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04_目指せ、ツマオウ!

【前回までのあらすじ】

王国を出奔し、放浪の旅に出た奥様と旦那様。

あちこちで騒動を巻き起こしつつ、とうとう北限の町へと流れ着きました。

果たして御二人は、これからどうされるのでしょうか?

 

 

「ここが、俺達の仮住まいの家だ」

「素敵な家ですね、あなた」

 御二人は肩を並べ、新しい住居を眺めました。


 赤いスレートの屋根に、薄緑色の壁の家屋。

 家のすぐ側には、大きく梢を伸ばした樹がそびえています。

 柵で囲われた家庭菜園と、小さな畜舎までありました。

 最北の地にある小さな町にたどり着いた御二人は、しばらく逗留することに決めたのです。

 その間、仮の住まいとなるのが、御二人の前にある農家風の借家でした。


 魔王領を奥様と旅立ってから、随分と遠くまで来たものです。

 二年ほど暮らしていた王国も出奔し、とうとう北のエルランド公国まで流れ着いてしまいました。

 エルランド公国は、人族の諸国家の中ではもっとも北にある国。

 奥様達がたどり着いた町リオリスは、公国でも最北端に位置しています。

 つまり、人族の居住地としては北限の町という訳です。

 これより先は、北の山脈から南下してくる幻獣の脅威のため、町を築くことが困難なのだそうです。

  

 これ以上、北に進めなくなった奥様達は、この町にしばらく逗留することにしました。

 その間、宿暮らしをするのは不経済で、(主に夜の生活面で)不都合があります。

 そこで町の端にある元農家を借りることにしたのでした。


「前の家より、ちょっと手狭だけどね」

 これから暮らす家を眺めながら、旦那様が申し訳なさそうな顔をします。

 王国にいた頃の家は国から拝領したものでしたから、それなりに立派な造りでした。

「いいえ、このぐらいの大きさが住みやすいと思います」

 町の中心から外れていることを除けば、なかなかの優良物件です。

 台所に蒸し風呂場、食堂、居間、寝室、納戸、客室を備えています。

 夫婦二人で暮らすには十分過ぎると、奥様は満足げでした。

 かつての奥様は、魔王城の架空庭園で優雅にお茶をされていたお姫様。

 それを思えば、随分と庶民生活に馴染んだものです。


「――――それに」

 奥様の頬が、ぽっと朱に染まります。

「あなたと一緒に暮らせれば、わたしには立派なお城も同然です」

「ローズ…………」

 抱き寄せられた奥様が、旦那様の肩に頭を乗せてゴロゴロと喉を鳴らします。


 ――――あの青い空に浮かぶ白い雲を全て吹き飛ばしたら、どんなにスッキリするでしょうか。

 この御二人は、こういう生き物だと思い、耐えるしかないのでしょうか。

 イチャイチャし始めた御二人を完全無視して、借家を眺めました。

 奥様が我が城と定めたのならば、どんなに貧相で狭くとも、即ち魔王城であり魔王領です。


 ここを北領魔王城と命名しましょう!


      ◆


 そして新居に移り住み、荷解きをほとんど終えたある日のことです。

 奥様が、唐突に告げました。

「余は冒険者になって、金を稼ごうと思う」

「……………………」


(女官長! 女官長! 奥様がご病気です! 大至急、医師団を派遣****)

「おい! 何をしているのだ!」

 とっさに魔王領へ飛ばした念話が、途中で奥様に妨害されました。

 いけない、刺激してはダメだ。優しくなだめて、落ち着かせなくては。

「さあさあ姫様、ベッドに参りましょう? 心配いりませんよー、おねむしましょうねー」

 奥様が幼かった頃を、懐かしく思い出しながらあやします。

「そなたの頭がよほど心配だ!」

 奥様が、叫びました。



「野卑で野蛮な冒険者になるなどと、いきなり血迷ったことを口走るものですから、つい?」

「血迷ったとか失敬なやつだな。あと、職業に貴賤はないからな」

 平静さを取り戻した奥様が、改めて説明を始めました。

「先ほど旦那様は、夕方頃に戻ると言い残して出掛けたが」

 どうやら働き口を探すつもりらしいと、奥様は推測を述べます。

 なるほど、ちゃんと仕事を見つけて働くという約束を果たすつもりなのですね。


「しかし、旦那様が就職などできるはずがない」

「ひどいですね奥様!?」


 仮にも自分の夫をつかまえ、とんでもない言い草です。

 しかし奥様は、生真面目な顔で首を振りました。

「旦那様を見くびっているのではない。だが旦那様は、剣一筋に生きてきた世間知らずで、手に職があるでもない。そんな旦那様が働き口を得るのは、都会ならともかく、こんな小さな町では不可能に近い」

 なんだかこき下ろされているみたいで、旦那様が不憫に思えます。


「さらにだ、旦那様を働かせて養われるのは、魔王として如何なものか」

 奥様が、おかしなことを口走りました。どうして魔王云々の話になるのでしょうか。

「それは、夫の甲斐性というものでは?」

「余は魔王、つまり魔の王だ。世界のどこに、伴侶に扶養される王がいるというのか!」

 おおっ、それは盲点でした! 確かに、魔王の尊厳に係わる問題と言えなくもないでしょう。

「むしろ伴侶の衣食住を満たしてこそ、妻にして王たる余の役目ではないか!」

 ダンと足を踏み鳴らし、奥様は拳を突き上げて力説します。

「妻にして魔の王…………妻魔王ですね、奥様!」


「それだ! 魔王さえも越えた新境地、その名はツマオウ!」

 鼻息も荒々しく、興奮する奥様。


 ああ、わたしの主である奥様は、今日も絶好調です。

 一旦乗せれば際限なく迷走する奥様が、たいそう愛おしく思えます。

「…………むしろ旦那様の就職の邪魔をすべきか? そうなれば、もはや旦那様は」

 などと、ぶつぶつ不穏な企みまで呟く始末です。

「バレたら旦那様に嫌われますね、間違いなく」

「よしそれは止めておこう」


 即座に、断念しました。そこに一抹のためらいもありません。

 奥様の迷走は見ていて飽きませんが、たまに釘を刺しておきませんと。

「それではさっそく、この町の冒険者ギルドに行ってみようか!」

「はい、お供します」


 返事をしながら、内心で首を傾げます。

 奥様は、旦那様を世間知らず呼ばわりしていました。

 しかし、それを言うならば奥様こそ、生粋のお姫様育ちの魔王です。

 奥様が知っている人族の世俗の暮らしは、王国での一年余りが全てなのです。


 そんな奥様が果たして、荒くれ者と悪名高い冒険者などを務められるのでしょうか?

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― 新着の感想 ―
迷走しちゃうのか。 うん、この魔王サマでは迷走しそう。
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