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41_依頼

 わたしは何度も何度も、奥様をお諫めしたのです。

 野卑で野蛮な冒険者稼業から、どうか足を洗ってくださいと。

 しかし奥様は、一向に聞き入れてくれようとしません。

「いざという時に備えて、ヘソクリしておかないとな」

 そう言って薬草採取の依頼を請けては、せっせと小銭を稼ぐのです。

 魔王な奥様が、ますます所帯じみてきました。



「あっ、いらっしゃい! ローズさん!」

 ギルドの扉をくぐった途端、明るい声が迎えてくれました。

 冒険者どもの掃きだめに咲く、野花のような女の子。

 栗鼠獣族の受付嬢ミルチルは、相変わらず元気いっぱいです。

 彼女はぱたぱたと走り寄り、奥様を見上げてニッコリ笑いました。

『うむ可愛い』

『ええまったく』

『余の側近にも、このぐらいの愛嬌があればなあ』

 ミルチルの頭を撫でながら、奥様がぼやきます。

『そんな非現実的な妄想を語られましても』

『この開き直りよう』

『わたしの主もこのぐらい可憐ならすみません無理ですね絶対に』

『おいこら』


「ローズさん、いまちょっといいですか?」

 ミルチルが、甘えるように奥様の腕を抱きかかええます。

 先日、奥様の魔力にあてられたせいか、さらに懐いた感じですね。

「ギルドマスターが呼んでいたので、一緒に来てもらえますか?」

「ええ、もちろん」

「ありがとうございます! こっちです!」

 鷹揚に笑う奥様を、ミルチルがギルドの奥へと連れ込もうとします。


『ちょっと奥様!? お待ちください!』

 ギルドマスターと言えば、あの黒髪エルフではないですか。

『わざわざ奥様を呼び出すなんて、ろくな用件じゃありません!』

『んー? そうかなー?』

 あの、聞いています? なんですか、そのだらしのない笑顔は。

『それよりもほら、見てみろー♪』

 奥様がわざと歩みを遅め、手を引っ張るミルチルに抵抗します。

「あーつかれちゃったー、あしがうごかないなー」

「もー! ちゃんと歩いてくださーい!」

 ミルチルがウンウンと唸って、奥様を引っ張りました。

『奥様ずるいですよ! 自分ばっかり!』

 うらやましい! わたしだってミルチルと戯れたいのに!

 わたしの訴えに、奥様は得意げに鼻を鳴らしました。

 ――――はて、何か大事なことを忘れているような?

「失礼します」

 思い出したのは、ミルチルが執務室とおぼしき扉を開けた瞬間で、


「わーい! ローズねーちゃんー!!」


 飛びついてきた妖精族の顔面を、奥様はわし掴みにしました。



 窓を背に置かれた執務机には、奥様を呼び出した張本人が座っています。

 冒険者ギルドの元締めである黒髪エルフ、シルファ・シルヴィン。

 彼女は額を押さえ、疲れたように椅子にもたれ掛かっていました。

 

 奥様の斜め後ろに控えたミルチルは、ちょっと居心地悪そう。

 そして部屋の片隅には、なぜかイザまで居合わせています。

 表情筋に乏しい蛮族の顔からは、何の感情も窺えませんでした。


「あーはっははは! なんか楽しー!」

 底抜けに明るく無邪気な歓声が、奥様の足元から上がります。

 奥様はウィッキーの背中を踏ん付け、押さえ込んでいました。

 なんだか物語の魔王っぽくて、とてもステキだと思います。

 ですがウィッキーは、いささかも堪えた様子はありません。

 むしろ手足をバタつかせ、はしゃいでいました。


 妖精族は、どんな状況でも適応してしまう。

 だから反省もしないし、性懲りもなく同じことを繰り返す。

 本当にしぶとく、厄介な種族なのです。


「それで? 御用件は何ですか、ギルドマスター?」

 奥様の口調は、かなり冷やかなものでした。

 ご機嫌斜めなようですが、それも当然でしょう。

 せっかく呼び出しに応じてやったのに、妖精族の不意打ちです。

『建物ごと吹き飛ばされなかったことに感謝しなさい』

『そこまでせんわい』


「……ローズさん。ソレを何とかしてもらえますか?」

 黒髪エルフが、困り顔で床に這いつくばる妖精族を指さしました。

「…………」

 奥様は屈んでウィッキーの襟首を掴み、窓辺へ歩き出します。

 外に放り投げようと振りかぶると、横合いから太い腕が伸びました。

「イザさん?」

 するりと応接室を横切った蛮族が、奥様の傍らに立ちます。

 イザの静かな眼差しから顔を逸らし、しぶしぶウィッキーを渡しました。

「たのしそうだったのになー?」

 窓から飛んでみたかったのでしょうか。

 不満げな妖精族の台詞に、奥様の口許が引き攣りました。


「ローズさん、魔法の心得がありますよね?」

 場を仕切り直してから、黒髪エルフが問い掛けます。

「魔法ですか? ええ、それはまあ、魔族ですから?」

 魔族の女が魔法を得意とするのは、エルフならば知っているはず。

 なぜ改めて確認するのか、奥様は戸惑ったようです。

「そこでローズさんに、簡単な依頼がありまして」

「依頼、ですか?」

「はい。ローズさんなら問題ありません、きっと」

 にっこり笑う黒髪エルフ。とても胡散臭いです。


『…………どう思う?』

『断った方がよろしいかと』

『そうだな。言いたくないが、相手はエルフだしな』

 所帯じみてきても、エルフの本質を忘れてはいないようです。

『一応詳しい話を聞くにしても、断る方向で――――』


「ローズさん、魔法使いなんですか!?」


 振り返れば、そこに瞳をキラキラと輝かすミルチルが。

「…………たしなみ程度よ?」

「すごいです! キレイで優しい上に、魔法まで使えるなんて!」

 ミルチルは胸の前で手を組み、感動したように声を震わせます。

 純粋無垢な称賛に、ちょっと気まずそうな奥様。

 母親から厳しく仕込まれた魔法で、夫を尻に敷くのが魔族の女です。

 


『奥様。エルフの依頼、ぜひ引き受けましょう』

『おい、いきなりどうした』

『確かにエルフの言いなりになるのは癪ですが、ミルチルをご覧ください』

 ミルチルは、心からの尊敬と憧れの眼差しで奥様を見詰めていました。

『あれを無碍にはできません。それに』

『それに?』

『エルフが何かを企んでいても、どうせ苦労するのは奥様ですし』

『そなた、本当に忠実な臣下なのか?』

『えっ? もちろんです。唯一無二にして絶対の忠誠を捧げておりますが』

 なぜいまさらそんなことを?


「詳しく話を聞かせてください」

 奥様は疲れたように、そっと息を漏らしました。

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