22_さあ! 突進です!
【前回までのあらすじ】
勝手に冒険者パーティーに入れられ、さすがの奥様もお腹立ち?
奥様に邪険にされたディオネが、落ち込んでどっかに行ってしまいました。
放っておけばいいのですよ、奥様。
(ところで、騎士道ってなんですか?)
スタスタと歩き続ける奥様に尋ねました。
奥様は無駄知識の宝庫です。
魔王就任以前の奥様が、よく大図書館に入り浸っていたのを、退屈しながら眺めていたものです。
「遠い昔に流行した、理想的な騎士の規範だ。地域や時代によって差異はあるが、一般的に勇気や高潔さ、礼儀や誠実さを尊ぶものだ」
見聞きした冒険者の生き方とは、随分とかけ離れている気がします。
「奥様はご存じだったのですか?」
初対面の時、奥様がディオネのことを騎士と呼んだのを思い出しました。
「彼女の胸甲や手甲は、年代物の騎士の装備だ。魔術が施され逸品だし、それなりの身分の者が着用していたのだろう」
「なるほど。もしかすると彼女の先祖に騎士がいたのでは?」
「かもしれんな」
そんな会話を続けていると、やがてディオネの姿が見えてきました
ぽつねんと佇み、北の山脈を眺めています。
腑抜けていたのか、声を掛けるまで奥様に気付きませんでした。
「ローズさん!? どうしてここに!」
驚くディオネに答えず、無言のまま彼女の隣に立つ奥様。
「トールのやつ、何をやっているんだ! ローズさんを一人で来させるなんて!」
「あなたを信頼しているから、トール君は安心して送り出してくれたのよ?」
奥様の言葉に、ディオネは目を瞬かせます。
「そんなあの子の信頼に、あなたは甘えていない?」
疑問符が浮かびそうな、間抜け面を晒すディオネ。
「パーティーは、互いに信頼し、命を預け合う仲間だと聞いています。それなのに、あなたは仲間に相談することもなく、ただ自分の感情のままに、わたしをパーティーに加えてしまった。あなたはトール君とハイドさんが賛成するものと、勝手に思い込んだ。それが、甘えです」
奥様の鋭い舌鋒に、ディオネが絶句します。
「わたしの身を案じてくれたことには、感謝しています。ですが――――」
奥様が、ディオネを真正面から見据えます。
「仲間を蔑ろにするあなたを、わたしは好きになれません」
ディオネが、面を伏せました。
「…………すみ、ませんでした」
彼女の足元に、ぽたりぽたりと涙がこぼれ落ちます。
奥様はディオネに歩み寄り、その頬に手を添えて顔を上げさせました。
指先で彼女の涙を拭いながら、奥様が微笑みかけます。
「謝罪は、あなたの大切な仲間に。過ちを認め、素直に頭を下げられる方が、わたしは大好きです」
ディオネの顔がくしゃっと歪みます。溢れる彼女の涙を、奥様は何度も拭いました。
(まあ、自分の過ちを認めず、素直に頭を下げられない奥様の言うことではないですけどね?)
(どういう意味だ! 余ほど謙虚に自分の過ちを認める者はいないだろ!)
(そんなことより、幻獣が接近中です、奥様)
奥様の訴えを無視して、とりあえず注意を促しました。
ご自分のことを、奥様はまるで分かっていませんね。
「ディオネさん、ちょっと訊きたいのですが」
「な、なんでしょう」
鼻をズズッとすすって、ディオネが答えます。
「今の季節、まだ幻獣の群れは小規模だと、学んだことがあるのですが」
「そうですね。北の山脈からの進路が雪に塞がれ、幻獣達は埋もれてしまいます。春先になると、雪が溶けて這い出た幻獣が、小規模な群れとなって南下するだけです」
「なら、あれはイレギュラーな事態ね?」
奥様が指差した方向に目をやったディオネが、目を瞠ります。
続々と続く幻獣の群れが、こちらに迫っています。
その数、ざっと数えて三〇〇余り。
今まで見た中では、一番規模の大きい幻獣の群れです。
「な、なんであんな大群が!」
「困ったことになりそうですか?」
「まずいです! 今の時期、まだ町の備えが整っていません! うちのパーティーみたいに、冒険者だって十分な数が揃っていないんです!」
動揺するディオネを横目に、奥様は考え込みます。
(彼女はどうしたのでしょう、こんなに慌てて?)
(幻獣の南下対策が、長い年月繰り返されて習慣化された弊害だな。イレギュラーな事態に対して、即応する体制ができていないのだろう)
(たかが三〇〇程度の数で?)
(魔族基準で考えるな。人族の本領は、集団が力を合わせた時に発揮するのだ)
なるほど。いざとなれば強力な個体が、力づくで解決する魔族とは根本的に違うのですね。
「ディオネさん、どうしますか?」
ちょっとの間、彼女は考え込みました。
歯を食いしばり、拳を握り締めていた彼女は、やがて決然とした面持ちで剣を抜きます。
「ここはわたしが殿を務めます。ローズさんはトール達と合流して、大至急ギルドマスターに報告してください!」
はて? どうしてそんな結論になるのでしょうか。
「でも、接近する幻獣の速度から考えると、どんなに頑張っても途中で追い付かれそうですが?」
彼女が殿を務めても、一対三〇〇です。彼女の実力を考慮しても、多少足が鈍る程度でしょう。
奥様はともかく、トールとハイドの脚力では町にたどり着いたとしても、すぐに幻獣が町に迫ります。
「あなただけが急いで町に戻れば、備える余裕ができますけど?」
「あなたを残していけません!」
奥様の実力を知らないディオネが、そう叫びます。
本当なら、ディオネがこの場を離れた後で、奥様がこっそりと幻獣を全滅させればいいのです。
でも、後々のつじつま合わせが面倒な気がします。
めぐり巡って、旦那様の耳に入らないとも限りません。
「なら、わたしが囮になって幻獣達を誘導し、町から遠ざけます!」
「わたしの姿も視認されています。わたしとあなた、幻獣達は二手に分かれて追うでしょうね」
幻獣は、目にした獲物に襲い掛かる習性がありますからね。
こちらが姿を捉えたのなら、当然あちらも奥様達の姿も見えているはずです。
「なら、なら――――どうしたら!」
混乱するディオネの背後に、奥様が回り込みます。
「よっこいしょっと!」
「ロ、ローズさん!? いったい何を!」
突然、奥様がディオネの背に飛び乗りました。
「さあ、行きましょう! 幻獣の群れを、トール君達と町から遠ざけるのです!」
「無茶言わないでください!」
「いいからいいから! さあ行けえ――――――!」
奥様が、実に楽しそうに号令しました。
【次回のよこく】
『23_捧げなさい、完全なる勝利を!』
幻獣の群れを相手に奮闘するディオネ。
さあ、奥様のために剣を掲げるのです!
それでは明日、またお会いしましょう。




