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42_狩らぬ竜の尻尾を量る

 奥様は依頼内容を聞き終えると、さっさと冒険者ギルドを出ました。

 向かう先は町の中央にある広場、そこに依頼主がいるそうです。


「ローズさん、こっちですこっち!」

 黒髪エルフから案内役を命じられたミルチル。

 ふんふんと鼻を鳴らし、肩で風を切る勢いです。

「ねえねえ! ぼくが連れてってあげよっかー?」

 黙れ。ミルチルのやる気に水を差すな。斬るぞ。


 そもそも、なぜウィッキーとイザが付いてきているのか。

 イザの広い肩に腰掛け、陽気に喋りまくるウィッキー。

 それを奥様は無視して、ミルチルとだけ雑談をしています。


「なるほど。お父様が人族で、お母様が獣族の家系なのね」

 話題がミルチルの家族に及び、なるほどと奥様が頷きます。

「はい! お母さんの方のお祖母さんも獣族っぽいです!」

 その話を聞いて、ハタと得心しました。

『ああ。だからミルチルは、ずいぶんと発育が良いのですね』

 初めて出会った時、彼女は一四歳だと自己紹介しました。

 魔王領の獣族なら、幼子の年齢です。

 だから、ちょっとだけ引っ掛かった覚えがあります。


『今頃か? 見た目で人族の血統は明らかだろうが』

『可愛いからですね、どうでもよくなって』

『ほんと、そなたは適当だな』

 あきれた奥様が、いつものように解説を始めました。


 その昔、北方に移住した獣族は、世代を重ねて人族と交配。

 成長が速い人族の特質を獲得して環境に適応云々かんぬん、と。

 興味がないので、話半分は聞き流しましたが。


「あっ、ほら! あそこです!」

 前方を指さすミルチル、目的地の広場が見えてきました。

 ちゃんとお仕事できましたね。偉いですよ。


 町の広場は日頃、子供が遊び年寄りが日向ぼっこする憩いの場です。

 ですが今日この日は、いつもと様子が違っていました。

 何台もの荷馬車が並び、忙しく立ち働く商人達。

 彼らの手で荷台から下ろされ、積み上げられてゆく荷物の数々。

 荷解きされた中から出てくる衣類や雑貨品、食料等々。

 辺境の町に、キャラバンが訪れたのです。


『奥様!』「イザさん!」

 わたしの警告に、奥様が鋭く声を上げました。

 ひゅっと伸びたイザの手が、肩から飛び降りたウィッキーを空中で捕まえます。

「はーなーしーてー」

 宙ぶらりんに吊り下げられたウィッキーが、ジタバタともがきました。

 予想的中、警戒していて正解でしたね。

 グノムという種族が、こんな賑やかな場所で大人しいはずがありません。

 はしゃぎまわった挙句、きっと厄介事を引き起こすことでしょう。


 騒ぐグノムを気に留めず、奥様は荷解き中のキャラバンを見回しました。

『この町は、基本的に他所からの補給で成り立っている』

 はぐれないようにミルチルと手をつなぎ、あちこち値踏みしながら進みます。


『壁の外での農業や牧畜は禁止だから、食料の自給率も低い』

 確かに、そんな話を誰かがしてましたね。

『建前上は幻獣への危険対策、実際は自立させないための政策だが』

 奥様の唇が、への字に曲がります。

『そのせいで生鮮食品が高い! 特に肉が! 肉がな!!』

 荷馬車の脇に置かれた、ニワトリを閉じ込めた籠に視線を向けました。

 ほら、そんな怖い目しない。ニワトリ達が暴れ出したじゃないですか。

『あちらで衣類を扱うみたいですよ』

 哀れなニワトリから、山と積まれた衣類に逸らしてみます。

『ふむ、春だしな。旦那様に薄手の上着でも探してみるか』

 両眼をらんらんと光らせ、今にも衣類の山を漁りだしそう。

 奥様、依頼が先ですからね?



