13_お邪魔虫が増えた!
【前回までのあらすじ】
名前はトール。
そいつは馴れ馴れしい態度で、奥様に言い寄ってきたのです
おかしなことに奥様は、ぜんぜん腹を立てた様子がありません。
(奥様、なぜあの無礼者をお手打ちにしないのですか!)
(誰のことだ、いったい?)
(あのトールとかいう冒険者ですよ!)
(無礼者って。大げさだな、そなたは)
奥様は、可笑しそうに笑いました。
(大げさではありません! なぜお怒りにならないのですか!)
(そなたこそどうしたのだ、いったい? 少し頭を冷やせ)
まったく取り合おうとしない奥様に腹を立て、わたしはお側を離れました。
後方からは、またしてもディオネが尾行しています。
それどころかもう一匹、あのトールとかいうお邪魔虫まで増えています。
ところが二人して、何やら揉めている様子です。気になったので接近してみました。
「なんなのだ、あの無礼な態度は! 最低限の礼儀も知らないのか、お前は!」
「まあ、ちったあ落ち着けって」
怒るディオネを、トールがなだめていました。
「…………冒険者の恐さってやつを、教えようとしたんだよ」
「どういう意味だ?」
ディオネが不審そうに眉をひそめます。
「俺がやったことなんて、冒険者では日常茶飯事だろ? お前だって覚えがあるはずだ」
トールの言葉に、ディオネが口を閉ざします。
「弁解するわけじゃないが、あの程度ならマシな方だろ? 中にはもっと強引で、暴力的な絡み方をするやつだっている。そういう荒くれどもの実態を知れば、怯えて冒険者なんぞ止めるだろうって寸法だったんだ」
しばらくトールを睨んでいたディオネですが、やがて渋々と頷きました。
そんなことを企んでいたのですか。
どうやら奥様は、新人イビリに遭っているようです。
「だけど、上手くいかなかったじゃないか?」
「あーそうなんだよなあ、クソ!」
トールが、がりがりと顎髭を掻き毟ります。
「…………ひょっとしてあの嬢ちゃん、実は良家のお嬢様じゃねえのか?」
かつては魔王領のお姫様でしたが?
「お前もそう思うか!」
我が意を得たと言わんばかりに、ディオネが食いつきます。
「あの人は立ち振る舞いが優雅というか、えもいわれぬ気品が香るというか!」
…………まあ、それほどでも? 分かっているじゃないですか、ディオネ。
「お、おう? ――――だから男の恐さが分かっていないのかもしれねえな」
トールが腕を組み、深刻そうな顔になりました。
「あのお嬢ちゃん、このまま冒険者を続けていたら、いつか痛い目に遭いそうだ」
ディオネもしかめっ面で同意します。
「そうだな。しかも、お前のような男に引っかかりでもしたら、とんだ災難だ」
「そうそう――――て、そりゃひどすぎねえか!」
やいのやいの言い騒ぐ二人を置き去りにして、奥様の許に戻りました。
「どうだった、後ろの様子は?」
「さあ? 別に大したことはありませんでしたよ?」
奥様には、教えてあげません!
◆
本音をいえば、奥様は尾行する二人を撒きたかったようです。
しかし監視の目が思いのほか厳しく、とうとう諦めたみたいです。
「森の木々に紛れて姿を消しては、不信感を持たれそうだしな」
「そうですか。奥様がそうおっしゃるなら、その通りでございますね」
「いつもまで拗ねているのだ、そなたは」
ため息一つこぼし、奥様は薬草採取を始めました。
森と平原の境目に沿うようにして、例のヒレルリ草を探します。
「よ、奇遇だな、お嬢ちゃん!」
近寄ってきたトールが、白々しく声を掛けました。
「こんにちは、奇遇ね?」
奥様が、まるで小娘のようにクスクスと笑います。
いったいどうしたのでしょうか、奥様は?
