表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/47

05_いらっしゃいまシェ!

【前回までのあらすじ】

北限の町で仮住まいを始めた奥様と旦那様。

「余は、冒険者になろうと思う」


旦那様をヒモにするため、奥様の奮闘が始まります!



 リオリスは北限の辺境にあり、町の規模そのものは大したことがありません。

 繁華街にあたる場所など、町の中央道に二〇余りの店舗が軒を連ねているだけです。

 この町で唯一の商店街なのですが、店先をざっと眺めても品揃えが豊富とは言えないでしょう。

 客を呼び込む声もなく、どこかのんびりとした空気が漂っていました。


 そんな商店街の端っこに、ちょっと雰囲気の異なる外観の建物が見えます。

 一見すると倉庫のような大きさと、飾り気のなさです。

 外壁がかなり煤けて、周囲からかなり浮いた印象を与えます。

 ガラの悪そうな男が二人、その建物の入り口を塞ぐように大声で立ち話をしてます。

 通行人達は、彼らと建物を避けるようにして足早に通り過ぎていました。


 奥様は、そんな怪しげな建物に近付き、男二人に声を掛けたのです。

「もし、少々お尋ねしてもよろしいですか?」

「なんだよ、うるせ――――」

 男の一人が声を荒げようとして、途中で口ごもります。

「こちらの建物が、冒険者ギルドでしょうか?」

 奥様をまじまじと見てから、男達は互いに顔を見合わせました。

「あの、もしもし?」

「――――あ、ああ、そうだぜ」


 男達は薄汚れた皮鎧に、柄が錆ついた剣を引っ提げています。

 無精髭に脂の浮いた皮膚、長いこと風呂どころか顔さえ洗っていない感じです。

 おそらく、この連中が冒険者なのでしょう。野卑で野蛮というイメージ通りです。

「ありがとうございます。ちょっと前を失礼しますね?」

 奥様は、男達の間をすり抜けて建物の入り口に行こうとしました。

 思わずといった感じで、男達がぱっと後ろに下がります。

「あら、どうもすみません」

「お、おう?」

 奥様が笑顔で会釈したのに、男達はぎくしゃくと応えたました。

 冒険者というのは、まともな挨拶もできない連中のようですね。


 冒険者ギルドのロビーに立ち入ると、中にいた連中が一斉に視線をこちらに向けました。

 人数は五名。武装しているので、やはり冒険者なのでしょう。

 じろじろと値踏みしてきますが、奥様はそよ風ほどにも気にしません。

 魔王就任以来、周囲の注目を集めるのは慣れっこなのです。

 颯爽とロビーを横切り、受付とおぼしき場所に近付きました。

 カウンターには一〇代半ばの少女が、がちがちに緊張して座っています。

 彼女を見て、驚きました。茶と黒の縞模様が入った髪と、房毛の生えた三角耳。


(ご覧下さい奥様! あの子、栗鼠獣族ですよ!)

(ああ、そのようだな)

 奥様が眼前に立つと、栗鼠獣族の少女はぴょこんと起立して頭を下げました。

「い、いらっしゃいまシェ! 本日はどのようなご依頼でシュかっ!」

(聞きましたか奥様! かみました! 二度もかみましたよ!)

(うんうん、そうだな? いいから落ち着け)

「可愛いお嬢さん、年は幾つかしら?」

 奥様だって、目尻を下げているじゃないですか!

「ひゃっ、はい! 一四です! 先月から勤め始めた見習いです!」

 栗鼠獣族の娘が、直立不動で答えます。

「今日が初めての受付です! どうぞよろしくお願います!」

「若いのに偉いわね」

 奥様は手に提げたバスケットから、お手製の飴玉を取り出しました。

「お一つ、どうぞ?」

 少女は目をぱちくりさせた後、ぶんぶんと首を振りました。

「い、いえ! お客様から心づけを受け取ってはいけない規則なので…………」

 と言いつつも、目は飴玉に釘付けですね?

