表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/47

46_召し上がりなさい、お腹いっぱいに!

 串に刺した熱々の肉、それを齧って呑み込んだ途端、

「「「おいしい!」」」

 マヤと幼い弟達が、満面の笑みになりました。

 後はもう、すごい勢いで串焼きにかぶりつきます。

 落ち着いて食べなさい、舌を火傷しますよ?


「どんどん焼くから、いっぱい食べてね!」

 串焼きに夢中な子供達に、威勢よく声を掛ける奥様。

 石を組んだカマドの炭火で、次々と串に刺した肉を焙っています。

 本日はマヤの家族を招いての昼食会なのでした。


 旦那様の花壇の近くに広げたシーツの上。

 マヤと父親のレト、母親のマーサ、弟のローンとアルが座っています。

 飲み物と共に、おつまみ程度の料理も一応は用意してありました。

 ですが、なんといっても本日の主役は、串焼きななのです。

 豊富な香辛料を使った串焼きは、領都の名物料理の一つ。

 その魔王領風串焼きを再現してやろうと、奥様は大張り切りです。

 何枚もの大皿には、下拵えした肉と野菜が山盛りになっていました。


「これうまいな!」

「ええ。こんな味付けの串焼き、初めて食べました」

 串焼きの味に驚くレトの言葉に、マーサが口元を押さえて同意します。

 味覚のことは分りませんが、奥様が面目を施せたようで何よりでした。

「すみません。いつもご馳走になってばかりで」

 マーサが申し訳なさそうに頭を下げます。

 普段から奥様が色々とお裾分けしているせいもあるのでしょう。

『遠慮は無用、存分に召し上がりなさい』

『それ余の台詞だし、なぜそなたが威張る?』

「訳あって隊商の方から大量の肉を頂戴したので、どうかお気にせず」

 マーサと会話をしながらも、奥様の手は止まりません。

 順繰りにクルクルと器用に串を回し、位置をズラして焼き加減を調整。

 あまつさえ焦げ目をつけて香ばしさを付与する匠の技。

 その鋭い眼差しは、まるで熟練の串焼き職人のようでした。


「……………………」

 奥様の傍らでは、旦那様が黙々と食材を串に刺し続けていました。

 奥様に手伝いを命じられ、お気の毒に串焼きはお預けなのです。

「旦那様! 野菜よりも肉を! 肉をもっと刺して!」

 肉と野菜を交互に刺す旦那様に、奥様が文句を付けました。

「いや。野菜もちゃんと摂らないと」

「野菜なんか食べている場合ではありません! とにかく肉です肉!」

 どうやら今日の奥様は、肉食主義に宗旨替えしたみたいです。

「肉、肉、肉、野菜、肉、肉、肉、肉、野菜の順番で!」

「肉が多すぎ」

 そもそも串の長さが足りません。

「にくー!」「おにくー!」「あの、わたしもお肉が……」

 ローンとアルは遠慮なく、マヤは恥ずかしそうに主張します。

「ユリエス、俺も肉を多めに――――」

「あなた」

 子供達に便乗しようとするレトを、マーサが肘で突っつきました。

「ほらごらんなさい!」

 正義は我にありとばかりに、にわか肉食主義者が勝ち誇ります。

 圧倒的に不利に立った旦那様は、黙って肉の割合を増やしました。


 飽きがこないように、奥様は工夫も凝らします。

 各種香辛料と、女官長から分けてもらった秘伝の甘辛タレ。

 これらを駆使して味に変化を付け、マヤ達の食欲をこれでもかと煽りました。

 ですが、何事にも限界があるものです。

 子供達のペースが落ちてきたのを見計らい、旦那様はお役御免に。

 ようやく串焼きにありついた旦那様が、一口目をゆっくりと味わいます。

「ローズ、とても美味しいよ」

 入手した肉を旦那様が口にしたのは、実は今が初めて。

 目を細めて串焼きを頬張る旦那様の姿に、奥様も満足そうでした。


「そういえば、これって何の肉だろう?」

 串焼きを堪能していたレトが首を傾げます。

「西の地方で獲れる、とても大きくて珍しい鳥だそうですよ?」

 奥様は、シレッと答えましたが、



『ほんとは、竜族の尻尾ですけどね?』



「まあ、そうなんですか。どうりで食べた覚えのない食感だと思いました」

「この辺りでは馴染みがないせいで、売れ残ったそうですよ?」

 感心しきりのマーサに、奥様がいけしゃあしゃあとのたまいます。


『竜族の尻尾ですからね。食べ慣れなくて当然です』


「「おいしかったよー!」」「はい! とっても!」

 マヤと弟達も、お腹をさすりながら感想を述べました。

『そうでしょうとも。なにせ竜族の尻尾ですから』

『しつこいなー、そなたは』

 わたしの嫌味を聞き流し、奥様はせっせと串焼きを焙ります。

 そして焼き上がるそばから、無心に食べ続ける旦那様の皿に載せました。


 領都で捕らえた竜族から切り落とした、一九体分の尻尾。

 この場で串焼きの肉として供されているのが、その一部なのです。


 あの日、捕らえた竜族どもを背に、奥様は領民達に告げました。

 竜族一七体分の尾肉を領都の民に下賜する、と。

 魔族と大半の獣族は、美食に対して強い執着があります。

 中でも竜族の尾肉は、大蛇魚のヒレ以上の珍味として垂涎の的でした。

 当然ながら入手は非常に困難で、実際に口にした者はごく僅かでしょう。

 それゆえ領民達は歓喜に沸き、奥様の気前良さを大絶賛しました。

 さらには拘束していた竜族どもにも、

 ――ありがとうよ!

 ――尻尾が生えたら、また来いよ!

 口々に感謝の言葉を浴びせ、次回への期待に舌なめずりしたのです。

 そんな領民達の様子に、竜族どもは心底怯えていました。


 奥様は一体分を魔王城の臣下達に、最後に残った分を自らのものとしました。

 入手した尾肉は、裏庭の地下貯蔵庫の奥に隠しあります。

 強靭な生命力を誇る竜族の尾肉ですから、五〇周期は腐敗しないでしょう。


 食べ過ぎて苦しいのか、ローンとアルがシーツの上に寝そべりました。

「お行儀が悪いわよ」

「まあまあ」

 息子達をたしなめるマーサを、奥様が穏やかな口調で宥めます。

 しかし兄弟のぽっこり膨らんだお腹を観察する目は、いっそ冷徹でした。

『…………もっともっと肥えさせねば』

 手にした串焼きの柄をグッと握り締め、奥様は決意を新たにします。

 ――そうなのです。

 これこそが奥様の、隠された冷酷な謀略。

 マヤ達を肥え太らせる、そのために竜族を罠にかけたのです。


 これまでの貧しい生活の影響からか、マヤと弟二人は小柄で細身でした。

 奥様の基準に照らせば、やせ細って見えて仕方なかったのでしょう。

 だから最初の竜族襲撃の際、これを利用しようと考えたそうです。

 竜族どもを一網打尽にして、その尻尾を料理するために。

 食材を得るためには、奥様は手段を選びません。


『魔王としては、マヤ達ばかり贔屓する訳にはいかぬからな』

 領民達の分も踏まえ、なるべく多くの竜族をおびき寄せる策を巡らしたと?

『マヤ達に関しては、適当に食料を買い与えれば簡単だと思うのですが』

『施しはせぬ。領民でない者に過剰な支援はできない』

 現状、十分すぎるほど肩入れしていると思いますけど?

