28_お元気でしたか?
前章のあらすじ、みたいなものです。
あることないこと、言いふらします。
皆様、ご機嫌よう。お久しぶりです。
ご無沙汰していましたが、健やかでいましたか。
こちらはすっかり暖かくなり、幻獣の侵攻も本格化しています。
これが毎年恒例、北の大地に春が訪れたことを知らせるのだとか。
嫌な季節の風物詩です。
ところで。
わたしが以前に話したことを、ちゃんと憶えていますか?
まさか忘れてしまった、などということはありませんね?
……まあ、仕方ありません。おさらいをしましょうか。
いえ、遠慮は無用です。こちらの不手際もありましたので。
脚色たっぷり、虚実と愚痴を交えつつ語りましょう。
さて、それでは――
うちの奥様の名前はローズ。
旦那様の名前はユリエス。
傍からは仲睦まじい、ごく普通の夫婦に見えるでしょう。
しかし奥様の正体は、魔王ヘリオスローザ陛下だったのです。
お二人の馴れ初めは、戦場での一騎討ちでした。
その当時、人族主権のマイノ王国が異種族排斥政策を施行。
これに対して多種族領域である魔王領が宣戦を布告。
魔王様自ら軍を率いて出陣したのです。
魔王様の圧倒的な魔法の前に敗退を重ねる王国軍。
恐れをなした王国の諸都市は、戦う前に無血開城
もはや王国の運命は風前の灯火という、まさにその時です。
破竹の勢いの魔王軍の前に、聖騎士が立ちはだかったのでした。
聖騎士は、魔王様直属の八旗将を三柱までも撃破。
さらに王国側の劣勢を覆すべく、魔王様に一騎打ちを挑みました。
魔族の王ヘリオスローザ陛下。
人族最強の聖騎士ユリエス。
両雄は軍勢から遠く離れた、平原の丘で激突しました。
魔法の嵐が天空を焦がし、大地が煮えたぎる。
召喚した異界の神が猛り、爆音が戦場に轟く。
天変地異のごとき、凄まじい戦いが繰り広げられました。
それは王国軍どころか、魔王軍でさえ恐怖させたのです。
魔王様、やけに張り切っているなー、と。
待機していたわたしは、本陣から呑気に眺めていたのです。
――愚かにも、魔王様の勝利を疑いもせずに。
これが常勝無敗の魔王様が、初めて敗北した戦いとなりました。
その後の交渉で、魔王領は占領地を全て放棄することに同意。
マイノ王国は異種族排斥政策の廃止を条件に、両者は停戦しました。
結果はどうあれ一件落着と思い、しばらくしてからのこと。
準備を整えた魔王様は、魔王領を飛び出してしまったのです。
わたしさえも置き去りにして。
あの時のことは、まだ許していませんからね。
魔王様はマイノ王国に潜入、正体を隠して旦那様に接触。
なんやかやと色々なことがあって、最終的に結婚までにこぎつけました。
種族も立場も違えば、正体を隠したまま夫婦になったのです。
これでいいのかなーと思わないでもありませんでしたね。
でもまあ、念願かなって、ようやく結婚できたのです。
わたしも肩の荷が下りた気分でした。
…………甘ったるすぎる新婚生活には、正直辟易しましたが。
ところが、平穏な結婚生活が二年目にして破綻の危機を迎えました。
マイノ王国の愚王が、王女を旦那様に押し付けようとしたのです。
魔族である奥様と別れ、王国への忠誠を示せと迫ったのでした。
旦那様にとっては主君からの命令、奥様も密かに覚悟を決めました。
ところがですよ。旦那様は国よりも、奥様を選んだのです。
こうして奥様と旦那様は、王国から出奔する破目になりました。
お二人の逃避行には、悲壮感など欠片もありません。
二回目の新婚旅行気分で、イチャイチャしながら珍道中。
勢い任せに北上を続けた挙句、たどり着いたのがベルクドという町。
人族領域の北限、南下する幻獣を迎え撃つ冒険者の本拠地でした
北に進めなくなった奥様達は、しばし逗留することに。
この町で過ごす内に、それなりの出来事と出会いもあったのです。
ギルドの受付嬢ミルチルは栗鼠獣族の娘で、とっても愛らしい。
魔王領に戻ることがあれば、ぜひにも連れて帰りましょう。
マヤは健気で親孝行な人族の娘です。
ただ奥様や、わたしの正体を見られたのは困りものですが。
母親はマーサ、父親がレト、ローンとアルという二人の弟がいます。
後は、そうですね。
騎士道にかぶれて、奥様を敬愛する女冒険者のディオネ。
奥様に子供扱いされている、ヒゲ面冒険者のトール。
崇める女神の正体が奥様だと知らない、哀れな神官戦士のハイド。
冒険者ギルドマスターでエルフな、シルファ・シルヴィン。
忌々しい腹黒エルフの輩が、こんな僻地で何をしているのやら。
何はともあれ。
奥様も冒険者となったり、薬草採取に勤しんだり。
あるいは孝行娘の危機を救うため、こっそり幻獣の群れをせん滅するなど。
そんな長閑な田舎暮らしがお気に召したのか、この町に住むことにしたのです。
――ということで。
わたしは今日も、魔王な奥様と旦那様を見守っております。
【次回のよこく】予約掲載設定:本日_2024/09/02_月曜日 PM07:10
『 29_北の大地に春がやってきました』
さて、これからどうなることやら。
どうせ奥様が、また何かやらかすのでしょう。




