表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/47

26_旦那様にバレた!

【前回までのあらすじ】

無事、孝行娘マヤを救出しました。

事情を知った奥様が大見得をきったのですが、大丈夫なのでしょうか?

(全て、余に任せるがいい! でしたっけ?)

(…………)


 マヤを抱きかかえたまま、こっそり町に降り立った奥様。

 人目の付かぬ場所で髪を黄金色に、瞳を新緑の青さに偽装しました。

 あちこち汚れてしまったマヤの衣服をはたきながら、奥様はしつこく念押しします。

 絶対に内緒にしてねと哀願する奥様に、もはや魔王としての威厳など皆無です。

 よほど旦那様にバレるのが怖いのでしょう。

 それから二人は仲良く手をつなぎ、マヤの家に向かいました。

(大見得を切ったのはよろしいのですが、あてはあるのですか?)

(……………………)

 しつこく突っ込みますが、奥様は無言を貫きます。


 父親は怪我、母親は病気なのです。母親の方は、奥様の薬師としての知識が役立つでしょう。

 問題は、父親の骨折です。奥様の魔法による治療は、人族には通じにくいのです。

 人族と魔族は肉体の波長が違うため、軽い怪我ならともかく、骨折では自然の治癒力に任せるしかありません。

 その間の一家の収入をどうするのか、ということです。

 ですから、ちょっと手詰まりな状況なのです。奥様が妥協しない限りは。


(その子に、人に頼ることを教えたばかりではないですか。奥様が実践しないでどうします)

(…………うむむ)

(うむむ、じゃありません)

 わたしが叱ると、奥様は膨れっ面になりました。


 やがてマヤの家に到着しました。家計の苦しさを忍ばせる、粗末な一軒家です。

(隙間風が酷そうだ。春先でまだ寒いから、これもどうにかせんとな)

(誤魔化されませんからね?)

 口を尖らせた奥様が、家の扉をノックしました。


「マヤッ!!」「「おねえちゃん!」」

 扉を開け、母親のマーサが飛び出してきました。その後ろから、弟達も続きます。

「おかあさん!」

 感動の親子の再会です。ひしと抱き合って娘の無事を喜ぶ母親と、しきりに謝罪する娘。

「ごめんんさい! ごめんなさいおかあさん!」

「この子は! ほんとうにこの子は!」

 マーサは叱ろうとするものの、言葉にならないようです。

 娘の顔を確かめては、何度も抱き締めます。

 そんな母娘から、奥様はそっと顔を逸らしました。

 きっと、亡くなられた母君を思い出されたのでしょう。


「この度は、なんとお礼を申し上げたら」

 やがて人心地つくと、マーサは奥様に頭を下げます。

「それで、報酬のことなのですが…………」

「あ、いえ、それには及びません」

 奥様は慌てて両手を振り、それ以上言わせないように遮りました。

 家計が苦しくて報酬が支払えないことなど、奥様は先刻承知です。

「実はわたし、マヤちゃんとは友達なのです」

「友達、ですか?」

「ええ! もうそれは大事な親友なのです! お互いの秘密を守るぐらい!」

 ねっ? と奥様がマヤに目配せします。


 せこいですね、奥様。


「だから、わたしは親友を迎えに行っただけなので、報酬なんていりません」

 マーサはじっと奥様を見詰めてから、感極まったように頭を下げました。

 奥様も、さすがにバツが悪そうな顏です。


「立ち話もなんですから、どうぞ家の中に」

 マーサに勧められるまま、奥様は玄関をくぐりました。

 屋内は粗末な外観を裏切らず、内装も家具もかなり古びています。

 ですが手入れは怠っていないのか、薄汚れた印象はありません。

「マヤ!」

「おとうさん!」

 そして奥にあるベッドに横たわるのが、怪我をしたという父親のようです。

 精悍な顔つきの男前です。ベッドに駆け寄ったマヤを、今度は父親が抱き締めました。

 ここでも親子の感動的な再会が繰り返されます。

 しかし今度は、奥様が感慨に耽る余裕などありません。

 ざあっと音を立てそうな勢いで、奥様の顔から血の気が引きます。


「ローズ?」

「だ、旦那さまあっ!?」


 我が家の旦那様が、ベッド脇の椅子に腰掛けていました。

「ど、どどどうしてだっ、だだ旦那様がここにっ!?」

 完全に予想外な遭遇に、後ろめたいこと満載な奥様がパニック状態です。

「あー、うん。話せば長くなるんだけど」

 一方の旦那様は、落ち着き払ったものです。

 泰然自若として、うろたえる妻の問いに答えました。


 旦那様の話によると、マヤの父親とは同じ職場に勤める同僚とのこと。

 そもそも旦那様に職場を仲介してくれたのが、マヤ父らしいです。

「仕事がみつからなくて、橋の上で川の流れを眺めていたらね?」

 通り掛かったマヤ父が、慌てて旦那様を抱き止めたそうです。

 身投げだと思われたとのこと、もっとも、深さは膝までしかない小川だったそうですが。

 マヤ父、かなりウッカリ屋のようです。

 旦那様が事情を話したら、それならばと自分の職場を斡旋。

 こうしてめでたく、旦那様は就職したのでした。

(余計なことを!)

