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33_魔王城の臨海学習

【前回までのあらすじ】

旦那様のことになると、どうして奥様は心が狭くなるのか。

いくらなんでも、ちょっと恥ずかしかったですよ?

「うみだーっ!」

「うみー!?」

「ふわああー!」

 白い砂浜に、子供達の甲高い歓声が響き渡った。

 三〇人近い子供達が、海に向かって我先にと走る。

 魔族、獣族、人族など、その種族は様々だ。


「みんなー! 遠くに行っちゃダメよー!」

 女官の一人が、大声で注意する。

 しかし興奮した子供の耳に届くはずもない。

 次々に海に飛び込み、あるいは寄せては返す波と戯れた。


 見習いの子供達は男女ともに、無地のワンピース。

 引率役の女官六名は、色鮮やかな帯を最低限身体に巻き付けたもの。

 誰もが魔王領における、定番の水遊びの格好をしている。

 とても避難生活とは思えない、バカンスのような有様だった。



 竜族の襲撃により、魔王は城の見習い達を一時避難させた。

 彼らが向かった先は、南西に下って三日の位置にある海辺の離宮である。

 断崖の上に建つ離宮から見下ろせるのは、エメラルドグリーンに輝く海。

 懐深い入り江は波が穏やかで、歴代魔王が愛した風光明媚な景勝地だ。

 見習いの子供達の引率を任された女官は、一二名。

 女官長は配下の中から、有能な女官達を厳選した。

 子供達を引き連れて離宮に到着した彼女達は、休む暇もなく働き始める。

 掃除に食料の仕入れ、寝具の準備などを、夜になるまでに済ませなくてはならない。

 そんな忙しい状況では、年端もいかぬ見習い達がいても邪魔になるばかり。

 だったら海辺で遊ばせておけと、女官の半数をつけて追い払った。


 竜族襲撃の話など、子供達は詳しい事情を知らない。

 ただ海へ遊びに行くとだけ伝えられ、出発当初から大はしゃぎ。

 実際に海を目の当たりにした途端、テンションが最高潮に達したのである。


「しっかし、チビッ子どもは元気だねえ」

 女官のマキナスは、潮風で乱れる赤い髪を手ぐしで掻きあげた。

 赤く染めた布帯を巻き付けた胸は、零れ落ちそうなほど豊満だ。

 褐色の肌が健康的な美しさを感じさせる、魔族の女子である。


 海におそるおそる浸かり、鯱族の女官に泳ぎを習う人族の子。

 すごい勢いで砂浜を掘りまくり、砂浜を穴だらけにする獣族の子。

 海中を突進して、小魚を追いかけ回す魔族の子。

 全力で遊び倒す後輩達のさまに、マキナスは感心すら覚えた。


「子供の頃のあなたの方が、もっと腕白だったでしょうに」

 傍らの女官が、そっけなく指摘する。

 シセラセという名の彼女は、この場のリーダー役を担っている。

 絹糸のように白く艶やかな髪を首筋辺りで切り揃え、尻尾を生やした白狐獣族だ。

 理知的な雰囲気を漂わせた、スレンダーな美女である。


「いやいや。わたしは子供の頃、お淑やかだったよね?」

 シレッとのたまうマキナスに、ふむと頷くシセラセ。

「確かに。大人になった今の方がひどいわね」

「どういう意味だよ」

「あら。あの子達、どうしたのかしら?」

 ジト目で睨むマキナスを無視し、シセラセが不審そうに呟く。

 浜辺に魔族と山羊獣族の幼女、そして人族の少女がいた。

 子供達はしゃがみ込んで、ジッと動こうとしない。


「どうしたの、あなた達?」

 気になったシセラセが近寄ると、子供達は同時に振り向いた。

「これ、なーに?」

 山羊獣族の子が舌足らずな声で、砂浜を指差す。

 何事かと、シセラセが女の子達の上から覗き込む。

「ああ、貝殻ね」

 浜辺なのだから、貝殻の類は無数に散らばっている。

 海に来たのは初めてなので、物珍しいのだろう。


 魔族の子が貝殻を拾い上げ、空にかざした。

「ほあー! きれー!」

 光を透かす桃色の貝殻を、魔族の子はうっとりと見惚れる。

「マウにもーマウにもー」

 羨ましくなったのか、山羊獣族の子が魔族の子の肩を揺すってねだる。

 しかし魔族の子は、ぷいっと背を向けてしまった。

「うー! うー!」

 山羊獣族の子は顔をくしゃくしゃにして涙目になる。

 すると人族の少女が辺りを見回し、別の貝殻を拾って渡す。

「ほら、マウマウ。これあげるから、泣かないで?」

 内側に光に当てると、七色に輝く貝殻だ。

「ありがとー!」

 途端に山羊獣族の子はご機嫌になり、満面の笑顔になった。

