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03_幕間_旦那様という人

【前回までのあらすじ】

結婚をして二年目となった魔王な奥様と、聖騎士の旦那様。


この度、御二人は王国を出奔することになりました。

 

 

 奥様の伴侶であり、聖騎士でもある旦那様は、実に評価が難しい人物です。


 容姿は平凡で、初対面で聖騎士だと気付く人はほとんどいません。

 公衆の面前で堂々と奥様といちゃつける神経の図太さと、かつて魔王様に勝利した凄まじい戦闘能力以外は、ごく普通の人族に見えます。

 先の戦争を単身で勝利に導くという絶大な功績を挙げたのです。野心さえあれば、王の地位さえ望めたはずです。

 しかし、その穏やかな人柄、悪くいえば覇気に乏しい性格のため、王国を出奔する破目になってしまいました。


 つまり、一見すると人畜無害なお人好し、それが旦那様の外面なのです。

 そんな旦那様ですが、時にはちょっとした事件を引き起こすこともありました。


      ◆


 旦那様は、王都を脱出した初日から元気一杯にはしゃいでいました。


 自分の国を捨てることに、多少は後ろ髪を引かれる想いがあってよさそうですが、そんな素振りは全くありません。むしろ清々しい面持ちで、荷車を牽く二頭ロバの手綱を取っていました。

 荷台に乗せた奥様と談笑しながら、拾った棒をぶんぶんと振り回す旦那様。

 もしや空元気では? そんな懸念も抱きました。

 ところが国境沿いの検問所で、警備の兵士に旅の目的を問われた時のことです。


「二度目の新婚旅行です」

 真顔で馬鹿な返事をした旦那様は、奥様の肩を抱き寄せて頬に口づけしました。

 顔を真っ赤にしてはにかむ奥様を見て、すっかり不貞腐れた警備の兵士達。

 彼らは通行を許可した後、立ち去る旦那様にやっかみの罵声を投げつけました。

 まさか彼らも、この能天気な男が出奔中の聖騎士だとは予想もしなかったでしょう。


「上手く誤魔化せましたね」

 奥様の言葉に、旦那様は首を傾げました。

「何が?」

 その素の態度を見て、わたしは確信したのです。

 旦那様は、本気で出奔中であることを忘れていると!



 さて、大事なのは、このお二人が尋常な夫婦ではないということです。

 魔族の魔法使いローズと名乗り、現在は専業主婦を務める奥様。

 しかしてその正体は、魔王の中の魔王、ヘリオスローザ陛下。

 旦那様も、王国最強とも大陸随一とも謳われた聖騎士ユリウス。

 そんな二人が旅を続けて、何事も起きないはずがありません。

 旅の途中で立ち寄る先々で、厄介ごとに巻き込まれたり厄介ごとを引き起こしたりで、大騒ぎになることもしばしばでした。

 とうとう逃げるように人目を避けた御二人は、急な豪雪でとある山中に閉じ込められたのです。

 もちろん、天候ごときで困る御二人ではありませんが、連れの二頭のロバはそうはいきません。

 彼らのために雪洞を掘り、大人しく避難したのです。

 しかし長引く降雪に、夫婦は暇と時間と体力と魔力を持て余しました。


 切っ掛けは、退屈しのぎに夫婦が一致協力し、雪を固めて作った、ごく小さな家でした。

 夫婦が仲睦まじく、童心に戻って戯れる姿を、この時は微笑ましく見守っていたのです。

 そして完成した雪の家は、奥様の魔法の補助もあって割と快適に過ごせました。

 ならばもっと増築し、いっそのこと冬ごもりしてしまおうと、旦那様が張り切ったのです


 来る日も来る日も雪を積み上げる旦那様のために、奥様は等身大のゴーレムを造りました。

 素材は雪なので何体でも造れます。戦場での土木工事を心得ていた旦那様は、最終的には一〇〇体あまりに増えたゴーレム達の陣頭指揮に立ち、夢中になって増築を重ねました。

「すごく立派で、大きな家になりそうですね、旦那様?」

 雪遊びに興じる子供のような旦那様を、奥様は温かく微笑みながら魔法で手伝います。

「とっても楽しみです」

 奥様の余計な一言に励まされ、旦那様が全力で挑んだ結果-―――


 難攻不落の、氷の城砦が完成してしまいました。


 城壁や外堀、見張り塔や支城まで備えた堅固な構えで、表面を一旦溶かして再び凍らせ、強度を増してあります。

 その外観は、氷の白く滑らかな美しさと、敵を一切寄せ付けぬ峻厳さを感じさせました。

 そして、その防衛能力を試す機会は、すぐにやってきたのです。


 偶然、狩りの途中だった猟師に発見されたのが運の尽きでした。

 村に帰った猟師の口から噂はあっという間に広がり、近隣の領主達の耳にまで届いたのです。

 領主達は連合して、氷の城砦に攻撃部隊を差し向けました。

 自領の近くに突如として軍事拠点が出現したら、誰でも驚きます。

 いずこかの勢力の侵攻と考えるのは当然でしょう。

 いまさら、『遊びで造りました』では、通らない状況になってしまったのです。


 寒さも和らぎ、そろそろ春の兆しが感じられる、ある日のこと。

 城壁に立って歩哨任務ごっこをしていた旦那様は、押し寄せる部隊を発見しました。

 軍事に長年携わってきた旦那様は、すぐさま自分の迂闊さを悟ったようです。

 奥様とロバ達と荷車を引き連れ、積雪を吹き飛ばしながら城砦を脱出しました。

 逃げる途中の山道で、旦那様は荷車を押す手を休めました。

 そしてご自慢の城砦に 攻撃部隊が押し寄せるのを眺めます。

 城砦からは、攻撃部隊に無数の雪玉が降り注いでいました。

 残してきたゴーレム達が、自律行動で反撃を開始したのです。

 矢が何本突き刺さろうが、構わず雪玉を投げつけるゴーレム達。

 旦那様の工夫で、城壁は垂直ではなく傾斜になっています。

 兵士達はつるつるとした斜面を這い上りますが、雪玉を当てられて次々と滑り落ちます。

 そして空堀まで落ち、積もった雪に埋まって身動きがとれなく者が続出しました。


「…………うわあ」

 たった一声。後にも先にも、この件に関して旦那様が口にしたのは、それだけです。

 旦那様は気まずそうな、でもどこか誇らしげな表情で、両者の攻防を眺め続けました。


 ちなみに氷の城砦は、春の終わり頃に陥落しました。

 氷ですから、最後は跡形もなく溶けて消えたそうです。

 この出来事は不可解な事件として広く世間に流布し、それを耳にする度に旦那様を赤面させました。

 こうして御二人は各地で騒動を巻き起こし、その噂に追い立てられるように旅を続けたのです。


 そしてとうとう、勢いあまって北限の町まで流れ着いたのでした。

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