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35_冒険者と旦那様

【前回までのあらすじ】

蛮族の男に疫病の疑いがあり、奥様は看病することに。

旦那様は一人で留守番ができるのでしょうか?

「ううローズさん……ローズさんにあいたいよぉー」


 彼女はテーブルに突っ伏し、ジョッキを片手に管を巻いていた。

 ここ北限の町ではそこそこ顔が売れた、ディオネという名の冒険者である。

 歩く鉄拳制裁などと呼ばれているが、今はただの酔っ払いに過ぎない。

 ぐずぐずと鼻を鳴らす姿は、とても凄腕の冒険者には見えなかった。


「しょーがねーだろ。こっちは遠征で忙しいんだからよ」

 黒いヒゲで顔の下半分を覆った、大柄な冒険者が応える。

 トールという、ディオネと幻獣討伐のパーティーを組む仲間だ。

 延々と愚痴を垂れ流すディオネにうんざりしながら相手をしていた。

 ヒゲのせいで強面に見えるが、案外と面倒見の良い性格なのである。


「まったく。しばらく会えないだけで、なんてざまだよ」

「うるさーい。わたしのきもちがトールくんにわかってたまるかー」

「トール君いうな。外にほっぽり出すぞ酔っ払い」

「まあまあ、トール君」

「ハイド、てめえも真似すんじゃねえ」

 トールは斜め向かいに座る、身だしなみの整った男を睨んだ。

 ハイドと呼ばれたこの男は、ヘルザ教の神官戦士である。

 彼もまた、ディオネやトールと同じパーティーに属している。

 女神ヘルザの教えを広めるために冒険者になったという変わり者だ。


「そんなに嫌かい? 彼女・・がトール君と呼んでも文句も言わないのに?」

「ぐっ!?」

 含むところのないハイドの指摘に、トールが言葉に詰まる。

 顔が赤くなったが、ヒゲ面のおかげで気付かれずに済んだ。


 彼らが話題にしている人物は、冬の終わりに北限の町にやってきた。

 ローズという名の、魔族の女性である。


 北方の地で魔族の認知度は、とても低い。

 せいぜい噂を聞きかじった程度で、その実態を知る者は滅多にいない。

 ローズは北限の町を訪れた、初めての魔族だった。

 そして彼女は、彼らに少なからぬ影響を及ぼしていたのである。


 ディオネは信じる道を取り戻し、ローズを心の貴婦人と思い定めた

 なぜか自分を子供扱いするローズに、トールは逆らえない。

 ハイドは、魔族なのに徳の高い振る舞いするローズに困惑している。


 最近は南下する幻獣を迎え撃つため、彼らは遠征を繰り返していた。

 そのせいで時間が合わずにすれ違い、ローズと顔を合わせる機会がない。

 程度の差こそあれ、彼らは一様に物足りない気分を共有していた。


「まあ、あれだ。そのうち休みでもとれば、会う機会もあるさ」

「そのうちっていつだー、あすかー、あさってかー」

「…………おまえなあ」

 すっかりダメになったディオネに、トールはあきれ返る。

 ハイドはニコニコと笑うだけで、助けにならない。

 そろそろ酔っ払いを宿に連れ帰ってベッドに放り込むか。

 そんな算段をしたトールの耳に、酒場の扉が開く音がした。


 何気なく振り向くと、新しい客とおぼしき男の姿があった。

 物珍しそうに店内を見回す様子から、一見さんだろうと推測する。

 近所の男衆にも常連はいるが、基本的に冒険者御用達の酒場だ。

 見掛けからして物騒な連中が、新来の客に注目した。

 しかし男は気後れした風もなく、足を踏み入れて空いている席を探す。

「おう、見ねえ顔だな?」

 するとガラの悪そうな冒険者が席を立ち、にやけ顔で男の前に立ちはだかった。


「まったく。まだ、ああいうバカがいるのか」

 トールが不機嫌そうに眼を細める。

 暴力沙汰はご法度、堅気の衆に手出し無用が、この酒場の鉄則だ。

 近所の常連達は、冒険者ギルドとも縁が深い。

 町の住民との仲立ちをして、便宜を図ってくれる後援者なのだ。

 その冒険者は酒の呑み過ぎで、そんなことをすっかり忘れていた。

 冒険者は、おつむのゆるい連中が多いのである。

 新参の客に絡み、酒をおごらせてやろう。そんな浅はかな料簡なのだ。

 しかし堅気の衆に迷惑を掛ければ、傍観していた冒険者までも処罰される。

 とばっちりを食らってはかなわないと、居合わせた冒険者達が殺気立った。