「オリア、ずるい! わたしにもちょうだい!」

 ふくれっ面になった魔族の子の頭を、人族の少女が撫でる。

「そうだ。これをいっぱいひろって、へいかにあげようよ?」

 人族の少女の提案に、魔族と山羊獣族の子は大賛成。

「おみやげー!」

「ひろおー!」

 彼女達は競うように、貝殻集めを始めた。


 シセラセの怜悧な容貌が、ちょっぴり緩む。

 彼女の脳裏に、かつての自分達の姿が浮かび上がった。

「なんか懐かしいねー」

 シセラセの横に、マキナスも並ぶ

 目の前の三人と同じような時期が、シセラセとマキナスにもあった。


 年少の見習い達は、だいたい三人一組になって生活を共にする。

 種族の異なる者同士を組み合わせるが、そこに人族を入れることが多い。

 魔王ヘリオスローザの代になってからの方針である。


「やっぱり、人族の子は成長が早いねー」

 マキスは人族の少女に目を向け、口元をほころばせる。

 魔族と山羊獣族の子供達のペアに、後から人族の子が加わったのだ。

 自分達よりも小さな幼児を、二人は実の妹のように甘やかした。

 それから数年の月日が流れる。

 その頃と比べて魔族の子も山羊獣族の子も、ほとんど見た目は変わらない。

 しかし人族の子は日に日に成長し、二人の背丈に追い付き、追い越した。

 今では年上の先輩達の、お姉さん的な立場になっている。


「久しぶりに、あの子に会いにいこっか」

「そうね。近いうちに休暇を取りましょう」

 二人の脳裏に浮かんだのは、かつての人族の友達である。

 成長の早い彼女は一足早く大人になって、見習いから厨房勤めになった。

 そして仕事の合間に、なにくれとなくマキスとシセラセの面倒を看る。

 やがて結婚をして城下から通うになったが、その関係は続く。

 シセラセが、次いでマキナスが女官になると、職を辞した。

 その後も折に触れ、シセラセとマキナスは彼女の許を訪れたのである。


 こうした幼少期からの経験のせいだろう。

 魔王城育ちの魔族や獣族は、人族全般に対して親近感を抱くようになった。


「お――――い!」

 海中で子供達を見守っていた鯱獣族の双子の姉、アトゥが叫んだ。

「厄介なのがきたよー!」

 妹のレプンも同じく、ブンブン手を振って注目を集めた。

「シーサーペントみたいね」

 シセラセは鋭い視線を沖合に向ける

「おお、けっこうな大物だね!」

 マキナスも、海上を切って近付いてくる背びれを確認した。


 シーサーペントは南の海に棲む、蛇のように長い胴体をした巨大魚だ。

 人族の船乗りにとっては、交易船を襲ってくる悪夢のような存在である。

 そんな厄介なシーサーペントが、この入り江に接近中だった。


「全員! 海から離れなさい!」


 シセラセは魔法で拡声し、子供達に指示する。

 浜辺で遊んでいた供達が、キャアキャア叫びながら走り出した。

 鯱獣族の姉妹は背びれで水を切り、高速で海中を泳ぎ回る。

 そして逃げ遅れた子供を捕まえては、ポイポイと浜辺に放り投げた。

 獣族の子は、クルリと回転して着地を決めた。

 魔族の子は頭や尻から落下するが、ケロリとして立ち上がる。

 最後に双子姉妹は、人族の子を両脇で抱えて海から飛び出した。


「きゃあ!?」

 海から遠ざかる途中、人族の少女オリアが砂浜に転んでしまう。

 先を走っていたイーリスとマーマウが駆け戻った。

 そして幼女達はオリアの身体を持ち上げ、頭上に高々と掲げる。

「お、おろして――――!」

 人族の少女の叫びを無視して、二人は軽々と走って退避した。


 全員の無事を確認すると、シセラセは注意を海へと戻す。

 波を切るシーサーペントの軌跡が、入り江の内側に侵入した。


「さてと、晩飯はアイツだな!」

 どう猛な笑みを浮かべ、マキナスが胸元で拳を打ち合わせる。

 シーサーペントに戦いを挑む気満々だ。

「まったくもう……」

 シセラセはため息をこぼし、首を振った。

 人族にとっては災厄であるシーサーペントを、魔族や獣族達は漁獲する。

 船団を組み、大量の銛や魔法を撃ち込んだ末に仕留めるのだ。

 とはいえシーサーペントが、手ごわい相手には違いない。

 いくら魔王城の精鋭たる女官とはいえ、六名では心もとないだろう。


 ちなみに魔王は、たまに犠牲者が出るシーサーペント漁を禁止している。

 しかし珍味であるシーサーペントのヒレを求め、密猟が絶えないらしい。


