26_旦那様にバレた!
【前回までのあらすじ】
無事、孝行娘マヤを救出しました。
事情を知った奥様が大見得をきったのですが、大丈夫なのでしょうか?
(全て、余に任せるがいい! でしたっけ?)
(…………)
マヤを抱きかかえたまま、こっそり町に降り立った奥様。
人目の付かぬ場所で髪を黄金色に、瞳を新緑の青さに偽装しました。
あちこち汚れてしまったマヤの衣服をはたきながら、奥様はしつこく念押しします。
絶対に内緒にしてねと哀願する奥様に、もはや魔王としての威厳など皆無です。
よほど旦那様にバレるのが怖いのでしょう。
それから二人は仲良く手をつなぎ、マヤの家に向かいました。
(大見得を切ったのはよろしいのですが、あてはあるのですか?)
(……………………)
しつこく突っ込みますが、奥様は無言を貫きます。
父親は怪我、母親は病気なのです。母親の方は、奥様の薬師としての知識が役立つでしょう。
問題は、父親の骨折です。奥様の魔法による治療は、人族には通じにくいのです。
人族と魔族は肉体の波長が違うため、軽い怪我ならともかく、骨折では自然の治癒力に任せるしかありません。
その間の一家の収入をどうするのか、ということです。
ですから、ちょっと手詰まりな状況なのです。奥様が妥協しない限りは。
(その子に、人に頼ることを教えたばかりではないですか。奥様が実践しないでどうします)
(…………うむむ)
(うむむ、じゃありません)
わたしが叱ると、奥様は膨れっ面になりました。
やがてマヤの家に到着しました。家計の苦しさを忍ばせる、粗末な一軒家です。
(隙間風が酷そうだ。春先でまだ寒いから、これもどうにかせんとな)
(誤魔化されませんからね?)
口を尖らせた奥様が、家の扉をノックしました。
「マヤッ!!」「「おねえちゃん!」」
扉を開け、母親のマーサが飛び出してきました。その後ろから、弟達も続きます。
「おかあさん!」
感動の親子の再会です。ひしと抱き合って娘の無事を喜ぶ母親と、しきりに謝罪する娘。
「ごめんんさい! ごめんなさいおかあさん!」
「この子は! ほんとうにこの子は!」
マーサは叱ろうとするものの、言葉にならないようです。
娘の顔を確かめては、何度も抱き締めます。
そんな母娘から、奥様はそっと顔を逸らしました。
きっと、亡くなられた母君を思い出されたのでしょう。
「この度は、なんとお礼を申し上げたら」
やがて人心地つくと、マーサは奥様に頭を下げます。
「それで、報酬のことなのですが…………」
「あ、いえ、それには及びません」
奥様は慌てて両手を振り、それ以上言わせないように遮りました。
家計が苦しくて報酬が支払えないことなど、奥様は先刻承知です。
「実はわたし、マヤちゃんとは友達なのです」
「友達、ですか?」
「ええ! もうそれは大事な親友なのです! お互いの秘密を守るぐらい!」
ねっ? と奥様がマヤに目配せします。
せこいですね、奥様。
「だから、わたしは親友を迎えに行っただけなので、報酬なんていりません」
マーサはじっと奥様を見詰めてから、感極まったように頭を下げました。
奥様も、さすがにバツが悪そうな顏です。
「立ち話もなんですから、どうぞ家の中に」
マーサに勧められるまま、奥様は玄関をくぐりました。
屋内は粗末な外観を裏切らず、内装も家具もかなり古びています。
ですが手入れは怠っていないのか、薄汚れた印象はありません。
「マヤ!」
「おとうさん!」
そして奥にあるベッドに横たわるのが、怪我をしたという父親のようです。
精悍な顔つきの男前です。ベッドに駆け寄ったマヤを、今度は父親が抱き締めました。
ここでも親子の感動的な再会が繰り返されます。
しかし今度は、奥様が感慨に耽る余裕などありません。
ざあっと音を立てそうな勢いで、奥様の顔から血の気が引きます。
「ローズ?」
「だ、旦那さまあっ!?」
我が家の旦那様が、ベッド脇の椅子に腰掛けていました。
「ど、どどどうしてだっ、だだ旦那様がここにっ!?」
完全に予想外な遭遇に、後ろめたいこと満載な奥様がパニック状態です。
「あー、うん。話せば長くなるんだけど」
一方の旦那様は、落ち着き払ったものです。
泰然自若として、うろたえる妻の問いに答えました。
旦那様の話によると、マヤの父親とは同じ職場に勤める同僚とのこと。
そもそも旦那様に職場を仲介してくれたのが、マヤ父らしいです。
「仕事がみつからなくて、橋の上で川の流れを眺めていたらね?」
通り掛かったマヤ父が、慌てて旦那様を抱き止めたそうです。
身投げだと思われたとのこと、もっとも、深さは膝までしかない小川だったそうですが。
マヤ父、かなりウッカリ屋のようです。
旦那様が事情を話したら、それならばと自分の職場を斡旋。
こうしてめでたく、旦那様は就職したのでした。
(余計なことを!)
