17_厄介なのが、また増えた!
【前回までのあらすじ】
子供達に意地悪した魚屋が、営業停止処分になったそうです。
奥様、何かやりましたね?
子供達との約束から、二日後のことです。
あの日の夜、わたしは大図書館を守護する八旗将二柱をぶちのめし、魚料理に関する本をかっさらってきました。
さすが、わたしです。有能過ぎるにも程があります。
大図書館から持ち帰った本は数十冊に及び、その大半を屋根裏部屋に隠しました。
めぼしいレシピを丸暗記した奥様は、新たな魚料理に挑んだのです。
「魚がこんなに美味しいなんて知らなかったよ」
その甲斐あって、旦那様の評価は上々でした。
スープに浮かぶ魚の切り身を、溶かし込んだチーズと一緒に食べてご満悦です。
「きっとローズの愛情がこもっているからだね」
その一言が、余計なのですよ旦那様?
ほら、奥様がテレて、スープをぐちゃぐちゃとかき混ぜているじゃないですか。
やめて下さい、お行儀が悪いです。
そもそもです、真の功労者は調理本を持ち帰った、このわたしですから。
それはともかく、今日も今日とて冒険者ギルドに赴いた時、そいつがいたのです。
「お前は魔族!?」
ご大層な甲冑を装備した、亜麻色の髪をした若い人族の男です。
そいつは奥様を見るなり、指を突き付けて怒鳴りました。
「なぜ闇の眷族がここにいる! さっさと南へ消え失グウ―――――!」
「すみません! こんなのばっかりで、すみません! どうしようもないやつらですみません!」
男の口を塞ぐなり、ディオネは卑屈になって詫びました。
…………不覚にも、彼女に対して共感を覚えてしまいます。
わたしの脳裏に、魔王領の面々の顔が次々と過りました。
「ピュハーッ! 鼻まで塞ぐなよディオネ! 危うく窒息するところだった!」
「戯れ言を吐くのに使う空気など必要ない!」
「無茶言うな! いいか! 魔族とは即ち! この世に災いをもたらす悪魔なのだ!」
そう叫ぶなり、男は腰のメイスを引き抜きました。
…………思わず、笑い出したくなります。
こんなにも分かりやすい《敵》の方が、却って対処しやすいというもの。
その首! もらキャウンッ!?
(控えておれ、この馬鹿者が)
(お、奥様っ!? 痛い! 痛いですよこれっ!)
奥様がこっそりと展開した魔法で、拘束されてしまいました。
容赦なく締め上げられ、逃れようとしても身動きできません!
(折檻だ、しばらく大人しくしていろ)
(そんなご無体なっ!!)
わたしの哀願を無視し、奥様は男に会釈しました。
「わたしはローズと申します。仰る通り、魔族の生まれです。神官様のお名前は?」
「どうして僕が神官だと分かった!?」
奥様の言葉に、男は目を瞠ります。
「その胸に下げられた聖印は、ヘルザの信徒の証。そして信仰厚い立ち振る舞いと、手にしたメイスから、神官戦士団の方と拝察しました」
「その通り、僕はヘルザ教の神官戦士ハイド! さあ魔族よ! この地より即刻立ち去るなら、女神ヘルザの慈悲によって見逃してやる!」
ハイドという愚か者が、メイスを振りかざしました。
「否というなら、力尽くでも追い出してやる!」
ですが奥様は、一歩も退きません。
ただじっと神官戦士に視線を向け、身をかばう素振りも見せません。
奥様! これを解いてください!
