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16_奥様の呪い!

【前回までのあらすじ】

奥様が、道端で泣いていた子供達を手懐けました。

連れて帰ってはダメですからね。

また旦那様に叱られますよ?

 

 

 道すがら、奥様はマヤ達から事情を訊き出しました。

 魔王城にいた頃は、見習いの子供達を手ずから育てられた奥様です。

 子供の扱いには馴れたもので、すぐに懐かれました。


「…………そう、お母様がご病気に」

 奥様が呟くと、マヤは悲し気に俯きます。

 ちなみに奥様はいま、歩き疲れた弟二人を両腕に抱きかかえています。

 そこは腐っても魔王様、子供二人分の体重など屁でもありません。

「お医者様には診せているの?」

「たまに…………でも、お金がないから」

「じゃあ、お薬は?」

「冒険者さんにおねがいして…………」

 そこまで聞いて、あっと気付きました。


(奥様、もしかしてこの子達は!?)

 冒険者ギルドの裏口で、ミルチルが薬草を手渡していた子供達ではないでしょうか。

(なんだ今頃。憶えていなかったのか?)

 奥様が呆れますが、一瞥しただけの子供達を記憶している方がおかしいのです。

「うちの近くでとったお魚を…………そのお金で…………」

 微々たる金額ですが家計の足しにして、さらにそこから、薬草採取の報酬を捻出していたそうです。

「でも、だんだんお金をへらされて……でも、よそでは買ってくれないから…………」

 ああ、なるほど。お金が足りなくなって、今日は採取依頼が出せなかったのですね。

 マヤの話を聞き終えると、奥様の顔から感情が抜け落ちました。

 わたしでさえゾッとするほどの、底の窺い知れない無表情です。


『…………λύοβεζλεεβ』


「え、なに?」

 低く何事かを囁いた奥様を、マヤが不思議そうに見上げます。

「うん? 何も言っていないわよ?」

 嘘です。いまこっそりと、呪文を唱えましたね、奥様?

 いったい何をされたのでしょうか?、

「それよりも、マヤちゃんにお願いがあるんだけど」

 しらばっくれた奥様が、抱えている弟達に頬ずりします。

 くすぐったそうな子供達の笑い声で、赤く染まり掛けた瞳が新緑の色彩に戻りました。


「わたしの旦那様がね、お魚が大好物なの。だからお魚を獲ってきて、家に毎日届けてくれないかな?」

 困惑するマヤに、奥様は笑い掛けます。

「代金はもちろん、お店で買うのと同じ値段でね?」


 マヤ達と一緒に家に帰り着くと、奥様は今後のことを取り決めました。

 魚の配達時刻は、奥様が冒険者活動を終えて自宅に戻る頃を指定しました。

 もし留守ならば、裏手の軒先に木箱を用意するので、魚はその中に入れること。

 その場合は代金を木箱の蓋の上に置いておくと伝えました。

 マヤが理解すると、奥様は子供達を家に送り届けました。


 子供達の家が見える場所で、奥様はマヤ達と別れました。

 頭を下げるマヤに、ばいばいと手を振る弟達。

 それに手を振り返した奥様は――――脱兎のごとく駆け出しました。

 猛スピードで家に戻るや否や、引っ越しに使った木箱に腐敗防止と冷気保持の魔法を施します。

 それを裏手の軒先に設置し、銀貨一枚と銅貨一〇枚を蓋に乗せて準備完了。

 再び家に駆けこむと、浴室の準備を大急ぎで整えてから、台所に突進。

 買ってきた魚を捌いて、包丁の背で叩き始めました。

 凄まじい形相で魚を骨ごとすり身にし、香草を混ぜて団子にします。

「あの、奥様?」

「なんだ! いま忙しいのだ!」

 竈に火を入れながら、奥様は苛立たし気に怒鳴ります。

 そろそろ旦那様の帰宅時間なので、だいぶ焦っているようです。


「旦那様は、あまり魚がお好きではなかったのでは?」


 鍋に水を注いでいた奥様の手が、ぴたりと止まりました。

 旦那様のお好みなど、奥様が先刻ご承知のはずなのです。

「…………好き嫌いはいかん」

 平静を装って答えてから、鍋を竈に乗せました。

「魚は骨を丈夫にする。それに頭を良くする成分も含まれているとかいないとか。旦那様には丁度良い」

 酷いことをおっしゃいますねっ!?

