20_緊急事態、発生!
【前回までのあらすじ】
ぷふふっ、ちょっと聞いてください!
なんとですね! 女神ヘルザの正たヒィっ!?
夕食の席で、旦那様が告げました。
「俺、就職したんだ」
奥様の手から、ポロリとスプーンが落ちました。
翌日、冒険者ギルドのロビーが、ちょっと異様な雰囲気に包まれていました。
テーブルに着席し、天板に肘をついて頭を抱える奥様。
そこに同席しているディオネ、トール、ハイド。
声を掛け辛いのか、彼女達は困惑した表情で奥様を眺めているだけです。
それに気付かぬ奥様は、同じ繰り言を内心で叫んでいました。
(まさか旦那様が就職できるとは! 旦那様を雇うとは、いったいどこの物好きだ!)
自分の夫をつかまえて、随分な言い草です。
(土木関係なら、体力があり余っている旦那様向きではないですか?)
なんでも、道の舗装や町を取り囲む壁の修理をする仕事らしいです。
重い石材を扱うので、身体能力が常人を逸脱している旦那様なら苦もなく勤められるでしょう。
(このままでは、旦那様を扶養家族にする余の遠大な計画に支障が!)
(そもそも奥様は、冒険者になってからろくに稼いでいないのです。それで旦那様を養う云々などとは、身の程を知りませんね?)
(身の程って、魔王なんだけど!?)
うんうんうなっている奥様を前に、観客達が互いに目くばせします。
付き人であるディオネとトール。
そして本人に自覚はありませんが、奥様の信者であるハイド。
彼の信奉する女神ヘルザのモデルが、実は奥様なのです。
視線だけでやり取りしていましたが、どうやらディオネが押し負けたようです。
「あの、ローズ嬢。どうかしたのですか?」
「…………お金を…………お金を稼がないといけないんです!」
「はあ、それはまた」
ディオネが目線で助けを求めるが、トールとハイドは目を逸らします。
「でしたら、あの子達の採取依頼は断らないと」
頼りにならない男どもを睨みつけながら、ディオネが指摘しました。
冒険者になったばかりの奥様は新人扱い。依頼の受注は一日一件という決まりがあります。
当然、マヤ達の依頼を受ければ、実入りの良い仕事は諦めなくてはなりません。
がっくりと肩を落とす奥様を、ハイドがじっと見詰めます。
「別の仕事をやらないのか?」
黙って首を振る奥様。それはそうでしょう、どう考えても子供達の方が優先度は高いのです。
「…………お人好しな魔族だね」
思わずといった感じで呟いたハイドが、ハッと我に返ります。
そして、ニコニコ笑うディオネと目が合い、慌てて目を逸らしました。
「だいたい、なんでギルドを通さなきゃならねえんだ?」
トールが首を捻りながら、周囲を見回します。
「聞いた話からすると、直接薬草と魚を交換した方が早くねえか?」
「えっ!?」
(えっ!?)
「いやだからさ、わざわざギルドを通さなくても、物々交換でいいかなあ、なんて…………」
奥様の驚愕の表情に、トールの言葉が尻すぼみなります。
しくじった! 先に気付いていれば、得意満面で奥様をからかえたのに!
こんな髭面の男に出し抜かれるとは一生の不覚です!
「しかも、ギルドを通すと手数料を差っ引かれるしね?」
わたしはすぐさま、気配遮断を念入りに施します。
「そうそう、大した額でもねえのに、ギルドはがめついんだよな!」
トールが、うっかり口を滑らしました。
「お、おいトール」
「うん、なんだ……よ…………」
ディオネに袖を引かれ、ようやく傍らに立つ人物に気付いたようです。
忌々しいエルフにして、冒険者ギルドのマスター。
シルファ・シルヴィンが、うすら笑いを浮かべていました。
◆
「なるほど、事情は分かりました」
その後、全員に尋問して事情を把握したエルフは、納得したように頷きました。
「もとより、ギルドが冒険者の私的な取引を掣肘することはありませんから、ご自由にどうぞ」
「だよな!」
安堵するトールを、エルフが冷やかに一瞥します。
「冒険者ギルドの収益が、地元と冒険者に還元されている実情を理解してもらえないのは残念ね?」
バツが悪そうに頬を掻くトールを横目に、奥様が尋ねます。
「それで、ミルチルちゃんのことは」
奥様がおそるおそる確認します。
「ミルチルに関しては…………」
固唾を呑んで見守る奥様から、エルフはついっと顔を背けました。
「…………情状酌量の上、不問としましょう」
奥様と、カウンターで聞き耳を立てていたミルチルが、ほっと胸を撫で下ろしました。
「ありがとうございます、ギルドマスター!」
しかし何故か、ディオネ達がまじまじと、そっぽを向くエルフを見詰めています。
「それでローズさん? あなたは冒険者としてお金を稼ぎたい。でも、幻獣討伐には参加したくない、そう仰るのですね?」
集中する視線を振り払うように、エルフが話題を転換しました。
「はい。幻獣討伐なんて恐ろしいこと、わたしにはとてもとても」
奥様が身震いすると、ディオネはその通りだと言わんばかりに頷きました。
ですがトールは、鼻に皺を寄せ、顔付きが胡散臭そうです。
エルフも、嫌な目付きをしています。きっと、腹黒さがにじみ出ているのでしょう。
「薬草採取では、大した稼ぎにはなりませんよ?」
「複数の依頼を請けさせてもらえれば、成果を出してみせます」
奥様が自信ありげに言えば、うーんとエルフは腕を組みます。
「さすがに登録してから間もない新人に、複数受注を認める訳には」
そう言いつつ、彼女はちらちらとディオネ達に視線を送ります。
「…………ですがもし、実績のある冒険者とパーティーを組むのなら」
「やります! わたし達が組みます!」
手を挙げたディオネが、勢いよく名乗り出ました。
「そうね、あなた達とローズさんが組むなら、これだけ認めましょう」
右の手のひらを広げ、依頼件数五つ分を示します。
「わたし達は、それなりにギルドに貢献しているはず。新人を交えても、五つは少なすぎます」
「うーん、じゃあ二つ追加。これで精一杯よ?」
「それで手を打ちます!」
奥様達が唖然としている間に、ディオネとエルフがどんどんと話を進めました。
【次回のよこく】
『21_働きなさい、奥様のために!』
奥様が、たいそうご機嫌斜めです。
さあお前たち! きりきりと働きなさい!
それでは明日、またお会いしましょう。




