3.宝石たちの晩餐会②
ダイヤモンド隊の統制について、プセリから皆へ告げられた。
館の主人である彼女は総首へ立候補し、皆への待遇も含めておおむね受け入れられているような雰囲気だ。
そのような説明も済むと、今後どうするか相談しあう歓談の場になった。
普通ならば気の合う者だけで固まり、小声で話すところだろう。しかし、苦労を共にしたせいで姉妹のように身近であり、また離れがたい存在でもある。
そういうわけで、会話としてはもっぱら隊としてどう立ち回るか、そして残した家族への連絡、身の回りをどうするか、などなど前向きなものが多い。
そんな様子を微笑ましく眺めていたダークエルフのイブは、ふと気づく。悪魔族イスカ、そして蛮族のダーシャらは皆から離れるよう壁際で相談していたのだ。
ひらひらと手を振りながら、そんな彼女らへと近づいてみる。
「おっすー、どーしたわけ? 一緒に相談しないん?」
「おー、イブっち。ちょっと気になることがあってなぁ」
女戦士のダーシャは長身であり、全身を厚い筋肉で覆っている。そのくせ腰のくびれは細く、胸はいかにも柔らかそうに布地を膨らませているのは不思議な光景だ。
と、彼女から会場を指差され、そちらの方向を見やる。すると椅子へ座り、ぽやっと赤い顔をする少女らがいた。どちらも熱い瞳をプセリへと向けているようだが……。
怪訝に思っていると、左右から2人は囁きかけてくる。
「あいつら、無垢なせいか妙なレーダーを持っていると私らは睨んでいる」
「プセリがノンケかどうか、チビどもの解析結果を待ってたんだよ」
ごにょごにょ囁かれるが……のんけって、なんだ?
ハテナマークをいくつか浮かべ、少しだけ汗を流してしまう。
「あ、お前は知らないのか」
「知ってる、ケド……。えーと、あれでしょ、耳のついてるやつでしょ」
どうやら失敗したらしい。
彼女らは「耳ついてないよな?」「ああ、知ったかぶりだ」と囁きあい、イブの口端を引きつらせる。
「知らないならそう言えば……おっと、あいつら立ち上がったぞ」
「マジックミサイル発射だな。ま、見てれば何だか大体分かる」
ハテナ、ハテナ、と疑問符を大量に飛ばしながら、プセリへと近づく少女らを目で追った。
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皆の様子を眺めていた館主、プセリの元へ駆け寄る者がいる。まだ幼い少女、星占の遊牧民族であるハクアは栗色のおさげを揺らし、すこしだけ頬を赤くさせていた。
そんな様子へ、プセリは小首を傾げてしまう。
「あらハクア、顔を赤くしてどうしたのです?」
「その、先ほど総首へ立候補されたお言葉、素敵でした」
ぱっと素朴な花を咲かせるような笑みへ、プセリは頬を緩ませる。
「ありがとう、あなたはどうするか考えましたか?」
「はい、私はとっくに決めてます」
そう言い、白魚のように美しい手へ、少女はそっと重ねてくる。そして手の甲へと、躊躇せず色づいた唇を押し当ててきた。
柔らかくもくすぐったい感触に、まるで少女から火を灯されたよう頬は熱をもつ。同性ながらも鼓動は早まり、そっと吐き出した息さえどこか熱い。
――意外にまつげの長い子ですわね。それにこの唇の感触は……。
不意に少女は顔をあげる。
思っていたよりもそれは近く、しかしどうにも離れがたい何かを互いに芽生えさせてしまう。
淡く色づく唇からは、どこか愛の告白じみた言葉が吐き出された。
「私の統首は、お姉さま以外に考えられません。どうか、私をお導きください」
ほうと漏れる熱っぽい吐息は、プセリと同じ種類をしていた。
大きな瞳とともに顔を寄せられ、つい見えない何かから手を引かれるよう両腕を開いてしまう。
「失礼、いたします……統首」
のしり、と少女を抱きすくめていた。
気がついたら腕のなかに小さな子はおり、首筋へと唇を当てられ、その柔らかさと無防備さに心臓は一際おおきく跳ねてしまう。
――うっ、これは……!