 ですが根本的な問題は、そこではありません。

「魚料理を、毎日ですか?」

「も、もちろん調理方法を変えて…………」

「でも奥様は、魚料理はほとんど作ったことありませんよね?」


 それは旦那様の好みに合わせた結果でした。

 さらに結婚前は、菓子作りが主流でした。子供達に対する、あからさまな人気取りです。

 そのことで度々、女官長に説教されていました。子供達を子豚のように太らせるなと。

 つまり奥様のレパートリーに、魚料理がほとんどないのです。

 毎日魚料理を出していれば、すぐにネタが尽きるでしょう。


「よし、そなたは大急ぎで魔王領に戻れ!」

 唐突に、奥様が命じました。

「大図書館から、魚料理に関するレシピを洗いざらい盗んでこい! 今夜中にだ!」

「ええ――――!?」

 思わず悲鳴をあげてしまいました。

 大図書館は、魔王城の地下深くに広がる大迷宮の最深奥にあります。

 最高機密区画であり、八旗将が常駐するほどの厳重な防衛体制が敷かれています。

 正規の手順を踏まずに侵入することは、たとえわたしでも容易ではありません。

 大迷宮のみならず、その大図書館を一晩で攻略しろと!?

 奥様が奥歯をぎりっと鳴らし、拳を握り締めます。

「五日の内に同じ料理を出すなど、余の沽券に係わる一大事ぞ!」


 んなこと知るか――――っ!!


 と、心の中で絶叫しましたが、そこは唯一無二の側近を自負する悲しさです。

「承知…………致しました」

 仕方なく、わたしは家を飛び立ちます。

 上空で転移門を開きながら、ふと夕焼けで真っ赤に染まる西の空を眺めました。


 ふふふふ、いいでしょう、やってやろうじゃないですか。

 大図書館を守護する八旗将は、たかが二柱。相手にとって不足はありません。


 どうやら今宵は、血の雨が降りそうです。


      ▼▼▼


「よお、遅かったじゃないか」


 酒場にディオネが入ってくると、目ざとく見つけたトールが声を掛ける。

 この酒場は、冒険者ギルドの直営である。

 荒くれ者の冒険者が、ご近所様に迷惑を掛けないように隔離するためのものだ。

 魔石購入でギルドが支払った金を、冒険者から回収する目的もある。

 現在のギルドマスター、シルファ・シルヴィンの提案で建てられた施設だった。

 しかし、冒険者の評判は悪くない。酒もつまみも安価に提供され、懐に優しいからだ。

 それに多少騒いだとしても、咎められることはない。

 度を過ぎればギルドマスター直々の制裁があるので、喧嘩沙汰は滅多にない。

 近所の親父達も贔屓にするぐらいで、むしろ評判の良い店だった。


 むさ苦しい野郎どもの中を歩くディオネは、かなり目立つ。

 色気には乏しいが端正な美人なので、以前は酔漢に絡まれることも度々あった。

 だが、過激な暴力で相手を追い払ってきたので、今では腫れもの扱いなのだ。


「商店街で騒ぎがあって、見物してきた」

 ディオネはトールの前の席に腰を下ろすと、給仕にエールを注文した。

「騒ぎ?」

「ああ、自治会が魚屋に、三日の営業停止処分を下した」

 すぐさま運ばれてきたエールを、ディオネが一息に呷る。

「大量のハエが、魚屋に群がったのだ。凄かったらしいぞ? 数え切れないほどのハエの群れが飛来して、店の商品全てに取り付いたらしい。うごめくハエで店中真っ黒に覆いつくされた光景は、たいそう不気味だったらしい」

