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08_悩めるエルフと、いつもの食卓

【前回までのあらすじ】

幻獣は手応えがなくて、正直期待はずれでした。

そんなことよりも、試験官がやる気なさ過ぎです!

 

 

 シルファ・シルヴィン。


 冒険者ギルドのマスターである彼女は、森の民エルフである。

 彼女達エルフを、北方の国々で見掛けるのは非常に稀だった。

 通常はもっと南の、温暖な地域の森で暮らしているからだ。

 彼女が北限の町リオリスに流れ着いた経緯を、冒険者で詳しく知る者はいない。



「それでディオネ、試験はどうだったの?」

 ギルドマスターの執務室で、シルヴィンは帰還したディオネから報告を受けていた。

「…………合格です」

 ディオネが不満そうに答える。彼女達はいま、ソファーに向かい合って座っていた。

「あら、良かったじゃない」

「良くありません!」

 バシンッと、膝を叩いてディオネが食って掛かる。

「正気なのですか! 今回はたまたま幻獣に遭遇しませんでしたが、あのような素人が冒険者になったら、三日と生きていられません!」

「でも、試験には合格したんでしょ? だったら文句のつけようがないじゃない」

 シルヴィンに切り返され、ディオネは唇を歪めた。

「なに? どうかしたの?」

 シルヴィンは、彼女の奇妙な表情を見とがめる。


「ええ、そりゃもう文句のつけようのない、完璧な仕事ぶりでした。課題の薬草だけでなく、その他の薬草やハーブまでどっさり採取していましたよ」

 ディオネは、呆れたような笑みを浮かべた。

「ここに戻ってきてから、仕分けをしました。ハーブは、夕食の料理に使うそうです。薬草は確か、咳止めや熱冷まし、腹痛に効能があるとか。この土地は、薬草の宝庫だと喜んでいました」

「それはまた、随分と余裕だったのね…………」

 シルヴィンは、難しい顔で考え込む。

「わたしの方が緊張しっぱなしで疲れました。どこから幻獣が現れるか、あの人に万が一のことがあったらと、ずっと不安だったのに。当の本人は料理の材料集めまでしていたなんて…………」

 そう言い終えると、ディオネはがっくりと肩を落とした。

「ご苦労さま。今日の報酬は、ミルチルから受け取ってね」

「いえ、結構です…………何もしていませんから」

 ディオネは、億劫そうに席から立ち上がろうとした。

「報酬、いらないの?」

 エルフのギルドマスターが驚く。

 一般の冒険者は金に汚く、貰える報酬を断ることなどありえないのだ。

 ディオネも毛色が違うとはいえ、冒険者であることには変わりがない。

 念押しされたディオネの顔に、戸惑いの表情が浮かんだ。

「それが、ちょっと奇妙なことがありまして」

「奇妙なこと?」

「はあ、採取していた森から出たところに、魔石が十数個、落ちていたのです」


 シルヴィンが、すっと目を細める。

「どういうこと? あなたが幻獣を倒したの?」

「え? あ、違います!? 試験で不正をした訳ではありません!」

 疑われた、そう思ったディオネは、慌てて弁明する。

「森を出てすぐの場所に、魔石が転がっていたのです!」

「…………その魔石、いま持っている?」

 シルヴィンの真剣な眼差しに、ディオネは急いで腰に下げた小袋を差し出した。

「これは、わたしが買い取ります」

 中を覗き込んだシルヴィンは、返事も聞かずに立ち上がり、自分の執務机へ移動する。

 引き出しから数枚の貨幣を掴みだして戻ると、ディオネに押し付けた。

「これ、金貨じゃないですか!?」

 相場をはるかに上回る金額だったので、ディオネは驚きに喘いだ。

「遠慮しなくていいわ。厄介ごとを押し付けたお詫びも含めているから」

 金貨を見詰めていたディオネの表情が、後ろめたそうなものに変わる。

「…………実は、拾った魔石を換金して山分けにしようとローズ嬢に申し出たのですが、頑なに断られたのです」

 ディオネの表情は苦渋に満ちている。シルヴィンは、最近の彼女が何かにを悩んでいることに気付いていた。

 先ほど報酬を断ったことと関係があるかもしれないと思ったが、あえて尋ねようとはしなかった。

「こんな大金ですから、改めて提案してみるつもりです。でも、あの様子からすると受け取ってもらえない気がします」

「なら、山分けの金額分だけ、彼女の護衛をしてあげたら?」

 シルヴィンが助言する。

「ローズ嬢が冒険者活動をしている間、彼女に付き添ってあげるの。そうすれば危ない時には助けてあげられるでしょう?」

 そのアイディアに、ディオネの表情が晴れる。

「そうします! ありがとうございます!」

 シルヴィンは彼女に退出を促して一人になると、ソファーにごろりと横たわった。

 小袋から魔石を一つ、摘まみ出して目の前にかざす。

 そして魔石に対して、妖精眼を発動した。


 彼女の脳裏に、ここではない場所の景色が映し出された。

 魔石は幻獣の核、そこには幻獣に関する情報の残滓がある。

 例えば、幻獣が最後に見た光景とか。


 かつて彼女は、この能力で冒険者ギルドの不正を暴いたこともある。

 魔石の売り上げをピンハネしていた前任のギルドマスターを追及し、代わりに彼女がその地位に就いたのである。

 その後も果断な手腕でギルド内部と冒険者の不正を暴き、処断した。

 冒険者達は彼女を恐れたが、同時に公正な判断も下すので信頼もされている。

 彼女の功績は、妖精眼に依るところが大きい。

 その能力を駆使して、手にした魔石から情報を読み取ろうとした。


 その結果、何も得られなかった。一四個の魔石全てを調べたが、結果は全て同じ。

 最後に見たと思われる景色が映り、それがいきなり暗転する。何が幻獣に起きたのかは、一切不明だった。

 幻獣は群れていたようだと、シルヴィンは推測する。他の幻獣を映した魔石があったからだ。

 誰かが、幻獣達を討伐したのか?