ころんと肩へハクアから頭を乗せられ、ふうふうと吐かれる息は熱っぽい。たぶん赤い顔をしているに違いないけれど、目の前には異なる少女がぽやんと頬を染めている。
――これは、 どこの天国なのでしょう。
神族の血を継ぐ少女から反対側へと抱きつかれ、桃源郷にいるような思いをプセリはした。
思えばこれが彼女にとって新たな道の開けた瞬間だったろう。開いて良かったのかは知らないが。
「あ、いい匂いです、お姉さま……」
その声に、なぜかぞくんっと腰は震えてしまう。
ありがとうございます、ありがとうございます、と何度も心のなかで思いながら。
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「おー、やっぱりそうだったか」
「なに? なに? 何だったわけ? ただあの子たちを抱っこしてるだけじゃん」
魔剣士イスカ肩をすくめ、やれやれというポーズをし、青いまっすぐの髪は揺れる。額の左右から覗く巻き角は、強大な魔力が宿っている印である。
「たぶん、イブはあの子らから抱きつかれたこと無いな」
「え、そりゃあ無いけど……ひょっとして2人ともあるってこと?」
イスカは首を縦に振り、女戦士のダーシャは横へ振る。蛮族である彼女は赤髪を腰まで伸ばしており、身に着けた布地はイブ以上に少ない面積をしていた。
しかし、イスカやプセリだけが選ばれるとは、一体どういう意味があるのだろう。
「分からないんだったら気にしないほうがいいぜ。しかし、プセリが総主なのは良いけどさ……」
「ああ、私があそこへ混ざるのはキツい。あいつら、純真なせいで悪意なくハードルを上げてくるな」
などと大人組は、だらしなく緩んだプセリの顔を見つめていた。
ただ一人、イブだけは状況を理解できずにいるようだが。
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さて、じっくりと様子を見ていたダークエルフことイブだが、まったく異なる視点で、ぴこんと閃くものがあった。
戻ってきた夢見心地の少女を手でちょいちょいと招き寄せ、そして耳元へとなにやら囁く。こくりと少女はうなずき、踵を返すと、総主へと歩み寄る。
そして天使のような笑顔を――いや、実際に神族の血を継いでいるのだが――プセリへと向けた。
「プセリさま、ボクたちのため健全な経営をしてくださいね」
「ええもちろんです。これから一切の借金をしないことを約束いたしますわ」
その綺麗な笑顔に、イブは内心で「ちょろい!」とガッツポーズをした。
ふむふむ、これは今後も応用を効かせられるぞと一人ごちるのは、たぶん日本で共に過ごした少年の影響だろう。
プセリ掌握術の第一歩はここから始まったのだ。
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葡萄酒の切れるころ、広間にどよめきは起きる。
皆は大きく口をあけ、そして驚愕の表情を浮かべていた。
長身である女戦士ダーシャは、館主プセリへと指さして叫ぶ。
「な、な、なんだって……もう一度っ、もう一度言ってみろプセリ!」
「はあ、何度でも言いますが、私は皆を雑魚寝させる趣味はありません。それぞれの部屋を用意いたしますので、希望の部屋があれば言ってください」
どおお、と一番の盛り上がりを見せたのには理由がある。これまで大部屋のみを彼女らは使用しており、その他は客人用として空けていたのだ。
「それと客人を迎えるとき以外、服装は自由です。ただし品性は守り、靴の汚れはしっかり落とすようにしてくださいね」
大きな拍手、そして喜びの声をあげる皆へと、プセリは内心で微笑んでいた。
――ふふ、全ては計算通りですわ。部屋を与えれば家具は彼女らが勝手に買いそろえ、そしてメイド服への費用も節約。あとは風紀さえ整えれば……。
そう、基本的に女性の園である以上、風紀はとにかく守らなければならない。男を連れ込むなどもっての他であり、これぞと思う将来有望な殿方でなければまずプセリは許さない。
これも隊の平和を守るため、などと風紀を守るべく強い決意をした。
と、そのとき彼女の袖を引く者がいた。
先ほどの少女ら、栗色の髪をしたハクア、それにプラチナショートのミリアーシャだ。
「どうしたのです2人とも、浮かない顔をして」
「あの……、ボクたち、ひとりで眠るのはまだ怖くて……」
「お姉さまのお部屋のそばが良いです。それと怖いときはベッドに入れていただいても良いですか?」
きゅうん、と眉をハの字にさせる様子へ、またも頬は勝手に熱くなってしまう。
「も、もちろんです。いつでも、毎晩でもっ、どうぞ私の部屋へ来てください」
「わあ、ありがとうございますプセリさま」
こちらこそ役得です、ありがとうございます、ありがとうございます。などと少女らの体温を覚えながら、にへらと緩んだ笑みを浮かべるプセリであった。
というよりも彼女こそが、風紀を乱す第一号になるかもしれない。などと、様子を眺めていたダーシャとイスカは無言で頷きあう。
さて、そのような折に、なぜイブとザリーシュは旅を共にしたのかという話題になった。
皆からのアンコールに応え、席へゆったり座る皆へ向けて、誰にも知られぬ物語は紐解かれてゆく。それは何年も前のこと、皆と出会うずっと以前の物語だ。