『それにマヤ達の成長促進には、滋養豊富な竜族の尾肉は最適だ』

『はあ、まーそーですか?』

『病気への抵抗力も高まるから、身体が弱いマーサにも継続的に摂取させたい』

 小さく鼻歌を鳴らす奥様、よほどご機嫌なのでしょう。


 これは自慢なのですが、うちの奥様は思慮深く知恵に優れた方です。

 ですがたまに、というか割と頻繁に、常識のタガが外れます。

 今回の件も奥様的には、ご近所同士の助け合いの範疇なのでしょう。


『それにほら、竜族の魔王領進入を押さえる切っ掛けにもなったし?』

 しばし黙り込んでいると、奥様が言い訳がましく付け足しました。

 魔王領の内情を列強種族に隠匿する方針は、理解しているつもりですが。

『さすがは奥様、お見事でした』

 いまさら何を言っても仕方ないので、適当に褒めておきましょう。

『であろ? 我ながら上々の成果であったな』

 自画自賛する奥様、もはや得意の絶頂ですね。


「これ、鳥の肉なのかい?」

 その時、何気なく旦那様が呟きました。

「てっきりドラゴン(竜族)かと思った」


「………………………………」

 ジュっと、炭火に落ちた汗の雫が音を立てました。

 かまどの熱気にも涼しい顔だった奥様が、額に汗をかき始めます。


 緊急事態は前触れもなく、いきなり訪れました。


「ドラゴンって、お伽噺の怪物だろ? 食ったことがあるのかよ?」

 レトが愉快そうに、旦那様の背中をバシッと叩きます。

「ああ。昔、ドラゴンの尻尾を切って食べた」

 枝からリンゴをもいで食べちゃった、みたいな軽い口調でした。

 クスクスと笑うマーサ、冗談だと思っていますね?

