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2.消えた思い出

 


「私っ?」


 耳を疑った。


 何かの冗談かと思った。


 あの暗い森の奥で、まもりさんがずっと待っている相手。

 それが、――私?


「まもりさんが、私を? ……って、そんなわけないじゃないですか。だって私、まもりさんと出会ってからまだ一か月も――」


 経っていない、と言いかけて、私はハッとした。


(まさか……)


 さっき流星さんが言っていた。


 まもりさんは、今まで何度も人の記憶を消している――それが本当なら、今は私が忘れているだけで、


(私とまもりさんは、以前にも会ったことがある……?)


 そんな私の心中を察したのか、流星さんは私の顔を見ながら、こくりと頷いた。


「お前は忘れているだろうけどな。俺たちは前にもこうして会ったことがある。……いや、会うどころか、一緒に何度も遊んだりしたんだ。俺と、まもりと、お前と、そして……いのりも一緒に」


「いのりちゃん、も?」


 胸がざわざわとした。


 私の幼馴染であるいのりちゃん。

 彼女もまた、まもりさんや流星さんと会ったことがあるのだという。


「お前も、まもりも、いのりも、みんな忘れちまっただろうけどな……。俺だけは覚えている。俺たちは子どもの頃から、何度もこうして会っていたんだ」


「子どもの、頃から……?」


 私たちは、今までに何度も会っている。

 それも子どもの頃から。


 まるで信じられないことだけれど、それはつまり――私と彼らは、みんな幼馴染だったということだろうか?


 でも。


「せ、接点がわかりません。私といのりちゃんはともかく、まもりさんと流星さんは私たちと学年も全然違うじゃないですか。特に流星さんは、この街の出身でもないですし……」


 学校で出会うこともなければ、お互いに近所に住んでいるわけでもない。

 そんな彼らと私たちが、一体どうやって出会っていたというのだろう?


 混乱する私に対し、流星さんは落ち着いたまま、諭すような声で言った。


「何も不思議なことじゃない。まもりといのりは、実の兄妹なんだからな」

「……え?」


 兄妹。


 血の繋がった、兄と妹。

 その響きに、私は水を浴びせられたような感じがした。


「いのりちゃんと……まもりさんが?」

「そうだ。その二人が繋がってるんだから、あとはわかるだろ?」


 言われて、私は混乱した頭を何とか働かせる。


 流星さんは続けた。


「お前といのりは、小さい頃からずっと仲が良かったからな。お前がいのりの家に遊びに来るたび、お前はいつも、まもりに会っていたんだ。そして、あいつらの従兄弟である俺とも、何度か顔を合わせる機会があった」


「そんな。私……覚えていません」


「そりゃそうだろ。魔法で記憶が消えちまったんだから」


 当たり前のように言われて、私はほんの少しだけ胸がちくりと痛んだ。


 まもりさんと、流星さん――幼馴染だったはずの二人の存在を、私は忘れてしまっていたなんて。


「お前は、いのりと特別仲が良かったからな。あの兄妹と一緒に、お前は俺の店にも来たことがあるんだぞ」


「えっ?」


 その言葉に、私は面食らった。


 流星さんのお店。

 というのは確か、海水浴場にある海の家――と、まもりさんが言っていたはず。


「最後に来たのは二か月くらい前だったな。ちょうど、まもりが最後に記憶を消した直前だ」


 二か月前。

 私がまもりさんの店を見つけるよりも前の話だ。

 その頃に私は、流星さんの店に行っていた?


 そう口で言われても、私の記憶は一向に戻ってくる気配がない。


「思えばあれが、お前たちの記憶を消すことになる直接の原因だったんだ」


 そう言った流星さんの顔は沈んでいた。

 これから話そうとしている内容に、何か大きな重圧を感じているようだった。


「……聞かせてもらえますか?」


 私が恐る恐る聞くと、彼はどこか緊張した面持ちで頷く。


「あの日はな……まだ五月だってのに、すげー暑い日だったんだ」


 流星さんは語る。


 その日は例年よりも気温が高く、海開きもまだだというのに、すでに何人もの人が海水浴を楽しんでいたのだという。


「家族連れやらカップルやらが楽しそうにしててよ。そいつらを見て、いのりも泳ぎたいって言いだしたんだ。危ないからやめとけって言ったんだけど、聞かなくてさ」


 嫌な予感がした。


 海開き前ということは、遊泳者たちを見守る監視塔もまだ設置されていなければ、ライフセーバーもいない。

 何かあったときは完全に自己責任ということになる。


「案の定、いのりが溺れたよ。やたら沖の方まで行ったらしくてな。俺は船の切符売りの仕事で離れてたんだが……」


 そこまで聞いて、私は何となく先が読めた。


「もしかして……いのりちゃんを助けるために、まもりさんが魔法を使ったんですか?」

「まあ、そういうことだ」


 やはり。


 溺れているいのりちゃんを見て、まもりさんは魔法を使った。

 きっと、その代償のことなんて本人は考えもしなかったのだろう。


「人の命がかかっている場面だ。魔法の代償はそれなりのものだった。あのとき、まもりは……魔法の報いを受けて、一度死んだんだ」


「!」


 死んだ。


 まもりさんが?


「俺が戻ってきたときには、すでに心臓が止まっていた。いのりもお前も、パニックを起こして号泣していたよ。すぐに心臓マッサージをして、何とか一命は取り留めたけどな」


 まもりさんが、たとえ一時的なこととはいえ、死んでしまった。


 そのとき私は、一体どんな気持ちになっていただろう。


 そして、私と一緒にいた、いのりちゃんも――。


「あのことがあってから、いのりの様子が明らかにおかしくなったんだ。心配性っつーか、周りの人間の怪我にやけに敏感になってさ。その日の夜なんか、俺がちょっと指先を切ったくらいでヒステリックになって」


 その気持ちは、わからなくもない。

 もしも私がいのりちゃんの立場だったら、同じような反応をしていたかもしれないから。


 自分のために、たとえ一時的とはいえ、まもりさんが死んでしまった。

 そのとき負った心の傷は、そう簡単に癒せるものではないと思う。


「あれからすぐだったよ。お前たちが記憶を失くしたのは」

「…………」


 私は何も返事ができなかった。


 これだけ説明されても、私は結局、何の記憶も思い出すことはできなかった。


「俺は……まもりが記憶を消したのは、いのりの心を守るためだったんじゃないかって思ってる。そして、絶対に消したくなかった思い出まで、魔法の代償として失ったんだ」


 流星さんがそう言い終えたとき、がらりと診察室の扉が開いた。


「!」


 私と流星さんはほぼ同時に顔を上げた。


 扉の奥から出てきたのは、穏やかな笑みを浮かべたまもりさんだった。


「お待たせ。遅くなってごめんね」


 久方ぶりに耳にしたその声は、いつも通りの優しい彼のものだった。


「まもりさん。もう、大丈夫なんですか?」


 私は思わず立ち上がり、彼のそばへと駆け寄った。


「うん。もう家に帰ってもいいみたい。心配かけてごめんね」


 ごめんね――と、彼は何度も謝罪の言葉を口にする。


 人のために自分を犠牲にして傷ついた彼が、どうして謝る必要があるのだろう?


 私はなんだか泣きそうになって、


「……本当に、心配したんですよ。もう、無茶なことはしないでください」


 声を震わせながら、そう言った。


 これ以上、危険なことはしないでほしい。

 自分を蔑ろにしないでほしい。


 けれど、この人は。


「うん。……ごめんね」


 と、何度も謝罪の言葉を口にして、困ったように苦笑するだけだった。


 

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