなるって、わかっていたんですよね? なら、どうしてそんな危険なことを……?」


 そこが理解できなかった。

 なぜ、こんな危険を犯してまで魔法を使う必要があったのか。


 ――だって可哀想じゃないか。


 不意に、先ほどの彼の言葉が思い出された。


 あの男の子のことが、『可哀想だから』――たったそれだけの理由で、彼は魔法を使ったというのか。

 赤の他人のために、自分自身を犠牲にして?


 当の本人は気まずそうに視線を逸らすと、掴んでいた私の手首をそっと離した。


 私は胸の奥にどうしようもない焦りを感じて、思わず声を荒げて言った。


「こんなの、危ないじゃないですか! なんでっ……、どうして、こんな危険なことをするんですか。さっきだって、一歩間違えれば死んでいたかもしれないんでしょうっ?」


 死ぬ、なんて言葉を簡単に口にしたくはなかったけれど。

 それでも、過言ではないと思った。


 魔法で人形の腕を直したことで、彼は自分の腕に傷を負った。

 今回はまだ腕だったから良かったものの、これが例えば首だったら。


 壊れた人形の箇所がもしも首だったなら、彼は今頃どうなっていただろう?


 考えただけでぞっとする。


 それに、


「あなたがこうして怪我をしたこと、あの男の子は知らないんでしょう?」


 あの男の子。

 おそらくは近所の子だろう。


 あの子にとって彼は、困ったときに助けてくれる優しいお兄さんであって、それ以外のことはきっと何も知らない。

 魔法の代償のことだって知らない。

 こうして陰で怪我をしていることだって、きっと。


 だからこそあんな風に、気軽に魔法に頼ることができてしまうのだ。

 その代償がどんなものであるのかも知らずに。


「知らない間に、あなたのことを傷つけて……それが、あの子のためになると思っているんですか?」


 そこまで言ったとき、それまで穏やかだった彼の顔が少しだけ陰りを見せた。

 尚も黙ったままの彼の横顔からは、その心中を探ることはできない。


 彼の返答を待ちながら、私はふとあることに気づく。


(まさか……)


 魔法を使えば、それ相応の報いがある――ということは、つまり。


(昨日の、あの虹のときも……?)


 嫌な予感がして、私は背が寒くなるのを感じた。


 昨日の夕方。

 彼の周りで、不思議なことが何度も起こった。


 突然止んだ雨。

 現れた虹。

 見つかった探し物――それらはどう考えても、魔法の力以外には考えられない。


「昨日も……あなたは魔法を使ったんですか?」


 私のために。

 あのストラップを探すために、彼は魔法を使ったのかもしれない。

 そしてそれが事実なら、おそらくは魔法の代償も受けている。


 私の知らない間に、彼は怪我をしていた?


 いや。


「あなたが風邪をひいたのは……私のせいなんですか?」


 怪我をしたのではなく、彼は風邪をひいたのだ。


 本来ならば、風邪をひくのは私の方だったはずだ。

 あれだけの雨に濡れて震えていたのだから。


 けれどその割には、私の身体はピンピンとしている。

 未だに体調一つ崩していないのは、彼がその身代わりになったからではないのか。


「……君のせいなんかじゃないよ。これは、僕が勝手にやったことなんだから」


 彼は弱々しい声で言うと、小さく咳をした。


 やはり、と私は確信する。


 彼は昨日も魔法を使ったのだ。

 そして、私のために体調を崩した。


「そんな……」


 どこまでも優しい彼。

 自分よりも他人を優先しようとするその性格は、あたたかくて、思いやりがあって、私には到底真似できそうにない。

 すごい人だ、と素直に思う。


 けれど私は、


「そんなことされたって、ちっとも嬉しくなんかありません!」


 思わず怒鳴っていた。


 途端、彼は驚いたように私を見た。


 相当びっくりしたのだろう。

 無理もない。

 彼が良かれと思ってやったことに対して、私は責め立てるような発言をしたのだから。


 彼の見開かれた瞳が不安げに揺れるのを見て、私はハッと口元を押さえた。


(私、なんて失礼なことを)


 つい勢いに任せて、とんでもないことを口にしてしまった。

 彼の厚意を受けておきながら、それを感謝するどころか否定してしまうなんて。


「……すみません、私っ……」


 本当は、こんなことを言いたかったわけじゃない。


 彼のやったことは、相手への思いやりの心があったからこそ――それは痛いほどにわかっている。

 だから本来なら、彼のことはむしろ称えるべきなのだ。


 けれど、それでも。


「……ごめんなさい。でも私……あなたが傷ついてしまうくらいなら、優しさなんかいりません。あなたは優しい人だけれど、でもそれは……私にとって、『本当の優しさ』ではないんです」


