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19_奥様が聖女!?

【前回までのあらすじ】

奥様が、生意気な神官戦士をやり込めてやりました。

ざまあみろ、です。

(奥様? 家に戻らないのですか?)

 今日の依頼を完了し、報酬の銀貨一枚を受け取った奥様は、またもやギルドの裏手で身を潜めていました。

 やがて、あの日と同じようにマヤ達がやってきて、裏口の戸を叩きます。

 正面から入らないのは、むさくるしい冒険者どもを避けてのことでしょう。

 ミルチルが出てくると、今日は子供達を中に招き入れました。

「ギルドの正式受注だから、手続きをするのだろう」

 奥様の言葉が正しかったのか、やがてマヤ達がヘリルリ草の束を抱えて出てきました。

 立ち去ろうとする彼女達の前に、奥様が物陰から姿を現しました。

 子供達は跳びあがって驚きましたが、奥様に気付くと笑顔になりました。


「これは、どういうこと?」


 奥様は、その手に一枚の銀貨を乗せて差し出しました。

 戸惑う子供達に、奥様は静かに尋ねます。

「あなた達に渡した銀貨一枚と銅貨一〇枚。それをどうしてギルドの報酬に上乗せしたの? 前と同じ、銅貨四枚にすれば、残りはあなた達のものなのよ?」

 質問の意図が分らないマヤが、首を傾げます。しかし、ふと思いついたように、

「…………もしかしてお姉ちゃんが、お母さんの薬草をとってきてくれていたの?」

 一瞬、言葉に詰まりましたが、奥様は根負けしたように頷きます。

「ミルチルお姉ちゃんが言ってた、やさしい冒険者さんってローズお姉ちゃんだったんだ!」

 マヤは跳び上がり、奥様に抱きつきました。

「ありがとう、ローズお姉ちゃん!」

 照れ臭そうな奥様が、懸命に表情を引き締めます。

「それがわたしのお仕事だったから。それよりもどうして、報酬の値上げなんてしたの?」


「ミルチルお姉ちゃんが言っていたの。きっと、だれも薬草をとってきてくれないだろうって」

 先にディオネが頼みを断ったので、ミルチル自身も現実の厳しさを悟っていたはず。

 だから幼い子供達が後で失望しないようにと、釘を刺したのかもしれません。

 それでもミルチルは一縷の希望を託し、あの銅貨四枚の不正依頼票を貼り出したのでしょう。

 奥様が最初に依頼票を見つけたのは、この子達にとって幸運だった訳です。


「でも、ローズお姉ちゃんは、薬草をとってきてくれた。お薬にしてお母さんに飲ませたら、とても元気になったって喜んでくれたの!」

 マヤは奥様から離れると、きちんと頭を下げました。

「どうも、ありがとうございました!」

 弟二人も、姉に従ってぺこりとお辞儀します。

「お父さんがね、いつも言っているの。人からもらった恩は、すぐに返しなさいって。だから、ローズお姉ちゃんからもらったお金で、そうしようと思ったの」

(安い報酬で働いてくれた、見知らぬ親切な冒険者への恩返しですか。なかなか義理堅い子ではないですか、奥様)

 魔王領にいる馬鹿どもに、見習わせたいものです。

 奥様は、物思いに耽っていました。

 しばしの沈黙の後、膝をついて目線の高さを合わせ、マヤの肩に手を置きました。


「どうやら、そなたを子供とあなどっていたようだ。そなたは気高く、敬服に値する」


 マヤがきょとんとしていますよ、奥様? 言い回しが小難し過ぎます。

「マヤちゃんは可愛い上に、とっても良い子ねってこと!」

 奥様はマヤを抱きしめ、マヤの頭をわしゃわしゃと撫でまくりました。

 遊んでいると思ったのか、弟達も奥様にせがみます。


 ふむ。ひょっとして一件落着、なのでしょうか?

 ところで、こちらを覗き見していた気配が三つ、こそこそと離れていきます。


 あの連中は、いったい何をしに来たのでしょうか?


