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5.待っている相手

 


     〇




 病院の待合室でまもりさんを待っていると、先に診察室から出てきたのは流星さんだった。


 私は椅子に座ったまま、力なく彼の顔を見上げた。


「軽い脳震盪のうしんとうだってよ。幸い意識は早めに戻ったし、特に後遺症もないらしい」

「そう、ですか……」


 ひとまずホッと息を吐く。


 流星さんがいてくれて、本当によかった。


 あのとき――まもりさんが倒れた後、半ばパニックを起こしていた私は救急車を呼ぶことさえ頭に浮かばないほど混乱していた。

 そこへちょうど買い出しに出ていた流星さんが戻ってきてくれたのだ。


 私が説明をしなくとも、彼はすぐに事態を把握して車を出してくれた。


 もしもあのとき彼が帰ってきてくれなかったら、私は結局何もできずに、ただまもりさんの隣で泣いていただけかもしれない。

 魔法の代償によって苦しんでいるまもりさんを助けることもできずに。


 そう思うと、自分が情けなくて恥ずかしくて、穴があったら入りたい気分になる。

 そして何より、まもりさんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「そんな暗い顔すんな。まもりは助かったんだから」

「…………」


 流星さんに言われて、私は今どんな顔をしているのだろうと、ぼんやりと考えた。


 もうじきまもりさんも診察室から出てくるはずだ。

 彼に会ったとき、私は一体どんな顔をすればいいのだろう?


 流星さんは近くの自動販売機で飲み物を買うと、再びこちらへ戻ってきた。

 そうして手にしたミルクティーの缶を私に手渡して、どかっと私の隣に座る。


「……すみません。私、何もできなくて」


 ミルクティーを両手で握りしめながら、私は項垂れていた。

 今は誰とも目を合わせる勇気がない。

 流星さんとも、まもりさんとも。


「今回のことはお前のせいじゃない。あんまり気に病んでると、まもりが悲しむぞ」


 流星さんが言った。

 励ましてくれているのだろうか。

 ぶっきらぼうな言い方だったけれど、その低い声色とは裏腹に、言葉にはあたたかみが感じられる。


 私が黙っていると、彼は少しだけ間を空けてから、何かを思い出すように天井を見上げて、再び口を開いた。


「最近、まもりの元気がなかったんだよ。お前があの店に来なくなってから」

「え?」


 流星さんはがしがしと頭をかき、次の言葉を選ぶように「うー」と低く唸った。


「だから、まもりはお前の顔を見ねーと落ち込むんだよ。この意味がわかるか?」

「意味……?」


 まもりさんが、落ち込んでいる?

 私の顔を見なかったから?


 それは、私の思い上がりでなければ――私に会えないことを、寂しいと思ってくれたのだろうか。


「まもりさんが……」


 彼が私に、会いたいと思ってくれた?


 いや。

 別に、私でなくてもよかったのかもしれない。


 あの森の奥で、いつも一人で誰かを待っているまもりさん。

 今は流星さんがそばにいるけれど、それもきっと一時的なものだ。

 またしばらくすれば、流星さんは自分の街へと帰ってしまう。

 そして、まもりさんはまた一人になってしまう。


 あんなひと気のない場所でずっと一人でいるなんて、きっと寂しいに決まっている。

 けれどそんな寂しさも、私があの店を訪れることで少しはマシになるのかもしれない。


「……まもりさんは、寂しいのかもしれませんね。あのお店で、ずっと一人でいるから……」


 私がそう呟いたとき、隣に座っていた流星さんはわざとらしく大きな溜息を吐いた。


「……まあ、わかるはずねーよな。どうせお前は覚えてねーんだから」

「え?」


 どこか落胆したような彼の態度に、私は不安になった。

 何か、気に障るようなことを言ってしまっただろうか。


 流星さんはゆっくりとその場に立ち上がると、診察室の方を見据えながら、わずかに声のトーンを落として言った。


「まもりは、あの店でずっと誰かを待ってる。けど、その相手が誰なのかは誰にもわからねーんだ」


 そう言った彼の横顔は真剣だった。


 まもりさんの待っている相手は、誰にもわからない――ということは、流星さんにもわからないということだ。


「そう、なんですか」


 意外だった。

 これだけまもりさんのことをよく知っている流星さんでも、わからないことがあるのだ。


 なら、私は――まだ出会ってから数週間しか経っていない私なんかは、まもりさんのことを何も知らなくて当然だ。

 さっき流星さんが言っていた、まもりさんの元気がない理由も、私には到底想像もつかないものなのだろう。


「おい。ちゃんと俺の話を聞いてたか?」

「え?」


 いきなりそう聞かれて、私はびくりと肩を強張らせた。


 流星さんは首から上だけをこちらに向け、恐い顔で私の方を睨む。


「『誰にも』わからねーんだぞ。俺やお前だけじゃねえ。当人であるまもり自身も、自分が待っている相手の素性を知らねーんだ」


「…………へ?」


 一体何を言っているのか、わからなかった。

 私はぽかんと口を開けたまま固まっていた。


 まもりさんが待っている相手のことを、まもりさん自身も知らない――それは一体、どういうことなのだろう?


「まもりさんも知らないって、どういうことですか? 知らない相手のことを待っているなんて、そんなこと……」


 ありえるのだろうか、そんな話が。


「いいか。これから俺が話すことは、ここだけの秘密だ。間違っても今はまだ、まもりには言うな。それから――」


 流星さんはそこで一度切ると、ほんの少しだけ何かを躊躇してから、やがて再び口を開いた。


「お前の親友の、いのりにも言うな。絶対に」

「!」


 その名前を耳にして、私は一瞬頭が真っ白になった。


 いのり。


 って、いのりちゃんのこと?


 小学校の頃からの幼馴染である、瀬良いのりちゃん。

 私の一番大切な友達。

 そんな彼女のことを、どうして流星さんが知っているのだろう?


 彼女の話を、私は今まで流星さんにしたことがあっただろうか?


「いいか。今はまだ、誰にも言うな。これは俺とお前だけの、二人だけの秘密だ」


 その忠告に、私はごくりと息を呑む。


 受付時間を終了した病院の中は人通りが少なく、ともすれば私の息を呑む音さえ廊下中に響き渡ってしまいそうな気がした。


 まもりさんはまだ診察室から出てこない。

 それを確認してから、流星さんは重い口を開くようにして、私に『真実』を話し始めた。



 

第2章 (終)

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