「お待たせしました、ガラド親方!」

 ミルチルは荷解きの指図をしていた人族を見付け、挨拶します。

「こちらがキャラバンの責任者で、ガラド商会のガラド親方です」

 ギルドの受付嬢っぽく、おすましな感じで紹介するミルチル。

 それはいいのですが、ほんとに商人なのですか?

 ふてぶてしい面構えで上背があり、腕が太くて胸板が厚い。

 おまけに刀傷とおぼしきが跡があちこちにあります。

 どちらかといえば、懸賞金付きの山賊といった風貌ですけど。


「ガラド親方! こちらがローズさん、ご依頼の方です!」

 ミルチルの紹介に、顔をしかめるガラドとやら。

「ちょっと待って。こいつは魔族じゃねえのか?」

 …………ほう?

『分かっているな? 余計な真似はするなよ』

 すぐさま釘をさす奥様。

『ええ、分かっておりますとも。ちゃんと人目がない場所でやりますから』

『ぜんぜん分かっておらんだろ!』


「はい、魔族の方ですけども?」

 きょとんと首を傾げるミルチルに、ガラドは不満そう。

「おれが頼んだのは、魔術師なんだぞ」

「はい。緊急依頼として、魔術師の派遣を承りましたけど?」

「だったら、なんで魔族を連れてくるんだよ」

「ローズさんは、魔法使いですから!」

 得意満面の笑顔で胸を張るミルチル、かわい、ではなく。

 どうも魔法使いと魔術師の違いが分かっていませんね。


「あのなあ、ギルドのお嬢ちゃん?」

 そんなミルチルに、ガルドは辛抱強く説明します。

「魔術師ってのは学校で難しい学問を修めた、人族の偉い先生様なんだよ」

「…………はあ」

「だがな、魔法使いは違う」

 ガラドは奥様を横目で見やりながら、

「魔術師よりも格下の、迷信深い野蛮人のペテン師なんだよ」


 奥様への直接的な侮辱ではないので、ここは大人になりましょう。

 所詮は魔法を扱えない、哀れな人族の負け惜しみですから。

『これも帝国魔導院の影響だろうな』

 困ったものだと、奥様も特に気にした様子はなかったのですが。


「ローズさんは! 野蛮人でもペテン師でもありません!」


 ミルチルが、顔を真っ赤にして怒り出してしまいました。

「ローズさんは優しくて立派な、偉い魔法使い様です!」

『照れますね』

『なぜそなたが照れるのだ?』

 怒れる栗鼠獣族の少女の肩に、奥様はそっと手を置きます。

「ミルチルちゃん、ギルドへの依頼者に対して失礼よ?」

「だってローズさん!!」

「受付嬢はギルドの花形。常に礼儀正しく、対応は丁寧にね?」

「…………失礼しました、ガラド親方」

 悔しげな口調で謝罪し、ミルチルは俯いてしまいました。


「ガラド親方。実はわたし、魔術について多少の心得があります」

 奥様は冷静な態度で、淡々とした口調で告げます。

「ですから、詳しい依頼内容を教えて頂けませんか?」

「魔族が、魔術を?」

 ガラドが胡散臭そうに睨み、腕を組んで威圧的な態度をとります。

 魔王領の強面どもと比べれば、子猫が毛を逆立てているようなもの。

 クスッと声を漏らした奥様は、悪くないと思うのです。

「…………何がおかしい」

「いいえ? 別に何もおかしくありませんよ?」

 余裕で受け流す奥様に、ガラドは忌々しそうに舌を打ちます。

「親方! 魔術師はまだなのかよ!!」

 しばし対峙する両者の間に、商人風の男が割り込んできました。

 男は必死な様子でガラドに詰め寄り、盛んに喚き立てます。

「…………こっちだ、ついてこい」

 根負けした様子のガラドは、奥様に背を向け歩き出しました。


 男の名はハンスといい、やはりキャラバンに参加した商人なのだとか。

「キャラバンで運ぶ商品の中で、一番人気なのは食肉なんだよ」

「…………にく?」

 ハンスが告げた単語に、奥様の顔から感情が抜け落ちます。

「ああ。肉を凍らせて運んできたんだけど……」

「れいとうの、おにく?」

 奥様達は広場の端に停めてある、頑丈そうな箱馬車に案内されました。

 ハンスは箱馬車の扉を僅かに開くと、隙間から冷気が漏れ出します。