「でもよ? このままほっとけないだろ?」

 マキナスが顎をしゃくったので、シセラセは背後を振り返った。

 キャアキャアと、オリアが悲鳴をあげている。

 イーリスとマウマウが、楽しそうに人族の少女を胴上げしていた。


 もしもシーサーペントが入り江を占拠したら、どうなるか。

 わざわざ危険に手を出す魔族の習性は、子供の頃から芽生えているのだ。

 その無鉄砲さに獣族や人族の子が巻き込まれたら一大事である。


「心配いらないわ」

 シセラセは、確信を込めて断言する。

「どうして陛下が、この場所を避難先に選んだと思っているの?」

「魚が美味いから?」

「違うわよ。ここには守護者がいるのよ」

 シセラセは胸を張る。どことなく得意げだ。

「陛下が以前、仰っていたの。この離宮の入り江に潜む、八旗将について」

「こんなところに八旗将が?」

 マキナスが意外そうに眼を瞬かせる。

 ベレスフォードなど、表舞台で軍を率いる八旗将は有名である。

 ところが、あまり存在の知られていない八旗将も存在するのだ。

「陛下から聞いた話によると、それは―――」


 ずもおっと、入り江の中央辺りで海面が盛り上がった。


 海が台地のように高さを増し、シーサーペントを押し上げる。

 交易船をも越えるはずのシーサーペントが、ちっぽけに見えた。

 ビチビチと跳ね回る姿は、まるで陸上に打ち上げられた小魚だ。

 遠近感がおかしくなりそうな光景に、女官と子供達が息を呑む。


「災厄の大渦にして紺碧の海魔。最古の八旗将ウェルテクス…………」

 シセラセにも予想外だったのか、その声は消え入りそうだった。


 クジラの潮吹きのような、空にも届きそうな水柱が上がる。

 その瞬間、シーサーペントの姿が消えた。

「呑み込んだ!?」

 マキナスが驚愕する。

 まるで海そのものが大きな口を開き、吸い込んだように見えた。

 その巨大な何か――八旗将ウェルテクスが静かに海中に没してゆく。

 緩慢な動きに見えるのは、スケールが桁違いだからだ。


 しばらくしてから大きな波が押し寄せ、異変は終わった。


「「「すげえええええええええ!!」」」

 マキナスと子供達が大歓声をあげる。

 興奮のあまり、ぴょんぴょん跳ね回る子もいた。


 しかしマキナス以外の女官は、あまりの出来事に冷や汗をかいている。

(陛下! お話が違うではありませんか!?)

 魔王ヘリオスローザが、架空庭園でお茶をしていた時である。

 傍に控えていたシセラセ相手に世間話をして、たまたま話題が離宮に及んだ。

 離宮の入り江に太古より棲息する海魔を従え、最初の八旗将に任じたという。


 ――八旗将の中では一番可愛げがあって、余に懐いている愛いやつだ。


 そう語った主君の優しい表情を思い出し、

(どこに可愛げがあるのですか!?)

 シセラセは顔色を変えず、内心で絶叫した。

 彼女は主であるヘリオスローザに、心からの敬愛と忠義を捧げてはいる。

 それでも時々、思いっきり突っ込みたくなる瞬間があるのだ。


「面白いもんも見れたし、今日は引き上げるか?」

 能天気なマキナスの台詞に、シセラセは奥歯を噛み締めて癇癪を堪える。

「…………そうね。オヤツの時間にしましょう」

 彼女の言葉に子供達は大喜びで、離宮へ戻る道を駆け出した。

 元気いっぱいだが、オヤツを食べて横になれば、すぐに寝入ってしまうだろう。

 シセラセは、ショックから立ち直れぬ女官達の肩を押した。


 子供達を同僚達に追わせた後、彼女は確認のため浜辺を見回す。

 すると、先ほどの三人組が残っているのに気付いた。

 人族の少女と、魔族と山羊獣族の子達が揉めているらしい。

 胴上げから解放されたが、随分と怖い思いをしたのだろう。

 人族の少女オリアは、だいぶご機嫌な斜めのようだ。

 イーリスとマウマウが、オロオロとしながら謝っていた。


「仕方のない子達」

 子供のケンカなど珍しくもない。日常的な光景に過ぎない。

 なんだか安心したシセラセは、仲裁するために歩き出した。

【次回のよこく】予約掲載設定:来週_2024/10/07_月曜日 PM12:10

『 34_奥様と好みが一緒です』

奥様が町で、一人の蛮族を見掛けたことがきっかけでした。

それがまさか、あんな事態になろうとは。

いえ、別に深刻な話ではないのですが。


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