「あら、まあ、そうなの?」

 奥様は頬に手を当て考え込む振りをして、口を大きく開けました。

「あーん」

「あーング!?」

 つられて口を開けた少女の口に、飴を押し込みました。

 最初は目を白黒させていた少女が、ぽあっと笑顔を咲かせます。

「すごく甘くておいしい!」

 そうでしょうとも。それは魔王領で栽培された、上質の砂糖で作られていますからね。

 嬉しそうにコロコロと口の中で飴を転がす少女の姿に、奥様は満足そうです。

 どうやら奥様は、この栗鼠獣族の少女を子供認定したようです。

 良かったですね。奥様に子供認定して頂けると、色々と特典がありますよ?


「はっ!? と、ところでどのようなご依頼でしょうか?」

 唐突に仕事を思い出した少女が、飴玉を頬っぺたに一時退避させて尋ねました。

(奥様! もう一個、飴玉を与えて下さい! そうすれば両の頬っぺたが膨らみますから!)

 ああ、つまみ食いをしていた侍女のシスシスを思い出します。

 頬袋をパンパンにしてしらばっくれていた彼女の、なんと愛らしかったことか!

 しかし、わたしの懇願はあっさり無視されました。酷いですよ、奥様。

「いいえ、依頼ではなくて冒険者登録をお願いしたいの」

「――――は?」

 栗鼠獣族の少女は、可愛らしく小首を傾げます。

「どなたがですか?」

「え? わたしよ? 冒険者になろうと思って」

 ぽかんと開けた少女の口から、ぽろっと飴玉が転げ落ちました。

 彼女はカウンターを転がる飴玉を慌てて拾い、口に戻そうとします。

「いけません!」

 奥様がペシッと、少女の手から飴玉をはたき落としました。

「落ちたものを拾い食いしてはダメでしょ!」

「え? でも…………」

「でもじゃありません! お行儀が悪いですよ!」

 ああ、これが歳月の流れなのでしょうか。少女を叱る奥様を見て、感慨に耽ります。

(御幼少のみぎり、落ちているものをやたらと口に入れ、叱られていた奥様が、よもやこんなにも立派になるとは)

(いったいいつの話だ!?)


 落ちた飴玉をハンカチにくるんでしまうのを、少女が涙目で見詰めます。

「ほら、あーん」

 しかし奥様が二つ目の飴を口に放り込むと、途端にご機嫌になりました。

「――――て、そ、そうじゃないよ! おかあさ――――あ?」

「お母さん?」

 にこにこ笑顔な奥様、すごく嬉しそうですね?

「ま、間違えました! えーと、お、お姉ちゃんです! 冒険者なんてなっちゃダメですよ!」

「あら? でも聞いた話によると、冒険者登録は誰でも出来るって」

「そ、そうですけど、でもダメです! 冒険者って危なくて汚くて、とっても臭いお仕事なんです!」

 ふと辺りを見まわせば、冒険者達の一部が袖の臭いを嗅いでいます。

 まあ獣族は、一般的に鼻が利きますからね。気になるのでしょう。

 でも、いいのでしょうか? 仮にも冒険者ギルドの職員がそんな発言をしても。


 ムムッと上目遣いで睨む、栗鼠獣族の少女。

 その頑なな態度にすら、いじらしさを覚えます。ですが奥様は、少々困惑気味の様子です。

 むくつけき男相手なら、胸倉を掴んで吊るし上げればいいでしょう。

 しかし、子供認定した相手には、とことん甘いのが奥様なのです。


「ミルチルの言う通りだ」

 不意に、横合いから声を掛ける者がいました。

「素人が遊びでやれるほど、冒険者は甘い仕事ではない」


 一人の冒険者が、敵意のこもった眼差しを奥様に向けていました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
可愛いな受付嬢。お持ち帰りしたい。 ……3秒ルールはなさそうですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