25_魔王様、降臨!
【前回までのあらすじ」
孝行娘のマヤが、母親の薬草を採取するため、町の外へ出てしまいました。
そのことを知った奥様は、魔王様に変身です。
マヤもまた、幻獣の襲来を長年防いできた町の住人ということなのでしょう。
賢明にも幻獣の進路を避ける位置を心得え、薬草採取に赴いたようです。
一人で町の外に出たのは無謀ですが、最低限の注意を払ったことは評価できます。
転移門を抜けた途端に、景色が切り替わります。
我ながら上首尾でした。マヤをすぐに補足できる上空に出られたのですから。
彼女はちょうど、追いすがる幻獣の群れから必死に逃げているところでした。
その数、三〇〇体ほど。
明らかに、先ほど魔王様とディオネと一緒になって誘導した群れです。
マヤの運が悪かったというより魔王様のせいですね、これは。
町から引き離されて南下する途中で、マヤを見つけたのでしょう。
子供の足では追い付かれるのも時間の問題、そういう場面でした。
魔王様の瞳が、真紅の輝きを増しました。
マヤを目指し、赤い髪をなびかせて魔王様が飛翔します。
大規模な魔法で幻獣を殲滅すれば、マヤも巻き込みます。
膨大な魔力を保有するがゆえに、低出力の魔法の制御が不得手な魔王様。
咄嗟に凝縮できた魔力槍は、わずか四条あまり。
斉射した光の槍が地面に打ち込まれ、爆発によって魔物の進路を妨害します。
その隙に、逆巻く風をまとった魔王様が着陸態勢に突入。
魔力をまとった両足で大地を削りながら、魔王様は急停止しました。
「マヤ! 怪我はないか!」
魔王様の声に、逃げていたマヤが立ち止まります。
「ロ、ローズお姉ちゃんっ!?」
振り返ったマヤが、驚きに目を瞠りました。魔王様を、奥様だと認識しています。
偽装の魔法は外見上の変化や魔力抑制だけでなく、他者への印象も操作します。
ですが無垢な子供には効果が薄いので、正体がバレてしまったようです。
魔王様を見て、マヤはへなへなと腰を抜かしました。
体力の限界と、緊張の糸が途切れたせいでしょう。
(後は頼むぞ)
魔王様はグッと拳を握り、腰を屈めました。
マヤを背後にかばい、接近する魔物の群れに対峙します。
一撃で殲滅するような魔法では、爆風などでマヤにまで被害が及んでしまいます。
不得手な小規模魔法を放っていては、数に押されて接近を許してしまうでしょう。
ですから魔王様は、肉弾戦を決意したようです。
しかし、魔王様の本質は魔法使いです。
戦士のように武器や技を駆使した戦い方は不得手なのです。
それでも魔王様は、迷うことなく幻獣の群れに向かって突撃しました。
魔王様に向かって、一斉に襲い掛かる幻獣の群れ。
その光景を目の当たりにしたマヤが、悲鳴を上げました。
一体目の幻獣が、爆散しました。
跡形もなく、魔石さえ残さず、雷鳴のような音と共に砕け散りました。
そう、あの方は魔王です。
天空を焦がすほどの魔力を身に宿し、圧倒的な破壊力で大地を震わせる魔王なのです。
三〇〇体の幻獣に取り囲まれた魔王様が、ただ拳のみで迎え撃ちます。
爆音が断続的に轟き、幻獣達が次々と消滅しました。
拳が触れただけで、魔力の奔流が幻獣達を内側から木っ端みじんにします。
魔王様の動きが加速し、拳の速さが通常生物の動体視力を越えました。
荒れ狂う暴力の旋風が、貪欲に幻獣達を喰らっていきます。
撃破された幻獣の粉塵が、辺り一面に白い霧のように立ち込めてきました。
手加減してなお、魔王軍の頂点に位置する八旗将を打ち負かす。
それが魔王、ヘリオスローザ陛下なのです。
――――魔王様の勇姿を目の当たりにして、改めて不思議に思いました。
これほど強大な存在に勝利した旦那様は、いったいどれほどの強さを秘めているのでしょうか。
しかし、やはり魔王様は、戦士ではありませんでした。
自らに向かう相手には絶対的な強さを誇りながら、それ以外には注意が届きません。
魔王様に向かわず、マヤ目掛けて突進する幻獣を取りこぼしてしまいました。
数体の魔物の接近に気付いたマヤが、恐怖に固まります。
腰の抜けた彼女は逃げ出すどころか、身をかばうことさえ忘れていました。
立ち込める白い粉塵で、視界が利かなくなったせいもあるのでしょう。
破壊の演舞を繰り広げる魔王様は、こちらの状況を見落としていました。
もちろん、それで構わないのです。
魔王様がひたすら前へ突き進む時、その後背を支えて守るモノ。
それが、わたしという存在なのですから。
――――やはり魔王様は、わたしがいないと駄目なのですね。
気配遮断を解くのと同時に、眼前に迫る幻獣どもをまとめて薙ぎ払います。
幻獣どもを破壊した衝撃波が、勢い余って地面まで吹き飛ばしました。
ちょっと、張り切り過ぎたかもしれません。
衝撃波と大量の土砂が、魔王様と幻獣の群れをまとめて吹き飛ばしました。
(おいこらっ!?)