 でもたぶん、いえ、まぎれもない事実に違いありません

 人畜無害な容貌に油断してはいけないのが、うちの旦那様ですから。


『ど、どどどーしよっ!?』

 奥様の思念が乱れまくりました。

 仮面のごとき無表情を取り繕いながら、内心では激しく動揺します。

『まさか旦那様が竜族の尾肉を食したことがあるとは!?』

『奥様、落ち着いて』

 奥様を宥めますが、わたしだって途方に暮れました。


 奥様とて、旦那様への対策を疎かにしていた訳ではありません。

 隊商との取り引き、あれは竜族の尾肉の正体と出所を偽装するためでした。

 実際のところ、隊商から貰った食肉の量は大したことありません。

 ですが、入手したという事実で旦那様を納得させれば十分でした。

 最初の関門を突破すれば、薄ぼんやりした旦那様のこと。

 たとえ毎日竜族の尾肉が食卓に出しても疑念を持たないと考えたのです。


『下手な嘘や誤魔化しは危険ですよ?』

 うろたえる奥様に忠告しました。

 たまに、妙に勘が冴えるのが旦那様という方なのです。

 魔族でさえ滅多に口にできない食材を、どうやって手に入れたのか。

 その点を問い質され、ボロを出しまくる奥様の姿が容易に想像できました。

 奥様は用意周到な方ですが、逆に想定外な事態に弱いのです。


「ど、ドラゴン! す、すごいですねードラゴン!」

 いきなりマヤが、声を張り上げました。

 わたわたと両手を振り回し、驚いたフリをします。

「ドラゴンって、あの、その、そう! どんな姿なんですか!」

 マヤは旦那様に膝でにじり寄りながら、チラチラと奥様を窺います。

 どうやら奥様のただならぬ様子に気が付いたみたいですね。

 この娘は、奥様が隠し事をしているのを知っています。

 だから自分に注目を集めようと必死になっているのでしょう。

 ふむ。幼いながらも気が利くではないですか。


「「どらごん!!」」

 姉の大きな声に、ウトウトしていた弟二人が跳ね起きました。

 どうも人族の子供というのは、竜族に並々ならぬ興味があるみたいなのです。

「えーと、ユリエスおじさん、ドラゴンを見たことがあるんだってー?」

「どらごんって、おっきーの?」「ひをぶーってするの?」

 勢い込んで質問され、旦那様がちょっとたじろぎます。

『奥様、いまです!』

『え?』

『この流れに便乗して、うやむやにするのです!』

『え、えーとどーやって?』

『自分で考えてください!!』

「…………あの、ドラゴンの肉って、この辺りで買えるのですか?」

 へっぽこ役者な奥様が、棒読みに気味にマーサに問い掛けました。

「うふふ、まさか」

 マーサから優しい目で見られ、奥様が羞恥に顔を赤くします。

『いいですよ、奥様。とても物知らずでバカッぽい感じです』

『……おのれ』

 マーサが頬に手を当て、小首を傾げます。

「ドラゴンを見たことをあると話す旅人もいますけど」

「そんなのはただのホラ話、ドラゴンなんているはずがないよ」

「いるよ!」「いるもん!」

 笑いながら否定する父親に、息子達が食って掛かります。

「そういうことらしいですけど…………」

 奥様がおずおずと話を振ると、うーんと考え込む旦那様。

「いわれてみれば、味が違うかも」

「そ、そうですよ! か、かんちがいですよ!」

 ここぞとばかりに、奥様は必死に言い募ります、


「…………確かに昔食べたのは、味がもっと濃厚で、舌で溶ける脂には甘みがあって、鼻から抜けるような芳醇な香りがあったような…………」


 旦那様が食通みたいに語り出すと、奥様の目がスッと細くなります。

『…………ほう? 余の串焼きより、そっちの方が美味かったと?』

『張り合っている場合じゃないですから』

 ムッとして口を尖らせる奥様が面倒臭いのですが。

 奥様のご機嫌を損ねたことに気付かぬ旦那様は、手にした串焼きを齧って、

