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04 マスターの帰還

 フェンは元このダンジョンのマスターだが、最上層まで来る冒険者が居なかったので、マスター権限を使ってフラフラと外界を歩き回り、傭兵ギルドに所属していた。ドラゴン男もまた、暇を持て余したダンジョンマスターだ。口ぶりからするとフェンをどこかで見知っているようだが、フェンのほうには覚えがない。


 激しく打ち合うフェンとドラゴン男、狭い部屋にひしめく魔獣たちも隙を見ては襲い掛かる。第5層は体力が尽き果ててもドローバックしない設定だ。殺されそうになっても、最後まで手かせ、足かせとなって敵にしがみつける。それもまた、秋瞑がここへと場を移した理由の一つだった。実際、ここでフェンとカガリビ二人で対峙すれば、ドラゴン男の勝利の目はなかっただろう。だが、カガリビは魔獣たちを第5層へ向かわせるため、不利な第4層で単身戦いを挑みドローバックしてしまった。

 30対1という圧倒的戦力差なはずが、決定的な攻撃が出来ず、結果的にドラゴン男に余裕を生まれさせた。


 一体、また一体と魔獣を魔石に変えていくドラゴン男。フェンの剣はすでにソードブレイカーに破壊され、後退を余儀なくされた。フェンリルの実体は、この部屋にこの人数で戦うには若干不向きなのだ。代わりに後方から魔法で氷の槍を打っている。

 後方に下がったフェンに対して、反対側の壁に背を預けたドラゴン男はニヤリと笑い大きな口を開けた。


「はっ、ブレスだ、お前ら、どけっ!」


 残った魔獣たちを強引に押しのけ、フェンリルの姿に戻ったフェンは、、全速でドラゴン男の喉元めがけて駆け寄った。そんなフェンよりも一歩だけ早く、ドラゴン男のブレスが吐き出されようとしたその時だった。


 ダンジョンのすべての生き物が圧倒的な拒否感に押しつぶされた。


 それはダンジョンマスター・コイルの帰還だった。



 ドラゴン男は、思いがけない圧力にあらがえず、後ろの壁にガンと頭をぶつけて、ブレスを天井方向に発してしまう。天井が激しく揺らぎ、閉ざされた空間であるモンスターハウスが外へと解放された。しかし、ドラゴンも他の魔獣たちも動けず膝をつく。ただ一体、フェンだけが気力を振り絞ってドラゴン男まで駆け寄りその足に噛みついた。


「くっ」


 未だ動きが取れないドラゴン男は、押しつぶされそうな拒否感に恐怖しながら、ダンジョンマスターとしての能力、ダンジョンへの帰還を、かろうじてフェンに足をかみ切られる前に発動した。

 その場から消えるドラゴン男、程なく緩む、コイルの圧力。

 ようやく動けるようになった魔獣たちに、しかし喜びの声はない。

 ダンジョン最強の30体の魔獣が、今は半数ほどしか残っていなかった。






 ダンジョンの最奥、第6層の淀みのある部屋に、コイルとミノル、そしてルフとポックルが呆然と佇んていた。

 第5層の戦闘状態が解除され、傷ついた魔物たちが転送されてきて、部屋は一気に狭くなった。

 足元には横たわる数十体の傷ついた魔獣たち。

 殆どの魔獣は意識があるが、脇腹を半分までも切り裂かれた羽鹿はその美しい白い角を両方失って、目を閉じたままだ。

 青白い顔をしながらもかろうじて人化して立っているのはカガリビだ。


「コイル様、落ち着かれるがよい。侵入者は今、あなた様の覇気に負けて、自分のダンジョンに逃げ帰った。これ以上そのギフトで圧迫されると、このダンジョンの魔獣どもが耐えられませぬ」


「……なんで……。なんで?」


 カガリビは軽く首を振って、肩をすくめた。


「よくある事よの」


 インターフェイスとカガリビが、なにがあったかを教えてくれた。

 他所のダンジョンマスターが暇を持て余して攻略に来ることは、たまにある事らしく、ダンジョン破りと言われる。魔獣は戦うことにこそ意義を見出すので、嬉々として迎え撃ち、今回のような場合は本来であれば、第1層から第4層までの魔獣は壊滅で、しかし第5層の上位の魔物たちはさほど傷を受けずに撃退したと思われる。だが幸か不幸か、このダンジョンは下層ではそもそも戦いにならず、本来ならば第5層に居るべき上位の魔獣が第3層や第4層に居て、結果として多くの下位の魔獣は助かり、上位の魔獣が痛手を負うことになった。

 先頭を切って戦った鬼熊はリーダーのアイをはじめとして多くが魔石と化し、その勢力を半分に減らした。羽鹿、氷狼、サンダーボア、など、その他の魔物も破れ、全部で23体の魔物が命を失った。


 ドローバックした魔物たちは、ここの淀みで数日かけて魔力を補給し、傷を治す。だが、傷が深く意識が戻らない秋瞑に関しては、治るかどうかはまだ分からない。


「フェイスさん、侵入者を転送で追い出すことは出来なかったの?」


「私はインターフェイス。マスター・コイルの意思に基づいて、このダンジョンの管理をします。侵入者を全て追い出す設定にすれば、ダンジョン経営は立ち行きません。強い侵入者のみを追い出す設定には出来ません」


「そうよの。それにインターフェイスはその権限内で充分頑張ってくれたゆえ。わらわも、本来であればもう少し戦えたのだが、ドローバックの最低条件である体力の半減で戻ってきたのは、万が一第5層が突破された場合の保険であろう。マイも、早めに戻ってきた故、もしもの時はここでマスターと一緒に戦えよう。秋瞑も、本来であれば切り裂かれて消えるところを、切られかけた途中でドローバックさせるという無茶をしたしのう」


「設定の範囲内です」


「……そっか。そだね。ありがとう。僕が居ればよかった。最初っから僕が……」


 足元の意識のない羽鹿の首筋を無意識に撫でながら、ぼんやりとコイルが言う。

 そんなコイルに、一緒に転送されてきたミノルが近づき、おもむろにゴツンと拳骨を落とした。


「いでっ」


「そうか。痛いか」


 そして、いつものように、ミノルはガシガシ、コイルの頭を撫でた。


「いだいよお、みのるざあん……ふぇぇっ、ふぇえっく、うぇーーーーん、あいがぁ、しゅうべえがぁ……ふぇーーん」

 堰を切ったように、ミノルにしがみついて泣き始めたコイルを、ミノルはガシガシと撫で続け、周りの魔獣たちは、少し困ったような顔で静かに眺めていた。



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[一言] つられて泣いちゃいそうになる うおおおおん()
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