白い粉塵と土煙の向こう側で、魔王様が何やら叫んでいるようです。
…………まあ、これしきのこと、魔王様とっては大したことではありません!
(ご安心ください! こちらはぜんぜん大丈夫ですから!)
わたしの控えめな攻撃では、被害が広範囲に渡ることはありません。
念のために振り返り、マヤの無事を確認します。
ばっちりと、彼女と目が合ってしまいました。
こちらを見上げ、マヤが口をあんぐりと開けています。
まあ、こればかりは仕方がありませんね。
「誰にも喋ってはいけませんよ?」
そう告げた後、わたしは再び姿を消しました。
◆
やがて全ての幻獣を消滅させた魔王様が、こちらに戻ってきました。
「どういうつもりだっ!」
へたり込むマヤの前に立つと、魔王様が怒号しました。
子供相手なのに、容赦がありません。むしろ子供だからこそ、全力で叱るのです。
「母上がどれほど心配しているのか、分かっているのか!」
魔王様の怒りを目の当たりにし、マヤは硬直しました。
泣くことも、悲鳴もあげることさえできません。
これほど魔王様が激怒されたのは、随分と久しぶりです。
「そなたは、こんな愚かな真似をする娘ではなかったはずだ。それなのにどうして――――」
魔王様の表情が、悲しげに曇ります。やはり子供相手では、怒りを持続できないのでしょう。
じわりと、マヤの目に涙が浮かび、ついには大声で泣き出しました。
魔王様は、じっとマヤを見詰めます。辛抱強く、その時を待ちます。
やがて少しばかり落ち着いたマヤは、しゃくりあげながらも事情を明かしました。
彼女の父親が、怪我をしたそうです。
足の骨を折り、当分仕事には出られなくなったとのこと。
病気の母親の治療費のため、貧しい生活を送っていた家族に、貯えがなどありません。
その夜、不安になったマヤが寝床で眠れずにいると、父母の会話を耳にしました。
マヤと弟達を、遠い親戚に預ける相談をしていたそうです。
わずかな家財を売り払って旅費に当て、両親は残るつもりだと。
怪我で動けぬ父親と、病の母親だけが残ればどうなってしまうか。
最悪の結末を悟ったマヤは、幼いながらも考えたようです。
獲った魚の代金は生活費の足しにする。危険でも、母の薬草は自分で採ってきて――――
つかえながらも事情を説明していたマヤの声が、途切れました。
魔王様に、抱き締められたからです。
「――――そなたの父母と、そなたの覚悟、共に見事である」
魔王様にとって、それは最大級にも等しい賛辞です。
「しかし、そなたを案じる母上のことも考えよ。もしそなたの身に何かあれば母上の悲しみは、いかばかりであろうか。そなたと同じように、母上もそなたを大切に思っているのだぞ?」
「でもっ! だってっ!」
道理を説く魔王様に、マヤが癇癪を起します。彼女だって、そんなことは分かっているのでしょう。
腕の中で暴れるマヤを、魔王様は優しく抱きかかえました。
もちろん、魔王様も分かっているのです。だから、こう告げました。
「そなたはまだ幼い。だから大人を、いやさ余を頼るがよい」
魔王様はマヤを抱えたまま立ち上がり、ゆっくりと空中を浮上します。
「余に出会えたことは、そなたの運命であろう。ならば余も、その運命に従おう」
次第に離れてゆく地面を、マヤは目を丸くして眺めます。
「全て、余に任せるがいい!」
北の大地を見下ろす空の彼方で、魔王様が堂々と宣言しました。
その直後、奥様はマヤに頼み込みました。
「でも、さっきのことは内緒にしてね? ね?」
もし旦那様の耳に届いたら、正体がバレてしまいますからね。
何度も口止めする奥様は、けっこう必死でした。
【次回のよこく】
とうとう奥様の秘密が白日の下に!?
『26_旦那様にバレた!?』
それでは明日、またお会いしましょう。