 言いながら、自分でも何を言っているのかわからなくなる。


 『本当の優しさ』なんて、人それぞれだ。

 それをどうこう言う権利なんて、私にはない。

 けれど、彼の『優しさ』すべてを肯定することは、私にはできなかった。


 人を思いやることは確かに大切だ。

 でも、そのために自分を犠牲にするという彼のやり方は、本末転倒な気がする。


 もちろん、相手がそれを望んでいるのなら話は別だ。

 けれど私は、それを彼に望んではいない。


 彼に傷ついてほしくない――元をたどればたったそれだけのことなのに、半ばパニックになっていた私はうまく言葉にできなかった。

 そんな自分自身に対して、次第に苛立ちと、情けなさと、悲しさとが込み上げてくる。


 ついには堪え切れなくなって、私は涙を零した。


「……すみません。……ごめんなさい……っ」


 ここで泣いたって何も解決しない。

 わかっているのに、私の意思とは関係なく、涙はとめどなく溢れてくる。


 本当に情けない。

 彼の前で泣くのはこれで三度目だ。


 また、彼に迷惑をかけている。


 恥ずかしい。

 今すぐにでも、ここから逃げ出したい――そう思い詰める私の頭の上に、彼はそっと手を置いて、


「……ありがとう。君は優しい子だね」


 そう、穏やかな声で慰めてくれた。


 そして、


「もう、これ以上……君に悲しい思いをさせるわけにはいかない。どうか、僕のことは忘れてほしい」

「……え?」


 彼はどこか寂しげに微笑むと、再び胸の前で両手を組む。


 この仕草は確か、さっき魔法を使うときにも見せたものだ。


(もしかして……)


 彼はまた、魔法を使おうとしている。


 一体何のために?


「あの……待って。何をするつもりですかっ?」


 慌てて私が尋ねると、彼は困ったように苦笑して言った。


「ごめんね。君の頭の中から、僕に関する記憶を消させてもらうよ」

「なっ……」


 記憶を消す。

 そんなことが本当にできてしまうのだろうか。


「ど、どうして。やめてください。どうしてそんなことを」


「君は、とても優しい人だから。僕と一緒にいると、君はきっと、僕のために何度も泣いてしまうだろう?」


 言いながら彼は、先ほどと同じように、祈りを捧げるようにして頭を垂れる。


 私が泣いてしまうから。

 私を泣かせないために、彼はまた魔法を使おうとしている。


「まっ……待ってください!」


 このままでは、私はきっと彼のことを忘れてしまう。


 あんなに優しくしてくれた彼のことを。


 まだ、何の恩返しもできていないのに?


 そしてまた、彼はこの森の奥で、誰にも知られないまま、ひとりで無茶をするのかもしれない。


(そんなの嫌……!)