 剣呑な空気に気付かぬまま、その冒険者は男の肩に手を伸ばす。

 しかし、その手は空を切った。

 男はすれ違いざま、ぽんっと手の甲で軽く冒険者の胸を叩いた。

「こんばんは。良い夜だね」

 穏やかに声を掛けると、男は店の奥へと進んだ。


 取り残された冒険者は、毒気を抜かれて立ち尽くす。

 周囲の視線に気付くと我に返り、バツが悪そうに席に戻る。

 緊迫した空気が散って、酒場にざわめきが戻った。


 しかしトールだけは、ジッと新来の客を見詰める。

 いま見た光景に、不自然な点はない。

 だが、具体的に指摘できない何かが引っ掛かった。

「ちょっと行ってくるぜ」

「え? どこに?」

 面食らうハイドと酔っぱらったディオネを残し、トールは席を離れた。


 この最北の町には、冒険者を隠れ蓑に犯罪者が潜り込むことがある。

 トールは、そんな連中を警戒するようにギルドマスターから頼まれている。

 お願いという名の命令であり、断ると後が怖い相手である。

 引き受ける代わりに、仕事面で融通をきかせる約束で引き受けた。

 本気で疑っている訳ではないが、ギルドマスターの命令もある。

 軽い気持ちで、トールは男に探りを入れようと思った。


「よお、兄さん。一人かい?」

 男が選んだテーブル席は、酒場の奥まった場所に位置していた。

 まあまあ信望があるトールは、先ほどのように注目されることはない。

「見掛けない顔だけど、町の外の人かい?」

 了承も得ずに男の前に座り、接客係に酒を注文する。

 そして男の様子を、さりげなく観察した。


 特に目立つところのない、言ってみれば平凡な風貌だ。

 筋骨は逞しいが、喧嘩慣れした荒んだ雰囲気は感じられない。

 どこにでもいそうな、ごく普通の男のように感じる。


「最近、この町に越して来たんだ」

 トールの問いに、男はのんびりした口調で答えた。

「この店も初めてで、勝手が分からない」

 男は困ったように眉根を寄せ、店内を見回す。

品書き(メニュー)はどこかな?」

「いや、冒険者ってのは、学のねえ連中ばっかりだから」

 妙なことを訊かれてしまい、トールも返事に困った。

 大半の冒険者は、品書きがあっても字が読めないのだ。


 男は意表を突かれたのか、ぱちぱちと目を瞬かせる。

「どうやって注文すればいいのかな?」

「どうやって、と言われてもなあ……」

 不思議そうに見詰められ、トールはますます困惑する。

「…………肉が食いたいとか、軽くつまめるものとか、酒が呑みたいとか」

 大雑把な要望を述べ、接客係が勧めるものを頼む流れである。

 そんな会話を続けているうちに、トールは違和感を覚えた。


 トールの言葉に、男は納得したように頷いた。

「夕食を摂りたいけど、お勧めは何かな?」

「そうだなあ……定番だとソーセージとイモの煮込みかな?」

 トールは顎髭をさする。あれは、まあまあ、いける。

「つまみの盛り合わせもお得だな。量がたっぷりで腹持ちが――」

 ――いや待て、そうじゃねえだろう。

「なんで俺が料理のお勧めしてんだ!?」

「美味しい料理は、やっぱり地元の人に訊くのが一番だから」

「冒険者に訊くことじゃねえだろ!」

 トールが声を低くして凄むと、ふんわりと男が笑う。

 さも面白い冗談を聞いたといわんばかりに、

「冒険者だって食事をするだろ?」

 そんな的外れな台詞を聞いた時、トールは違和感の正体に気付いた。

 目の前の男が、あまりにも能天気すぎるのだ。


 トールは自分も含め、冒険者はロクデナシばかりだと思っている。

 まっとうな職に就けないはみだし者、世間様に迷惑を掛ける荒くれ者。

 さっきのように冒険者に絡まれれば、素人ならば怯えて当然。

 犯罪者や兵士や武芸者など、暴力を日常とする連中ならば喧嘩になる。


 しかし、目の前の男は全く動じなかった。

 威圧的な風貌だと自覚しているトールとも、平然と会話をしている。

 むしろ数年来の付き合いみたいな気安さだ。

 肝が太いのとは、ちょっと違う。ウシみたいだなと、トールは思った。

 日がな一日、牧草を食べて口をモゴモゴしている家畜に似ている。

 トールは改めて男を観察する。騙されやすそうな顔に見えてきた。

 男の警戒心のなさを危ぶんだ時、トールの脳裏に何かがよぎった。


 ――あれ? おぼえがあるぞ、この感じ?