「でもやっぱり、ローズの手料理が一番だな」

 最初からそう言え、と思います。

 にやにや笑うマヤ父と、微笑ましそうにお二人を見比べるマヤ母。

 二人の視線に気付いた奥様が、照れ臭そうに顔を背けました。

「ねー、ドラゴンのおはなしはー?」

 幼い弟が、旦那様の膝を揺さぶってせがみます。

「とにかく大きくて、びっくりした。こんなに」

 こんなにと、思いっきり両手を開く旦那様。

「尻尾も太くて、翼が大きくて、牙がいっぱい生えていた」

 旦那様、説明が下手すぎます。臨場感がまったく伝わりません。

「すごいねー!」「ねー!」

 でも男子達は大はしゃぎなので、よしとしましょう。

「そのドラゴンは、どんな色だったんだ?」

 ホラ話だと思い込んでいるマヤ父が、笑いながら茶化します。

「――キレイだったよ、とってもね」

 旦那様は思い出に耽るように、そっと目を伏せます。


「吸い込まれそうなくらい、真っ黒なウロコだった」

『『…………え?』』


 思わず奥様と同期してしまいました。

 なんですか? どういうことですか、それは!?

 ありえません。だって黒い鱗を持つ竜族は大陸で一体のみ。

『黒晶竜、フィアフィール』

 そうです! 竜王以外にありえません!?


「…………それは、いつ頃のお話なのですか?」

 奥様が、低い声で詰問します。

 据わった目で、まるで仇のように旦那様を睨みました。

「そうだね。かれこれ一〇年ぐらい前になるかな?」

 旦那様は腕を組み、懐かしそうに語ります、

「山の奥深くに入り込んで何日もさ迷っていたら、ばったりと出会った」

「…………それで?」

 奥様が素っ気ない口調で、先を促します。

「食料が尽きて、とてもひもじかったんだ。だから、つい」


 列強種族の王を、つい食べてしまったと?


 そもそも竜王と遭遇したのなら、そこは竜族の縄張り、東方山脈では。

 どこをどう迷ったら、そんなところにたどり着くんですか?


『してやられたわ!!!』

『うわっ!?』


 奥様の激情の嵐に、思わず吹き飛ばされそうになりました。

『ど、どうしたのですか奥様?』

『なにが、戦いの勝敗に本質的な価値はないだ! あの腐れ竜めが!』

『落ち着いて下さい! 何をそんなに怒って――――』

『やつは! 竜王は! 無様な姿を晒さぬよう! 身を隠していたのだ!』


 ――ああ、なるほど。そういうことですか。

 一〇周期前といえば、竜王が配下の前に姿を出さなくなった時期と符合します。

 そして竜族は、尻尾を失うことを、何よりの恥辱としています。

 あの時の竜王は、全身を表さずに対応していました。

 むろん尻尾の状態など、確認しようがありません。

 竜王の態度に覚えた違和感の正体は、これだったのですね。

 獰猛にして狡猾な竜王に、まんまと出し抜かれた訳ですか。


『どうりで、こちらの要求を素直に受けたと思ったわ!』

 子供達につたなく武勇伝を語る旦那様を睨みながら、奥様は歯軋りします。

『このことを、もっと早くに教えてくれていたら!!』

『奥様だって王の端くれ、駆け引きぐらいできますからね』

 弱みを握っていれば、さらに有利な条件を引き出せたでしょう。

『端くれってなんだ!』

『ですが、今回の件が簡単に終わったのは、旦那様のおかげかも』

 もし竜王が健常ならば、ひと悶着あったかもしれません。

『そう考えたら、文句をいう筋合いではないのでは?』

『…………』


 奥様が恨みがましい目を向けますが、旦那様は全く気付いていません。

 空になった皿を、それはもう哀しそうに見詰めるばかりです。


『あーもうっ!!』


 観念した奥様が、追加の串焼きを焙り始めました。

 なんだかんだ言って、相性の良い夫婦なのでしょうね、たぶん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