21_働きなさい、奥様のために!
【前回までのあらすじ】
旦那様が、就職してしまいました。
奥様のずさんな計画に危機が!
(囚人の護送か、これは?)
周囲を冒険者達に囲まれた奥様が、不貞腐れながら歩きます。
奥様の左側にはトール、右側にはハイド、先頭にはディオネという配置です。
彼らの装備がガチャガチャ鳴って、たいそう耳障りでした。
ディオネは本人の了承もなく、奥様を勝手に自分達のパーティーに組み込んだのです。
彼女の独断専行に対して、仲間達も特に反対の言葉は口にしませんでした。
トールは苦笑、ハイドは仏頂面でしたが。
流れるように臨時パーティーの手続きが行われ、審査もギルドマスターであるエルフが即決。
あっという間に話はまとまり、奥様は否応もなく町から連れ出されてしまいました。
昨日までのディオネ達は、あくまでも偶然行き先が同じという体裁を取り繕っていました。
しかし今日は臨時とはいえ同じパーティー、そんな気兼ねはないようです。
周囲をがっちり固められた奥様は、進行方向を決める事さえままなりません。
明らかに不機嫌そうな奥様を、先頭のディオネがチラチラと様子をうかがいました。
「わたしは薬草採集をしていますので、皆さんは幻獣狩りでもした方が…………」
奥様の遠回しな抗議に、トールが肩を竦めます。
「気にするなよ、いつも美味いもん食わせてもらっている礼もあるからな」
「…………パーティーで請けた仕事は、全員で果たすのが道理だ」
ハイドにも、別行動の意思がないようです。
そんな二人を、奥様は恨めし気に見上げます。
奥様の背丈は平均的ですが、両脇の男達はそれを大きく上回ります。
なにせ口をへの字に曲げた奥様が、少女のように見えてしまう程です。
この状況に不本意そうな奥様ですが、男達を邪険にはしません。
一人が子供認定した相手、もう一人がかつての愛弟子の系譜だからでしょう。
ですが、この事態の張本人については話は別みたいです。
「ローズ嬢は気にせず、薬草採取に専念してください」
振り返って告げたディオネに対し、奥様はそっぽを向きました。
奥様の無言の非難に、ディオネが顔を引き攣らせます。
しかし、どうやら彼らを遠ざけるのは無理そうだと、奥様も悟ったようです。
奥様がぴたりと足を止めると、何事かと視線が集まりました。
「トール君、ハイドさん。二人を助手に任命します」
奥様が、ニヤリと笑いました。そのただならぬ雰囲気に怖気づく男達。
さっと周囲を見回した奥様は、薬草の分布状況を一瞬で把握しました。
「さあさあ、てきぱきと働くのよ!」
パンパンと手を打ち鳴らした奥様は、さっそく男どもをこき使い始めました。
◆
他人に仕事をさせる時、奥様に容赦はありません。
その場合、たとえ子供が相手でも同じです。無理はさせませんが、決して甘やかしません。
そして相手は、体力だけはある冒険者です。馬車馬のように働かせても大丈夫です。
奥様は矢継ぎ早に指示を下し、彼らを縦横無尽に指揮しました。
「それは全部抜いては駄目よ、根が残っていればまた生えてくるから。これは根っこに薬効があるから、丁寧に抜いて。でも株の三分の一は残すように。トール君! 引っ張らず、周りの土から崩すようにしなさい、掘った土は戻しておくのよ。ハイドさん、何をもたもたしているの? 手が汚れる? 後でしっかり洗いなさい。それは毒草よ、葉に入った筋の色合いで見分けるの。それに触っちゃダメ! 手がかぶれるから!」
次から次へと下される細かい指示に、男達は右往左往します。
奥様は自ら手を動かしながらも、目配りを欠かしません。
男どもの手が休まぬように、矢継ぎ早に次の仕事を命じます。
但し、もたついても頭ごなしには叱りません。薬草の見分け方や採取のコツを、丁寧に教えます。
「ほら、もっとこっちに寄りなさい」
しかるにトールは、態度がなっていません。
せっかく奥様が手を取って教えているのに、あからさまに嫌がる素振りを見せるのです。
「いて! ひっぱるな!」
離れようとするトールの髭を、奥様は指先で挟んで逃しません。
奥様が面倒をみてきた男子達と同じ反応ですね、まったく。
「あのー? わたしは何をすれば……………」
ディオネが、おずおずと申し出ました。彼女はずっと、手持無沙汰で佇んでいるだけなのです。
しかし奥様は、ツンと顎をあげて彼女を無視し、口をきこうともしません。
「…………周辺を偵察してきます」
どんよりと落ち込んだディオネが、その場を離れて行きました。
「あいつのこと、勘弁してやってくれねえか? お節介かもしれないが、悪気はねえんだ」
ディオネがいなくなり、しばらくしてからトールが奥様をなだめます。
勝手にパーティーに入れられたことを、奥様が怒っていると思ったのでしょう。
「…………彼女は、騎士道に憧れていた。物語に登場するような騎士の在り方に」
次いでハイドが、そんな言葉を継ぎます。
「だが、そんな騎士像と冒険者は、真逆の存在に等しい。水と油のように、互いを相容れない」
「この町に来たばかりの頃のディオネは、他の冒険者と喧嘩ばかりしていたな。立派なお題目を唱えるディオネに、他の冒険者達が反発したんだ」
ちょっと遠い目をするトールを見て、ハイドは首を傾げました。
「トールは、彼女とすぐに仲良くなったな? きれいごとを並べる連中は毛嫌いするのに」
「口先だけじゃねえ、ああいう真っすぐなやつは嫌いじゃねえ」
そこまで言ってから、トールが嘆息しましす。
「あの頃に比べると、あいつも随分と大人しくなっちまったけどな」
「報酬のために働く冒険者が、徳を尊ぶ騎士道を実践するのは難しい。現実が分かって、大人になった証拠だよ」
しんみりと昔を語り合う男二人を背に、奥様は無言を貫きます。
なだらかな丘の稜線を越えたため、ディオネの姿は見えません。
「だけど最近は、昔のディオネに戻ってきたような気がする」
奥様は腕を組んでジッと、彼女が消えた方角を眺め続けます。
そんな奥様を一瞥し、トールがぽつりと漏らしました。
「たぶん、嬢ちゃんに出会ったせいだ」
奥様が歩き出しました。ディオネが越えた丘の先を目指します。
「あんまり遠くに行くなって、ディオネに伝えてくれ!」
奥様は肩越しに頷くと、足を速めました。
【次回のよこく】
『22_さあ! 突進です!』
奥様、お説教モード全開です。
そんな時、またしても幻獣の群れが。
でも、ちょっと数が多くないですかね?
それでは明日、またお会いしましょう。