「二人とも、こんな場所で仕事ですか?」
「はあ、まあ、そんなところです」
さすがにディオネはバツの悪そうですが、トールは平然としています。
「仕事というか、散策だな。俺達はいま、休暇中なんだ」
「冒険者をお休みしているの?」
「わたし達には他に仲間がいますが、ひと月ほど前、幻獣討伐の遠征をしまして」
ディオネの説明によると、かなり稼いだので、しばらく骨休みすることになったそうです。
実家のある者は帰省し、所用で隣国まで出向いた者もいるとか。どうでもいい情報ですが。
「ところが、約束の日はとっくに過ぎたというのに、いまだに戻って来ないのです」
ディオネが不満そうに口を尖らせました。
「ほんとあいつら、だらしないよなあ。約束はちゃんと守れっつうの」
「…………お前も同罪だからな」
非難の矛先を向けられると、トールは敵わんとばかりに両手を上げました。
「ちょっとそこいらを偵察してくるわ」
逃げ出すトールの背を睨んでいたディオネですが、奥様と目が合うと挙動不審になりました。
せわしなく足を踏み変えたり、両手を握ったり開いたりと、落ち着きがありません。
「どうかしました?」
「あ、あの、昨日はその、失礼な態度をとってしまって、申し訳ありませんでした」
姿勢を正して謝罪するディオネを、奥様は不思議そうに眺めます。
「…………いいえ、気にしていませんから」
奥様、分かっていないのなら、無理に話を合わせなくてもいいのですよ?
たぶん、本当に気にしなかったので、思い当たる節がないのでしょう。
ディオネはしばらく口ごもり、懸命に話の接ぎ穂を考えているようです。
「あ、あの! もしかしてローズ嬢は――――」
「ええ、魔族ですよ?」
彼女の視線を察した奥様が、スカーフを取り払って尖った耳を露わにします。
サービスでぴくぴく耳を動かすと、ディオネは興味深そうに見詰めました。
「ひょっとして、魔族と会ったのは初めてですか?」
「あ、はい。北方に魔族の方は、ほとんどいないらしくて」
(そうなのですか?)
疑問に思って尋ねると、奥様は顎を引いて肯定しました。
(その昔、魔族以外の諸種族は大陸各地に移動した。その後、中央部で人族が勃興して勢力を拡大すると、南方と北方が分断され、諸種族同士の交流が断たれたのだ)
(すると魔族は、北方へは移動しなかったのですか?)
(一説によると、そもそも魔族が暴れ回ったせいで、他の種族が逃げ出したらしい)
ありそうな話です。魔王統治以前は、各種族が相争う戦乱の時代が長かったそうですから。
「ところでローズ嬢は、どうしてこんな辺鄙な土地に?」
「南方の人族の国で暮らしていたのですが、ちょっと事情があって逃げ出したのです」
「…………もしかして、生まれのせいで?」
「確かに、それもありました。ごめんなさい、詳しい話はちょっと」
「申し訳ありません! 詮索するつもりでは!」
ディオネが慌てふためくと、奥様は鷹揚に笑いました。
(王国の追及がここまで及ぶとは思えないが、気を付けないとな?)
下手なことを漏らして噂が広がることを、奥様は懸念しているようです。
会話も一段落ついたので、奥様は薬草採取を再開しました。
そして太陽が中天に昇った頃には、依頼達成まであとわずかとなりました。
奥様が昼食の準備を始めようと、腰を伸ばした時です。
丘陵の向こう側から、トールが息を切らせながら駆け戻ってきました。
「やべえぞ! 幻獣の群れだ!」
血相を変えた彼は、到着するなり叫びました。
「ローズ嬢! 急いで逃げて下さい!」
退避を促すディオネを、トールが押し止めます。
「今からじゃ間に合わねえ! ここで迎え撃つぞ!」
トールは、背負っていた大剣を抜き放ちました。
【次回のよこく】
『14_奥様が浮気!?』
まさか奥様が、旦那様以外の男に!?
これは夫婦生活の危機です!
それでは明日、またお会いしましょう。