「それ以上、この方を侮辱するな」
その時です、ディオネが動いたのは。
神官戦士の前に立ちはだかり、腰の剣を抜きました。
「ディオネ! どういうつもりだよ!」
「それはこっちの台詞だ、ハイド。この方に狼藉を働くなら、わたしが相手だ」
ディオネは冷やかに吐き捨てると、スッと腰を落としました。
「君はその悪魔に誑かされているんだ! 目を覚ませ!」
彼女は答えません。全身をバネにして踏み込み、相手に斬りつける構えです。
両者の間に緊迫した空気が張り詰め、視線が交わって火花を散らしました。
「よしなさい、ディオネさん。お仲間に剣など向けるものではありません」
「ローズ嬢!? 駄目です!」
ディオネを押しのけ、奥様は神官戦士の前に立ちました。
「抵抗などしません。わたしを打ち据えるのなら、存分にどうぞ?」
神官戦士が、明らかに動揺しました。メイスを持つ手が、ぴくりと震えます。
「あなたの女神に恥じることがないのなら、さあっ!」
奥様は凛とした態度で、神官戦士を一喝しました。
ディオネが奥様の横に立ち、いつでもかばえるように身構えます。
「そこまでだ、ハイド。なんなら俺も相手になるぞ?」
いつの間にか、トールが神官戦士の背後に立っていました。
鞘に納めた大剣で、神官戦士の頭をこつんと叩きます。
「一発くらって、おネンネするか?」
「後ろからなんて卑怯だよ!」
神官戦士の抗議に、トールは皮肉気に笑いました。
「俺はしがない冒険者なんで、上品な流儀なんて知らないのさ。それにハイド、お前さんのためだぞ?」
トールの言葉が、真剣味を帯びます。
「お前の女神さんは、こう言っているんだよな? 戦う意思のない者や、女子供を打ってはならないって。自分の女神さんを裏切る真似をするなら、それを止めてやるのが仲間ってもんだろ?」
神官戦士はしばらく押し黙ってから、しぶしぶメイスを下ろします。
それを見届けてから、ディオネも剣を収めました。
「嬢ちゃん、あんたも挑発するなよ。ただの怪我じゃ済まなかったところだぞ?」
トールが渋い顔で、奥様に説教します。
「ハイドさんは本気ではなかったのよ、トール君?」
しれっと告げた奥様に、トールは絶句します。
ねっ? 奥様が神官戦士に微笑み掛けました。
「最初から最後まで、この方の瞳はとても綺麗に澄んでいたもの」
唖然とする神官戦士。奥様はさらに言葉を続けます。
「わたしを脅すことで、穏便に町から退去させるつもりだったのでしょう?」
奥様が確認すると、神官戦士の首筋にじわじわと血の気が昇ります。
それが顔に届く前に、神官戦士は口をへの字に曲げてそっぽを向きました。
「…………脅している時点で、穏便もへったくれもねえけどな」
トールも不機嫌そうに呟きました。わたしも同感です。
「ここは仲間の顔に免じて引き下がるが、諦めた訳ではないからな」
負け惜しみをほざく神官戦士。それに頷いてから、奥様はカウンターに向かいます。
受付嬢のミルチルは青ざめ、唇を震わせていました。
「あ、あの、大丈夫ですか? 怪我、してませんか?」
「見ての通りよ? ハイドさんは、むやみに暴力を振る方ではないから」
奥様が、安心させるように彼女の頭を撫でます。
ミルチルに涙目で睨まれた神官戦士が、気まずそうに目を逸らしました。
(ところ奥様? そろそろこれを解除してもらえませんか?)
(反省の意味で、一日中そうしていろ)
(そんな殺生な!)
ちょっと拘束を緩めてもらえましたが、これではいざという時、対処できません。
「それじゃ、いつもの依頼をお願い。今日は出ているでしょ?」
わたしの懇願を無視して、奥様はミルチルに告げました。
「あ、はい! ヘリルリ草の採取ですね。ありますよ!」
ミルチルは途端に表情を明るくし、台帳を引き出しました。
「とっても良いお知らせがあります!」
「あら、何かしら?」
嬉しそうなミルチルにつられ、奥様の口元も自然とほころびます。
「何とですね! この依頼、今日から報酬金額が上がりました!」
ミルチルの宣言に、奥様の顔が強張ります。
「報酬金額は銀貨一枚! やっぱり安いですけど、正式な依頼になりました!」
(そんなバカな!?)
奥様の内心の絶叫は、わたし以外の誰にも届きませんでした。
【次回のよこく】
『18_汝、手を洗え!』
どうやら奥様にも予想外の事態の事態が発生したようです。
それにしても、どうしてお前までがついてくるのですか。
女神? なんですか、それ?
それでは明日、またお会いしましょう。