 しかしどの魔石にも襲撃者はおろか、襲われる幻獣の姿も映ってはいない。

 仮にもし、もしも誰かがこの幻獣の群れを討伐したのだとしたら――――


 襲撃者は一切姿を見せることなく、幻獣一四体を瞬時に殲滅したことになる。

 常識では考えられない結論に、シルヴィンは身震いした。

 その時、彼女の脳裏に浮かんだのはローズのことである。


 他種族を敬遠しがちな人族国家は多いが、エルフの扱いだけは別格だ。

 住処を出たエルフを招聘し、高い役職に就けることが多い。

 生まれながらのエルフの特性、つまり長い寿命、魔法適正、そして妖精眼のおかげである

 中でも妖精眼(フェアリーアイ)は、生物であれ物体であれ、秘められた真実を読み取るとされている。

 特に人物鑑定では定評があり、エルフに見い出された英雄、聖女の逸話は枚挙にいとまがない。

 現在、シルヴィンが頭を悩ませている最大の問題は、そこにあった。


 妖精眼が、あのローズには全く通じないのだ。


 ちょっとした観察眼があれば、彼女が魔族であることは一目瞭然だ。

 そのことはいい、エルフ同様、北方の地で見掛けるのは珍しい種族ではある。

 エルフと魔族の確執や因縁のせいで、彼女に偏見を抱くつもりは毛頭ない。

 だが魔族であるという、そんな基本的な情報さえ、妖精眼には映らなかったのだ。


 まるで音も光も吸い込む深淵そのものだったと、ローズは思う。

 そこは、いくら目を凝らしても果てが見えない無窮の闇。

 声を枯らすほど叫んでも反響一つない空間に、一人投げ出されたような感覚。

 かつて遭遇した大いなる神霊と同等、いやそれ以上の底知れなさを感じたのである。


 あの時、シルヴィンは恐れおののいた。

 正体不明の尋常ならざる脅威を前にして為す術もなく、心が挫けそうになった。

 そんな彼女を支えたのはエルフとしての矜持と、ギルドマスターとしての責任感だけである。

 絶望的な恐怖を笑顔で塗り潰し、相手の真意を探るために試験を課してみた。

 どのような反応を示すのか、それによって危険な人物かどうか見極めるつもりだったのだ。

 後から顧みて、随分と危ない橋を渡ってしまったと、冷や汗を掻いてしまった。

 しかしローズは、拍子抜けするほどあっけなく試験を了承し、問題なく合格した。

 相手の意図を測りかねた上に、魔石の謎まで加わってしまい、ルヴィンは頭を悩ませる。

 ディオネを誘導し、ローズの監視役にあてがうことには成功した。

 しかし訳の分からない状況が積み重なり、今後の展開がまったく読めない。


「どうしろっていうのよ、まったくっ!」

 可憐な容姿をした、齢百数十歳の賢者は頭を掻き毟った。


      ◆


「ただいま、ローズ」

 旦那様の声に、奥様はエプロンで手を拭いながら急いで玄関に向かいます。

「お帰りなさい、あなた!」

 そのまま互いに抱擁して接吻です。

 奥様は旦那様の着替えを手伝い、風呂場で背中を流してから台所に戻り、食事の準備を続行します。

 この家での生活に、長年馴染んだような手際の良さでした。


(採取した香草で、鳥を蒸すのですか)

(…………)

(旦那様のお口に合うといいですね?)

(……………………)

(…………あの、奥様? そろそろ許して頂けませんか?)

 幻獣を狩った後に、残された魔石を帰り道にばら撒いておいたのが不満なご様子です。

 そのことで、奥様からたいそうお叱りを受けてしまいました。


(彼女に怪しまれたらどうするつもりだったのだ!)

(だって、もったいないじゃないですか)

 魔石は換金できるので、家計の足しにでもなればと機転を利かせたましたのに。

 それなのに奥様は、あのディオネに魔石の全てを押し付けてしまいました。

 こうして何度も繰り返されたやり取りに、しまいに奥様はうんざりしたようです。

(もういい、分かった。だが次からは、余計な真似はくれぐれも慎むようにしろ)

(…………はい)

 どうにも釈然としません。

 やがて風呂を終えた旦那様が食堂に現れ、御二人は食卓に着きました。

「さあ、召しあがれ」

「ありがとう、今日も美味しそうだね」

 奥様が切り分けた鳥の蒸し焼きを口に入れた途端、旦那様が驚きます。

「良い香りがするね?」

 美味しそうに頬張る旦那様を、奥様は微笑みながら見詰めました。

 それからご自分の分を口にして、満足げに頷きます。

「まあまあですね」

「本当に美味しいよ」

 冒険者ギルドの帰りに買い求めた野鳥に、奥様が採取したハーブと岩塩をすり込み、腹に野菜を詰め込んで蒸し焼きにした一品です。


 これをもし不味いと感じる舌なら、引っこ抜いた方がましでしょう。

 何よりも、奥様手ずからの料理なのです。

(感涙にむせびながら召し上がってくださいね、旦那様)

(いや、それは鬱陶しい)

 そんな感じの、いつも通りの平凡な食事風景です、


 とにもかくにも、こうして奥様は冒険者になったのでした。

 

 

【次回のよこく】

『09_奥様の冒険者デビュー!」

奥様が、ご乱心です!?


それでは明日、またお会いしましょう。

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