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1.黒薔薇の騎士プセリの本性

 

 黒薔薇の一族、最後の生き残り――プセリ。

 宵闇色をした長髪にはバラを思わせる曲線を描き、同色の瞳、そして身に着けたドレスは洗練された落ち着きを感じさせる。


 恵まれた環境により恵まれた時を過ごし、外見は元より黒薔薇の一族としての血をふんだんに受け継ぐ。それはつまり、一騎当千とも表現される実力を有しているということだ。


 しかし彼女は困っていた。ガラスを多く使用した明るい空間で、ぷんと香ばしい茶を楽しみつつも困っていた。


 一枚の紙をぺらりとつまみ、雨季の過ぎた木漏れ日へと透かす。

 それは当館の収支表であり、これまでの財産の流れを表している。つまりは、それまでの途方も無い負債が書かれていたのだ。


 その紙を、ひょいと何者かから取り上げられてしまう。

 プセリは宵闇色の瞳をそちらへ向けると、健康的な褐色の肌をした女性、イヴリン――通称イブがいた。


 女性ばかりの室内ということで露出は大きく、太ももだけでなく肩からわきの下まで健康的な肌を見せ付ける。随所でいかにも柔らかそうに盛り上がった肉は、同性でありながらも「触れてみたい」と思えるほどの魅力だ。

 しかしダークエルフの眉は、ぐにゃんと歪んでしまう。


「げ、なにコレー! あんたの家、どんだけ借金かかえてたわけ!?」

「……知りません。世継ぎをする予定もありませんでしたので。率直に言いますと、私とは何ら関係ありませんわ」


 うわー、とイブなる女性は戦慄する。

 見た目のとおりプセリ・ブラックローズはお嬢様育ちであり、また可愛らしさを有効活用していたせいで周囲の者たちは極端に過保護だったのだ。

 温室育ちのせいで、こうして現実逃避をするときもあるらしい。キリっとした顔で。


 いや、それだけでは済まないだろう。

 今はなき先代たちもまた莫大な負債から目をそらし、しかし残念ながらプライドばかり高いせいで生活の質を落とすより負債を膨らませることを選んでいた。

 まさに最悪を絵に描いたような状況と言って良い。


 ――ひょっとしてこれ、ザリーシュが手を出さずとも……。


 ごくり、と喉を鳴らしてイブは頭をふる。

 この先は考えてはいけない。彼がとどめを刺したけれど、放っておいても館は勝手に潰れていた可能性を、ふと思い浮かべてしまったのだ。


「で、でもさぁ、この借金はどうするわけ?」

「この負債はもう消えた――そうですね、ザリーシュ?」


 宵闇色の瞳を隣へ向けると、そこには眼帯をした青年が控えており、怯えるよう……いや、あからさまに怯えてキョドリっと瞳を逸らした。

 彼は勇者候補とさえ呼ばれた人物であり、かつてこの館を、そして従者達を好きなように扱っていた者だ。


「はイ、俺の……私の財産は全てプセリ様との共用です」


 ガタガタ震えながら、逃げるよう目を逸らしてザリーシュは答える。

 その様子にイブは「んっ?」と目を丸くする。


 あれっ、なんで【あなたはあたしのものエンゲージメント】の技能スキルが無くても服従してるんだ? などと思うのは当然のことだろう。

 そう、オカルト的な恐怖の夜、そして数日にわたり物理的、精神的に追い詰めた結果、極度なトラウマを植えつけることに成功したのだ。


「のだ、じゃないってば! あたしより敬ってんじゃんっ!」

「あいだだだ! アイアンクローおお゛お゛ーー!!」

「うるせえ、これがあたしの指輪の力だああっ!」


 それは握力です、という指輪のツッコミが執務室へ流れた気がした。

 一方、プセリは憂いのある息をひとつ吐く。


「結構。ならばもう負債に怯える必要は無い、というわけですね」


 そのあまり見たことのない表情へ、ついアイアンクローの指は緩む。

 どちらにしろ、屋敷とプセリを手に入れる際、とっくにザリーシュは負債を支払い終えているのだ。


 いま彼女が過去の資産を眺めていたのは、一族としての過ち、そして彼から屈辱的な施しを受けたという事実を再確認する為だったのかもしれない。

 そう、ブラックローズ家として再興するため今こそプセリは……。


「ええ、負債の消えた祝いとしてブリマン製の家具を取り寄せております。以前から思っておりましたけど、この館の調度品は男性的すぎて私の好みではありませんから」


 わずかに空気は凍りつき、はっと我に返ったイブは叫ぶ。


「ええーーっ、なんでまたお金を使うわけっ!? それ一番駄目なコースじゃん、成金が破産するみたいなパターンじゃん!」


 ぱちんと黒い扇子をプセリは閉じる……が、その見事な光沢をした黒扇子はいつ購入したのだろう。何故かイブの額へじわりと汗は浮かぶ。


「ふふ、私はそこいらにいる成金などではありません。それに黒薔薇の一族たるもの、一級品以外は認めませんわ」

「…………!?」


 どやぁ!とした顔つきに、イブの頭はグラッときた。

 こいつ、見た目と違ってダメ属性お嬢だったかーー!と心の声で絶叫し、後から後から汗は垂れてしまう。


(だ、だめだコイツ。根っからの馬鹿貴族だ……!)