奥様の抗議はむろん、わたし以外には届きません。
「彼が別の現場で足を骨折したことを、今日知ったんだ。それで治療をしようと訪ねてきたら、取り込み中みたいでね。痛み止めと骨接ぎをしたんで、お暇しようかと思っていたんだ」
旦那様は、こともなげに言いました。
そう、旦那様は痩せても枯れても聖騎士。
聖騎士とは要するに、神聖を称する魔術が扱える騎士のこと。
旦那様ならば骨折程度、すぐに治療できるでしょう。
わたしが奥様に対し言外にお勧めしたのが、このことでした。
つまり、旦那様に泣き付けと。
奥様が頼めば、旦那様は二つ返事で承知するに決まっていますから。
最終的には、そういうことになってはいたでしょう。
ただ、頼れる完璧な妻を自負する奥様にとって、それはプライドに係わる問題だったのです。
(余の、普段からの行いの良さの賜物だな!)
旦那様に頭を下げずに済んだ奥様は、内心で得意げでした。
しかし旦那様は、ちょっと困った顔をします。
「ところが彼、栄養状態が悪くて。普通よりも完治に時間が掛かりそうなんだ」
「では、仕事の方は?」
「うん、五日は休まないと」
かつかつの生活の一家には、それでもかなり負担でしょう。
「だから、仕事先の親方さんに頼んだんだ。俺が二倍働くから、彼にも日当を払ってほしいと」
奥様は、唖然としました。無茶な要求だと思ったのでしょう。
「そうしたら、快く承諾してくれたよ。親方さんは、とても良い人なんだ」
奥様は、旦那様を過小評価し過ぎだと思います。
旦那様には尋常ならざる膂力があり、怪我の治療までできるのです。
親方にしてみれば、日当が三倍でも惜しくはない人材でしょう。
「すまない、ユリエス! この借りはきっと返す!」
「気にしなくていいさ、レト」
マヤ父は、レトという名みたいです。感涙にむせぶ彼を、旦那様は穏やかに宥めます。
話を終えた旦那様が、奥様に向き直りました。
「さてと。それでローズは、どうしてここに? いったい、何があったんだい?」
ついに、奥様が最も触れてほしくない部分に、踏み込まれてしまいました。
冒険者、幻獣の殲滅と、芋づる式に秘密が掘り起こされてしまうのでしょうか。
そうなったら奥様の正体まで白日の下にさらされ、夫婦生活が危機に陥ります。
――――いざとなれば、こっそり表に出て暴れ回ってしまいましょう。
そうすれば、何とかやり過ごして誤魔化せるかもしれません。
「えーと、そ、それは、ですね…………」
額に汗を掻きながら、しどろもどろになる奥様。
指先をこねくり回したり、視線を左右にさ迷わせています。
いかにも怪しい奥様を一瞥してから、旦那様は横を向きました。
「…………ねえ、君はどこで、このお姉ちゃんと知り合ったの?」
今度は、父親に抱き着ているマヤに尋ねました。
旦那様の肩越しに、奥様が盛んにジェスチャーします。
身振り手振りで、黙ってくださいと拝み倒しました。
そんな奥様の必死な様子に、マーサやレトも何事かを察したのでしょう。
わたし達は固唾を呑んで、マヤの言葉を待ち受けました。
「ないしょです!」
マヤが断固として、きっぱりと答えます。うーん、五〇点ぐらいでしょうか。
案の定、旦那様はにっこり笑いました。おつむはアレですが、旦那様の勘は鋭いのです。
「そっかー、内緒かー、秘密なんだね?」
「うん、だれにも言っちゃダメだっておねえちゃんが」
「わあっ! わーわーわわ――――!」
とうとう堪えきれず、奥様が騒ぎ立てました。
それを一切無視して、旦那様はマヤとしっかり目を合わせます。
「いいかい、お菓子をあげると言われても、知らない人について行っちゃいけないよ?」
「…………あれ? 旦那様? え? 何かいわれのない疑いが掛けられているんですけどっ!?」
旦那様に向かって、奥様は猛然と食って掛かりました。
【次回のよこく】
――奥様が明かす、驚くべき事実。
あの日から、全ては始まったのです。
『27_北の大地で始まる、わたしが見守る魔王な奥様と、旦那様の物語』
それでは明日、またお会いしましょう。