 つい最近、似たようなことがあったような、そんな既視感を覚えた。

 それが何なのか、記憶の底をほじくり返そうとした時である。


「なにをしているかこのたわけーっ!!」

「ガッ!?」


 いきなりディオネの肘打ちが頭頂部に決まった。

「な、なにしやがる!?」

「だまれー! いちどならずにどまでもー!!」

「何のことだよ!」

 トールは反論しつつ、内心首を傾げる。これも覚えがある。

「かたぎにからむなー!」

 さらにディオネは背後から首に腕を巻き付け、締め上げようとした。

「ちげーよ! おい! ちょっとあんた、こいつに言ってやってくれー!」

 トールは必死にもがきながら、誤解を解いてもらうと男に助けを求める。


「うん、おつまみの盛り合わせを二つ。他に何かお勧めはあるかな?」

 男は接客係を相手に、さっそく学んだ注文方法を実践していた。

「それでいいんだけど!? こっちをなんとかしてくれよ!!」

 注文を終えた男がトールに向き直り、優しげに目を細める。


「彼女は、君の恋人?」

「そんなわけあるかあっ!!」

「ぐえっ!?」


 男の台詞にディオネの方が絶叫し、トールの首を締め上げた。

「ディオネディオネ。トールが死んじゃうから」

 一緒についてきたハイドが彼女を宥め、腕をほどかせる。

 ぜいぜいとあえぐトールに、男は意外そうに尋ねた。

「勘違いだった?」

「どこをどう見たらそうなる!?」

「いや。とても仲が良いから、てっきり」

「絞め殺されそうだったんだけど!?」

「じゃれていただけだよ」

「その目はかざりか!?」

 ディオネもまた、トールに同意する。

「こんな毛むくじゃら、いらん」

「おいこら」


 男は、つくづくとトールのヒゲを見詰める。

「そのヒゲ、似合っているね。すごくカッコいい」

「良いことを言った!」

 トールは思わず大声を出してしまう。

 ローズからしつこくヒゲ剃りを勧められ、辟易していたのである。

「むさくるしい、うっとおしい」

 しかし、頭をぐらぐら揺らすディオネの感想は、にべもない。

「……妻も、髭を伸ばすのを許してくれないんだ」

「あんた、所帯持ちなのか!?」

「ああ、妻が一人」

「いや、普通女房は一人だけどな?」

 冗談なのだろうか。いたって真面目そうで、分かりづらい。

「そんな感じにヒゲを伸ばしたら、こう、貫禄みたいなものが」

 男が顎をさする。なんとも哀しげな表情である。

「でも、きれいに剃らないとキスを嫌がるので仕方なく」

「惚気かよ!」


「女神は仰った! 汝、ヒゲを剃れ! シラミがいるから!」

 ハイドが突然唱え出す。実はこちらも相当酔っているみたいだ。

「食べカスが付いたりしてバッチイし!」

「おまえの女神は口うるさい女房かよ!」

「チクチクするらしい」

「あんたの女房の話は聞いてねえ!」

「そってしまえ、トールくん」

「トール君いうな!!」


 全方位に吠えまくるトール。

 注文の料理が届くと、男は一緒にどうぞと勧めた。

 代わりにトールは、遠慮する男に酒をおごる。

 場はますます賑やかになり、男は穏やかに笑っていた。


 男が帰った後、ちびちびと酒を舐めながらトールは考える。

 ――まあ、悪いやつではなさそうだな。

 表情は控えめだが、酒を一口飲んでからは笑顔が増えた。

 口数は少ないが、こちらの話には興味深げに耳を傾ける。

「…………気持ちのいいやつだったな」


「身だしなみが清潔で、爪の間まできれいに洗っていたしね」

 ハイドとしては、そこに好感を持ったらしい。

「料理、ほんとど食べなかったな。酒も一杯だけだし」

 少し酔いの醒めたディオネが、残ったつまみを口に放り込む。

「ところで、あの人は誰なんだ?」

「……え?」


 そこでようやく、トールは男の名を訊いていないことに気付いた。

【次回のよこく】予約掲載設定:来週_2024/10/21_月曜日 PM12:10

『36_奥様の迎撃準備』

蛮族を治療する奥様が、なにやら始めたのですが。

ちょっと待ってください。それ、戦術魔法ですよね。

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