 崖っぷちへ向かって全力疾走をしているような雰囲気に押され、イブは弾かれるようザリーシュの肩を掴む。


「そ、それじゃあさ、ザリーの財産は残りどれくらいなわけ?」

「イブ、安心して欲しい。俺の財産が尽きることなどありえない。将来を考え、投資をしていたからな」


 投資……ってなんだ!?

 頭の弱いイブのこと、「投資」なるものを聞いた瞬間、耳から通り過ぎてしまいそうになる。しかしいつになくシビアであり、将来を左右する単語と感じられ、心臓はどきどきと鳴りはじめた。

 震える声で、尚も彼へ問いかけてしまう。聞かなければ良かったのに。


「たとえば、何に投資、してるわけ?」

「聞いて驚かないでくれ。隣国、ゲドヴァー国の将来有望な油田、金鉱の支配権を手始めに……」


 なおもつらつらと説明をする彼へ、イブは眉をひそめてしまう。

 ゲドヴァー国? あの半魔族だらけの何度も戦争をした国家へ?

 そういえば向こうへ寝返る気だったらしいけど、それがご破算になったいま投資はどうなる? それはもちろん……。


(ほ、ほんとに聞いて驚いたわーーーー!)


 またも心のなかで絶叫するイブであった。

 それから足りていない頭で必死に考え、ぐるぐると目玉を回してからイブは盛大に机を叩いた。ばあん!と2人の肩をビクンと震わせるほどに。


「借金っ、禁止っ! 地道に働いて、生活費を除いてあまったお金で物を買おうよ!」


 言葉に合わせてバンバンと机を叩けば、さすがのプセリも恐れおのの……かない。お嬢様として余裕の笑みを見せ、頭の弱い者を相手にするよう話しかけてくる。


「ふふ、いま払うのも後で払うのも一緒ですわ。ならばすぐ手に入れたほうがお得ではなくて?」


 ぐにゃあと視界を歪ませるほどのダメな発言だ。

 見えてきた、この先の展開が!とイブの頭へ電球は灯る。いや、この世界に電球は無いが日本のグリムランドへ遊びにいったことで……まあ、今それは良いか。


 小首をかしげ可愛らしい表情をするプセリへ、ダークエルフの身体は小刻みに震えてしまう。

 もう間もなく、この館は今はなき先祖達と同じ運命を歩んでしまうという予感がする。それはつまり負債を抱え、首のまわらない生活へと逆戻りをしてしまう道だ。


 だから温室育ちのお嬢様は、ザリーシュへの敵討ちよりも先に、館の状態をなんとか整えたいと考えている。おんぶにだっこな他力本願で。

 そして彼の財産も尽きれば……そのときこそ仇敵として命を奪うのでは?


「そういう、ことか……」

「あらぁ、いったい何を仰っているのかしら」


 すい、と青空へ目を逸らす姿に確信した。

 こいつはとんだ腹黒お嬢様だぜ、とイブは戦慄し、顎へ垂れた汗をグイとぬぐう。そんな様子を眺めていたプセリは、ついに嗅ぎ取られたことを悟ったか、黒扇子で口元を隠してからこう宣言した。


「それと、当家の家訓はご存知のとおり『我ら主を持たず』です。この先、私ことプセリ・ブラックローズこそが統主マスターであると認めなさい。それこそが館へ滞在する条件と心得るのです」


 ぴしゃりとした物言いに、イブは呆気に取られた。そして震える声で、ごく当たり前の反論をする。


「え、だって、あたしとザリーに出て行かれたら、すぐにまた破算するんじゃ……?」

「全財産を置いていきますわよね、ザリーシュ?」

「え、ええ、もちろ……」


 ダメに決まってんだろがああーー!

 と、怒りを込めた猛烈なヘッドバッドを、愛するザリーへと容赦なく叩き込む。そして殴られ慣れている彼は「ヘヴンッ!」とやや高レベルな悲鳴を上げた。



 さて、そのようなわけで黒薔薇の一族ことプセリの負債はザリーシュにより支払われている。新たに購入した家具の借金はあるけれど、まだそれほどの額では無いだろう……と信じたい。


 しかし浪費癖のある彼女のこと、うまく操らねば過去と同じように転落してしまうかもしれない、という危うい状況だ。


 これは放っておけば空中分解してしまう一団を、いかにまとめ、いかに成功へ導くかという割とどうしようもない物語である。


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