      ▼▼▼


「なんだったの、あれは?」

 ローズと子供達のやり取りを思い出し、ハイドが首を捻る。

 ディオネに引きずられるままに物陰に潜み、一部始終を見届けたのだ。

 現場から離脱し、ギルド直営の酒場に入って注文を終えるまで、なんの説明もなかった。


「あれが、ローズ嬢の受けていた依頼の顛末だ」

 ディオネは、ローズと子供達双方の事情を語った。

 自分が子供達の苦境を見捨てたことも含め、ミルチルの不正行為、ローズの行いなどを全て打ち明ける。

 その間、トールは黙々と杯をあおり続けた。その表情は髭に隠れ、読むことはできない。

 ハイドの顔に浮かんだ困惑の表情は、次第に深まるばかりである。

 ディオネの言葉は耳に入るが、理解が追い付かないようだ。


「ハイド、お前が魔族を嫌っているのは分かった。だが、あの人に突っかかるのは止めてくれ」

「お、おい!?」

 ディオネはテーブルに擦りつけるように頭を下げ、ハイドを驚かせる。

「お前は共に戦う大切な仲間だ。だが、出会って間もないが、ローズ嬢も尊敬に値する人だと思っている。その二人が仲違いするのは、とてもつらいんだ」

「分かった! 分らったから止めてくれ!」

 ディオネがようやく顔を上げると、ハイドは気まずそうに頬を掻く。

「君がそこまで肩入れするなら、とりあえず丁重に扱うよ」

「今は、それでいい。いつか、彼女の人となりを見極め、受け入れてくれたら嬉しい」

 それには答えず、ハイドは酒を口にして考え込む。

 彼は、先程目にした光景と、ディオネから聞いた情報を改めて咀嚼する。


 金銭を施すのではなく仕事のやり取りで、子供達の尊厳を守りつつ苦境を救う。

 名を秘したまま、微々たる報酬で危険を冒し、相手に恩に着せることもない。

 神の教えを実践し、いくら説法しても聞き入れなかった仲間をわずか数日で改悛させた。

 それらの行いは、傍若無人な魔族とは思えない。


 なによりも、あの初対面での出来事だ。

 こちらが振り上げた武器に目もくれず、暴力に立ち向かう毅然とした態度。

 まるで魂の奥底まで覗き込むような、静かな叡智をたたえた瞳の輝き。

 悪魔どころではない。その行いの数々は、まるで――――


 そう、まるで聖女のようではないか。


 魔族の女が、聖女?

 混乱したハイドは、酒を一気に呷った。


      ◆


「さて奥様、きっちり白状して頂きましょうか?」

「にゃ! なんのことだっ!?」


 わたしが問い詰めると、奥様は挙動不審な態度になりました。

「あのハイドという神官戦士に対する怪しげな態度、いえ」

 衣に包んだ川魚を、フライパンで焼いている奥様の手が震えます。

「あの、ヘルザ教のことです」

 ばらばらの記憶のピースが、わたしの中で飛び回ります。

 あと一つ、重要なピースが欠けている、そんな気がするのです。

 それを奥様が、ご存知なのだという確信がありました。


「…………わたしの曽祖父にあたる魔王が、衛生に関する概念を確立したのだ」

 えいせい? いきなりなんの話でしょうか?

「しかし病原体への理解がいまいち浸透せず、衛生対策はとん挫した。わたしの代になって再び試みたが、やはり結果は芳しくなかった。そんな時、あの子が現れたのだ」

「あの子?」

「ケリンだ。ほら、理屈屋の」

「――――ああっ! コソ泥ケリン!」


 ずいぶんと懐かしい名前ですね。

 すぐに屁理屈をこねまわして魔王様を困らせた、実に小憎らしい子供でした。

 ケリンは最初、魔王城に忍び込み、厨房から食料を盗もうとしたところを捕縛されたのです。

 ひねくれた性格の持ち主で、奥様が一〇年掛けてようやく矯正した程でした。


「あいつも手洗いの習慣がなかったから、試しに仕込もうとしたのだがな? 得意の理屈で反論されて、上手くいかなかった。曽祖父も病原体の存在を予測したが、あくまで仮説の域を出なかった。そこを次々と論破される始末だった」

 ああ、あの時分、よく二人で意味不明な議論をしていましたね。

 思えばあの子は、奥様にとって弟子のような存在でした。


「…………そうこうして年月を重ねているうちに、なんかもう、面倒になってな?」

「はあ?」

「勢いに任せて、ぜんぶ呪いの類で片付けてしまったのだ」

 反省している、奥様はそんな顔をされました。

「呪いは反証不可能な現象だ。そういうものだと、受け入れるしかない。意外にもケリンは納得し、手洗いや身の回りを清潔にすることに熱心になった」

「上手くいったのですね?」

 奥様は、残念そうに首を振ります。

「ケリンは人族だったろ? やがて故郷に帰り、わたしから学んだ知識を広める活動に従事し、一つの団体を創設した」

「ひょっとして、それがヘルザ教団?」

「そうだ。病を呪いという概念で説明したために、時代を経るに従って、その団体は次第に宗教色を強めていった。その一例が、呪いは何者がもたらしたかについての解釈だ。呪いの根源は悪魔にあるとされ、一般の人族が抱いている魔族のイメージと融合してしまったのだ」


 なるほど。つまり、

「全ての元凶は、奥様ではないですか?」


 あの神官戦士ハイドの奥様に対する偏見の数々は、正しくケリンを教育できなかった奥様の、いわば自業自得ではないでしょうか。

「まあ、そうとも言うな?」

 すっとぼける奥様ですが、問題はそこではありません。

「だとすると、女神ヘルザというのは」

「言うなああああ―――――!」

 奥様が絶叫しました。

 ヘリオスローザとヘルザ。

 なるほど、時間が経つ内に呼び名が変化したのでしょう。

 あの子は言葉に訛りがあったので、上手く伝わらなかったのかもしれません。


「魔王なのに女神とか――――ぷっ」

 思わず失笑すると、奥様は耳を塞いでしまいました。

 いまこそ、止めです!

(あの神官戦士が、自分の崇める女神が奥様だと知ったら、はてさてどうなることやら)

 念話で直接指摘すると、奥様が羞恥のあまり身悶えました。


 その姿を堪能しながら、内心で首を傾げます。

 あの神官戦士は、いわば奥様の信者。

 いかに奥様に無礼を働こうと、それはすなわち、奥様への信仰のあらわれを意味します。

 つまり、無礼を咎めて首を刎ねる訳にはいかないのでは?


 とうとう奥様は床にぺたりと座り込み、両手に赤くなった顔を埋めてイヤイヤしております。

 そんな奥様をいじりながら、この究極の矛盾に頭を悩ませるのでした。



 ちなみに、焼いていた魚は真っ黒になりました。

 

 

【次回のよこく】

『20_緊急事態、発生!』

なす術もない奥様が、冒険者パーティーに加入!?

力を合わせ、困難に立ち向かうのですか!?

――第4章 奥様と騎士――


それでは明日、またお会いしましょう。

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