 奥様の抗議はむろん、わたし以外には届きません。


「彼が別の現場で足を骨折したことを、今日知ったんだ。それで治療をしようと訪ねてきたら、取り込み中みたいでね。痛み止めと骨接ぎをしたんで、お暇しようかと思っていたんだ」

 旦那様は、こともなげに言いました。


 そう、旦那様は痩せても枯れても聖騎士。

 聖騎士とは要するに、神聖を称する魔術が扱える騎士のこと。

 旦那様ならば骨折程度、すぐに治療できるでしょう。


 わたしが奥様に対し言外にお勧めしたのが、このことでした。

 つまり、旦那様に泣き付けと。

 奥様が頼めば、旦那様は二つ返事で承知するに決まっていますから。

 最終的には、そういうことになってはいたでしょう。

 ただ、頼れる完璧な妻を自負する奥様にとって、それはプライドに係わる問題だったのです。


(余の、普段からの行いの良さの賜物だな!)

 旦那様に頭を下げずに済んだ奥様は、内心で得意げでした。

 しかし旦那様は、ちょっと困った顔をします。

「ところが彼、栄養状態が悪くて。普通よりも完治に時間が掛かりそうなんだ」

「では、仕事の方は?」

「うん、五日は休まないと」

 かつかつの生活の一家には、それでもかなり負担でしょう。


「だから、仕事先の親方さんに頼んだんだ。俺が二倍働くから、彼にも日当を払ってほしいと」

 奥様は、唖然としました。無茶な要求だと思ったのでしょう。

「そうしたら、快く承諾してくれたよ。親方さんは、とても良い人なんだ」


 奥様は、旦那様を過小評価し過ぎだと思います。

 旦那様には尋常ならざる膂力があり、怪我の治療までできるのです。

 親方にしてみれば、日当が三倍でも惜しくはない人材でしょう。

「すまない、ユリエス! この借りはきっと返す!」

「気にしなくていいさ、レト」

 マヤ父は、レトという名みたいです。感涙にむせぶ彼を、旦那様は穏やかに宥めます。


 話を終えた旦那様が、奥様に向き直りました。

「さてと。それでローズは、どうしてここに? いったい、何があったんだい?」

 ついに、奥様が最も触れてほしくない部分に、踏み込まれてしまいました。


 冒険者、幻獣の殲滅と、芋づる式に秘密が掘り起こされてしまうのでしょうか。

 そうなったら奥様の正体まで白日の下にさらされ、夫婦生活が危機に陥ります。


 ――――いざとなれば、こっそり表に出て暴れ回ってしまいましょう。

 そうすれば、何とかやり過ごして誤魔化せるかもしれません。


「えーと、そ、それは、ですね…………」

 額に汗を掻きながら、しどろもどろになる奥様。

 指先をこねくり回したり、視線を左右にさ迷わせています。

 いかにも怪しい奥様を一瞥してから、旦那様は横を向きました。

「…………ねえ、君はどこで、このお姉ちゃんと知り合ったの?」

 今度は、父親に抱き着ているマヤに尋ねました。


 旦那様の肩越しに、奥様が盛んにジェスチャーします。

 身振り手振りで、黙ってくださいと拝み倒しました。

 そんな奥様の必死な様子に、マーサやレトも何事かを察したのでしょう。

 わたし達は固唾を呑んで、マヤの言葉を待ち受けました。


「ないしょです!」


 マヤが断固として、きっぱりと答えます。うーん、五〇点ぐらいでしょうか。

 案の定、旦那様はにっこり笑いました。おつむはアレですが、旦那様の勘は鋭いのです。

「そっかー、内緒かー、秘密なんだね?」

「うん、だれにも言っちゃダメだっておねえちゃんが」

「わあっ! わーわーわわ――――!」

 とうとう堪えきれず、奥様が騒ぎ立てました。

 それを一切無視して、旦那様はマヤとしっかり目を合わせます。


「いいかい、お菓子をあげると言われても、知らない人について行っちゃいけないよ?」

「…………あれ? 旦那様? え? 何かいわれのない疑いが掛けられているんですけどっ!?」


 旦那様に向かって、奥様は猛然と食って掛かりました。

 

 

【次回のよこく】

――奥様が明かす、驚くべき事実。

あの日から、全ては始まったのです。


『27_北の大地で始まる、わたしが見守る魔王な奥様と、旦那様の物語』


それでは明日、またお会いしましょう。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