32_ガーデニングです
【前回までのあらすじ】
奥様が、旦那様にお仕置されました。
すぐ調子にのるからですよ。
少々信じがたい事実が一つ。
実は旦那様、結婚前は異性にやたらとモテていたのです。
しかも同じ人族よりも、異種族に好かれていました。
健気な吸精族達や、高慢ちきなエルフ共までも旦那様に好意を寄せる始末。
その典型的な実例が、うちの奥様なわけです。
どうして、あんなにも旦那様がモテたのでしょうか。
現在の奥様と旦那様は、度が過ぎるほど仲睦まじい夫婦です。
むろん余人が入り込む隙間など、毛ほどもありません。
いまさら原因を追究しても、意味などないのでしょう。
それでもやっぱり、たまに首を傾げたくなる時があるのです。
なんで、この方がモテるんだろうなあ、と。
◆
奥様と旦那様は、借家の敷地内に畑と花壇を造りしました。
花壇を作って草花を植えて育てているのが、旦那様。
そして庭の半分以上を占める畑を管理しているのが奥様なのです。
大半は野菜の類ですが、ハーブや薬草の種も蒔きました。
「どうして野菜ばっかりなのですか?」
せっせと雑草を抜いている奥様に訊いてみます。
魔王たる方が農家の真似事なんて、外聞が悪いですよ。
「せめて旦那様みたいに草花を植えればよろしいのに」
園芸が趣味なら、まだお上品な印象があるのに。
奥様が立ち上がって汗を拭うと、額が泥で汚れました。
スカートの裾と上着の袖をまくり上げた、はしたない格好です。
「花を愛でても、腹は満たせん」
とても。とても悲しい答えが。
「わたしの教育方針が間違っていたのでしょうか」
「そなたに教育された覚えなど微塵もない」
「わたしは反面教師だと、女官長は褒めてくれました」
「褒めてない。いずれは家畜も飼育し、自給自足体制を確立するのだ」
そんな野望を抱いていたとは。
それはさておき、とても気になることがあります。
「今さらですが、アレはなんなのでしょう?」
奥様は畑を区分けする際、周囲に奇妙なモノを植えました。
一見すると、ひょろっとした幹にツル状の枝が伸びる植物です。
ソレはすくすくと育ち、今では膝丈ぐらいの高さになりました。
「虫除けだ」
「ほほう?」
「あれを植えておくと、畑に害虫が侵入するのを防いでくれるのだ」
わたしは、ゆらゆらと揺れる奇妙な植物を観察してみます。
一匹の羽虫が飛んでくると、ビシッとツルを振って叩き落としました。
「な?」
「な、じゃありません。モンスターですよね、あれ」
得意げに胸を反らす奥様に突っ込みます。
植物に擬態していますが、まぎれもない有害危険生物です。
「物事には常に二面性があり、毒が薬になるように」
「そんなことはどうでもよろしい」
講釈を垂れようとする奥様を、ピシャリと遮ります。
「旦那様はともかく、マヤ達に危険はないのですか?」
マヤ達は毎日、うちに通ってきているのです。
何かの拍子に畑に近寄ったら、攻撃されてしまうかもしれません。
「あの虫除け草は、自分より大きいものは襲わん」
「虫除け草と言い張りますか。本当に気を付けてくださいね」
なんとなく不安にかられ、わたしは念押ししました。
自信満々な時にこそ失敗するのが、奥様という方なので。
◆
『なんですかね、あれは?』
「…………」
翌日の早朝、旦那様が畑に水を撒いていた時です。
近付こうとしていた奥様が、はたと足を止めました。
「まだ寝ていてもいいのに」
奥様に気付いた旦那様が、柔らかい笑みを浮かべます。
そうして水撒きながら、視線を下に向けました。
「これ、ずいぶんと人懐っこいね?」
旦那様の足元にいるのは、例の虫除け草です。
虫除け草がツルを伸ばし、旦那様の膝に絡めていました。
うねうねと幹をくねらせ、しがみついているように見えます。
「ちょっとごめんね」
旦那様はしゃがみ込むと、丁寧な手付きでツルを解きました。
再び絡みつこうとするのを躱すと、移動して水遣りを続けます。
『自分より大きいものは襲わないのでは?』
『…………』
いえ、襲うというより、じゃれついている?
移動した先で、また別の虫除け草に絡まれました。
その様子を見守っていると、あることに気付いたのです。
『花、咲いていませんか?』
『…………』
虫除け草の幹に、控えめですが花が咲いているのが見えました。
ほんとはモンスターなので、花と呼んでいいのか分かりませんが。
『…………あれは雌雄異株だ』
『はあ?』
『植物にも雄雌を区別するものがある』
『そうですか。あれはモンスターですけど』
『そして、ここに植えてあるのは、全て雌株だ』
『どうしてですか?』
『下手に繁殖すると、付近の生態系に壊滅的被害をもたらすから』
なんてものを持ち込むんですか。
『それと、あの状況に関係があるのですか?』
『…………旦那様に発情しているのだ』
『ちょっと待ってください』
待ってください本当に。
『そんな非常識な』
『余は旦那様を常識で判断することを、とうに諦めているぞ?』
奥様が、悟ったような表情で告げました。
そして旦那様と虫除け草の戯れを睨み、ボソボソと付け加えます。
『…………引っこ抜くか、ぜんぶ』
『心が狭すぎでしょ』
虫除け草相手に嫉妬しないでください。
『第一、そんなことしたら旦那様が嘆きますよ?』
旦那様は情が深い方ですからね。
『だって!』
『だってじゃありません』
ぐぬぬと、奥様は歯噛みしました。
それにしても、モンスターまで懐くなんて。
つくづく奇妙な方ですね、うちの旦那様は。
【次回のよこく】予約掲載設定:来週_2024/09/30_月曜日 PM12:10
『 33_魔王城の臨海学習』
魔王城の子供達が海へ遊びに行くそうです。いえ、疎開でしたっけ?
せいぜい楽しんでらっしゃい。