「……………そこまで詳しく説明する必要があるのか?」

 トールは嫌な顔をして、今まさに噛み千切ろうとした魚の干物を皿に戻した。

「神経質な男だな、トール君は」

「トール君やめろ」

「ハエは一時間も経たずに飛び去ったそうだ。この異常事態に、自治会は魚屋に商品全ての焼却を命じた」

「そりゃあ災難だったな」

「周囲の同情は少ないみたいだ。むしろ、いい気味だと囁かれている」

 トールは気の毒がるが、ディオネは皮肉そうに笑う。

「あの魚屋はあこぎな取引を行うから、すこぶる評判が悪かったそうだ。かなり恨みも買っていたらしい」

「すると、今後は商売が難しくなるだろうな」

「多分な。小さな町だから、噂は住民全員が耳にするだろう」

 踏んだり蹴ったりだなと軽い感想を抱きながら、トールが再び魚の干物を齧ろうとする。


「事件の臭いがするぞ!」

 そんな叫び声と共に、バンッと酒場の扉が勢いよく開かれた。

 一人の青年がガチャガチャと金属音を響かせて店内に入ると、ディオネ達の前に立つ。

「あれは悪魔の仕業に違いない!」

 生真面目そうな面立ちの、二〇代半ばの男である。

 身にまとう装備は高品質の甲冑で、腰には金属製の打撃武器、メイスを下げている。


「あの魚屋は、呪いを掛けられたのだ!」

「呪いとは穏やかじゃねえな。それにハエに襲われるなんて、ずいぶんとチンケな呪いだな」

 トールが揶揄すると、青年は大仰に首を振る。

「とんでもない! 古来よりハエは悪魔の使い、疫病の運び手として忌み嫌われている。やつらはあらゆる不浄に取り付き、その汚濁を運ぶのだ。想像してみるがいい! 腐った食べ物や動物の遺骸、糞尿に取り付いたやつらが、お前達が口にする食べ物や飲み物全てを汚染するのだぞ!」

 ブホッと、店内のあちこちで客達が、口にしたものを噴き出した

 自分に注がれる忌々しげな視線に気付くことなく、青年はエキサイトする。

「女神は仰った! 汝、祈りを捧げる前に、まず手を洗え! 汚いから!」

 青年は胸の前に下げた聖印を握り締める。

「世界には不浄が蔓延しているのだ! 我々は気付かず内に、その不浄に触れた手で食べ物を――――」


 青年が声高に演説している間に、ディオネは手甲をはめ直していた。

「黙れ、営業妨害だ」

 そして目にも止まらぬ速さで席を蹴り倒し、青年の腹に手甲を叩き込んだ。

 吹き飛んだ青年は客のいないテーブルに衝突し、鍋が幾つも落下するような音が轟いた。


「いや、きみの方がよっぽど迷惑だよ、ディオネ?」

 ぼやきながら青年は立ち上がり、何事もなかったように彼女達と同じ席に座る。

 金属鎧の重量のせいで、椅子がギシギシと悲鳴をあげた。

「相変わらず手が早いな、ディオネは。あ、僕には火酒と焼いた干物を」

「注文の前に、言うべきことはないのか、ハイド?」

 ディオネがジト目で睨むと、ハイドと呼ばれた青年は首を傾げる。

「ちゃんと毎日、顔は洗っているのかい?」

「どういう意味だ!」

 テーブルの下で、がつんと大きな音が鳴った。

「修繕したばかりなのに」

 鉄板仕込みの靴先で蹴られて出来た足甲のへこみを、ハイドが悲しそうに見つめる。

「違うだろ! 遅れてきた弁明はないのか!」

「あ、ごめん」

 ハイドは笑顔で、悪びれずに謝る。

「そういえば、残りの二人はまだ来てないのかい? しょうがないやつらだね」

「おいおい、お前だって人のことは言えないだろに」

「あはは、確かにその通りだね」

 苦笑するトールと、朗らかに笑うハイド。

 そんな二人のやりとりを眺め、ディオネはうんざりする。

 どうしてうちのメンバーは、こんなやつらばかりなのだと、頭を抱えたくなる。


 しかも、よりにもよってこいつ(・・・)が先に到着するとは…………

 ディオネは半ば確信めいた、嫌な予感を覚えた。

 

 

【次回のよこく】

『17_厄介なのが、また増えた!』

どうしてこう、次から次へと。

いい加減、本気で()ねますよ?


それでは明日、またお会いしましょう。

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