 興味深げに近寄ったミルチルが、クチュンと鼻を鳴らしました。

 可愛い子というのは、どうしてクシャミまで愛らしいのでしょうか。

 箱馬車の中には、霜に覆われた肉がぎっちりと山積みになっていました。


「こいつを使えば、家畜を生きたまま運ぶ手間が省けるんだ」

 ガラドが箱馬車をバンバンと叩き、自慢げに胸を張ります。

 それを聞いているのかいないのか、薄ら笑いを浮かべる奥様。

『シチューにパイの包み焼き、燻製にソーセージ、串焼きに肉団子――――』

 いま奥様の意識を占めるのは、肉料理のレパートリーやレシピの数々。

 ちゃんと話を聞きなさい。


「…………魔石の様子が変なんだ」

「魔石が?」

 ハンスの呟きに、奥様が正気を取り戻します。

「変な音がするし、熱くなって……」

「見せてもらえますか?」

 奥様が指示すると、ハンスは箱馬車の脇にある蓋を外しました。

 内側には術式を刻んだ基盤と、そこに埋め込まれた大粒の魔石が三個。

 魔石はチカチカと明滅し、ブーンと羽虫のような音を発しています。

『かなり熱をもっているな』

 奥様は魔石に手をかざし、首を捻ります。

「いつ頃から、こんな具合ですか?」

「気付いたのは三日前ぐらいかな」

 奥様は周囲の基盤を指先でなぞります。

 たぶん微量の魔力を流し、術式を解読しているのでしょう。


 それにしても、わざわざ冷凍のための術式を編み出すとは。

 魔法ならば簡単なことですが、物を冷やすのは熱するよりも大変です。

 さらに箱馬車に組み込むなんて発想は、人族ぐらいでしょう。

 ――まあ、でも。

 ちゃんと頑張って、術式を発展させてきたのですね。


 そういえば、やけにグノムが静かでは?

 未だに宙ぶらりんな格好のまま、ウィッキーは目を輝かせていました。

 興味津々な表情で、奥様の一挙手一投足を見詰めています。

 口を開けば鬱陶しいですが、奥様を凝視されても不愉快ですね。


「半日ほどで壊れます」


 基盤から手を離した奥様が、冷淡に指摘しました。

「なんだって!!」

 ハンスは青ざめ、ガラドが血相を変えて怒鳴ります。

「もう少し早いかもしれませんが、間違いなく」


『何が問題なのですか?』

『魔石の消耗を抑えるため、余剰魔力を循環させているのだ』

 外見には冷静ですが、内心ではウキウキしている奥様。

 どうやら術式の構造に興味を抱いたようです。

『残念ながら一部術式が輻輳していて、微量の熱が蓄積しているが』

『つまり欠陥式なのですか?』

『いや、着眼点は良いのだ。問題なのは印刻技術の――』

 解説しまくる奥様。長くなりそう、誰か止めて。


「どうしてくれるんだよ! 親方の紹介だから任せたんだぞ!」

 怒り出したハンスが、ガラドに詰め寄ります。

「このままじゃ大損だあ!!」

 術式が停止すれば、冷凍してある肉が全部溶けますからね。

 ガラドは渋い顔ですが、何も言い返せません。いい気味です。

「どなたが、この術式を刻んだのですか?」

「…………おれの甥っ子だ」

「なあ! あんた! 頼む! 何とかできないか!」

 残念そうにため息を吐く奥様が、ちょっとわざとらしいです。

「他者の術式に手を加えるのは、魔術師の仁義に反するので」

「そんなっ!?」

 必ずしも口から出任せ、という訳ではありません。

 プライドの高い魔術師ほど、トラブルになるのは事実ですから。


「魔法で対処していいのなら、問題を解決できますけど」

 そこで言葉を区切り、奥様はチラリとガラドを窺います

 さきほど魔法使いのことを、さんざんこき下ろしましたからね。

「…………なんとかしてくれ」

 しばらく口ごもった挙句、ガラドが敗北を認めました。

「同じ効果の魔法を、四日ほど継続するように施しましょう」

 その間は魔石を外しておけば、再使用は可能になる。

 奥様の説明に、ハンスは胸を撫でおろして安堵しましたが。


「報酬は、売れ残った肉を全て頂きますね」


 さすが奥様魔王様、容赦がありません!