 私は咄嗟に彼の手を握りこむと、


「やめてください!」


 力任せにその手を左右へ引き離し、そこへ自らの身体を滑り込ませた。


 勢い余って、彼の胸に顔を埋めるような形になる。


「嫌です。忘れたくありません! どうか、もう魔法を使わないで……っ」


 忘れたくない。


 それに、もう魔法を使ってほしくない。


 魔法を使えば、後でどんな代償が待っているかわからない。

 下手をすれば、命を落とすことだってあるかもしれないのだ。


「お願いです。どうか、もう魔法を使わないでっ……。私のためを思うなら、記憶を消すなんてやめてください……。私は、あなたのことを忘れたくなんてありません……!」


 彼のシャツに顔を埋めたまま、私は幼子のように泣きじゃくっていた。


 ああ、また情けない顔をしている。

 こんな子どもみたいな姿、誰にも見せたくはないのに。


 けれど、こうして駄々をこねたおかげか、彼が再び魔法を使おうとする気配はなかった。


 そうして私が落ち着くまで、彼は怪我をした腕とは反対の手で、私の背中を優しくさすってくれたのだった。






     〇






 空がすっかり暗くなった頃。


 森の出口までやってきた私は、後ろを振り返ると、心の底から懺悔するような気持ちで深々と頭を下げた。


「……すみません。また迷惑をかけてしまって」


 振り返った先には、見送りに出てきてくれた彼がそこに立っていた。


「ううん。僕の方こそ、見苦しいところを見せちゃってごめんね。それより、本当に家まで送らなくて大丈夫? もうかなり暗いけど」


 そう言って私の心配をしてくれる彼の左腕には、包帯が巻かれている。

 今はシャツの下に隠れて見えないけれど、応急処置をしただけのそこは今も痛むはずだった。


 私は彼の申し出を丁重に断ると、改めて頭を下げた。


「あの、私……明日もここに来て、いいですか?」


 気まずさを感じながらも、おずおずと私が尋ねると、


「それは、もちろん。来てくれると嬉しいよ」


 まるで当たり前のように、彼は笑って答えてくれた。


 私は下げていた頭をばっと勢いよく上げると、


「明日だけじゃなくて、明後日も、その次の日もですっ……!」


 そう語気を強めて言うと、彼は少しだけびっくりしたような顔をした。


 明日も、明後日も。

 そばで見守っていたい、と思った。

 こんな場所に彼を一人残しておくのは、とても心配だった。


 優しくて穏やかで、魔法が使える彼はきっと、これからも自分の身の危険など顧みずに簡単に魔法を使ってしまう。


 放っておけば彼はこのまま、いつか死んでしまうような気がする。

 この暗い森の奥で、ひとりで。


「お店の邪魔はしません。だから……だめ、ですか?」


 彼のために、私に何ができるのかはわからない。

 むしろ昨日や今日みたいに、迷惑ばかりかけてしまうかもしれない。


 けれど彼は、ほんの少しだけ間を置いた後、


「いいや。大歓迎だよ」


 と、囁くような声で了承してくれた。


 私はそれが嬉しくて、思わず泣きそうになりながら笑った。


「それじゃあ、今日から君は常連さんだ。これからもよろしくね。……ええと」


 そこで彼は言葉に詰まった。


 その様子を見て私は、


「私、霧江きりえ 絵馬えまっていいます」


 と、改めて自己紹介した。


 思えばまだお互いの名前すら知らなかったのだ。


 少し遅くなってしまったけれど、それでもやっと自分のことを知ってもらえる機会が得られたような気がして、私はちょっぴり嬉しくなる。


 と、そんな私の顔を見下ろしながら彼は、


「『えま』……?」


 わずかに目を丸くして、不思議そうに私の名を口にした。


「? ……どうかしましたか?」


 彼の反応に、私も首を傾げる。


「……いや、なんでもない。けど、なんとなく……懐かしい響きだな、と思って」

「え?」


 懐かしい響き。

 って、どういう意味だろう?


「いや、ごめん。本当に何でもないんだ。絵馬ちゃんか。可愛い名前だね」

「!」


 まるで息をするように「可愛い」と言われて、私は耳が熱くなるのを感じた。

 こんなのは社交辞令だとわかっているのに、身体が勝手に反応してしまう。


 これでは自意識過剰だ。

 慌てて火照った顔を隠しながら、


「そ、それで、あなたの名前はっ……?」


 そう促すと、彼は落ち着いた声のまま、いつもの優しい笑みを浮かべて言った。


「僕は、瀬良せらまもり。よろしくね、絵馬ちゃん」






     〇






(まもりさん、か……)


 帰り道を一人歩きながら、胸の内でその名を何度も復唱する。


 見た目と同じく、中性的で綺麗な名前だな、と思った。

 『まもり』という響きは、まるで女の子のようだ。


 けれど、私の意識はその名前よりも、むしろ『瀬良』という名字の方に関心がいっていた。


(瀬良……か)


 どちらかといえば珍しい名字。

 この町内でも被るとすれば一軒か二軒くらいだろう。


 単なる偶然か。

 その名字は、私の幼馴染――いのりちゃんと同じものだった。


(たまたま同じだけ、だよね?)


 いのりちゃんのことは小学校の頃から知っているし、今までに何度も家へお邪魔させてもらっている。

 けれど彼女に兄がいるという話は一度も聞いたことがない。


(もしかして、従兄妹いとことか……?)


 兄妹でないのなら、親戚という可能性もある。


(また明日、まもりさんに聞いてみようかな)


 もしかしたら、いのりちゃんと仲直りするきっかけになるかもしれない――なんて淡い期待が胸を過る。


 けれどその一方で。


(…………?)


 何か、胸がざわざわとする。


(……何だろう?)


 いのりちゃんと、まもりさん。


 その二人を並べて考えたとき、何か胸騒ぎがするのを、私は心のどこかで感じていたのだった。



 

第1章 (終)

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