「ま、待ってくれ!? 幾らなんでも、それは吹っ掛け過ぎだ!」

 血相を変えて訴えるハンスに、にっこり微笑む奥様。

「損失が出ても、きっとガラドさんが補填してくれるでしょう」

 元を正せばガラドの責任だと思い出させます。


「…………全部売り切ったら、タダ働きだぞ?」

「別に構いませんとも」

 ガラドが往生際悪くあがきますが、奥様は冷たい笑みを浮かべます


「わたしは、わたしを信じてくれた、この子の面目が施せれば十分です」


 そう言って、脇に控えていたミルチルの頭を優しく撫でました。

「ローズさん!」

 ミルチルも嬉しそうに、ぐりぐりと頭をこすりつけます。

 先程、ミルチルが侮られたことが、よほど腹に据えかねていたみたいです

 しっぺ返しができて、奥様はとても満足そう。

 結局ガラドの全面降伏で、この場では幕を閉じたのでした。



 その晩のことです。

「ねえ、旦那様? 明日のお休みなんですけど」

「うん? なんだい?」

「ちょっとお願いしたい仕事が――」

「よし分かった引き受けた」

 旦那様、即答です。せめて内容を聞いてからにしましょうね。


「大量のお肉が手に入るので、保管場所が必要なのです」

 キャラバンでの出来事を詳しく説明してから、奥様がおねだりします。

「ですから庭を掘って、貯蔵室を作りたいのです」

 腕を組んで、うんうんと頷く旦那様。

 安請け合いしてますが、結構な大仕事ですよ?

「頑張るから、ご褒美を期待してもいいかな?」

 ジッと顔を覗き込まれ、奥様は頬を真っ赤に染めました。

「そ、それは、その……旦那様の頑張り次第です、はい」

 顔を背け、奥様はしどろもどろに答えます。

『奥様、ご褒美とは何のことですか?』

『た、大したことじゃない』

『どうして旦那様は、こんなにも張り切っているのでしょうか』

『さ、さあな?』

『奥様? どうしましたか? お顔が真っ赤ですよ?』

 熟した果実よりも赤く、湯気が出そうなほど上気しています。

『うるさいなー! なんだっていいだろー!!』

『はあ、まあ、構いませんけど』

 なんなんでしょうね、いったい。

 初心なわたしには、まるで見当もつきませんね。



 翌日の夕方には、裏庭の地下深くに貯蔵室が完成しました。

 よっぽどご褒美が欲しいのか、旦那様の勢いが凄かったです。

 旦那様が掘った穴は、奥様が魔法を掛けて崩落しないように補強。

 大量の土砂はゴーレムにして、自分で地上に移動させました。

 その後で、わたしがこっそりお片付けです。


 完成した地下貯蔵室の入り口を前に、奥様は満足そうに腕を組みました。

『さて。これで全てつながった』

『つながった、とは?』

 ふふんと鳴らす奥様、そっくり返るほど得意げです。

『一連の事象が矛盾なく、ごく自然な流れで最終目的に至るのだ』

 どうやら、わざと難解に説明して煙にまいているようです。

 たぶん後で真相を明かし、自慢するつもりなのでしょう。


 そんな奥様を見ていると、優しい想いが溢れてくるのです。

 この感情を、愛おしさと呼ぶのでしょうか。

 何を企んでいるのか知りませんが、一つの確信がありました。


 きっとヘマをするぞ、と。


 調子乗っている時の奥様は、たいてい失敗するのです。

 だからあえて、忠告めいた真似はしません。


 失敗しても平静を装い、内心では慌てふためき、悪あがきする。

 そんな奥様の姿を、わたしは心の底から期待しているので。

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